「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第二十話・無血開城とまつろわぬ者達・其の肆

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 三月末、江戸を脱走した兵らが板倉勝静父子を担ぎ上げ、宇都宮を占拠するという噂が持ち上がった。その噂を元に宇都宮藩の支援要請を受けた官軍は、東山道軍の一部を宇都宮に向けて派遣する。
 東山道総督府大軍監・香川敬三率いる約二百の部隊は日光道中を北上するが、その進軍を流山から見つめている目があることには全く気が付かなかった。

「・・・・・・あそこまで行けば、こっちに引き返してくることはないよね」

 その目の主は小さく独りごちるとするすると木の上から降り、仲間がいる長岡屋へと戻る。そして玄関で草鞋を脱ぎ捨てると、一目散に自らの上司がいるはずの奥の間へと走りこんだ。

「近藤局長!土方副長!ようやく敵軍が流山横を通り過ぎました!」

 弾むような声で報告したのは玉置良三だった。官軍の動向を見張る役を命じられていた彼は、予想以上に早かった敵軍の動きを興奮気味に上司らに告げた。そんな玉置を近藤はまるで我が子のように微笑ましく見つめる。

「玉置くん、ご苦労。二日後には銚子へ向かうからそれまでは休んでおきなさい」

 近藤の労いの言葉に、玉置は邪気のない笑みを浮かべ近藤の前から下がった。

「ギリギリだったが、取り敢えず敵をやり過ごせたようだな」

 土方の言葉に近藤も深く頷く。状況を鑑みると、官軍が江戸を出立したのは新選組が五兵衛新田を立った数刻後と思われる。もし新選組が明け方を待って五兵衛新田から流山に移動していれば、間違いなく官軍と出くわしていただろう。

「ああ。このまま進軍して行ってくれれば我々としてはありがたいが・・・・・・」

 土方に零す近藤の額には、うっすらと汗が滲んでいた。暦の上では初夏ではあるが、汗をかくほど暑いわけではない。やはり瞬時の油断もならなかった緊張感のせいだろうか――――――近藤の額の汗を見やりながら土方も軍服の襟を緩めた。

「ところで総司を誰に呼びにやらせようか。松本法眼のところにいるんだろ?」

 土方が襟を緩めたのを見たためか、ようやく近藤の緊張もゆるゆると解けてきたらしい。この場に来ることが出来なかった愛弟子の状況を心配する。

「ああ。その件に関しては総司に使いを出しである。体力的に問題ないようなら銚子で落ち合おうと。だが、あいつにその体力がない場合、やはり松本先生に診てもらっていたほうが良いだろうと」

「そうだな。勝沼への進軍にさえ耐えられなかったからな・・・・・・無理はさせられないか」

 銃弾作りでは銭座に立ち会っていた沖田だったが、体力的な問題で流山まで来ることは叶わなかった。結局直前に近藤を訪ねてきた松本良順に沖田を託し、新選組は流山に来たのである。満身創痍の弟分を心配しつつも、二人はこれからの新選組の行末を憂い小さく溜息を吐いた。



 流山の横を通り過ぎ、進軍を続けていた官軍は粕壁で宿を取った。ある意味侵略軍である官軍に対し、宿場側はどうしても怯えを拭い去れない。それは香川敬三が宿泊した本陣でも同様で、食事を出しに来た主の表情は固く強張り、その手はかすかに震えていた

「主よ、そう怯えることはない。俺達は抵抗をしない者達に乱暴はせぬ。そなたを取って食うことは無いから安心しろ」

 敢えて水戸訛りを丸出しにしながら、香川は怯える主に気軽に声をかける。そんな香川に、主はホッとした表情を浮かべた。

「それならありがたいです。何せここ最近は変な動きが多くて」

「変な動きだと?例えばどんなことだ?」

 少々濃い目の、懐かしさを感じる味噌汁に舌鼓を打ちながら香川は主に尋ねる。

「あの・・・・・・お食事中に話すような事では」

「気にするな。所詮俺は水戸の田舎侍、下がかった話でも構わん」

 激高するととことん突っ走り、手に負えなくなると周囲から揶揄される香川だが、普段は気さくで人当たりに良い男である。その気さくな水戸訛りと人当たりのよい笑みに心を開いたのか、本陣の主は一瞬躊躇しながらも口を開いた。

「いえね。わざわざ江戸から肥を買いに来た侍がいましてね。畑に使うわけでもないにに一体何故あんなものを・・・・・・」

「武士が肥を購入、だと?また変なものを買っていったな!」

 確かに食事中の会話に出すのは躊躇われる内容である。だが香川は気にした風もなく主に話を促した。

「ええ、その他炭も欲しいって大量に購入していきましたっけ。ええと・・・・・・確か新選組とか言っていたような」

 新選組――――――その言葉を聞いた瞬間、香川の表情が急変する。そして手にしていた椀を放り投げ、主の肩を掴み、唾を飛ばす。

「新選組だと?その話は本当だな!」

「い、痛っ・・・・・・お、お侍様、ご容赦を」

「あ、済まぬ。つい激高してしまって・・・・・・新選組は俺が陸援隊だった頃の上司を殺した相手でな。思慮深く、聡明だったあのお方を殺めた仇なのだ」

 主の肩を掴んだままホロリと涙を零した香川に、主も思わずもらい泣きを浮かべる。

「・・・・・・判る限りで良い。できるだけ詳細な話を聞かせてもらえぬか?」

 情に訴えた語り口と、官軍らしからぬ聞き馴染みのある水戸訛りに、本陣の主は思わず頷き、口を開いた。

「ええ、と確か五兵衛新田からやってきたと・・・・・・他にも新選組に荷を売ったものがいるはずですのでその者たちをこちらに集めましょうか?」

「頼む!そうしてくれ!」

 香川は主に頼むと、部屋の外に向かって大声を張り上げた。

「有馬!有馬はいるか!」

 香川は大声を出し、部下の有馬を呼びつける。

「はっ。有馬藤太、ここに」

 隣の間に控えていた有馬が襖を開け、香川の前に現れた。すると香川は感情の迸るまま有馬に命ずる。

「五兵衛新田に引き返す!新選組が潜伏している!中岡さんの仇を討つ絶好の機会、ここを逃すわけには行かぬ!!」

 口角泡を飛ばし、今にも飛び出しそうな香川を有馬は慌てて押しとどめた。

「お待ち下さい、香川殿!全軍を引き返させるのは大仰でしょう。勝沼の戦いを鑑みれば新選組の兵力は百五十人から二百人前後。その二倍の四百人位で大丈夫でしょう」

「う、うむ・・・・・・しかし」

 できれば自らが出向き、中岡慎太郎を始めとする仲間たちの仇を討ちたそうな表情を香川は浮かべる。香川は京都で新選組には煮え湯を飲まされた。その溜飲を下げるためには自らが出向き剣を交えたい――――――そう言いだそうとした香川を、有馬はやんわりと止める。

「香川殿のお気持ちは重々承知しております。ですが、私情によって大局を見失っては事を仕損じます。ここは某におまかせを」

「ならば彦根隊と岡田隊をお前に付ける。粕壁の者らから情報を聞き出した後出陣し、確実に新選組を倒せ!」

「承知」

 有馬は香川に一礼すると早速行動に移った。



 それを見つけたのは、小菅に銃弾を回収しに行こうとしていた鉄之助だった。四月三日、銚子に出向く前に持っていけるだけの弾丸を回収しておこうと流山を降りようとした鉄之助が目にしたものは、明らかに新選組の倍はいるかと思われる大軍だった。それを目にした鉄之助は慌てて流山の陣屋へと戻る。

「ふ、副長!大変や!奴ら、わてらの倍の兵を引き連れて戻って来おった!!」

 敬語さえ忘れ、泡を食って報告する小姓の言葉に、土方も気色ばむ。

「何だって?冗談じゃねぇ!」

 土方は洋式の靴を履くのももどかしく裸足で表に飛び出し、麓が見える場所まで走る。

「・・・・・・何てこった」

 そこには既に敵が陣取っていた。その数は四百、まともに戦っては勝ち目がない。土方は陣屋に戻ると近藤に見たままを報告した。

「敵の数はざっと俺達の二倍、北側から東側にかけては完全に包囲されて逃げ道がねぇ」

 それを聞かされ、近藤はがっくりと項垂れる。それと同時に勝沼での敗戦の恐怖が蘇ってきた。顔は青ざめ、瘧にでもかかったかのように身体はガクガクと震えだす。紫色に近くなった唇を血が滲むほど強く噛み締めた後、近藤は震える声で土方に告げた。

「それでは・・・・・・武器に劣る我々は勝ち目はないな。歳、介錯を頼む」

 そう言うなり、近藤は懐を開き脇差を抜こうとする。だがその前に近藤の動きを止めたのは土方だった。

「早まるな、近藤さん!今あんたがここで死んだらこの場にいる二百人の隊士達も助かる道が無くなるんだぞ!」

 近藤に頭ごなしに怒鳴りつけると、土方は脇差を抜こうとしていた近藤の手を取り、更に信じれらないことを口にした。

「悪いが、近藤さん。その命、捨てるんだったら・・・・・・新選組のためにくれねぇか。こいつらを銚子に逃すための、人身御供になってくれ」

 その言葉に、近藤と土方以外の者の表情が強張った。



 新選組のための人身御供になってくれ―――――――土方のその言葉の衝撃に拠る長い沈黙の後、口を開いたのは玉置だった。

「土方さん!冗談はよしてください。近藤局長に敵の軍門に下れと?」

 自らの立場も忘れ、土方ににじり寄る玉置に、土方は眉一つ動かさず言い放つ。

「ああ、その通りだ。それ以外に隊士二百名の生命を救う方法はねぇ。まだ、敵との戦いは終わっちゃいねぇ。その前におめぇらに犬死されちゃあ困るんだよ」

 玉置の訴えを却下すると、土方は更に続けた。

「斎藤!おめぇはこいつらを引き連れて銚子に向かえ。俺は勝さんに頼んで幕府側から近藤さんの助命嘆願をしてもらうように頼んでみる。奴らがどう動くか判らねぇが、時間稼ぎにはなるはずだ」

 勢いづく官軍に対抗するためには、それしか方法がない。喩え新撰組局長・近藤勇を犠牲にしても――――――土方の決意の言葉に、近藤を除いた全員が項垂れる。そして土方の非情とも思える作戦に真っ先に賛同したのは犠牲になれと言われた近藤だった。

「判った。歳、お前の作戦に従おう。少しでも時間が稼げるように・・・・・・そして失いかけていた武士の矜持を取り戻せるように」

 先程までの気弱な近藤は既に消え、何か吹っ切れたような清々しい表情で近藤は笑みを見せた。その晴れやかとも言える笑みを見て、今度は土方が泣き出しそうに顔を歪める。

「済まねぇ。投降は・・・・・・敵がこっちにやってくるまでする必要はねぇだろう。尾形、安富!隊士達を招集しろ。斎藤を補佐しすぐに出立だ!」

「承知!」

 土方の、ぶっきらぼうな命令に二人は慌ただしく部屋を後にする。そして残った斎藤が、静かに土方に語りかけた。

「・・・・・・で、一番厄介な男に誰がこの事を話すんですか?今、松本法眼のところにいるんですよね、沖田さん」

 すると土方はぎろり、と斎藤を睨みつけ、口を開く。

「あいつの性格を知っているおめぇなら判るだろうが」

「江戸に残して近藤局長の救出に当たらせると?病人にとんでもない厄介な仕事を押し付けますね」

 土方を詰るような内容ながら、その口調は半笑いだった。明らかに斎藤も沖田ならそう動くだろうと踏んでいるに違いない。否、むしろ会津に行けと命令されても、沖田ならその命令に逆らって江戸に残るだろうと確信していた。そしてその思いは土方も同様である。

「おめぇだって解っているだろう。あいつは近藤さんを江戸に残して会津に向かえと言っても聞かねぇよ。どのみち会津に行っても戦えるかどうか判らねぇほど弱っている身体だ。命の使いみちがあるんなら近藤さんの救助に使うさ、あいつは」

 だが、斎藤は不意に疑わしげな視線を土方に向けた。

「土方さん。まだ何か・・・・・・俺に何か隠していますよね?沖田さんが江戸に残る理由を」

 だが、土方はその問いかけには答えなかった。

「さぁな。どのみちあいつは江戸から動かねぇさ」

 土方は話を切り上げ斎藤に背を向ける。

「おめぇもそろそろ出立の準備をしろ。この件について聞きたけりゃ会津に着いてから教えてやる」

 土方のその言葉と同時に尾形や安富が招集した隊士達が続々と集まってきた。これ以上は土方から聞き出せないと判断した斎藤は苦笑いを浮かべると、自らの準備を始めた。




UP DATE 2016.3.12

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・・・色んな意味で遅れてしまいました(>_<)時間的にも、話の展開的にも。本当は近藤局長の投降まで入れる予定だったのですが、結局そこまで辿りつけず・・・orzかといってあまりはしょりすぎても話の展開が雑になるのでそれも出来ませんし、難しいところです(^_^;)

今回特に苦労したのが官軍の人数、そして香川敬三の人となりでした。一応資料には『200の部隊』とあったのですが、これが200人の部隊なのか、それとも200個の小隊が集まったものなのか判然とせず・・・。一方新選組側の資料では『400人ほどの敵に囲まれた』とありました。香川が部隊の一部を流山に派遣したとすると200人じゃ全然足りませんし(というか部隊全部で押しかけても足りない^^;)かと言ってこの後の宇都宮戦線では200人が妥当だし・・・ということでちょっと執筆にあたって混乱してしまいましたが、結局今回は数百人規模の部隊だったということに(^_^;)戦時中なので性格な人数が正直わかりません(T_T)

そしてこれと同じくらい悩んだのが香川敬三の性格!新選組びいきの資料や小説では陰湿な人物として描かれていますが、そんな人が局長をわざわざ板橋まで、ちゃんとした駕籠で送り届けるのか・・・有馬藤太の働きもあったでしょうけど、トップはあくまでも香川でしたし、その気になれば罪人駕籠で送ることも、その場で殺すことも可能だったわけで(-_-;)
なのでこの話での解釈として『上司である中岡慎太郎を殺され、個人的な恨みはあるけれど、それ以外はふつ~の人』ということにさせていただきました。というか粕壁で情報を得るとなると、やはり水戸藩出身の香川が頑張らねばならないわけでして・・・薩摩訛り、長州訛りの人間に埼玉の人間が心を開くとは到底思えない/(^o^)\というわけで、拙宅の香川は単なる熱いおっちゃんということになっております(*^_^*)

次回更新は3/19、近藤局長の投降になります(´・ω・`)





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