「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・春夏の章

白藤に誘われて・其の壹~天保八年四月の誘惑

 ←ボカロ小説・アプリとAI~それでもボカロは恋をする1 →烏のまかない処~其の二百四十九・この春手に入れたキッチン用品達
 天保八年四月、十一代将軍・徳川家斉から十ニ代将軍・徳川家慶への代替わりの儀式が江戸城を中心に行われた。大名だけでも参勤交代で江戸を去るもの、そして江戸にやってきたものが代わる代わる新将軍に謁見し、宴も毎晩のように行われるが、それだけではない。
 上は朝廷の使者から下は町役人、代官にも幕府の役人は対応しなければならない。
また、山田家のように将軍の代替わりを機に自らの家の代替わりをする家も少なくなかった。その対応も更に役所を忙しくする原因となり、幕府はてんやわんやの大騒動となっていた。
 そんな表の騒動をあざ笑うかのように、大奥の女中達、特にお美代の方付きの女中達は己の欲望を満たすため、代参と称しての感応寺参拝を繰り返していた。



 この日も感応寺大伽藍で行われた法要には、きらびやかな打掛を身にまとった大奥女中達が多く参加していた。その中に真希とふみ、幕府御庭番の二人も紛れている。ともすると眠気を誘われる僧侶らの読経に耐えつつ、真希は隣でかしこまっている後輩に声をかけた。

「浅木。手柄を焦ることはないけど、できるだけあの男に近づきなさいね。纏わりつくおばさんたちを蹴散らすのは大変だろうけど」

真希の言葉にふみは小さく頷いたが、その顔には緊張が滲んでいる。

「吉野さま。私・・・・・・うまく出会うことができるでしょうか?それでなくてもこんなに僧侶の数が多いですし」

 目の前で読経をしている僧侶だけでも三十人ほど、この場にいない僧侶を合わせると五十から六十人くらいの僧侶がいるだろう。更に大伽藍いっぱいの奥女中達――――――たった一人の僧侶を探すのも一苦労だろう。だが、そんなふみの心配を他所に真希は楽観的に構えていた。

「大丈夫でしょう。きっと向こうがあなたを見つけ出してくれるわ。それに今回がだめでも次があるし、他の実力者があなたの若さに食指を動かすかもしれない。素性さえバレなければ相手が誰でも構わない。仕事の目的を見失わなければいいから」

 感応寺の不祥事、それの動かぬ証拠さえつかめばいいのだという先輩の一言に、ふみの緊張はほんの少しだけ解けた。



 大伽藍での法要が終わった後、奥女中達は『本来の目的』を果さんと、我先にと奥の間へ雪崩れ込む。その背中を見つめつつ、やはりふみはその中に入ることを躊躇ってしまう。そんな後輩の様子に苦笑いを浮かべつつ、真希はふみに『無理はしなくていい』と慰めた。

「素手で『本陣』に攻め込んでも返り討ちに合うのが関の山だしね。あなたは庭で待っていなさい。それにどうやらあっちのほうが動いてくれるみたいだから」

 真希の視線の先を見ると、日寛が同僚と共にちらちらとこちらの方を見ているではないか。どうやらふみが来ていることに気がついた日寛が、奥女中達の『ご接待』を他の僧侶に頼んでいるらしい。

「私の方からもお美代の方付きの女中らにそれとなくいい含めておくわ。『大御所様付きの女中』として、後輩の恋路を邪魔するな、ってね」

「こ、恋路って・・・・・・!!」

「だって本当のことは言えないでしょ。それにお美代の方の女中たちを牽制するのにまたとないいい機会だわ。その点でもあなたを利用させてもらうからね」

 家斉が一線を引くとは言っても、暫くの間は『大御所』として政治を操ることは誰の目から見ても明白である。その一方、大奥の力は家慶の妻妾へと移り、お美代の方の力は格段に弱まるのは目に見えている。その点をちらちらと突きつければ、お美代の方付きの女中たちも我を張ることはできない。日寛を籠絡するのにまたとない機会だ。

「とにかくあなたはあの僧都と関係を持つこと。それだけに集中しなさい。何か話を聞き出そうとするのはその後――――――半年、一年後だからね」

「そんなに長く、かかるのですか?」

 あまりに長く掛かりそうな捜査にふみは思わず声を上げてしまう。

「何言ってるの。地方出張の者なんて、数年がかりでその土地の言葉を覚えてから潜入調査をするんだから。一年なんてむしろ短いほうなんだから、気長に、慎重に――――――でも確実に、ね」

 そう言い残し、真希は他の女中たちに続き奥の間へと入ってゆく。その後姿を見送った後、ふみは意を決して庭へと出て行った。



 感応寺の庭はすっかり初夏の彩りになっていた。菖蒲や躑躅も見事だが、中でもふみの気を引いたのは庭の片隅にある藤棚だ。そこには真っ白な白藤が咲き誇り、甘い香りを漂わせている。その匂いに誘われるように、ふみは藤棚の下へと近づいた。

「きれい・・・・・・」

 白藤を見上げつつ思わず呟いたその時である。庭の奥からかさり、と足音がした。

「日寛、さま?」

 音がした茂みに思わず声をかけたふみだが、出てきたのは日寛人は違う、作務衣を身につけた二人の僧都だった。年の頃はふみとそう変わらない、二十歳に届くか届かぬかと言ったところだろうか。そしてふみを見るなり欲望も顕に目をギラつかせながら一歩、また一歩とふみに近づいてきた。

「へぇ、なかなかの上玉じゃないか」

 ひとりがあからさまな舌なめずりをして、下卑た笑いを浮かべる。

「それに『天悦』目当ての婆ぁと違って結構若いし。懲罰掃除もたまにはいいことがあるんだな」

 もう一人もにやにやと欲望むき出しの笑みを浮かべ、今にもふみに飛びかからんと身構えている。そんな獣欲丸出しの二人を前に、ふみは思わず後退りする。

「あ、あの・・・・・・日寛さまはどちらに?」

 反射的に尋ねるふみだったが、そんなふみに対し、二人は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「ああ。あの日寛さんなら奥の間で『ご接待』に勤しんでいる頃ですよ。『ご接待』目当てなら俺達があんたのお相手を・・・・・・」

 若い僧都は更に一歩、ふみとの間合いを詰める。あと一歩でふみの懐剣の間合いだ。ふみは帯に差した懐剣の柄を握り身構える。まさにその刹那である。

「日謄!日烈!何をしている!」

 不意に鋭い声がふみの背後から突き刺さり、次の瞬間ふみは背後から抱きしめられたのだ。ふみは驚き、自分を抱きしめた相手を見上げると、それは怒りの表情を露わにした日寛だった。

「『天悦』目当てのお客人ならいざ知らず、庭を愛でているお客人に声をかけるとは何事ぞ!」

 以前の出会いとはまるで違う、不動明王のような厳しい姿にふみは呆然とする。そしてそれは二人の若い僧都も同じようで、怯えも露わに震えていた。

「も、申し訳ございませぬ!何卒、ご容赦を!!」

「もう、二度とこのような真似は・・・・・・」

 自分たちが日寛の逆鱗に触れてしまったことを思い知らされた二人は、日寛に平謝りに謝る。だが、日寛の表情は厳しいままだ。

「それほどまでにおなごの肌が恋しいのであれば、今から奥の間に行って『ご接待』をしてこい。懲罰はその後だ。尤も――――――」

 日寛の声が更に低くなる。

「掃除ごときの懲罰で済むと思うなよ」

 その一言に二人の若い僧都の表情は恐怖に歪み、一目散に日寛とふみの前から走り去った。もしかしたら二人はこのまま感応寺を脱走するかもしれない。

「申し訳ございませぬ、浅木殿。躾がなっていなくて」

 逃げ去る二人の背中を見送った後、日寛はふみを抱きしめていた腕を緩めながら謝る。

「あの二人は、寝坊して朝の勤めを果たさなかったのです。その罰として副住職から庭掃除の懲罰を課せられていたのですが・・・・・・どうやらその意味を全く理解していないようだ」

 憤懣やる方ないといった風情の日寛に、ふみは思わず安堵の笑みを零した。少なくともふみの前では、日寛はまともな僧侶だ。上司である本條や、先輩である真希に色々聞かされているが、現時点ではそれを無視してしまって構わないだろう。

「あの・・・・・・助けてくださって本当にありがとうございます」

 ふみはぺこり、と頭を下げる。

「そもそも私が庭に出てこなければあんな事には・・・・・・庭に出れば日寛さまにまた逢えるのでは?と思った私が浅はかでした」

「拙僧、に?」

 その瞬間、日寛の眼の奥がぎらり、と光る。その光は先程の若い僧都が露わにしていた獣欲の光だ。だが次の瞬間、日寛はそれを巧みに隠し、ふみに邪気のない笑みを見せる。

「はい。前回御相手してくださった時のお話があまりにも面白くて・・・・・・それと、あの・・・・・・」

 ふみは顔を真赤にして言い淀む。

(この機会を逃したら、二度目は無いかもしれないんだから)

 どんなことがあっても勤めは果たす、それが幕府御庭番の使命である。しかも相手は野望に満ち溢れているとはいえ、若い美僧だ。他の仲間に比べたら自分は恵まれている――――――ふみは意を決し、思い切って口にした。

「日寛さまとなら・・・・・・その、『天悦』も・・・・・・」

「それ以上は言わなくていいですよ、浅木殿」

 更に言葉を続けようとしたふみの唇を、日寛の指先が軽く塞ぐ。そして日寛の顔が近くに――――――それこそ唇同士が触れるほど近くにまで近づいてきた。

「おなごである貴方様にそこまで言わせてしまって申し訳ありませぬ。でも、本当にいいのですね?拙僧としてはありがたい申し出ですが」

 すると、ふみは自分の唇を塞いでいる日寛の手をやんわりと外しながら答える。

「はい。日寛さまさえよろしければ、お願いいたしま・・・・・・!」

 ふみの言葉は最後まで言い切ることが出来なかった。日寛の唇がふみの唇を塞いだからである。その唇は柔らかくふみの唇を食んだあと、ゆっくりと離れてゆく。

「では、宿坊に行きましょう。今の時間なら誰も居ないはずですから」

 甘い美声がふみの耳をくすぐる。その声に惑わされたかのように、ふみはまるで操り人形の如くこくり、と首を縦に振った。



UP DATE 2016.4.6

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)

 



3月の新婚さんから一転、今月は御庭番感応寺捜査シリーズと相成ります(〃∇〃)
幕府が諸々忙しい中、その目をかいくぐり感応寺に参拝を続ける奥女中達、その中に潜んだ真希とふみ、二人の捜査が本格的に始まったようです。というか、ようやくふみが日寛と関係を持てるようになったというか(^_^;)

次回更新は4/13、宿坊での情事に相成ります(勿論★付きです^^;)
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【ボカロ小説・アプリとAI~それでもボカロは恋をする1】へ  【烏のまかない処~其の二百四十九・この春手に入れたキッチン用品達】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【ボカロ小説・アプリとAI~それでもボカロは恋をする1】へ
  • 【烏のまかない処~其の二百四十九・この春手に入れたキッチン用品達】へ