「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第二十八話・再会、そして永遠の別れ・其の肆

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 板橋を発ってからおよそ一刻後、すっかり日が暮れた頃に沖田と小夜は千駄ヶ谷の植甚宅に到着した。本来なら門前で下ろすところだが事情が事情である。沖田は駕籠かき達に門の中まで入るよう促し、奥まったところにある離れに駕籠を付けさせた。

「ありがとうございました。今、支払いをするので少し待っていてください」

 沖田は駕籠かきらを労うと、駕籠から出てきた小夜の手を取った

「大丈夫ですか、小夜?」

「へ、へぇ・・・・・・今は少し波が引いた・・・・・・痛っ・・・・・・」

 痛そうに顔をしかめるが、先程よりはましらしい。沖田は小夜を半ば強引に抱きかかえるとそのまま離れへ上がり込む。そして敷きっぱなしだった布団に小夜を横たえると、刀掛けの横に置いてある小抽斗から切り餅をひとつ取り出した。それは近藤の探索の為にと土方が残していってくれた軍資金の一部だった。本当ならば見張りに掴ませる為の袖の下用の金だったが、近藤が処刑されてしまった今、その必要も無い。

「・・・・・・事情が事情ですから、土方さんも大目に見てくれますよね」

 沖田は切り餅の封も切らずにそのまま握り締めると、駕籠かきのところへ戻り、切り餅丸ごと――――――二十五両全てを駕籠かきに手渡した。

「ここまでの運び賃と酒代、あとこの駕籠そのものの代金としてこれだけあれば足りますよね?」

 半ば脅すような低い声で沖田は念を押す。勿論充分に足りる金額であるし、そうでなくても鬼気迫る沖田の声音に駕籠かき達も頷かざるを得ない。

「え、ええ。も、勿論でさぁ」

「じ、じゃあ俺達はこれで・・・・・・」

 引きつった笑いを浮かべつつ、駕籠かき達が踵を返そうとしたその時である。とどめとばかりに沖田の声が覆いかぶさる。

「あ、いい忘れていました。この事はここを離れた瞬間に忘れてくださいね。でないとその二十五両は『盗まれた』ことにしますから」

 その瞬間、二人の駕籠かきの顔から血の気が引いた。十両盗めば死罪である。官軍に占拠された江戸でそれが通用するのか定かではないが、お縄になるのは確実だ。下手をしたら理不尽な拷問を受けた上に貰った金子全部を没収されるかもしれない。

「も、もちろん忘れます!ここに来たことは誰にも言いません!!」

 駕籠かき達は泣き出しそうな声で叫ぶと、転がるように沖田の前から走り去っていった。

「さて、と・・・・・・今度は産婆を呼ばないとですかね」

 だが、この点に関しては男である沖田ではさすがに手も足も出ない。取り敢えずお産のことは女性に聞いたほうが間違いないだろう。甚五郎の妻あたりに産婆の手配をしてもらうのが一番確実そうだが、問題は被差別民である小夜を見てくれる産婆がこの近くにいるかどうかである。
 沖田は小夜を横たえた部屋に戻ると、布団の上でうずくまっている小夜に語りかけた。

「小夜、辛いところすみません。これからここの奥さんに頼んでお産の準備をしてもらいますけど、何か特に頼みたいことは?」

 すると小夜は少し考えた後、沖田に尋ねる。

「ここから・・・・・・浅草と麹町、どちらが近いんどすか?」

「麹町の方が断然近いですけど、それが?」

 不思議そうに小首を傾げる沖田に、小夜は痛みに耐えながら事情を話す。

「へぇ・・・・・・そこの、平河町いうところに・・・・・・山田トキはんいうお方が・・・・・・」

「おトキさんですか?その方が一体?」

「浅草弾左衛門はんのご新造はんと懇意のお方で・・・・・・その方やったら、うちでも・・・・・・診てくらはる産婆はんを・・・・・・」

 万が一、ということも考えていたのだろう。小夜は数少ないと思われる江戸の知人の名を出した。それを聞いて沖田はほんの少し安堵を覚えた。少なくとも産婆の手配だけはどうにかなる。

「承知しました。これから人を遣わしますから、もう少し我慢していてくださいね!」

 沖田は小夜の頬をひと撫でした後、『山田トキ』なる人物を呼ぶ為小夜の許から離れた。



 人を呼ぶためには『使者』が必要である。沖田は母屋に顔を出すと、甚五郎に『平河町の山田トキ』という女性を呼ぶための使いを出してくれと頼んだ。

「実は内縁の妻でして――――――江戸で言うところの『長吏』身分の者なんです。だから普通の産婆では診てもらえない可能性があって」

「なるほど、そういうことかい。しかしお小夜さん、だっけ?身重なのに沖田さん恋しやで江戸くんだりまでくるたぁ・・・・・・沖田さんも男冥利に尽きるねぇ」

 必死の形相の沖田を軽く冷やかしつつも、甚五郎の眉も微かに曇る。

「しかし平河町の山田たぁ・・・・・・あんなところに苗字を名乗れる大物の長吏なんざいたかなぁ。聞いたことがねぇが」

 すると横で話を聞いていた甚五郎の妻が何かに気がついたように『あっ』と声を上げた。

「あんた、平河町って言ったらもしかしたら山田浅右衛門の屋敷のことじゃないかい?」

「あ、そうか!だったら長吏とのつながりもあるな!山田トキってぇのも奥方か娘か、そんなところか!」

 合点がいったのか、甚五郎は早速使用人の一人を平河町に向かわせる。

「じゃああたしらは産婆が来るまでにお産の準備をしましょうか」

 甚五郎の妻が立ち上がり、使用人の女達を呼び集めた。その行動に沖田は面食らう。

「お、お気持ちはありがたいのですが、身分的に問題は・・・・・・」

「お産は女の一大事なんだよ!身分だ何だと言ってられないよ!父親になるんならもっとしゃっきとおし!金玉付いているんだろ!!」

 甚五郎の妻はある意味亭主の甚五郎より気風が良く、侠気がある。身分など気にするなと気さくに笑うと、手早くたすきを掛ける。そして下女に湯を沸かすように告げると、自らは押し入れの奥から縄を取り出し沖田に手渡した。

「沖田さん、この綱を天井の梁にかけてもらうからね。背が高いからそれほど大変じゃないだろ?」

「ええ、まぁ」

 そして甚五郎の妻の人使いの荒さは自らの良人にも向けられる。

「あんた!どうせ暇なんだろ?離の近くに焚き火を作ってかわらけを焼いといておくれ!」

「かわらけ?一体何に使うんですか?」

「ああ、へその緒を切るときのまな板代わりに使うのさ」

 沖田に教えると甚五郎の妻はてきぱきと采配をする。その姿は京都時代の土方を彷彿とさせた。

「沖田さん。ここは嬶連中に任せておいたほうが無難だ。でねぇとあんたが武士だってどやしつけられる・・・・・・色んな意味で身分なんざ関係ないんだよ」

 過去に色々あったのだろう。重みを感じるその言葉に沖田は思わず頷いてしまった。



 女達が出産のため離れにこもって半刻が過ぎた頃だろうか。慌ただしく二台の駕籠が門前に付けられ、二人の女性が駆け込んできた。一人は明らかに産婆とわかる中年の女性、そしてもう一人は若い武家の女性だった。

「あの、お小夜ちゃんはこちらですか?」

 心配そうに尋ねる若い女性は小夜と同年代位だろうか。白歯であるところから二十歳未満ということが判る。予想以上に若い女性――――――むしろ娘といった年頃の女性に沖田は面食らう。

「ええ、そうですが・・・・・・もしかしてあなたが山田トキさん?」

「はい、そうです。お小夜ちゃんとは浅草を通じて知り合って・・・・・・まさか浅草から外に出ていた時に産気づくなんて」

 心配そうな表情を浮かべるトキに、沖田は笑顔を向けた。

「そういうことですか。小夜は今、離れの方で出産に臨んでいますので、今から案内します。産婆さん、小夜をよろしくお願いします」

 これで準備は万全だ。後は祈ることしか出来ない沖田は、新たにやってきた二人に小夜を託すため、離れへと案内した。



 小夜の出産に右往左往している中、板橋から音五郎達が帰ってきたのは真夜中過ぎだった。どうやらやけ酒をしてきたらしく、酒の匂いを漂わせた皆の顔は真っ赤だ。

「済みません。向こうで音五郎さん達を見つけられなくて」

 沖田は向こうで合流出来なかったことを詫び、音五郎達を母屋に案内すると自ら茶を入れて皆に出した。その行動に違和感を感じたのか、音五郎は怪訝そうに尋ねる。

「良いってことよ。それよりどうした?離れじゃなくて母屋に通されるとは。離れで何かあったのかい?」

 すると沖田と甚五郎は顔を見合わせ、沖田がその事情を語り始めた。

「実は私の妻が・・・・・・内縁の妻なんですが、産気づきまして。今、離れで出産に臨んでいるんです」

 すると音五郎は驚きのあまり、近藤によく似た細い目をこれ以上はないと思われるくらい大きく見開く。

「へぇ・・・・・・そいつはめでてぇ!きっと勇の生まれ変わりの男の子に違いねぇ!」

 音五郎の一言に他の男達も大きく頷き、そうだそうだと囃し立てる。だがそんな音五郎の一言に、沖田の心の古傷はちくり、と傷んだ。

(男の子だったら・・・・・・やはり藤堂さんに似ているんでしょうか)

 小夜が今まさに産もうとしているのは、藤堂の子供なのだ――――――すっかり忘れていたどす黒い嫉妬が頭をもたげてくる。

(藤堂さんの面影を宿す男の子だったら、私はその子を殺してしまいかねない――――――いっそ、女の子であってくれれば)

 沖田が願ったその時である。闇夜を切り裂く元気な泣き声が離れから響き、女達の歓声がその後に続いた。

「生まれたか!」

 男たちは立ち上がり、一斉に部屋を飛び出し離へと向かう。すると元気な泣き声がますます強くなってくる。

「あの泣き方は男の子だな!」

 音五郎たちの会話に、沖田は困惑の笑みを浮かべる。そうこうしているうちに離れへと辿り着くと、甚五郎が男たちを代表して中に声をかけた。

「おい、生まれたんだろ!男か?女か?」

 すると、閉められていた障子が僅かに開けられ、中から甚五郎の妻が顔を出す。

「全く騒々しい!少しは静かにおし!ややがびっくりするじゃないか!」

 甚五郎の妻が苛立たしげに男たちを怒鳴りつける。

「初産の割には大安産だった上に、玉のような綺麗な女の子が生まれましたよ!今産湯を使わせたらお披露目しますからもうちょっと待っていてくださいね!」

 切り口上で言い放つと、甚五郎の妻はパン!と勢い良く障子を閉めてしまった。どうやらまだ産後の後始末の最中らしい。微かに漂ってくる血の匂いと元気な泣き声に、子供が無事生まれたことを実感する。

「・・・・・・ま、一姫二太郎、っていうからな」

 男の子だと連呼していた音五郎はバツが悪いのか、から笑いをしながら呟く。

「ええ、そうですね。玉のような、っていうからには妻に似ているのでしょう」

 少なくとも藤堂の面影は少ないのかもしれない―――――――沖田は内心ホッとしながら、安堵の笑みを浮かべた。




UP DATE 2016.5.7

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第九章最終話、何とか小夜の出産まで押しこむことが出来ました(≧∇≦)/
近藤局長の死を悲しむ間も無いまま慌ただしい出産でしたが、むしろ沖田にとってはこの慌ただしさが救いなのかもしれません。
そして救いといえば生まれた子供が女の子――――――藤堂の面影が少ないであろう子供だった事も沖田にとって救いです。ま、実際の顔を見るまでその辺はまだなんとも言えませんげどね(^_^;)少なくとも今の沖田にとっては、男の子より女の子のほうが良かったと思われます。

第九章はこれにて終了、一旦大正時代のジジイ語りの戻った後、とうとう十章の大台に突入です。子供が生まれた沖田と小夜、果たしてこのまま江戸に残るのか?それとも沖田は小夜達を残して会津に向かうのか?その前に官軍兵に見つかることはないのだろうか?と色々先行き不透明な章になりそうですが、宜しかったらお付き合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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