「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第二十六話・再会、そして永遠の別れ・其の貳

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 雨戸がきっちり閉められた薄暗い部屋の中、近藤は足枷を付けられ監禁されていた。ここは板橋の脇本陣、豊田市右衛門の屋敷である。それはここに監禁される前に確認することができたのだが、その後すぐに雨戸を閉め切った部屋に放り込まれてしまった。その向こう側にはあまり人の気配を感じないところから鑑みると、どうやら中庭に面した部屋らしい。限られた人数による見張りであれば、外からの侵入者が入りづらい、中庭に面した部屋に捕縛者を入れておくことはごく普通の考えだ。

 一応牢屋作りの部屋だったが、罪人としては比較的丁重な扱いを受けていた。食事も豊田右衛門直々か、娘のおとみが運んできてくれ程だ。
 ただ、最初からこのような訳ではない。最初の数日は土佐藩を中心とした拷問もあったが、薩摩藩からの申し出によってその拷問は無くなった。多分流山にやって来た薩摩藩士・有馬藤太の口利きだろう。
 更にありがたいのは見張りの横倉喜三次の存在だった。香川敬三直々近藤の見張りとして選ばれたこの男は相当の武術家だった。香川としては、中岡慎太郎がどのような理由で、新選組の誰によって殺されたのか、真実が知りたいのだろう。そこで優れた武術家で、近藤と気の合いそうな横倉を選び、近藤の見張りとして付けたのである。
 さすがに親しく話をすることは憚られたが、二言、三言の会話の中でそれはにじみ出るものだ。二人の間には剣術家独特の親近感が流れ、不思議な均衡を保つ日々が十日以上続いた。だが、その均衡が突如破られる日がやってきたのである。

「近藤勇!表へでろ!」

 それは四月二十五日、昼餉を食べた後の事だった。どうやら自分は処刑されるらしい――――――官軍兵の怒鳴り声を耳にしても、近藤の心は落ち着いていた。この数日の静かに流れる監禁の時間によって、覚悟を決めることができたのかもしれない。促されるまま近藤は立ち上がり、捕縛されてからずっと自分の見張りをしていてくれていた横倉に頭を下げる。

「これが今生の別れになるが・・・・・・可能なら貴殿のような剣術家に介錯を頼みたいものだ」

 だが、それは叶わぬ願いであろう。もしかしたら若手の練習台として首を斬られ、苦しむこともあるかもしれない。
 それでもそう告げたのは、横倉に対する近藤の最高の賛辞だった。そんな近藤の横顔を、横倉は表情を変えずじっと見つめる。その視線を感じつつ、近藤は歩き始めた。



 ぬかるんだ道を、沖田達は板橋へ向かって歩いていた。だが実際は勇五郎達若いものは小走りで、音五郎は沖田を気遣いつつ歩いていた、というべきだろう。先に行く若者たちと沖田との距離はどんどん離れ、時折見失いそうになる。

「音五郎さん、先に行ってください。私の足では皆についていくのはちょっと無理ですから」

 沖田は自分に気を使ってくれる音五郎に、先に板橋に行くように促す。すると音五郎は一瞬躊躇したものの、沖田の事場に強く頷いた。

「ああ判った。もし向こうに勇がいたら俺達が助けだすから。お前は無理するなよ、総司」

「勿論です。音五郎さんたちこそ変に敵に突っ込んでいって怪我なんかしないでくださいね」

 流石に素人相手であれば、官軍も相手を殺したりしないだろう。だが、何があるか解らない。行動は慎重に慎重を重ねたほうが良い。

「言ってくれるぜ。じゃあ先に行くからな!」

 音五郎は沖田にそう言い残すと、先に行っている息子たちの方へ走っていった。

「・・・・・・それにしても情けないな。まだ一里しか歩いていないのに」

 千駄ヶ谷から板橋までざっと二里半ほどである。京都に居た頃の沖田であれば一刻ほどもあればたどり着ける距離だが、今の沖田では一刻半以上、下手したら二刻近くかかってしまうかもしれない。

「見栄張って二本差して来ちゃったのがまずかったですね。こんなに刀が重かったなんて」

 沖田は刀の柄を撫でながら苦笑いを浮かべる。かと言って大刀を杖代わりにすることも道端に刀を捨てるわけにもいかない。仕方なしに沖田は、左腰の重さに耐えつつぬかるんだ道を一歩、また一歩と歩んでいった。



「お小夜ちゃん、おやめなさい。あんたもういつ生まれてもおかしくないんだよ?それなのに板橋の刑場に出向くなんて」

 沖田達が板橋の刑場に向かうため、千駄ヶ谷を出立した時刻と丁度同じ頃、小夜は旅姿で弾左衛門の屋敷を後にしようとしていた。そんな小夜を弾左衛門の妻が必死に止めるが、小夜は笑顔を見せたまま首を横に振る。

「板橋で処刑されるお旗本は・・・・・・近藤センセやと思うんです。総司はんは新選組と共に既に江戸を発ちはっていると思うけど、縁の方が来ているかもしれへんし」

 新選組が五兵衛新田から流山、そして会津へと転戦しているという噂は意外なほど早く小夜の耳に入っていた。革製品を扱う長吏にとって戦の情報は重要だ。それだけにどの部隊がどこにいるという情報には事欠かない。それだけに小夜も早々に江戸に見切りをつけ、江戸の町がこれ以上荒れないうちにここを発ったほうが良いだろうと決断したのだ。

「でも・・・・・・」

「板橋にもひにん宿はありますし、道中でややが生まれても何とかなります。ほんま、今日までありがとうございました」

 小夜は弾左衛門の妻に感謝を告げ、深々と頭を下げる。そして心配げな弾左衛門の妻をそのままに屋敷を後にした。
 浅草から板橋まで二里と少し、ゆっくりと、休み休み歩けば妊婦でも歩けない距離ではない。むしろ今まで息を潜めるような潜伏生活を送らざるを得なかった小夜にとって、久しぶりの外の空気は心地よいものだった。
 だいぶ人が少なくなっているとの事だったが、まだまだ江戸には人は多い。京都に比べると鄙びた感じは否めないが、ここが沖田の生まれ育った場所の近くだと思うとまた違う感慨がある。尤も、沖田が生まれ育った場所は更に田舎で、小夜は後にそれを知ることになるのだが・・・・・・。
 そんなことになろうとは思いもせず、小夜は物見遊山よろしく、お腹の子の胎動を感じつつのんびりと板橋へと向かって歩き続けた。



 沖田が板橋の刑場――――――平尾一里塚に到着した時は、既に人だかりができていた。

「江戸からだいぶ人がいなくなっているはずなのに・・・・・・一体どこから湧いてきたんですかね」

 沖田は頭を掻きながらきょろきょろと辺りを見回し音五郎達を探す。だが、あまりの人の多さに音五郎達は見つけられなかった。
 というか官軍兵の視線を避け、身を潜めているのかもしれない。それ程までにあちらこちらに官軍の兵士が見張りについており、厳しい視線で周囲を監視している。きっと処刑される人物――――――近藤を奪還しようとする者を警戒しているのだろう。

「そっか。新選組ゆかりの者じゃなくても、彰義隊あたりが名を挙げるために動くかもしれないか」

 まさかその彰義隊に原田左之助が参加しているとはつゆにも思わず沖田が呟いたその時である、周囲が不意にざわついた。刑場の竹矢来の前にある一里塚に、罪人の名前とその罪状を書いた高札が掲げられたのである。人混みのため、その文章が読める位置まで近づくことは出来なかったが、人々のざわめきでその名前は明らかになった。

「近藤だ!近藤勇だ!」

「新選組局長が断罪、だと?」

「捕まっちまえば仕方ないか・・・・・・錦絵になるほどの活躍をしたんだしな」

 中にはかなり不穏なざわめきもあったが、官軍兵が近づくとそれも掻き消えた。

(やはり、近藤先生なんですね)

 せめて竹矢来の前まで近づきたいが、高札の内容によって更に人々が竹矢来に押し寄せたためそれは無理だった。というか竹矢来が倒れそうになり、官軍達が怒鳴り散らしている。

(ここまで来て助けだすとなると・・・・・・新選組ならニ組もいれば充分なんですけど、さすがに私一人では無理、ですか)

 そうこうしているうちに罪人駕籠に入れられた何者かが、多くの兵士に囲まれて刑場に入ってきた。そしてその男が罪人駕籠から出てきた瞬間、沖田はそれが近藤であることを理解した。
 斬罪とはいえ、袴は身につけさせてもらっているのはせめてもの情けだろうか。
中央に設置された土壇近くに敷かれた筵に正座した近藤に近づいてきたのは、背の高い、痩せた男だった。その男に対し、近藤は何かを語りかける。すると兵士の一人が近づいてきて近藤の伸びた髭を剃り始めた。どうやら斬罪に臨むにあたって身を整えておきたいとの要望だったのだろう。そうこうしているうちに近藤の髭は剃り終わり、俄に緊迫感を増してくる。

(済みません。近藤先生・・・・・・私は、不肖の弟子です)

 助け出したいのはやまやまだが、竹矢来の外で見張っている官軍兵の数、そして竹矢来の中にいる鉄砲隊の数は沖田を怯ませる。昔はどんな敵に対しても斬り込んでいったはずなのに、今は敵に怯え、恩師を助けることさえ躊躇してしまっていた。そんな臆病な自分に嫌気を覚え、竹矢来に背を向けたその瞬間である。

「そ、総司・・・・・・はん?」

 沖田の目に飛び込んできたのは巡礼者の白装束に杖、明らかに臨月と判るはちきれんばかりにふくらんだ腹の若い女性だった。そのあまりにも懐かしい、驚きに満ちた表情のひとは沖田がずっと求め、探し続けていた愛しい人だ。

「さ、よ・・・・・・小夜!!」

 懐かしさと愛しさに沖田が小夜に一歩近づいたその時である。沖田の背後から耳を聾する歓声と悲鳴が湧き上がり、二人を包み込んだ。





UP DATE 2016.4.23

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予定時間をかなりオーバーましたが、ようやく書き上げることが出来ましたヽ(=´▽`=)ノというか、このラストのから続く場面を書きたかったがために長い、なが~い話をちまちま書き続けたんです(๑•̀ㅂ•́)و✧
板橋の刑場まで来ながら結局近藤を助けられなかった罪悪感、そしてその場で再会した小夜に思わず縋り付きそうになってしまった弱さ――――――ええ、拙宅の沖田総司は平凡でヘタレな男ですからwwwこの後の落ち込みっぷりがどうなるのか判りませんが、宜しかったらお付き合いお願いいたしますm(_ _)m

次回更新は一応4/30、帰省が入ってしまうかもなので後日改めて予定をお知らせいたしますm(_ _)m
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