「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・春夏の章

水引を、添えて持ち込む花ごころ・其の壹~天保八年三月の祝言

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 それは三月五日、先勝の日のことである。散り始めた彼岸桜に代わりいろいろな桜が咲き誇るこの季節、とうとう五三郎と幸の祝言の日がやってきた。翌日が山田浅右衛門の江戸城登城日ということ、そして『戦勝』に通ずる先勝のこの日は武家にとって縁起が良い日ということもあり、この日が選ばれたのである。
 だが、祝言は人々の仕事が終わった日暮れからである。だというのに、昼八ツ半過ぎに早々に熨斗目麻裃を身につけるなど、五三郎はそわそわと落ち着きない。

「五三郎、祝言は暮六ツ半からだ。まだまだ日が高いんだから少し落ち着け」

 見るに見かねた為右衛門に窘められる五三郎だが、それでも五三郎の落ち着きの無さは変わらない。さすがにまだ足袋は履いていないが――――――汚れるからと渡してもらえないが――――――ぐるぐると部屋の中をうろつき回る姿はやはり異様だ。

「兄上、落ち着けなんて無理ですよ。だってあれだけ待ちわびていた祝言がもう目の前なんですよ。御様御用と違って稽古も出来ないですし」

「当たり前だ!祝言の稽古なんて話は聞いたことがない」

 さすがに弟の動揺ぶりに為右衛門を匙を投げる。だが、そんなやりとりをしている間にも時間というものは過ぎていく。いつの間にか西に日は傾きかけ、ようやく五三郎の花婿行列は出立することになった。



 芝から麹町へ――――――ゆるゆると進んだ五三郎の花婿行列は、暮六つ半少し前に平河町の山田道場に到着した。祝言特有の高張提灯に照らされている抱き柊の門は、いつもと違った幽玄さ見せている。毎日顔を見ている幸も、花嫁衣装を着たらいつもと違った表情を見せるのだろうか――――――門を見上げながら五三郎の心は高鳴る。

「後藤様、お待ちしておりました」

 紋付袴を身につけた寅助が、行列に一礼する。本来なら家令が行う役目だが、浪士である山田家には家令はいない。それ故、下男である寅助が花婿行列を出迎える役割をしているのである。尤も普段から家令以上の働きをしている寅助故、皆違和感を全く感じてはいない。

「では、こちらからどうぞ」

 そう言いながら寅助はゆっくりと抱き柊の門を開く。この門が開かれるのは大名や大身旗本がやってくる時と、養子を迎え入れる時くらいだと五三郎は聞いたことがある。そして今、まさにその時なのである。感慨深いものを感じている五三郎は、案内されるまま玄関へと入った。
 するとそこには既に祝儀の品々が山積みになっていた。試し切りの関係で多くの大名や旗本、そして製薬関連で付き合いのある商人などとの付き合いが多い山田家である。その人脈そのままの品々だ。
 そして屋敷に上がるとそのまま奥へと通され、普段会合などを行う、一番大きな部屋の隣へと通された。いつもは酒に潰れた弟子が放り込まれる、いわゆる『酔っぱらい部屋』だ。だが今日はその使い勝手の良さから控えの間になるらしい。そこに落ち着くと、五三郎はようやく一息つく。

「それにしても今日の客は緊張するな。っていうか、川路のおやっさんまで顔を出しているんだ?」

 うっすらと開いた襖の隙間から来客を顔ぶれを確認し、五三郎は思わず零す。川路ほどの大身ならば、名代に出席させれば済むことだ。なのに何故か本人が出席し一番上座に座っている。さすがに本人が出席しては、大大名の名代でも上座をゆるらざるを得ない。

「ああ、川路様な・・・・・・山田家の祝いの席に出席させろとお師匠様に迫っていたらしい」

 為右衛門が五三郎に事情を説明する。その声には諦観の色が滲んでいた。

「なるほどね。おやっさんらしいや・・・・・・うわっ、固山さんまで来てるじゃねぇか。しかもあんな末席に――――――何だか落ち着かねぇな」

 隣の部屋から覗き込む限りでは皆山田家の上得意の関係者ばかりである。直接出席でいない大名や旗本も名代を遣わしており、緊張感がいやが上にも高まる。

「これじゃあ新見藩の関係者が見劣りするな」

 実際新見藩主の名代も祝言の席にいるはずなのだが、五十人近くもいる客に埋もれてどこにいるか判然としない。

「しょうがないだろう。我が殿もその辺は理解しているさ」

 兄弟でそんな会話をしていたその時である。

「お待たせしました。此方側の準備が整いました」

 襖が開かれ、若い丸髷の女が五三郎らを呼びに来た。その顔を見るなり五三郎と為右衛門は驚きの表情を浮かべる。

「お真希さん!よく御宿下がりが許されましたね!」

 その人物は、大奥にいるはずの真希だった。吉昌から祝言の際の御宿下がりは難しいだろうと聞かされていただけに、二人は軽く驚く。すると真希は悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、その理由を述べた。

「日頃の行いが良いから、っていうのは勿論なんだけど、うちの人が将軍就任準備の為に出張先からちょっと早めに帰ってきてね。どうせなら夫婦で妹の祝言に出たい、って上司に直談判したらあっさり許してくれたのよ」

「へぇ、賢五郎も帰ってきてるんだ。懐かしいな。あいつが免許を取ってからもう十年以上になるし、久しく会っていないな」

 真希の言葉に懐かしい声を上げたのは為右衛門だった。為右衛門と銀兵衛、そして賢五郎は同時期に山田道場に入門し、互いに腕を競い合っていた仲である。今はそれぞれの道に進んで滅多に会うこともないが、同じ釜の飯を食った、強い絆で結ばれた物同士である。

「賢五郎が来ると判っていれば、銀兵衛にも手紙を出して江戸に出てくるように知らせていたんだけどな」

「あら、銀さんなら来てるわよ。川越公の名代として」

「え、それは本当か?」

 思わぬ情報に、為右衛門は更に目を丸くする。

「ええ。ほら末席にいるでしょ、うちの人の隣に。為さんの席もあっちに用意しておいたから」

 賢五郎の帰還は新将軍就任という時期的なものもあるが、銀兵衛の名代は明らかに川越公の心配りだろう。山田道場の跡取り娘の婚礼に、門弟だった銀兵衛を名代にするというのは決しておかしいことではない。

「ありがとうお真希さん。愚弟の祝言が終わったらちょっと賢五郎を借りるよ」

「あら、一晩中じゃないの?というかこの列席者の顔ぶれで、今夜中に帰ろうって甘い考え、改めたほうが良いわよ」

 真希の鋭い指摘に、為右衛門は深く頷かざるを得なかった。



 下級武士では簡略化されることが多くなった祝言だが、山田家の祝言は古式に則って三日三晩行われる。そうでないと最低限の客でさえ呼ぶことが叶わないからだ。特に初日は身分的にも高位で、代々山田家と親交のある大名家、旗本家、豪商などがずらりと顔を揃えていた。それだけに五三郎の緊張もかなり高まる。
 そして五三郎が座ると同時に白無垢を身に着けた幸が広間に入ってきた。顎だけがかろうじて見えるその姿からは表情を読み取ることは出来ないが、ぎこちないその動きからやはり幸も緊張しているらしいということが判る。

「では、これより山田、後藤両家の披露宴を執り行う」

 一番の上座に陣取った、主賓であるにも拘らず何故か進行を買って出た川路聖謨が声を上げる。ちらりと吉昌の方を見ると、かなり困惑した表情を浮かべていた。出席者も薄い苦笑いを浮かべている。

(そうか・・・・・・山田家に入ったらこういう苦労も増えるんだよな)

 悪気がないのは重々承知しているが、川路はやりすぎるのだ。五三郎も新郎とは思えぬ何とも神妙な表情で川路を見つめていた。



 披露宴というものは新郎新婦を肴に酒を飲む宴である――――――それは今も昔も変わらない。宴もたけなわになった頃、五三郎と幸は追い出されるように披露宴会場である大広間を退出した。既に客達は主役である幸や五三郎など関係なく宴会に盛り上がっている。

「ふぅ、やっと終わった・・・・・・あ、賢五郎さんこれ、お願いします」

 首をぐるぐる回しながら五三郎が介添え役の賢五郎に脱いだ肩衣を渡す。

「さすがにあのメンツじゃあ緊張もするよね。俺達も体の良い酌婦代わりだったし」

 『酌婦』という、自虐的な言葉を使った賢五郎だったが、まさに酌婦よろしく賢五郎、為右衛門、銀兵衛は酌をしにひたすらあちらこちら回っていた。特に気の毒だったのは片腕の銀兵衛である。
 最初こそ客人も銀兵衛が隻腕だということで気を使っていたが、酔いが回るとそんなことは全く関係なくなり、銀兵衛もあちらこちらに呼びつけられ酌をして回っていた。あれでは翌日残った右腕も痛みを覚えるだろう。それを賢五郎に告げると、賢五郎は思わず吹き出す。

「そんな心配をしなくても大丈夫だ。あいつはそんなにやわじゃないさ。話によると片腕で子供二人を抱え上げる事もザラらしい。それよりも・・・・・・」

 賢五郎は不意に真顔になる。

「幸を、頼んだぞ。血がつながっていない妹だが、俺達にとって大事な妹には変わりない」

「勿論ですよ。絶対に幸を泣かせるような真似はしません」

 五三郎の決意に、賢五郎は穏やかな笑みを見せた。



 五三郎が賢五郎に連れられて初夜の褥に向かうと、そこにはまだ幸はいなかった。ただ二組の布団がぴたり、と並べられ、その枕元には結婚を寿ぐ縁起物が並べられている。

「お待たせしました」

 五三郎が褥の横に正座をしたその瞬間を見計らったように、真希に手を引かれた幸が入ってきた。白無地の寝間着は、そのまま幸の初々しさを表現しているようだ。そして五三郎とは反対側に幸は座る。ただでさえ小柄な幸だが、緊張のためなのか余計に小さく見えた。

「じゃあ私達はこの辺で」

 そう言い残すと、介添人でもある真希夫婦は部屋を後にした。

「ゆ、幸・・・・・・」

「はい、兄様」

 緊張のためか、思わずいつも通りに五三郎を『兄』と呼んでしまう幸に、五三郎は苦笑いを浮かべる。

「今夜からは『旦那さま』にしてくれよ。でないと知らねぇ奴らに勘違いされちまうだろ」

 そう言いながら五三郎は布団に上がり、幸の手をそっと引く。そして幸を布団に導くと、改めてその両手をそっと握る。

「これからは夫婦になるけど・・・・・・今までどおり、よろしくな」

 五三郎の言葉に、幸ははにかみながら小さく頷いた。



UP DATE 2016.3.2

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やっと・・・やっと五三郎&幸の祝言にまで辿りつけました(∩´∀`)∩ワーイ
幼なじみの、ほぼ許嫁に近い二人だっただけに婚前の盛り上がりの描写がなかなか難しく、管理人泣かせのCPでした(/_;)しかし、その苦労は今日で終わり、心置きなくエロに突入できるぞ~~~~~(๑•̀ㅂ•́)و✧(・・・と叫びたくなるくらい、意外と関係性が難しかったこのCP^^;)

その一方、披露宴会場に残された兄貴's達wwwまぁ、新郎新婦の兄弟なんて会場をうろつき酌をして回るのが仕事ですんで/(^o^)\その例外にもれず為右衛門、賢五郎、そして何故か川越公の名代で来ているにも拘らず酌夫にならざるを得なかった銀兵衛です。特に銀兵衛は大変だったろうな・・・(-_-;)
(でも呼びつけられるということは、それなりに酒の注ぎ方は上手いのかもしれない)

あと余談ですが、タイトルの『水引を~』はたぶん五三郎の後朝の歌と思われるものです。七代目・山田浅右衛門名義で数首残っている歌のひとつなんですが、その内容からほぼ間違いなく祝言の時を読んだものかと。水引をリボン、花ごころを結婚に臨む弾む気持ちと思っていただければ良いでしょうか(*^_^*)ただ、下の句が読み方によってはちょっと・・・(^_^;)それはおいおい本文で紹介してゆきますね(*^_^*)

次回更新は3/9、ようやく五三郎と幸の初夜に突入です( ̄ー ̄)ニヤリ



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