「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第二十七話・再会、そして永遠の別れ・其の参

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 大地を揺るがす大音響――――――そう例えるのは容易いが、実際そこまで大きな音がというのは大砲の音か雷くらいだと沖田は思っていた。だが、今自分の背後から聞こえる声は正に地面を揺るがすほど大きいものだ。
 官兵らの歓声、町人達の怒号、女達の悲鳴に子供らの泣き声――――――それらがないまぜになった音の津波に、沖田は反射的に竹矢来の方へ振り向いた。

「近藤・・・・・・先生」

 竹矢来には相変わらず人々が押し寄せていたが、先程はその頭越しに近藤の正座姿が垣間見えた。だが今は人々の頭に隠れてしまいその姿を見ることが出来ない。否、隠れているのではない。首を斬られたことにより身体が傾いで倒れたのだろう。だが幸か不幸か沖田からは首を斬られた近藤の亡骸は見ることが出来なかった。
 変わり果てた近藤の姿を確かめるべきか、それともこのまま立ち去るべきか逡巡した沖田の背後から柔らかな声が語りかけてきた。

「総司・・・・・・はん。何故ここに?新選組は、会津に行きはったっんやなかったんどすか?」

 どうやら小夜は新選組が江戸を発ち、会津に向かったという噂は聞いているらしい。もしかしたら弾左衛門の所に居た分、自分より江戸の状況を理解しているかもしれないと、沖田はぽつり、ぽつりと自分のこと、そして自分が知っていることを語り始めた。

「ええ。新選組は一旦江戸から脱出し、会津から提供された船に乗って会津に向かいました。近藤先生が敵に捕縛されたのはその途中の流山でのことだと、私は土方さんから聞きました・・・・・・それを聞いた時から覚悟はしていたんですけどね」

 沖田はそこまで一気に喋ると悔しげに唇を噛みしめる。だが不思議と涙は溢れてこなかった。そして唇を噛み締めたまま沖田は小夜の方へ改めて振り返る。

「あと・・・・・・土方さんと松本先生から小夜が江戸に来ている事も聞いていました。本当なら私も皆と共に会津に行くべきだったのかもしれません。だけど・・・・・・近藤先生の探索にかこつけて、少しでも小夜が来ている江戸に居続けようと思ったのは事実です。もしかしたらまた逢えるんじゃないかと」

 沖田は小夜に近づきながら微笑む。命よりも大事だったはずの近藤が処刑された直後だというのに、小夜に会えた嬉しさが勝ってしまう。

「小夜、逢いたかった」

 沖田は両腕を広げ、小夜を抱きしめようとする。そしてその腕の中に小夜が飛び込もうとしたその刹那である。

「うっ・・・・・・!!」

 不意に小夜が苦しげに呻き、地べたにしゃがみこんだのである。

「小夜?小夜!しっかり!」

 沖田は慌てて小夜に駆け寄り、蹲る背中を守るように抱きかかえる。

「まだ・・・・・・大丈夫やと思ってたんどすけど・・・・・・ややが」

「ちょっと待っていてください!今駕籠を・・・・・・すみません!誰か、駕籠を呼んでください!」

 小夜を抱きかかえながら沖田は周囲に向かって必死に叫ぶ。だが明らかに被差別民とわかる小夜の姿と、明らかに武士である沖田の二本差しに忌避を覚えたのか、遠巻きに見つめるだけだ。このままでは拉致があかない。

「・・・・・・小夜、まだ少しは耐えられますか?」

「へ、へぇ」

 切羽詰まった沖田の問いかけに、脂汗を滲ませつつ小夜が頷く。

「今駕籠をつかまえてきます。それまでここで待っていてください!」

 宿場の駕籠かきなら宿場の入り口にたむろしているに違いない。沖田は樹の根元に小夜を座らせると、自分の大刀を引き抜き小夜に預ける。そして駕籠かきがいると思われる宿場入り口へ向かって走りだした。



 沖田のどこにそのような体力が残っていたのだろうか。板橋までの足取りがまるで嘘だったかのように、沖田は走り続ける。それは新選組助勤だった頃を彷彿とさせる。そんな足の速さで板橋宿の駕籠かきのたまり場へ辿り着くと、沖田は一番手近な駕籠かきの腕を掴んだ。

「千駄ヶ谷まで私の妻を運んでください。産気づいているんです。酒代は弾みますからできるだけ急いで」

 鬼気迫る沖田の表情と、声を荒らげているわけでもないのに凄みを感じるその言葉に駕籠かきは思わず頷いてしまう。そして沖田に率いられるまま平尾一里塚へと向かっていった。

「小夜、待たせましたね。まだ大丈夫ですか?」

 到着するなり、沖田は小夜に近づき、その顔を覗き込む。

「へ、へぇ・・・・・・少しは痛みが引きました。せやけど・・・・・・」

 まだ痛みはあるらしい。苦しげに表情を歪ませながら沖田にすがりつく。

「一番最初のお産は時間がかかりますからね。おみつ姉さんも――――――私の姉も丸一昼夜かかりましたから」

 小夜の陣痛がどれくらいから始まっていたかは判らないが、姉の時を考えるとまだ余裕はある筈だと沖田は踏む。そして沖田は小夜に持たせていた大刀を引き取ると、それを樹の幹に立てかけ、そして両腕で小夜を抱きかかえた。

「そ、総司はん!腕が、痛みます!」

 剣士は利き腕で重いものを持ってはいけない――――――一緒に暮らしていた時、それを頑なに守っていた沖田を知っている小夜は慌てて沖田の腕から降りようとする。だが沖田は構わず小夜をそのまま駕籠へ運んでいった。

「そんなの気にしてなんかいられませんよ!それより頭を下げて!」

 沖田は小夜に頭をぶつけないよう注意しつつ小夜を駕籠に乗せる。そして露骨に嫌そうな表情を浮かべている駕籠かきに対し脇差をスラリと抜き、その首元に切っ先を突きつけた。

「ひ、ひぃぃぃ!」

「酒代は各々五両ずつ、十両――――――この他に千駄ヶ谷までの駕籠代は別に出します。それでいいですか?」

 一人五両――――――沖田の口から飛び出したその言葉に、駕籠かき達は途端ににやつく。

「そ、それだけ頂けるんでしたら」

「じゃあお願いします」

 すると駕籠かき達は動き出した。それに続き沖田も走ろうとするが、その目の端にちらりと先程木に立てかけた大刀が入った。

(・・・・・・あれは、仕方ないですね)

 今の沖田の体力では、大刀を腰にしたまま千駄ヶ谷まで駕籠についていくことは不可能だ。いざ戦いとなった時、脇差だけでは心許ないがどのみち今の沖田に敵と戦う余力など残っていない。

(近藤先生を助けられなかった私に、どのみちあれは不釣り合いです)

 沖田は心の中で呟くと、駕籠に小走りについて行く。そして二度と己の大刀を振り返ることはなかった。



「・・・・・・なんだありゃ」

 町人達に呼びつけられ、一連の騒動を遠巻きに見ていた二人の官軍兵が呆れたように去ってゆく沖田と駕籠の後ろ姿を見つめていた。

「気でも触れたのか、あいつ?武士の魂を捨ておいて行くなんて信じられん」

「だよなぁ。武士の風上にも置けない野郎だ」

 非常識にも程があると、二人は大刀を回収する為に大木に近づいた。迂闊に素人が拾ったら怪我の元だ。

「捨てるにしてももう少しましな方法があるだろうに・・・・・・それに比べて近藤勇!新選組組長だけあって最後は立派なもんだったよなぁ」

「そうそう!敵ながらあっぱれ、っていうのはああ言うのを言うんだろうな」

「最後の頼みを、というと大抵は家族や仲間の助命嘆願とかするのにさ、身なりを整えさせるだけなんてあり得ないって」

 先ほど処刑された近藤の話題を交わしつつ二人は大刀に近づき、その刀を手にした。

「まぁ、刀を置き去りにするような奴の大刀だから大したもんじゃ無いだろう。長さがちょっと長いけど、俺の刀の予備に・・・・・・!!」

 スラリと抜き放った大刀の刀身を見るなり、官兵の一人が息を呑む。

「どうした、松沢?」

「こいつを見ろよ、飯田。この曇り・・・・・・人を斬ってる刀だ!それも一人や二人じゃねぇ!」

「何だって?」

 飯田と呼ばれた男もまじまじとその刀を見る。するとそこには無垢の刀では絶対にあり得ない、磨いてもなお残る曇りが見られた。この曇りは人の肉を断たなければ絶対に付かないものだ。

「あいつ・・・・・・辻斬りか?」

「しかしそうは見えなかったぞ?たまたま買った刀がそういう刀だったんじゃないのか?」

 だが、松沢と呼ばれた男は疑い深そうにその刀をじっと見つめる。

「買い込んだ刀だったら未練がましく持ち帰るものさ。あんなにあっさり大刀を捨てられるのは――――――少なくとも大刀を使い捨ての道具として使っていた過去があったからに違いない」

 松沢は刀を鞘にしまいつつ、呻くように呟く。

「あの雲助達が板橋に帰ってきたら聞いてみる必要がありそうだな。もしかしたら近藤勇を助け出そうとしていた新選組隊士の残党かもしれない」

 既に東の空は藍色に染まり、名残の夕焼けは毒々しい血の赤に染まっている。沖田の大刀を手にした男は、獲物を狙う獣のようにじっと西の空を見つめ続けていた。




UP DATE 2016.4.30

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近藤局長の命が絶たれた正にその瞬間、新たな命が生まれ出ようとしました。しかし場所が・・・(>_<)
流石にヘロヘロしていた沖田もそれどころじゃなく、辻駕籠の駕籠かきを脅して小夜を乗り込ませ、千駄ヶ谷へと連れて行く事になりました。しかしこの後どうするつもりだろう・・・産婆の手配とか全く考えていなさそうな気が(^_^;)
(しかしある意味この騒動が近藤処刑のショックを忘れさせてくれるような気がするwww)

その一方、沖田が置いていった刀から、沖田の素性を疑うものが現れました。はい、無垢の刀と人を斬った刀では輝きが全然違うので判るんですよね~(-_-;)美術館でもその点が説明されている、人を斬った刀が時々展示されていますが、磨いているはずなのに曇ってしまうのです。あれは不思議(-_-;)

果たして沖田と小夜は無事千駄ヶ谷に辿り着けるのか?そして赤ちゃんは無事生まれるんでしょうか?更に沖田の正体を疑う官兵の動きは?次回更新は5/7、第九章最終話となります(*´ω`*)
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S様、コメントありがとうございます(*^-^*) 

こんばんは、こちらこそご無沙汰しておりますm(_ _)m
去ってゆく命もあればやってくる命もあります。
近藤局長という大木を失った総司ですが、新たな芽吹きまで失う訳にはいきません(>_<)
そして総司の刀を拾った男・・・その正体は連載にて明かしてゆきますのでよろしかったらお付き合いお願いしますm(._.)m。
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