「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・春夏の章

水引を、添えて持ち込む花ごころ・其の肆~天保八年三月の祝言

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 柔らかな春の日差しが障子越しに五三郎と幸に降り注ぐ。その温もりに気が付き五三郎は重い瞼を開けた。外の明るさからすると既に朝五ツは過ぎ、五ツ半に近い刻限だろう。

「・・・・・・寝過ごしたか」

 初夜の興奮もあり、昨日はかなり遅くまで起きていた。夜八ツの鐘が遠くから聞こえてくるのは覚えているから、少なくとも寝たのはそれ以後――――――明け方近くの筈だ。幸い出席者の仕事の関係上、五三郎と幸の婚礼は夜に限られているし、稽古へ参加も免除されているから多少の寝坊は全く問題ないが、さすがに気恥ずかしい。
 そんな五三郎の気恥ずかしさを知ってか知らずか、彼の横にはまだぐっすりと寝入っている幸がいた。春とはいえまだ肌寒かったのか、一糸まとわぬ姿のまま五三郎にピッタリと寄り添っている。その寝顔はまるで幼い子供のようにあどけない。

「昨日の晩はちょっと無理をさせちまったからな」

 すっかり崩れてしまった高島田を撫でながら五三郎は幸の顔を覗き込む。その気配に気がついたのか、幸の瞼がゆっくりと開いた。

「あ・・・・・・兄様?お早うございます」

 まだ寝ぼけているのか、幸の口調はろれつが回らず舌足らずだ。そんな幸の鼻先を軽くつまみながら、五三郎は幸に軽く注意を促す。

「兄様、じゃねぇだろ?旦那様はどうした、旦那様は?」

 相変わらずの『兄様』呼びに軽く不満を顕にする五三郎に、幸は笑顔で答えた。

「あれ?二人のときは兄様でもいいって言いませんでしたっけ」

 クスクスと笑う幸につられ、五三郎も笑みを浮かべながら幸の頬をつつく。

「まったく躾に失敗したぜ。それよりそろそろ起きれるか?流石に腹が減ってきた」

「そうですね。じゃあ兄様、じゃない旦那様は先に食べていてください。私はちょっと髪を整えてからじゃないと」

 昨日の情事ですっかり崩れてしまった髪に手を当てつつ、幸は五三郎に頼む。それを見て、五三郎も思わず頷いた。確かにこの崩れ方では客人や門弟どころか使用人の前にも出ることは出来ない。

「確かにな。じゃあ先に食ってるから。ああ、それと」

 五三郎は起き上がろうとした幸を胸に引き寄せる、耳許に唇を寄せた。

「後朝の歌を言いそびれるところだった。こんな日くらいは雅な真似をしても構わねぇだろ。尤も本当は百句目の句にするはずだったんだけど」

 そんな言い訳をしながら五三郎が後朝の歌を――――――『水引を 添えて持ち込む 花ごころ 撫でては思う 床の生け筒』の歌を耳許で囁いた。その瞬間、幸の顔が真っ赤に染まる。

「あ、兄様のすけべ!!そんな歌、おおっぴらに出来ないじゃないですか!何で上の句で終わりにしてくれなかったんですか!」

 上の句だけなら愛らしくも初々しい一句である。しかし下の句によって途端に生々しくなってしまったのだ。幸が文句をいうのも無理は無い。だが作った本人は平然としている。

「仕方ねぇだろ。他に思いつかねぇんだからよ。これでも控えめな方だぜ。何ならもっと露骨な方が・・・・・・」

「もう知りません!兄様のバカ!!」

 幸は五三郎の腕からぬけ出すと、脱ぎ捨てた寝巻きを羽織り、そそくさと風呂へと立ち去ってしまった。



 朝餉を取った後五三郎は皆から少し送れ稽古に参加した。本来なら今夜も二日目の祝言があるので、稽古はしなくても良いのだが、やはり落ち着かないのだ。一通り稽古をした後、芳太郎や猶次郎が近づいてくる。

「おい、五三郎。昨日はどうだった?」

「どうって・・・・・・まぁ、なぁ」

 流石に気恥ずかしいのか、二人の問いかけに言葉尻を濁す五三郎だが、にやけてしまう表情ばかりは隠しようがない。

「そりゃあ初めてだったから痛がってたけどさ。それはこれからのお楽しみ、ってことで。それよりもかったるいのが祝言なんだよなぁ」

「確かに。銀兵衛さんも昨晩は門限を遥かに超えてぐったりして帰ってきたもんな。門番も同情してくれてあっさり通してくれたらしい」

 尤も銀兵衛は門限が厳しい川越藩の藩士であり川越公の名代でもあった。更に隻腕ということも重なってお目こぼしの帰宅ができた運の良い男である。因みに為右衛門と賢五郎は昨晩から帰宅出来ていない。

「ああ、川越公の名代だったのに酌をして回っていたもんなぁ、山田道場の高弟が。仕方ないっちゃあ仕方ないけど、銀兵衛さんは特に川路様に絡まれていたから」

「うわっ、あのお方に絡まれはったんか、銀兵衛はん!」

 芳太郎の情報に、猶次郎が思わず叫ぶ。そして門弟だけの祝言が別個に用意されていることに心の底から感謝した。そんな風に三人がじゃれあっていたその時である。

「みなさ~ん!お茶が入りました!一休みしてくださ~い!」

 幸の声が稽古場に響く。その声に振り向いた三人は思わず目を見張ってしまった。



 三人が目を見張ったその理由――――――それは見慣れぬ幸の姿のせいだった。

「・・・・・・そっか。今日から人妻なんだもんな、お幸さん」

 暫しの沈黙の後まず口を開いたのは芳太郎だった。

「確かにそうなんやけど・・・・・・今まで束ね髪やったんが丸髷になると違うもんやな」

 猶次郎も思わず声を上げてしまう。

「だからか。結局俺が食べ終わるまでに朝餉に顔を出してこなくてよ。あいつの事だからまたくせっ毛と格闘しているのかと思いきや・・・・・・丸髷に結い直していたのか」

 三人の視線の先にいたのは、人妻の証である丸髷に髪を結い直し、桜鼠の宝尽くし紋が入った留袖を身に着けている幸だった。袴を身につけず若妻そのものの姿に三人は勿論、他の門弟達の目も釘付けになる。それに気がついた五三郎は手にしていた真剣を地面に放り投げ、つかつかと幸の近くに歩み寄る。

「おい、幸。その格好は独りモンの野郎どもには目の毒だ。茶はてめぇたちで淹れておくから、おめぇは奥に引っ込んでろ」

「で?でも・・・・・・」

 いつも行っていた茶汲みをするなと言われ、戸惑う幸だったが、五三郎は有無をいわさず頭ごなしに言い放つ。

「いいな!少なくても祝言が終わる明日まではおめぇは何もやらなくていいから!」

 そう言いながら五三郎は幸の背中を押し、すぐ傍の座敷へと押し込んだ。そして振り向きざま幸に見惚れていた後輩たちに睨みをきかせる。

「おい、てめぇら!人の女房をすけべったらしい目でジロジロ見るんじゃねぇ!茶を呑んだらとっとと稽古を始めるぞ!何なら手合わせでもするか?」

 試し切り道場である山田道場の稽古に、手合わせは勿論無い。もしあったとしても、新妻をじろじろ見られ、気が立っている五三郎相手の手合わせは絶対に避けて通りたい。この状況ではよくて打ち身、運が悪ければ骨折もある得るからだ。そんな剣呑な雰囲気が漂う中、その空気を打ち破ったのは、五三郎より目上の男の一声だった。

「おいおい、そのへんで止めておけ五三郎」

 そう声をかけてきたのは為右衛門だった。ともすれば喧嘩を売りかねない弟を見るに見かねたのだろう。

「あ、兄上。申し訳・・・・・・」

 兄に注意され、さすがに五三郎もおとなしくせざるを得ない。

「気持ちは判らんでは無いがな。もう少し穏やかに事を運ぶよう・・・・・・」

「どの口でそういう事を言うかな。お前だって人のことは言えんだろう」

 説教を始めた為右衛門の言葉を遮ったのは幸の義兄・賢五郎だった。

「新婚当初、寿江さんを猫可愛がりに可愛がって向こうの実家を困らせただろうが。実家に居た頃よりも箱入り状態だって・・・・・・五三郎が女房に甘いのはお前譲りだ」

 賢五郎の指摘に、思わず小さな笑いが漏れる。確かに為右衛門と五三郎、妻に甘いところは似通っているのかもしれない。というか兄夫婦を目の当たりにしていた五三郎が自然に感化されていたのだろう。

「向こう一ヶ月は大目に見てやれ。その内五三郎も、門弟達もお幸の丸髷に慣れるさ。因みに・・・・・・」

 賢五郎は二人の会話を聞き入っていた若い門弟たちに向かい声をかける。

「山田家の女達はああ見えて結構乱暴者だからな。腕や足が使い物にならなくなる位ならともかく、首を斬られないように注意しろよ。お真希もお幸も髪置きが終わった頃から護身用の剣術は嗜んでいるから、油断していると痛い目を見る」

「確かにお前、夫婦喧嘩でいつもお真希さんに負けているもんな」

 先程の仕返しか、今度は為右衛門が賢五郎夫婦の内情を暴露する。

「そういう言い方をすると語弊があるだろう。俺が負けるのは口喧嘩だ。大奥で鍛え上げられたあいつの罵詈雑言の攻撃に勝てると思うか?」

「確かに」

 思わず漏らしてしまった為右衛門の一言に、その場に居た全員が大声を上げて笑ってしまった。


五三郎と幸―――――――幼なじみから夫婦へと変わり、新たな一歩を踏み出した。この後、平穏な時代を過ぎ、幕末の動乱の余波を受けることになる山田浅右衛門一門だが、二人は変わらず手を携え元号が明治に変わるその時まで共に生きてゆくことになる。




UP DATE 2016.3.23

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やはりシモががった後朝の歌は、あまりお気に召されなかったようですwww確かに女の子としてはもう少しロマンチックな歌を頂きたいですよね~(^_^;)たぶん上の句だけだったら喜ばれたと思いますが・・・やはり五三郎は句作に徹したほうが良さそうです♪

人妻になっても特に外見は変わらない現代人と違って、江戸時代は髪型から着るもの、身に付けるものまで一気に変わります。身分社会のなか、迂闊なトラブルを極力少なくしようとする人々の知恵なんでしょうけど、今回に関してはむしろそれが『若妻の色気』に繋がってしまったようです(^_^;)本人は色気皆無に近いんですけど、それだけに夫である五三郎がヤキモキする羽目に・・・道場内で血を見ないようにと祈るばかりです。
夫婦となった二人が今後どんなふうに生活していくのか、生暖かく見守ってやってくださいませm(_ _)m

次週は拍手文、次回『紅柊』は将軍就任&感応寺潜伏調査編をと考えております(*^_^*)
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