「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第二十ニ話・それぞれの進む道・其の貳

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 若葉越しに初夏の日差しが透けて見え、爽やかな風が通り抜ける。ひなたぼっこをするには少々強すぎる日差しを受けながら、沖田は今戸神社の縁側に座っていた。背後では松本良順の弟子や小者達が慌ただしく引っ越しの準備をしている。官軍が本格的に江戸を支配し始めたのを機に松本は今戸神社を引き払い、会津へ向かうというのだ。
 一応沖田も会津行きを誘われたが、小夜を諦めきれないということで松本の誘いを断った。そもそも会津に行けるだけの体力は沖田のやせ細ってしまった身体に残されてはいない。このまま松本と共に会津に行っても足手まといになることは火の目を見るより明らかである。それ故、引越し準備の最中にもやけにのんびりした風情を醸し出していた沖田だったが、そんな沖田の背後から聞き慣れた声が呼びかけてきた。

「おい、総司。今日はだいぶ元気そうだな」

 それは本来であればここには居ない人物の声――――――土方の声だった。

「あれ、どうしたんですか土方さん?既に江戸を出られたのかと思いましたけど」

 驚きを露わにしながら、沖田は土方の方へと振り返る。

「軍資金の調達ですか?だったら松本先生は奥の部屋に・・・・・・」

「いや、それもあるが今日はおめぇにも用がある」

 その顔には一切の笑みもなく、眉間にしわまで寄っている。これは只事ではない――――――土方が醸し出す空気で、沖田は一瞬に悟る。

「一体・・・・・・何ですか、こんな身体の私に頼むような用事って?」

「近藤さんが敵に捕まった」

 一瞬の躊躇も入れず、土方は沖田の問いかけに答えた。本当の危機に直面した時、土方はどこまでも非情で合理的になる。こんな時の土方の言葉には、嘘偽りなど一切入る余地が無くなる――――――それは今まで嫌というほど思い知らされている沖田だが、今回ばかりは俄に信じることが出来なかった。

「何、ですって?冗談にしてもたちが悪すぎやしませんか、土方さん」

 そもそも何故そんな事を病人である自分に告げに来たのか。沖田が怒りさえ覚えたその時である。

「おい、土方。聞き捨てならねぇ事を言ってくれるじゃねぇか!」

 そう声をかけてきたのは自らたすき掛けをし、引っ越しの準備をしていた松本である。松本は二人のそばにズカズカと近づいてくると、その場にあぐらをかく。

「近藤が捕まった、だと?」

 どすの聞いた唸り声で尋ねる松本に土方は頷き、淡々と事実を語り始めた。

「ええ、流山で包囲され、隊士を逃がすために近藤さんは投降しました。でなけりゃあの場で腹を切りかねなかったんです。近藤さんを少しでも生かすために、隊士達を盾に投降させたんです」

 その言葉に松本は勿論、沖田も深く頷いた。確かに近藤だけだったら武士の矜持を持って潔く腹を斬っていただろう。それを回避し、少しでも長く生かすためには投降という道しかその時は無かったのかもしれない。

「・・・・・・ということは、近藤先生の奪還が私の役目ですか?」

 何故か嬉しそうに語る沖田に、土方は『そこまで出来りゃ会津に来れるだろう』と嫌味を吐く。

「おめぇにゃ江戸で近藤さんの探索を、と思ってここに来たんだ。奪還の場合は試衛館の門弟や八王子千人同心辺りに手伝ってもらわなきゃさすがに無理だろうし。そんな事で総司、おめぇに近藤さんの探索を、松本先生には総司の治療を、と頼みに来たんだが、松本先生がここを引き払うとは計算外だった」

 ここへ来てようやく笑顔を見せた土方に、松本はガハハ、と高笑いする。

「ああ、俺自身時も脛に傷持つ身なんで、ちょいとこの場には居づらくなってな。動けるやつを引き連れ会津に出向くつもりだ」

 確かに怪我人や松本本人の身の安全を考えるならばその方が良い。土方は納得し、改めて沖田に尋ねる。

「となると・・・・・・総司。オメェはどうするつもりだ?」

「勿論、江戸に残りますよ。いろいろな意味で」

 小夜との再会の他に、近藤の探索、あわよくば救出という使命も増えたのだ。ますます江戸に残らざるを得ないと沖田は言外に匂わせる。

「そうか」

「これからの潜伏先に関しても、松本先生が千駄ヶ谷に手配してくれましたし、私は大丈夫です」

 やせ細った頬に浮かぶ、沖田の微かな笑みに土方は一瞬心配そうな表情を浮かべたが、すぐに元に戻る。

「じゃあ総司。近藤さんのことは頼んだぞ」

「承知」

 そんな二人を見つめつつ、松本も口を挟んだ。

「本当は、浅草からお小夜を引っ張りだされば良いんだが・・・・・・これだけの敵の兵の数だ。迂闊な行動ができずに結局そのままだ」

「こればかりは仕方がねぇ。向こうは身重だし無理はさせられん」

 土方はそう言い切り、立ち上がった。

「じゃ、そろそろ俺は行く」

「会津ですか?だったら松本先生とご一緒に・・・・・・」

「いや、俺がこれから向かうのは小梅村だ。まだ江戸に潜伏している奴らと合流した後、そっちへ向かう」

「え?」

 土方の口から飛び出した思わぬ行き先に、沖田は目を丸くする。すると土方は不服そうに鼻を鳴らし、その事情を説明した。

「勝の野郎に言いくるめられた。『近藤を助けたいんなら、自分で助けたらどうだ?兵は貸してやる。戦死者を多く出し、新入りが多い新選組よりは使い勝手は良いぞ』ってな。どのみち小梅村にゃ幕府方の荒っぽい奴らが集結するって話だ」

 そう言いながら土方は肩をすくめる。

「で、伝習隊の大鳥隊長への紹介状を押し付けられた。本当にこんなもんで伝習隊を借りることができるのか甚だ不安だが、それは近藤さんの助命交渉の条件だと言われりゃ文句の一つも言えねぇ」

「伝習隊って・・・・・・幕府歩兵の精鋭部隊じゃないですか!フランス軍事顧問団の直接指導を受けたって話、私だって聞いたことがありますよ?」

「ああ、そうだ。確かに京都以来の隊士が少なくなっている新選組よりは遥かに使える。しかし近藤さんの救出なんて・・・・・・だが、あいつの申し出を呑まなけりゃ近藤さんの助命交渉さえしてもらえねぇ」

「してもらえるかどうかも怪しいですけどね」

「だからおめぇに近藤さんの探索を頼むんだろうが」

「確かに・・・・・・解りました。できるだけ、近藤先生を救出できるよう・・・・・・ごほっ」

「おい、総司!」

 土方は慌ててしゃがみ込み、沖田の背中を擦る。

「あ、すみません。ちょっと風邪が・・・・・・なかなか治らなくて」

 確かに沖田はかなりやせ細っていた。気鬱のため食が細くなっていたがそれが更なる気鬱を生み、悪循環へと陥っているのだ。本当ならばゆっくり養生させてやりたいところだが、世の中の波がそれを許してくれない。

「近藤さんのことは・・・・・・無理するなよ」

「土方さんも、ご武運を」

 もしかしたらこれが最後になるかもしれない――――――互いにそう思いながらそれは言葉に出来なかった。



 翌日、動ける怪我人を引き連れ松本良順が江戸を発った。それを見送った後、沖田は松本によって手配された千駄ヶ谷の植木職人・甚五郎の許へかごを使って向かった。

「お待ちしておりやした。松本先生から話は伺っておりやす」

 到着した沖田を出迎えた甚五郎は、すぐさま小さな離れに案内する。それは沖田の体調を慮ってということもあるが、やはり官軍の目というものも気にしなければならないからだ。
 沖田が案内された離れ座敷は六畳と四畳半の部屋が一つずつ、後は小さな土間が付いていた。沖田一人が住むには大きすぎるほどの広さだ。

「もともとうちの女房の母親が住んでいた離れでしてね。母屋じゃ職人の出入りが煩くて、ってことで作ったんですよ。周囲を囲っているのは少々大きめの植木ばかりなんでね。そう簡単に薩長の輩に見つかることはありません」

 甚五郎が言うとおり、離座敷の周辺を若葉生い茂る楓や万年青、桜や松が囲っていた。

「確かに。ではしばらくお世話になります」

 沖田が頭を下げると甚五郎もペコリと頭を下げ、母屋へと去っていった。甚五郎が去った後、沖田は離れに上がり込み中をゆっくりと見まわる。

(そういえば小夜と暮らしていた休息所がこれくらいの大きさでしたっけ)

 昔を思い出すように沖田は遠い目をする。だが、江戸にいるとはいえ小夜は今沖田の横にはいないのだ。

(身重だって土方さんや松本先生は言っていたし、そもそもここまで来るまでに薩長軍が多かったし・・・・・・やはりしばらくは小夜探しは諦めたほうが良さそうですね。それよりも)

 沖田の表情不意にが引き締まる。

(近藤先生。どうか、私が探しだすまでご無事で)

 植木の向こう側の通りから長州訛りの雑談が聞こえてくる。その声は耳を澄ましていなければ聞こえないほど小さなものだが、その気になれば雑談が聞こえるほどに敵は近くにいるのだ。
 いち早く近藤を見つけ出さねばその命は危うい。沖田は軽く咳き込みつつ、少しでも近藤を探す体力を取り戻そうと部屋の隅に畳んであった布団を敷き始めた。




UP DATE 2016.3.26

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それぞれの進む道、今回は土方、松本先生、そして総司の道が指し示されました(*^_^*)
土方は勝に言いくるめられて幕府軍に参加することに、松本先生は怪我人とともに会津に避難、そして沖田は近藤探索という新たな使命を帯びて江戸に残ることになりました。本当にそれぞれがてんでんばらばらという(´・ω・`)

次回更新は4./2、小梅村に出向いた土方の運命が大きく変わってゆきますヽ(=´▽`=)ノ
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