「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第二十四話・それぞれの進む道・其の肆

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 仲間と袂を分かち、ただ一人江戸に舞い戻った原田左之助がまず向かった先は今戸神社だった。そこは今まで幕府軍の怪我人を収容していた場所でもあり、沖田が居た場所だからである。だがそこは既にもぬけの殻で神官らに聞いても沖田がどこに行ってしまったのか全くわからないと言われてしまった。

「ま、そりゃそうだよな。こんだけ薩長の奴らがうろついているんだからよ」

 今戸に着くまで多くの官軍兵と出くわした。さすがに新選組幹部が単身江戸に舞い戻ってくるという暴挙をするとは思わぬ官軍兵に声をかけられることはなかったが、これからは違ってくるだろう。

「さぁて。これからどうするかな」

 今戸神社の者にさえ行き先を告げていないということは、沖田は完全に潜伏して近藤の探索に当たっているのだろう。尤も動くことができたら、という前提である。最悪寝込んでしまっている可能性だってあるのだ。となると、沖田を探すのは後回しだ。かと言って一人で探索するにも限度がある。

「となると、残りは上野の彰義隊、か」

 聞く所によると、。結成の噂を聞きつけた旧幕府ゆかりの者のみならず、町人や博徒や侠客も参加しているらしい。それならば入り込むことも容易いかもしれないし、事情を話せば近藤の探索も手伝ってもらえるかもしれない。

「頭で考えてもしょうがねぇしな。まずは上野に出向くか!」

 原田は大きく息を吸い込むと、上野へ向かうため踵を返す。その瞬間、地面に転がっている白い物体が原田の目に飛び込んできた。

「招き猫、か?こんな所に放り出されちまってまぁ」

 それは土埃で汚れた小さな招き猫だった。江戸からの脱出の混乱で転がった供え物なのか、それとも子供の悪戯なのかは定かではない。だが縁起物をそのまま地べたに転がしておくのも気が引ける。

「これも何かの縁だ。土埃だらけの招き猫だって何か招いてくれるだろうよ」

 原田は招き猫を拾うと、袂で軽く埃を拭い、招き猫を懐にしまう。

「できれば近藤さんを招いてくれよ」

 原田は懐にしまいこんだ招き猫に声をかけると、今戸神社を後にした。



 上野寛永寺にたどり着いた原田は、あっさりと頭取への面会を許された。まだ十代と思しき隊士に案内され屯所となっている寛永寺本堂へと入ってゆく。

(それにしても若いな。新選組の小姓連中くらいの奴らもいるじゃねぇか)

 新選組でも十七、八くらいの隊士なら多くいたが、彰義隊にはどう見てもそれ以下の者もチラホラと見受けられる。さすがに巡察とかはさせていないと思われるが、元服前の少年がここまで多くいるというのも気がかりだ。それほどまでに旧幕府軍は切羽詰っているのだろう。
 そんな事をとりとめもなく思っているうちに原田は本堂の一番奥にいた頭取の前にたどり着いた。その顔を見て原田は思わず声を上げる。

「あ、何だ。天野さんじゃねぇか!彰義隊の頭取ってていうからどんな気難しい野郎かとおもいきや」

「それはこっちの科白だ。泣く子も黙る新選組幹部が彰義隊に入隊希望とはどういう了見だよ」

 元々上野国甘楽郡磐戸村の名主の息子である天野は生粋の武士とは違う、粗野な部分があった。それは新選組と通じるところもあり、原田は決して嫌いではない。京都で顔を合わせたことは一、二度だが天野の方も原田を覚えていた。

「まさかこんなところで再会するとは。それにしてもよく無事で」

「単身江戸に舞い戻ってくるバカな野郎はいねぇと向こうも高をくくっているんだろ?何度も敵の兵士と出くわしたけど、一度も声をかけられなかったぜ」

 出された渋茶を一口すすると、原田は顔をしかめた。

「おいおい、茶葉を入れすぎだろ?しかも熱すぎだ!俺を殺す気かよ。まさか他の客人にこんな苦い茶を出しているんじゃねぇだろうな?」

 茶を出した少年に原田は思わず小言を言ってしまう。それほどまでにその茶は渋く、やたら熱かった。原田に小言を言われ、しょげかえっている少年に代わり天野が詫びを入れる。

「済まぬ、原田さん。何せ十代の若造が多いもので」

「・・・・・・それを言ったら俺も人のことは言えねぇな。試衛館で散々まずいだ苦いだ言われて、ようやくまともに茶が淹れられるようになったくらいだからな。ところでちょいと聞きてぇことがあるんだが?」

 原田は声を潜める。

「確かどこぞの奥右筆が彰義隊の頭だ、って聞いてたんだが、それを差し置いて何故あんたが頭取に?」

「それが、込み入った理由があってな。端的に結果を言えば、彰義隊は内部分裂を起こしたんだ。抗戦派と恭順派が真っ二つに。で恭順派の渋沢さんたちが離脱して今に至る、と」

 その瞬間、急に原田が高笑いをする。

「あはは!!内部分裂か。耳が痛いぜ。俺ら新選組も同じく分裂したクチだからな」

 生き延びるためにはどこの隊も必死なのだ。互いに意見を主張し、共に戦えないとなったら袂を分かち、新たな仲間と合流し会津へと向かう。だが原田はふと思う。

(このまま意見の違いによってあっちこっちが分かれてちゃあ、呉越同舟とはいえ力を合わせている敵に勝てねぇな。負けるべくして俺達は・・・・・・負けているような気がする)

 若葉を透かして差し込む陽光は、強くて鮮やかで、そして儚い――――――まだ淡い緑陰に忍び寄る、確実な死の匂いを原田は肌で感じとった。



 千駄ヶ谷に移った沖田であるが、何故か少しづつ体調が良くなり始めていた。松本良順に直接診てもらっていた時でさえ徐々に悪化していた体調が、である。
 植木に囲まれた清浄な気が良いのか、それとも気を使わぬ一人暮らしの環境が沖田に良い影響を及ぼしているのか、ここ最近はようやく食欲も戻り始めていた。あと二、三日もすれば確実に近藤の探索に動き出すことができるだろう。

「なんだかんだ言って私も人に気を使っていたのでしょうね」

 そもそも子供の頃から家族や試衛館の仲間の顔色を伺い、行動していた沖田である。こんな風に長期にわたり――――――とは言っても五日ほどだが、一人でいた事など初めてだ。だが、今までと打って変わってここでは潔いほど一人になれる。甚五郎らも沖田を気遣って食事を運ぶ時以外は滅多に近寄ってこない。それが疲れ果てた沖田の心を癒やしているらしい。

「これで、小夜と再会出来たら言うこと無いんですけどね」

 勿論近藤探索も行うが、それ以上に小夜を求める気持ちが強かった。やはり『江戸に小夜がいるかもしれない』という事実がそう思わせるのかもしれない。
 更に変わったと自分が思うのは、官軍の兵士の気配が感じられても己の身体の中に殺意が満ちてこないことである。以前なら自らの気配を消し、一度で仕留めようと狙いを定めたはずなのに――――――縁側に腰掛け、初夏の光を浴びながら、沖田は自嘲する。

「もう、私は武士じゃないのかもしれないですね」

 剣を持たぬ事や新選組の仲間から離脱した事に安堵する日々、そして官軍にさえ抱けなくなってしまった殺意に、それとは逆に愛しい人をひたすら求める気持ち――――――新選組一の使い手と謳われた沖田総司はここにはいない。いるのは平凡すぎるほど平凡な一人の男だった。
 体調が戻れば以前のような猛々しい気持ちが漲ってくるのか、それともこのまま戦いから逃げてしまうのか自分では判らない。ただもう少しだけ、一人で心と体を癒やす時間が欲しいと思う。

「あれ?猫・・・・・・ですか?」

 ふと気が付くと、黒猫がじっと沖田の方を見つめていた。そして沖田と目が合うと、とことこと沖田に近づいてきたのである。

「へぇ、人懐っこい子ですね。甚五郎さんの飼猫ですかね」

 得てして警戒心が強いと言われる猫なのに、その黒猫は特に警戒する様子も見せず沖田に近寄ってきた。毛並みも美しく整えられ、よく見ると首に鈴が付けられている。間違いなく飼猫であろう黒猫は、沖田の足元に近寄ると甘えるように身体を擦りつけてきた。

「そう言えば、昔はよくこうやって猫が近寄ってきてくれましたっけ」

 試衛館での修行時代、何故か沖田は動物に好かれることが多かった。子供の頃は残飯の片付けなどもしていたので理解できるが、塾頭になっても稽古の時以外はごく自然に猫や犬に懐かれていたのだ。
 しかし京都に行ってからはそんなことは全く無かった。仕事で忙しかったせいもあるが、四六時中殺気を漂わせていたからだろう。

「身の丈に合わない無理は、何も生み出さないってことなんでしょうかね」

 沖田は足元に纏わりつく猫を抱き上げ、その背中を撫でた。黒猫の毛並みは柔らかく、その温もりは沖田に力を漲らせてくれる。

「身の丈にあった動きを・・・・・・明日から、近藤先生を探しに動き出しましょうかね」

 僅かな一歩、それが踏み出せる力がようやく戻ってきつつある。それがいつまで続くか判らないが、この機会を逃してしまえば近藤を見つけ出すことも叶わず小夜にも二度と会えなくなるだろう。
 沖田は黒猫の耳の後ろから頬のあたりを掻いてやりつつ、キラキラと自分に降り注ぐ木漏れ日を見上げた。




UP DATE 2016.4.9

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それぞれの進む道、第四話は奇しくもサノと総司の対比となってしまいました(´・ω・`)
サノが手にしたのは『死』を予感させる今戸焼の汚れた招き猫、そして沖田に近寄ってきたのは『生』に満ちた毛艶の良い黒猫です。どちらも『猫』ではあるんですけどねぇ・・・。

次回更新は4/16、第九章本編最終話となります『再会、そして永遠の別れ・其の壹』をお送りいたします。
(何とか第九章内で局長の処刑と小夜との再会の目処が付いたorz)
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