「短編小説」
横浜芸妓とヒモ男

横浜芸妓とヒモ男・其の伍~五月雨の出会い

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 しとしとと、五月雨が横浜に降りしきる。その雨音を聞くともなしに聞きながら、お鉄は仕事道具の三味線の手入れをしていた。その一方、 普段はお鉄より早く起き、朝餉の支度を甲斐甲斐しくする仙吉がこの日はなかなか起きてこない。

「仙吉、大丈夫かい?」

 未だ布団の中にいる仙吉にお鉄は声をかけるが、仙吉は頭から布団を被ったまま一言も返事をしない。『毎年』の恒例行事とはいえ少々厄介だ。

「・・・・・・仕方ないねぇ」

 お鉄は三味線を床に置くと、仙吉が潜り込んでいる布団に近づき、布団の上からぽんぽんと軽く仙吉を叩く。

「大丈夫。政府の犬はこんなところまで追いかけて来やしないよ。もうあんたは四年前のあんたじゃないんだから」

 あれから既に四年も経つのにこれである。当時仙吉はよっぽど恐ろしい目にあったのだろう。お鉄は差し出されてきた仙吉の手を握りしめながら、二人が出会った頃のことを思い出していた。



 あれは四年前、上野で戦争があった十日後の事だった。江戸を占拠している官軍が、上野戦争の残党狩りと称して横浜にもやって来たのである。

「彰義隊の生き残りが横浜にも逃げてくるやもしれぬ。匿ったら貴様らも同罪だからな!」

 お鉄らの置屋にやってきた官軍兵が、居丈高に言い放つ。そして更に幾つかの必要事項を認めた書付を女将に渡すと、そそくさと置屋を後にした。

「残党狩りって・・・・・・それって、江戸から取り逃がした、ってことだよねぇ」

 本来なら上野で全員を倒すなり捕縛しなければならないはずなのに――――――官軍兵が帰った後、女将やお鉄ら芸者仲間は失笑する。

「ま、幕府側って言っても彰義隊は悪ガキどもの集まりみたいだったしね。それにしてもお鉄、本当に帰りに男衆を付けなくても良いのかい?」

 自宅に帰ろうとしていたお鉄に、置屋の女将が心配そうに尋ねる。

「ええ。だってここからわっちの長屋はほんの一町先ですよ?港や関門付近をうろつくんならともかく、真っ直ぐ家に帰るんですもの。猫の子一匹にだって会った試しがない」

 女将の心配を他所にお鉄はけらけら笑うと、蛇の目傘を手に置屋を後にした。馬車も通る表通りとは違い、裏通りはかなりうら寂しい。港崎遊郭が焼け落ちる前に住んでいたところはもう少し華やかな場所だったが、こればかりは仕方がない。
 細い道の半分を塞ぐ天水桶を避けつつ自宅に入ろうとしたその時である。ふと足元に気配を感じ、お鉄は立ち止まる。

「そこにいるのは誰だい?」

 だが、その気配から感じるのは緊張感だけで、お鉄に返事をすることはなかった。むしろ怯えるように息を殺し、更に天水桶の陰に隠れようともぞもぞと蠢いている。

「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。取って喰ったりしないから」

 お鉄は苦笑いを浮かべつつ、手にしていた提灯をかざす。すると、浮かび上がったのは若い青年の、怯えた表情だった。
 弁慶格子の着物や顔は泥で汚れ、お鉄を見つめる目はおどおどしているがかなり端正な顔立ちだ。腰には大小二本が差してあるところから見ると武士なのだろう。しかし天水桶の影に隠れ、一人歩きの芸者一人の気配にここまで怯えるとは――――――その時、お鉄はふと置屋にやって来た官軍兵の言葉を思い出した。

(彰義隊の子、かい?)

 それにしても幼すぎる。お鉄より二、三歳は確実に若い。二十歳そこそこ、もしかしたら十代かもしれない。こんな子供が上野の山に籠り、最新鋭の大砲や小銃を装備した官軍と戦っていたのか――――――お鉄は小さなため息を吐く。

「坊や、おいで。そんな所にいたんじゃ残党狩りに捕まる前に死んじまう」

 お鉄は自宅前に蛇の目傘を立てかけると、怯える青年に手を差し伸べる。だが、青年はお鉄の顔を見つめるがなかなか手を出そうとしない。女とはいえ怯えているのか――――――一瞬そう思ったお鉄だったが、その表情には怯えより戸惑いの色が強くなっている。どうやら女性から手を差し伸べられたり話しかけられたりする経験に乏しいようだ。

「安心おし。おなごはあんたが思っているより怖いもんじゃないよ」

 お鉄の促しにようやく青年はおずおずと手を差し伸べた。



 お鉄の部屋に上がり込んだ青年は、お鉄から借りた女物の浴衣を羽織り、差し出された夕飯を勢い良くかきこんだ。相当腹を空かせていたようだ。
 そして一つしか無い布団に潜り込むと、青年はまるで母親にすがる子供のようにお鉄に抱きついてきた。だがそれ以上のことはしようとしない。というよりどうして良いのかわからないと言ったほうが正しいだろうか。寝巻き代わりの浴衣越しに青年の強張りがお鉄の太腿に当たるが、青年はお鉄に抱きつく以外の事をしようとしないのだ。

(本当に・・・・・・子供なんだねぇ)

 お鉄は愛おしさを感じ、青年の頬に唇を落とす。それに驚いた青年は思わず身体を離し、まじまじとお鉄を見つめた。

「別に我慢することはないよ。ここは遊郭じゃないんだし、お題は取らないから。それとも・・・・・・」

 からかうようにお鉄は青年に尋ねる。

「あんまり女を知らないのかい?」

 すると青年は黙ったまま小さく頷いた。恥ずかしげに上目遣いでお鉄を見つめるその表情は、頑是ない子供そのものだ。

「だったら教えてあげる――――――少しあったまれば気持ちも落ち着くさ」

 そのままお鉄は青年の唇を吸い、青年を胸元に抱き寄せた。



――――――あれから四年。仙吉の心の傷はだいぶ癒えてきたようだがこんな雨の日は心の古傷が疼くらしい。特に五月中旬から下旬にかけての五月雨の日は・・・・・・仙吉の憂鬱は五月の雨が無くならない限り一生続くのだろう。

「ねぇ、お鉄。今日の仕事は夜からなんだろ」

 お鉄の手を握ったまま、布団の中の仙吉が甘えた声で尋ねる。

「ああ、そうだよ。なんだい、もしかしたあの時みたいに相手でもしてくれ、っていうのかい?」

「・・・・・・うん」

 四年前に比べて変なところで素直になった仙吉。そんな恋人にに苦笑いを浮かべつつ、お鉄は仙吉の相手をすべく布団の横に滑り込んだ。




UP DATE 2015.4.27 

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先月の拍手文を書き終えた時点では『衣替え』にしようかと思っていたのですが・・・スミマセン、突如思い立って仙吉の過去話になってしまいましたwww
成り行きで彰義隊になってしまったであろう仙吉は、自害することも出来ず、ただただ逃げて横浜にたどり着いてしまったようです。その逃走経路は多分芝か品川の漁師を脅して横浜まで行ったんじゃないかと・・・陸路だったら間違いなく捕まっております(-_-;)
そこまで必死に逃げたのは良いんでしょうけど流石に十日もすると体力も尽きたんでしょうね・・・せめて水でも、と路地裏の天水桶に近づいたその時にお鉄が近くを通ったというところだと思われます(●´ω`●)
でもって、ご飯を食べてそのままオフトゥンへ・・・ここから仙吉のヒモ生活が始まります。『取って喰ったりしない』といいつつちゃっかり頂いちゃっているお鉄に関してはスルーということで/(^o^)\

次回こそは仙吉の裁縫技術を駆使させたいものです(^_^;)
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