「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・春夏の章

五月闇の睦言・其の壹~天保八年五月の新婚夫婦

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 五月晴れの下、五三郎は稽古に勤しんでいた。幸と結婚して山田浅右衛門の跡取りになったにも拘らず、諸肌脱ぎの尻っぱしょりで稽古を行うのは相変わらずだ。鍛えぬかれたその体には玉の汗が浮かび、一刀が振り下ろされる度にその汗が飛び散る。
 次代の山田浅右衛門が約束された筈の五三郎がここまで稽古に励むのにはそれなりの理由があった。実は五三郎はまだ『山田流試斬』の免許皆伝を受けていないのだ。実際に人間の胴を使って試し切りを行い、将軍家御様御用を任される山田流である。そうそう簡単に免許を許してしまっては問題があるが、子供の頃から二十年近く道場通いをしている五三郎でも免許を取得できていないほど厳しいのも厄介である。
 更に山田家の跡取りとして江戸城への登城という仕事も増えている。まだまだ吉昌にくっついているだけのひよっこだが、数年のうちに吉昌の仕事を完全に引き継がねばならない。慣れない出仕の仕事には数年の猶予があるが、免許皆伝にまで技量を高めるのはできるだけ早く――――――可能であれば、来年の春のうちにはどうにかしたい。

「五三郎、あんまり根を詰めるなよ。先は長いんだから焦ることはないさ」

 あまりにも根を詰める五三郎を、芳太郎が宥める。体を壊しては元も子もないと芳太郎に慰められるものの、五三郎はそれでは駄目だと首を横に振る。

「そうは言ってもさ。あんまりデキが悪ぃと山田の家だけじゃなく芝の後藤の家にも恥をかかせちまうし、何よりも幸に肩身の狭い思いをさせちまうだろ」

 自分一人だけの問題ならともかく、自分の周りにまで迷惑が及んでしまう――――――そんな深刻な響きの五三郎の呟きに、芳太郎も返す言葉が見つからなかった。



 あまりにも根を詰めすぎる五三郎に天も呆れたのだろうか。芳太郎との会話の翌日は前日の五月晴れが嘘のだったかのような土砂降りだった。これでは庭での稽古ができないし、門弟たちも流石にやってこない。吉昌も稽古は出来ないものだと思っているらしく、普段は別邸から午前中にはやってくるのに今日は午後になってもやってこない。
 無駄に大きな屋敷の中にいるのは、若夫婦の結婚と同時に新しく下男に入った寅助の息子・寅五郎と、こちらも新しく下女に入ったお竹の姪であるお熊、そして五三郎夫婦のみである。いつもなら門弟達の喧騒に包まれる山田道場も、この日ばかりは雨音だけの静寂に包まれている。

「こんな日こそ五代目がまとめた『懐宝剣尺』でも読むべきなんだろうけどな」

 実際、免許皆伝には『懐宝剣尺』の内容を諳んじることも必要となってくるし、現場でも必要となってくる知識だ。だが、必要だと思えば思うほど気が重くなってきて読む気が起きない。そんな五三郎を他所に、新妻の幸は縫い物に勤しんでいた。すいすいと動かす手が縫っている物はどうやら男物――――――五三郎の帷子らしい。

「おい、幸。また俺の着物を作っているのか?」

 五三郎は幸に近づき、身体を寄り添わせるように座り込んだ。そして縫い合わせている袖とは反対側の袖を手にしながら幸の顔を覗き込む。

「一体何着作れば気が済むんだ?この前とは違う柄じゃねぇか、これ」

 この前縫っていたのは憲法黒の熨斗目だった。だが今日は万縞の単だ。一体何着の着物を作る気なのか――――――五三郎は咎めるように尋ねる。だが、幸は眉一つ動かさず平然と答える。

「ええ、そうですよ。取り敢えず今月だけでこれの他にもう一着作るつもりですけど。あと来月にもう三着作ります。今年はそれだけあれば何とかなるんじゃないかと」

「おいおい、俺の身体は一つなんだぞ?大名じゃあるまいしそんな沢山・・・・・・」

「駄目ですよ、旦那様。山田家の跡継ぎがそんなことじゃ」

 幸は五三郎の言葉を遮るように窘め、針を動かしていた手を止めた。

「山田家の勤めは実際の胴を使って刀剣の切れ味を確かめること。将軍家御様御用を任されているとはいえ、穢を背負うことには変わりません。その穢を受けた着物を次のお勤めにそのまま着るわけには行きませんよ?試し切りを依頼してくださる方々に対して失礼です!」

 穢を受けた着物を次の仕事に着るわけにはいかない――――――幸のその一言は、山田家が代々背負ってきた覚悟そのものだった。それを知った五三郎は恐る恐る幸に尋ねる。

「そ、そりゃあそうだけど・・・・・・ってぇことは襦袢や袴も試し斬りで使ったら一度きりで?」

「当然です!使い古しが許されるのは普段使いの下帯くらいです」

 確かに袴を身につける際、下帯は付けないので穢は受けない。しかしそこまで気を使っていたとは――――――子供の頃から山田道場に出入りしていたにも拘らず全く気が付かなかった。

「なるほどね。実入りは良いけど出て行くものも多い、ってわけか・・・・・・しかし一度試し切りで着たモンはどうするんだ?勿体ねぇじゃねぇか」

 すると幸は少し微笑みを浮かべつつ、着物の行き先を五三郎に教えた。

「おすみちゃん達を通じて古着屋に流すんです。だからこそできるだけ流行りの柄を使おうとは思っているんですけど・・・・・・細い縞、って似合わないですよねぇ、旦那様」

 幸はくすっ、と笑いながら指摘する。確かに大柄な五三郎には繊細な柄より大胆すぎるくらいの柄のほうが似合う。悪く言うならば『小粋な優男』が着こなす柄、登城に必要な地味な柄が一切に合わないのだ。こればかりは致し方ない。五三郎もその辺りを自覚しているのか、苦笑いを浮かべる。

「それは否定できねぇな。流石に弁慶格子やおっこち絞りのモンを小伝馬町に着て行ったら与力のおやっさん達に説教を食らう」

「特に小井手さんあたりは煩そうですしね――――――なので登城で一、二度、普段の試し切りで一度、三度ほど袖を通したらもう着れないものと割りきってください」

「そうだな。だったらむしろあまり好きじゃない柄のほうが踏ん切りが着くか」

 藩内ではそれ相応の待遇を受けていたとはいえ、五三郎の実家は新見藩の下級武士である。流石に二、三度袖を通しただけの着物を古着屋へ流すなんて言う贅沢は出来ないし、考えも及ばなかった。しかし人斬りの穢を背負う山田家はそういうわけには行かないのだ――――――結婚しても今までと殆ど変わらない生活をしていた五三郎だったが、不意に『婚家の格式』をつきつけられたような気がした。



 夜になっても雨の止む気配は無く、雨戸を濡らす雨音が微かに聞こえてくる。そんな雨音のせいなのか、それとも稽古で汗を流すことが出来なかったせいなのか、五三郎はなかなか寝付けなかった。仄かに部屋を照らす行灯の灯りさえ煩わしく、五三郎は何度も寝返りをうつ。そんな良人に気がついたのか、寝息を立てていた筈の幸が、五三郎に声をかけてきた。

「旦那様?眠れないのですか?」

「ああ・・・・・・どうも目が冴えちまって」

 五三郎は正直に告げると幸の布団へ手を伸ばす。そして幸の細い手首を掴むと、そのまま自分の布団へ引きずり込んだ。

「旦那様?」

 幸に対してはどこまでも優しい五三郎には珍しい、少し強引な行為に幸は目を白黒させる。

「ちょっと構ってもらおうかな」

 引きずり込んだ幸を抱きしめると、五三郎は幸の耳朶を食んだ。その行為にくすぐったそうに身を捩り、幸は五三郎を上目遣いに見つめる。

「良いんですか?『免許皆伝までややは作らない』なんて公言している人が」

 未だ免許皆伝に至っていない焦りもあるのだろう。普段五三郎は『免許皆伝までは子供はお預け!』と公言している。なまじ子供好きなだけに稽古が疎かになってしまう危惧を自ら感じているからかもしれない。だが、今しようとしている行為は正に『子作り』ではないか――――――その点を幸が指摘すると、五三郎はしれっ、と言い放つ。

「それとこれとは別さ――――――子種を外に出しときゃあそう簡単に出来ねぇ筈だし、出来たら出来たでその時さ。ややが乳飲み子のうちに俺が頑張って免許を取ればいい。でなけりゃ子供にかまけちまう」

 要は自分が子供と遊びたいだけなのだ。それに気がついた幸は呆れ顔を浮かべる。

「もう、兄様は・・・・・・まるで大きな子供じゃないですか」

 そう言いながらも幸には五三郎に抗う気は無いらしい。あちらこちらに仕掛けてくる五三郎のちょっかいを受けつつ、幸は五三郎の大きな背中に細い手を回した。




UP DATE 2016.5..4

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大変遅くなりましたが、なんとか『紅柊』5月分の話をUPすることが出来ました(^_^;)いや~プロットもまるで無いところから一日で書き上げるのはかなり無理がありますwww実際話を組み上げ始めたのが昨晩の午後10時過ぎ、そして1時間ほどで疲労から寝オチして気がついたら朝の7時・・・\(^o^)/オワタ本当に申し訳ございません(>_<)これから計画性を持ってきちんと更新します(そう言いつつ出来ない・・・^^;)

今回は五三郎&幸の新婚生活を書かせていただきました♪結婚前から付き合いがあったはずなのに、一緒に生活してみて初めて知ることも新婚生活は多いんですよね。そんな驚きを表現できたらな~と思って今回の話にいたしました(*^_^*)
というか着物に関しては気づいても良さそうだと思うんですけど・・・ファッションにそれほど興味のない男の子だと、いちいち師匠の着物なんざ見ちゃいないだろうし(おいっ)もしかしたら吉昌は同じ生地で同じような着物を作らせているのかも知れません。しかし流石に五三郎も幸も若いですからねぇ。流行は取り入れたいでしょうし・・・いろいろ難しいところです(^_^;)

次回更新は5/11、★付き新婚生活夜の部と相成ります(〃∇〃)
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