「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十九話・無血開城とまつろわぬ者達・其の参

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 染井吉野に代わり八重桜が愛らしい花を綻ばせる春の日の午後、土方は金子家近くにある綾瀬川で釣り糸を垂れていた。本当なら弾薬の原料である硝酸や硫黄作りの指揮を取らねばならないところなのだが、それを行おうにも道具や原料の一部が足りず、製造が止まってしまったのである。
 辛うじて鉄之助や沖田が担当している弾丸作りの方は鍛冶場が動いているが、それも残っている鉄が思っていたよりも少なく心許ない。陸路の進軍を安全にできるほどの弾薬や弾丸を手に入れることができなければ、かなり危険な状況に追い込まれるだろう。午前中に弾薬や硫黄の原料を発注したが、それらが届くまでやることはない。かと言って剣術や砲術の稽古をする気にもなれず、土方は金子から釣り竿を借り、釣りに興じていたのである。

「さて・・・・・・これからどうしたものかな」

 釣り糸を垂れながら憂いを滲ませるその横顔は、どこまでも精悍で端正だ。そんな土方を女達が放っておくわけがない。さすがに近づいて直接声をかける真似こそしなかったが、遠巻きに土方を見つめる女達が時間を経るに従って多くなってきていた。普段の土方ならそんな女達に対して愛想笑いのひとつでも投げかけるところだろうが、今日はそんな気にもなれない。いつ起こるか判らない戦闘への備え、会津行への準備、古参が減り新たな隊士で膨れ上がった新選組のこれから――――――考えなければならないことは山ほどある。だが、春のうららかな陽光のせいか、なかなか考えがまとまらない。そんな時である。

「あ、ここにいらはりましたか!土方副長、会津からのお客様です!」

 鉄之助が土方を取り巻く女達をかき分け、土方の近くにやって来た。かなり探しまわっていたらしく、軽く息が上がっている。そんな鉄之助に対して土方は軽い驚きを露わにする。

「え、会津からの客?予定じゃ明日来るはずだったんだが・・・・・・おい、鉄。何かあったのか聞いているか?」

「いいえ、わては何にも。せやけどかなり気難しい顔をしてはったから何らかの事情が変わりつつあるのかもしれまへん」

 土方の問いかけに首を横に振りつつ、鉄之助の視線がちらりと女達に向く。その視線には明らかな嫌悪が含まれていた。

「どうした、鉄?あの女達にケツでも撫でられたか?」

 少年が年上の女性を見るというよりは、年頃の娘が助平親父を睨みつける目つきに近いその視線に、土方は思わず茶々を入れる。

「気色悪いこと言わんといてください、土方副長!」

 よっぽど気に障ったのか、珍しく語気を荒らげて鉄之助が土方に反論する。

「何ですか、あのおなごたち。副長を指差して『あんな男と寝てみたい』なんて露骨に口に出して・・・・・・江戸女って、皆あんなえげつないんどすか?」

 鉄之助は自らの両肩を抱きながらブルッ、と震える。どうやら女達をかき分け土方の許へやってきた時にあからさまな『女の本音』を聞いてしまったらしい。まるで汚物でも見るかのような視線を向ける鉄之助に、土方は面白半分に止めの一言を付け加えた。

「いや、ありゃあ遠巻きにしてるだけマシだぜ。ひでぇのになると向こうからやらないか、って言ってくるしよ」

「はぁ?何ですか、それ」

 鉄之助は驚きに目を丸くする。国友村は勿論、京都でもそんな下品な女性は見たことがない。飯盛だってもう少し分を弁えている。だが、江戸の女にはそういった奥ゆかしさがないらしい。呆気に取られる鉄之助に、土方は慰めるように語りかけた。

「解っただろ、鉄。俺が女からの逃げ足が早ぇ理由が」

 意味深に笑う土方に、鉄之助は思わず頷いた。

「確かにあれやったら・・・・・・逃げ足が早うなければやってられまへん」

「だろ?ま、おめぇはまだ前髪があるからあの女達に食われることはねぇだろうが、一応気をつけろよ。中には『初物好き』の大年増もいるからな」

 冗談とも本気とも付かない土方の一言に鉄之助の顔が青ざめる。それを見てにやり、と意味深な笑みを浮かべたあと土方は釣り竿を手に金子家へと戻っていった。



 土方が鉄之助と共に金子家へ戻ると、会津藩士らしき男と近藤が既に話を始めていた。

「済まねぇ、遅れちまって」

 土方は会津からの客に詫びを入れると、近藤の隣に座る。

「いいえ、それがしも連絡もよこさずに参りましたので」

 会津からの客も少し硬い表情で土方に詫びを入れ、頭を下げた。

「それがし、会津藩士兼川直記と申します。実は少々会津側の事情が変わりまして」

 その瞬間、土方は険しい表情を浮かべる。

「何が・・・・・・どう変わったんだ?」

 もしかしたら新選組の受け入れができなくなったのか――――――そう思った土方だったが、その予想は良い意味で裏切られた。

「実は房総に戻ってこれないとばかり思っていた会津の軍船が、銚子港に戻ってくるとの知らせが昨日入りました。どうやら先に会津に入った新選組の隊士達が国家老に嘆願したようです」

「そいつは本当か!」

 予想だにしなかった朗報に土方は驚き、声を上げてしまう。確かに先遣隊として先に会津にやった者達だったが、まさかここまで機転がきくとは思っても見なかったし、会津側が動いてくれるとも思わなかった。

「ああ、どうやら本当らしい。だから硝酸や硫黄の製造は・・・・・・」

 まだ少ししか出来ていない、と言いかけた近藤の言葉を土方は遮る。

「勿論そんなに必要無ぇ!ところで兼川さん。会津の船はいつ頃銚子に?」

「来月の五日頃だと思われます。天候によって少し遅れるかもしれませんが」

 ずれても二、三日位だろうと兼川は断言した。

「となると、三日位にこちらを出れば遅れることは無さそうだな」

 心なしか弾んで聞こえる近藤の言葉に、土方も強く頷く。

「助かったぜ、兼川さん。これで隊士達を危険な陸路を進ませずに済む」

 安堵の表情を見せる土方に、兼川も笑顔を見せる。だが、一瞬見えた『会津からの船』という陽光は、予想だにしなかった暗雲によってかき消されることとなる。



 それは兼川の来訪から八日後に当たる三月二十七日の午後のことだった。数人の会津藩士が突如五兵衛新田の新選組を尋ねてきたのだ。その表情はどれの切羽詰まっていて、明らかに『よろしくない知らせ』を持ってきたことが判るものである。そして案の定、彼らの口から飛び出したのは、あまり聞きたくない知らせだった。

「官軍が水戸街道を進軍するとの情報を入手した。至急五兵衛新田から離脱したほうがいい。できれば今夜にでも」

「かなり・・・・・・急だな」

 会津側からの報告に、近藤は思わず呻き声を上げる。勿論新選組側でも江戸市中に諜報は放っているが、そのような情報はまだ得られていない。すると会津側の一人がその情報の出どころを告げる。

「我々も本当に先程知ったのだ。昼に新たな高札が建てられ、しばしの間、庶民が水戸街道を使用することを控えるようにと」

 高札――――――その一言に土方は軽く舌打ちをした。確かに高札に掲げられた情報であれば確実だ。だが、そこには官軍の兵士達が必ず見張りについているのだ。それ故高札の情報を得ることが出来ても、諜報達はまっすぐ五兵衛新田に戻らず、一旦回り道をしてからこちらに戻ってくる。新選組の監察達がこの情報を持って戻ってくるにはあと四半刻はかかるだろう。

「敵は遅くても四月朔日に日光、宇都宮へと向かうらしい。できればその前にここから移動したほうが良かろう」

 確かに五兵衛新田に居続けたのであれば間違いなく見つかってしまう。だが、会津の船が来るのはまだまだ先だ。その間、これほどの大人数を、敵に見つからぬよう隠せる場所は限られてくる。

「ここいら辺だと・・・・・・流山だな」

 近藤が呟くが、その声は心なしか震えている。その声に土方は微かな違和感を覚えた。

(らしくねぇな・・・・・・武者震いか?)

 だが事務的な話が始まり、その違和感は頭の片隅から追い払われてしまう。

「そうだな。ここよりは官軍の目に止まりにくいだろう。一旦流山に潜伏し、敵軍をやり過ごした後で銚子に来て欲しい」

「となると三日には流山を後にしたほうがいいな。だが、敵の動きが遅かったら?」

「その時の判断はお前たちに任せる。万が一の場合、船は八日まで停泊させておくが八日過ぎたら一旦銚子を離れるからそのつもりで」

 官軍がどう動くか判らない状況下で、三日の停泊はかなりの長期間だ。他にも乗りこむ者達はいるのかもしれないが、この機会を逃してはならない。

「判った。じゃあ五日に銚子で落ち合おう」

 近藤と土方は会津の者達にそう告げ、彼らを送り出した。



 だが四月五日、銚子に来たのは山口二郎こと斎藤一に率いられた新選組平隊士のみで、近藤と土方の姿はそこには無かった。二人はそれぞれ別の理由で銚子に来ることが出来なくなってしまったのである。そしてそれは、壬生浪士時代から続いた新選組の事実上の終焉でもあった。



 会津側からの忠告を受けてから三日後に当たる四月朔日未明、新選組は夜陰に紛れて五兵衛新田を後にし、流山へと向かった。これは夜間の移動に必要な蝋燭などを集めるのに少々手間取ったのと、江戸市中に放っている監察との連絡のやりとりが遅れたためである。
 それでも急な出立であることには変わりない。あまりに急な出立だったので製造半ばの硝酸や硫黄、そして弾丸は現場に置きっぱなしだ。
 だが官軍をやり過ごした後改めてそれらを回収し、銚子に向かえば良い――――――皆、そのように考えていた。だがこの二日後、事態は最悪の状況に急転することになる。




UP DATE 2016.3.5

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日に日に目まぐるしく状況が変わることは多々ありますが、この時の新選組もまさにそんな状況に追い込まれておりました(>_<)
陸路を行く予定だったものが海路を使えるようになったラッキーがあったと思えば、その前に官軍の進軍が行われ、新選組本隊はそれをやり過ごさなければならなくなったりとか・・・(-_-;)
なお、拙宅では『流山に移動したのは官軍をやり過ごすため』という説を取らせていただきました。実際戦おうとする素振りはありませんでしたし、その気になればもう少し上手く戦うこともできたでしょう。だけど実際は違いましたからねぇ・・・(´・ω・`)

次回の夏虫は3/12,流山に辿り着いた局長の心の揺れを中心に書かせていただきます(*^_^*)
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