「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第二十五話・再会、そして永遠の別れ・其の壹

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 湿気を含んだ不快な暑さが肌に纏わりつく。甚五郎の妻に新調してもらった袷に袖を通し、沖田は市ヶ谷甲良屋敷の試衛館に向かった。千駄ヶ谷から市ヶ谷まではそれほどの距離があるわけではないが、今の沖田にはその距離さえも負担だ。先の見えぬ近藤探索を鑑みると無駄な消耗は極力控えたほうがいいだろう。沖田は無理をせず街駕籠を拾い市ヶ谷へと向かった。



 久しぶりの試衛館に到着したのは昼前だった。江戸に戻ってからは何かと慌ただしかったし、病に臥せっていた沖田は殆ど今戸神社に居たのでこの場所に来たのは五年ぶりだ。だが、その懐かしい場所は官軍の兵士によって見張られ、近づくこともままならなかった。

「そりゃあそうですよね。近藤先生ゆかりの人間ならば心配して試衛館にやって来るでしょうし、残党狩りには持って来い、ってところですよ」

 実際自分ものこのこと試衛館にやってきているのである。そして自分に体力があり、複数人であったならば迷わず見張りの官軍兵を斬り捨て、試衛館内に入り込んでいただろう。だが今の沖田にそれは不可能だ。官軍の兵士に気づかれぬよう、物陰からそっと中の様子を伺うしか出来ない。そして暫く観察していた沖田はあることに気がついた。

(中に人の気配が・・・・・・しない)

 近藤の妻のツネや娘のたまが監禁されていたとしても、室内で見張りについている兵士の気配は感じられる筈だ。だが開け放たれた障子から、かなり部屋の奥まで見ることができるのに人の気配は皆無だった。となると、ツネやたまは別の場所に監禁されているのだろうか――――――一瞬、不安と怒りを覚えた沖田だったが、ふとあることを思いついた。

「上石原・・・・・・あっちならまだ官軍の手が回っていないかもしれない」

上石原村には近藤の実家があり、そこには近藤の兄達が暮らしている。もしかしたらツネやたまは予めそちらに避難しているかもしれないし、そうでなくても現状が判る可能性が高い。町駕籠では無理かもしれないが、新宿まで出てから宿駕籠を使えば二刻で上石原村に到着するだろう。

(せめておツネさん達が無事で居てくれれば良いんですけど)

 知人の安否一つ確認するのさえ大変な状況に、沖田はこれからの近藤捜索の困難さを改めて思い知らされた。



 町駕籠で一旦新宿まで出て、そこから宿駕籠に乗り換えた沖田は夕方に上石原村に到着した。そしてうろ覚えに覚えていた近藤の実家・宮川家を訪れた。

「おう、総司か!久しぶりだな!わざわざこっちまで来てくれたのか!」

 使用人に沖田の来訪を告げられた音五郎は自ら玄関に出向き、近藤とよく似た四角い顔に満面の笑みを浮かべて沖田を出迎えた。

「ご無沙汰してます、音五郎さ・・・・・・ん」

 近藤を彷彿とさせる笑みを見て気が抜けてしまったのか、沖田は立ちくらみを覚えてその場にしゃがみこんでしまう。

「おい、大丈夫か!顔色が悪いぞ?」

 音五郎は慌て、裸足のまま玄関に飛び降りると沖田の肩を掴んだ。

「お、音五郎さん。おツネさんやおたまちゃんは・・・・・・」

 貧血でも起こしているのだろうか。唇まで真っ青な沖田だったが、それでもツネやたまの居場所を知りたいと必死に音五郎に尋ねる。

「安心しろ、無事だ。この家にいる。それよりお前は・・・・・・」

「少しばかり体力が戻ったので近藤先生を探そうと・・・・・・ちょっと無理をしてしまいました」

「とにかく暫く休め!お~い、誰か布団を!!」

 音五郎の切羽詰まった声に尋常ならざるものを感じたのか、使用人たちが慌ただしく動きまわる気配が屋敷中に満ちる。その足音を聞きながら、沖田は安堵してしまったのか、そのまま意識を手放した。



 沖田が目を覚ました時、周囲はすっかり暗くなっており、音五郎やその家族、そしてツネが沖田の顔を覗き込んでいた。

「あ、おツネさん。良かった、ご無事で・・・・・・」

 江戸が官軍に占領されている状況である。近藤勇の家族というだけで捕縛されていてもおかしくないだけにツネの顔を見た瞬間、沖田はほっとして思わず涙を零す。

「総司さん。無理をしないでください。それよりよくここまで来てくださいました」

 そんな総司の安堵をひしひしと感じたのだろう。まるで母親のような口調で、ツネは沖田にねぎらいの言葉をかけた。

「それよりも総司。新選組は会津に向かったんじゃなかったのか?」

 少なくとも音五郎は新選組が会津に向かうことだけは聞いていた。それなのに何故沖田が江戸に残っているのか――――――そんな音五郎の疑問に沖田は小さく頷き、自らが知っている事を語り始めた。

「ええ、本隊は・・・・・・でも、近藤先生が官軍に投降したというのを聞いて、私は江戸に残りました。尤も、会津に行く体力もありませんでしたけど」

 自嘲気味に沖田は笑うが、音五郎達はそうではなかった。

「勇が投降だと?おい、総司。それはいつのことだ?」

「ええ、と十日とちょっとくらいですかね。流山で包囲されたと聞きましたけど」

 土方から聞いた話を思い出しながら語る沖田に、音五郎は悔しげに唇を噛み締めた。

「もうそんなに経過するのか・・・・・・江戸から離れた上石原村じゃ、まったく話が流れてこない」

 苛立ちを露わにしながら音五郎は近くに居た息子の勇五郎に声をかける。

「勇五郎!明日から試衛館の皆に声をかけて勇を探しに行くぞ!総司、お前はしばらくここで・・・・・・・」

「そうはいきません。もう官軍に捕まって十日以上経っているんです。いつ何があってもおかしくない・・・・・・私も、近藤先生を探しに行きます」

 すると、今まで黙っていたツネが不意に頭を下げた。

「お願いします。主人を・・・・・・見つけてくださいませ」

 普段は武士の妻として己の感情を露わにしないツネだが、流石に感極まったのか涙ながらに音五郎や沖田に頼み込む。その頼みにその場に居た男たちは声さえ出すことが出来なかった。



 翌日、音五郎らと共に江戸に戻った沖田だったが、さすがに無理が祟ってしまった。千駄ヶ谷の離れに帰宅した途端に体調が悪化、丸一日人事不省のごとく寝込んでしまったのである。

「・・・・・・我ながら、情けないですね」

 天井を見上げながら沖田は呟く。この無為な一日が近藤の救出に間に合わなくなるかもしれないのだ。どうしようもない事実に更に落ち込みそうになる沖田だったが、そんな沖田を慰めるかのごとく、黒猫が庭先から上がってきて、沖田の布団の上に乗っかってきた。

「お前ですか。本当に人懐っこいですね」

 沖田は微笑みながら布団の中から手を伸ばし、黒猫の頭を撫でる。

「せめてお前くらい動き回ることができたら良いんですけどね」

 布団越しに伝わってくる、日差しとは違う温もりは沖田に生きる力を思い出させてくれる。まるで黒猫が沖田に生命力を分け与えてくれているようだ。

「早く動けるようになって、近藤先生を探さないといけませんね」

 でなければ、江戸に残った意味が無くなってしまう――――――沖田は黒猫の背中に手を伸ばしつつ、決意を新たにした。



 沖田が寝込んでいる間、音五郎や試衛館の弟子たちが総出で近藤の監禁場所を探し続けたが、なかなか見つけ出すことが出来なかった。というより、怪しいと思われる場所には官軍の兵士が二重、三重に警護していて近寄れないのだ。

「試衛館も怪しいんだよなぁ。あとは板橋近くの東山道総督府の屯所だな。あそこいらへんが怪しいんだが」

 昼になり、沖田のいる甚五郎宅の離れに集まった音五郎達が己の見立てを口にする。

「確かに、あそこの警備は特に厳重だったよね。絶対にどちらかだと思うけど」

 口々に自らの考えを口に出す音五郎たちの言葉を沖田はじっと聞き入っている。その膝には黒猫が丸まって寝ていた。

「そうなると迂闊に近寄れませんね。特に試衛館は近藤先生目当ての弟子たちを捕まえようとしているような気がします」

「確かにな。悔しいが、手も足も出ない」

 音五郎の呟きに全員ががっくりと肩を落としたその時である。

「大変だ!今日の午後、誰か偉い旗本の処刑があるって!すごい噂になってる!」

 音五郎の息子、勇五郎と数人の弟子たちが泡を食って沖田や音五郎のいる離れに転がり込んできた。目上の者に対しての敬語さえ忘れるほどだから、相当興奮しているのだろう。

「何だって?」

 息子たちの報告に、音五郎も思わず膝立ちになる。

「板橋で、かなりの大人物の処刑があるって・・・・・・もしかしたら勇おじさんじゃないかもしれなけど、相当警備が厳重だから、もしかしたら」

「可能性はあるな。よし、板橋に行くぞ!」

 音五郎の檄に、他の弟子達も立ち上がるが、沖田も黒猫をそっと膝から下ろして立ち上がった。

「おい、総司!お前は無理するな!」

 立ち上がった沖田に驚いた音五郎が沖田を止めるが、沖田は首を横に振った。

「冗談を言わないでくださいよ、音五郎さん」

 沖田は刀掛けに掛けてあった大刀を手にすると帯に差す。

「近藤先生が処刑されるかもしれない時に寝てられますか。この生命を賭けても近藤先生を助け出します」

「判った・・・・・・皆!行くぞ」

 正直厳重な警備の中近藤を助けられる可能性はほぼ皆無だ。だが行かずにはいられない。ずっしりと重たく感じる大刀を腰に感じながら、沖田は試衛館の仲間と共に玄関へと向かった。



UP DATE 2016.4.16

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江戸に残った総司の、近藤局長探索が本格的に始まりました。とは言っても官軍の兵士がうじゃうじゃいる中、取り敢えず行くことが出来たのは近藤の実家、宮川音五郎のところだけだったという・・・(´・ω・`)それでも音五郎達に近藤の現状を伝えられ、探索の仲間を増やせたのは収穫でした。流石に病人一人じゃ探索もたかが知れている・・・。
そしてその効果が出たのでしょうか、『大身旗本の処刑』という噂を宮川勇五郎が拾ってくることが出来ました(๑•̀ㅂ•́)و✧
実はこの処刑、本当にその日の朝に決まって、夕方に実行されたという慌ただしいものだったそうで(-_-;)それを聞き逃さず、拾ってきた仲間たちの努力には頭が下がります。

次回更新は4/23、監禁されていた近藤視点の話になります。
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