「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第二十一話・それぞれの進む道・其の壹

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 夕闇迫る流山の東南側斜面を、新選組隊士達は身を潜めながら下っていた。獣道さえろくにない斜面だったが、それだけに敵も攻め込みにくい。北から西に陣を張っている官軍から逃れるには、それが最良の方法だったのである。
 勢いを増し始めている初夏の藪に足を取られ生い茂る葉に頬を切られながらも、新選組隊士達は藪を漕ぎ、下山し続ける。そして下山を初めて四半刻過ぎ、ようやく隊士達は流山を下りきることが出来たのである。

「ふぅ、やっと地べたや」

 藪を抜け出した鉄之助は露骨に安堵の表情を浮かべる。その後に続くように小姓仲間の上田と玉置が藪の中から転がり出てきた。三人とも草の露に汚れ、頬には小さな切り傷を作っている。それ意外特に怪我などは無さそうだが、上田と玉置の表情は曇ったままであった。

「・・・・・・近藤局長、本当に大丈夫かな」

 額に滲んだ汗を吹きつつ、年長の上田が思わず呟く。その視線は流山の上の方、陣屋の辺りを泳いでいる。

「敵とはいえ武士だから、それ相応の対応をするだろうって泰然自若とされていたけど・・・・・・投降するのは変わらないし」

「・・・・・・俺、やっぱり戻る!」

 上田の不安がうつったのだろう。玉置は不安もあらわに言い放ち、再び山に登ろうと藪の中に足を踏み入れようとしたのだ。

「良蔵!やめろ!」

 玉置を止めようと上田が叫ぶが、その前に行動を起こしたものがいた。藪に飛び込もうとした玉置の襟首を鉄之助が掴み、土方譲りの足払いを仕掛けたのである。その瞬間玉置は思わず尻餅をつく。

「鉄ちゃん!一体何するんだよ!」

 尻もちをついたまま、玉置は鉄之助を見上げ喚き散らす。だが鉄之助は震えを抑えた声で玉置に言い放った。

「・・・・・・斎藤はんについて、会津に行け。それが局長命令やろ?近藤局長付の小姓が主君の命令聞かんでどないするんや!」

 その声は完全に涙声だった。ほんの半刻前に告げられた局長命令、それが自分達に対する近藤の最後の言葉であることは明白だ。だからこそ、その命令に逆らうことは許されないのである。

「敵が信用できへんのは重々承知や。その上でああ言わはったんやから・・・・・・わてらは会津に行って、軍備を整えてから・・・・・・」

 それ以上の言葉が出ず、鉄之助は唇を噛みしめる。どんなに急いで会津に行こうとも、生きた近藤とは二度と会うことはないだろう――――――何となく肌で感じているとはいえ、『近藤の仇を取る』とは玉置に対して言うことは憚られた。
 かと言ってこのままでは玉置は近藤の許へ行きかねない。どう説得したものかと悩みあぐねている鉄之助だったが、意外なところから助け舟が差し出されたのである。

「軍備を整えてから局長を助けにいくぞ。あの人の悪運の強さは並大抵じゃない。俺達が会津から再び江戸に向かうまで生き延びている可能性も少なくない」

 その声の主は斎藤一であった。三人は驚きの表情を浮かべたまま、斎藤の顔をまじまじと見つめる。

「斎藤さん!本気でそんなこと・・・・・・」

 一番先に我に返った玉置が斎藤に食って掛かるが、斎藤はそれを軽くいなす。

「ああ、思っているさ。たった十三人で立ち上げた壬生浪士組を幕府に認めさせ、幕臣にまで取り立てられたんだ。百姓の息子がだぞ?どれだけあの人の運が強いと思っているんだ」

「そう・・・・・・なのですか」

 玉置の声が徐々に弱くなってゆく。新選組設立時の苦労話を玉置は近藤からあまり聞かされていなかった。それはすぐに感情移入して涙を浮かべる――――――ある意味、自分によく似た性格の小姓を気遣う近藤の優しさ故である。だが、そんなことはお構い無く斎藤は淡々と語り続ける。

「ああ、そうだ。だからこそ近藤さんは自らが投降して時間稼ぎをしようとしてるんじゃないか。そうやって運を切り開いてきた人を疑うのか?」

「・・・・・・いいえ」

 斎藤の問いかけに、玉置が首を横に振った。

「だったら近藤さんを信じろ。いいな」

 斎藤は三人に念を押し、背を向けると、藪から転がり出てきた隊士達に声をかける。

「これから手賀沼に向かう。そこから水路で布佐に行ければいいが、最悪徒歩で布佐まで行かねばならないかもしれない。その旨は覚悟しておいてくれ!」

 手賀沼から水路で――――――それは本来会津藩と約束していた道程だった。だがこの緊急事態に船が準備されているか甚だ心許ない。それでも斎藤はそれを顔に出さず隊士達を率いて動き出した。

(土方副長が言ってはったけど・・・・・・ほんま斎藤はんはハッタリが上手いなぁ)

 土方に今回の事情を全て聞いていた鉄之助は、斎藤が幾つかの嘘を吐いていることを知っていた。だが、そんな素振りをおくびにも出さない。これが幹部の素質だといえばそれまでなのだが、斎藤はそれを完璧にこなしている。

(高台寺党に入り込んでいても全く気づかれへんかったお人やし。たぶんわてらは斎藤はんに良いように騙されて会津に連れて行かれるんやろうな)

 だがそれは決して嫌なものではなかった。むしろここ最近ちらほらと不安を垣間見せていた近藤の下にいるよりは遥かに安心できる。

(戦って怖いもんや。こうやって煽られ乗せられ騙されて、わてらは戦っていくんやろな)

 黙々と歩き続ける隊士達の背中を見つめながら、いつ自分も戦いの色に染まっている事に鉄之助は気がついた。



 斎藤率いる新選組隊士達が手賀沼へ向かっている頃、潜伏している新選組を捕縛するため官軍斥候・有馬藤太が数名の供と共に流山陣屋へとやってきた。

「頼もう!」

 左手に官軍の証である菊の紋が入った提灯をぶら下げた有馬が声を張り上げる。人数は少ないものの全員エンピール銃を構えいつでも戦える体勢だ。

「新選組の局長か、この部隊を率いている責任者はおるか!」

 すると有馬の声に反応したのか、一人の男が陣屋の奥から出てきた。三十歳前後だろうか、端正な顔立ちの男は厳しい表情を崩さず、口を開く。

「御役目ご苦労。それがしは内藤隼人と申す。新選組局長・大久保はただ今準備中である。奥で暫時ご休息あれ」

 その挑むような視線に気後れしたのか、はたまた何か罠でも仕掛けてあるのかと思ったのか、有馬は内藤と名乗った男――――――土方の申し出に首を横に振った。

「相済まぬ。草鞋履きゆえ、そちらの縁側で待たせてもらう」

 そして本当に縁側に座り込んでしまった。敵陣の中に数人で乗り込んでいるのだ。その行動は当然といえば当然だろう。土方も特に無理強いすることなく有馬とその従者たちを縁側へ座らせたままにする。
 だが、なかなか室内に入ってこない有馬達を訝しく思ったのか、また奥の部屋から誰かがやって来たのだ。その顔を見た瞬間、土方の顔色が変わる。

「こん・・・・・・大久保さん!何で出てきたんだ!あんたは奥で準備に専念してればいいだろう!」

 一瞬本名を叫びそうになった土方だが、それを飲み込み偽名で近藤を怒鳴りつける。だが大久保と呼ばれた男――――――近藤は有馬に対してニコニコと人懐こい笑みを浮かべ土方を宥めた。

「良いじゃないか。せめて茶くらい出させてもらったってバチは当たらんだろう――――――有馬殿、敗戦の軍の陣屋ゆえ土足でも構いませぬ。着替えと、それがしに付き従ってくれていた小姓に形見の品を分け与える時間を頂戴したいのですが、宜しいでしょうか?」

「判った。好きにせよ」

 どうやら土方とのやりとりで近藤がこの部隊の首魁であること、そして特に抵抗するよな素振りを見せないことを確認した有馬は、慎重さを崩さぬまま草鞋履きのまま部屋へと上がっていった。



 有馬が中に上がり込んで暫くすると、おろしたての紋付袴を身につけた近藤が改めて部屋の中に入ってきた。そして二十才くらいに見える小姓達を呼び寄せ、こんこんと今後の身の振り方を語り始める。その様子を見つめつつ、土方歳三はほくそ笑んだ。

(頼むぜ、近藤さん。できるだけ長く引き伸ばしてくれよ)

 投降するまでの時間が長くなれば長くなるほど新選組本隊はより遠くに逃げることができる。できれば布佐、それが無理でも手賀沼まで逃げてくれれば後はだいぶ楽になるだろう。そんな新選組の命運を担っているのは近藤の遅延作戦なのだ。
 ともすればこの悠長なやり取りに相手が苛立ち、すぐにでも出立するよう督促すると思っていたが、どうやら有馬は近藤に負けず劣らず相手に感情移入してしまう質らしい。小姓役をしている野村利三郎と村上三郎との別れの場面にもらい泣きまで始めている。特に近藤が短刀や小銃など武器になるものを二人に与えていることが有馬に安心感を与えていた。

(これで少しは時間的に余裕が出てくるかな)

 だが、勝負はこの後である。近藤が連行された後、自分は江戸に戻り勝その他幕僚に近藤の助命嘆願をしてもらうよう進言しに行かねばならない。更にもう一つ、沖田に対し、体調が許す限り近藤の救出活動をするよう告げなければならないのだ。

(まずは江戸城、その後今戸に寄ってから会津に向かうことになりそうだな。尤も総司にはあまり無理をさせられねぇが)

 暫くは続きそうな、近藤の一人芝居を見つめつつ土方は今後の算段を始める。だが、この時土方は、幕府の思惑によって自分がすんなりと会津に向かうことが出来なくなる事など知る由もなかった。



UP DATE 2016.3.19

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今まで共に戦い、行動を共にしてきた近藤と土方、そして新選組の面々ですが、ここへ来てとうとう別々の道を歩まざるを得なくなってしまいました(T_T)
新選組本隊を逃がすために近藤は敵に投降し、土方はそんな近藤が少しでも助かるようにとこれから江戸へ引き返します。更に隊士達は会津へと向かい、松本良順の許にいる沖田は全別の行動を取ることに・・・枝分かれし、それぞれの方向に進む道は分かれたままなのか、再びどこかで繋がるのかこの時点では定かではありませんでした。しかし再び一つの道に繋がるようにと精一杯の努力をしていたはず・・・というかこれからしていくはずです。
次回更新予定は3/26、投降する近藤を見送った後の土方の行動を中心に話を展開していく予定です(*^_^*)

あ、あと余談ですが鉄之助の足グセの悪さ&不意打ちで相手を倒すやり方は上司である土方歳三直伝ですwww
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