「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十八話・無血開城とまつろわぬ者達・其の貳

 ←烏のがらくた箱~その三百十・そろそろキッチンの本格的改装をしたい(^^) →鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~はるばる九州・博多編4
 官軍の江戸総攻撃を二日後に控え、薩長を中心とした官軍は東海道品川宿、甲州街道内藤新宿、中山道板橋宿への布陣を完成させていた。その気になれば今すぐにでも総攻撃を仕掛けられる状態だ。
 ただ、総攻撃前に偶発的な戦いが起こることを避けるためか、唯一水戸街道へ続く千住宿には官軍は布陣していなかった。それ故、千住から江戸を脱する町人も多く、水戸街道はちょっとした混雑になっていた。
 勿論幕府側も総攻撃の準備を手をこまねいて見つめていたわけではない。江戸での大規模な戦闘を避けようと幕府及び大奥、そして官軍の上層部が動いていた。幕府方は勝海舟、そして官軍側は薩摩藩の西郷隆盛によって調停が行われたのである。これは薩摩出身の天璋院の意向で、さすがに長州側もこれを飲まざるを得なかった。



 薩摩藩邸において西郷・勝両氏による会談が行われている最中、夜陰に紛れ近藤率いる新選組の先発隊四十八名は千住宿を抜け、五兵衛新田の庄屋・金子五兵衛宅へと到着した。

「大久保様でございますか?松本法眼から泉谷を通じ連絡は受けております」

 金子は神妙な面持ちで近藤を出迎える。それに気を良くしたのか近藤は鷹揚にそれに応えた。

「急な話で申し訳ないが、暫くの間頼む。詳細は副長が来てからということで」

「承知しました」

 実のところ何故この場所へ移動することになったのか、近藤は土方から詳細を聞いてはいなかった。とにかく官軍総攻撃の前に近藤及び今いる隊士達を江戸市中から脱出させることが先決だと有無をいわさず向かわされたのである。

(まぁ、そのうち歳もこちらにやってくるだろうし、その時はその時だ)

 赤の他人に不安げな様子を見せることは出来ない。喩えハッタリでも堂々としていなければ――――――そう思い、そして出来るところが近藤の強みだった。傍から見ればこの危機的状況においても泰然自若としたその風貌は、隊士達や宿泊先の金子家の人々にも安心感を与えている。だが、近藤の内心はビクつき、心細さに折れそうだった。



 そんな心細さで待っている近藤の許に土方が合流したのは二日後の十五日――――――江戸総攻撃開始予告が出ていた当日だった。ギリギリまで走り回り新入隊士をかき集めていたのだろう。元々の部下の他、五十名以上の新たな顔ぶれを引き連れて金子家にやってきたのである。

「近藤さん、済まねぇ。やる気のある連中をかき集めていたら遅くなっちまった!金子さん、こんな大所帯で申し訳ねぇが、弾薬の準備ができるまで十日ほど居候させてもらうぜ。松本法眼から注文の書付が届いていると思うが」

 すると金子はようやく合点がいった顔を見せ、懐から書付を取り出した。

「なるほど、この妙な注文は鳥の糞から硝酸を取るためでしたか!だったら幾らでもどうぞ。だけど十日じゃそれほどの量は・・・・・・」

「そもそも銃弾そのものがそんなに大量には出来ねぇから問題ねぇ。今小菅の銭座で小姓らに弾丸を作らせているが、材料もそれほどねぇだろうしな」

 小菅の銭座――――――その一言で更に金子はなるほど、と頷いた。五兵衛新田と小菅は目と鼻の先である。近場で作業できるならそれに越したことはない。

「ところで歳。江戸総攻撃は・・・・・・」

「どうやら無くなったようだ。俺達も特に敵に出くわすこと無くこっちに来ることが出来た」

 その瞬間、隊士達が安堵の声を上げた。一応陣を引いているとはいえ江戸が攻撃されるのはいたたまれない。

「だがまだ油断はならねぇ。十日以内にある程度の弾薬を作ったら会津へ向かうからそのつもりで居てくれ」

 続けて言い放った土方の言葉に兵士達は黙って頷いた。そう、暫くは戦闘ではなく弾薬のための硝酸と硫黄を作らねばならないのだ。それは自分達が無事会津へ行くための最低限の条件だった。

「・・・・・・敵を前にして悔しいと思うが、伏見や勝沼の借りは会津で返す。会津にいきゃあ幾らでも暴れまくることができるからな!」

 土方の言葉に更に歓声が上がる。だがその環の中に沖田と鉄之助の二人はいなかった。



 小菅の銭座には一年ぶりに炎が燃え盛っていた。激しく燃え盛るそれを確認しつつ、鉄之助は作りかけの銭や明らかに失敗作と思われる欠けた銭を放り込む。

「ほんま、銭が銅やのうて良かったですわ」

 手伝いの鍛冶屋に指示を出しながら、鉄之助は沖田に語りかける。

「そうですね。実際は銅が高くなりすぎて、苦肉の策として鉄にしたらしいですけど。それがまさか銃弾に様変わりするとは思っていなかったでしょうね」

 政局が不安定だったためか、小菅の銭座は一年近く使われておらず放置されていた。それ故、新選組からの申し出はあっさり許可されたのである。そして小菅からできるだけ近い場所で硝酸や硫黄の生成ができ、更に新選組隊士百五十名以上が滞在できる場所として五兵衛新田に白羽の矢が立ったのである。
 流石に五兵衛新田側にも最初は驚きがあったが、官軍総攻撃があるかもしれないという状況である。庄屋・金子家を中心に快く新選組対しを迎え入れてくれたのである。

「そろそろ土方さんと近藤先生、合流している頃だと思うんですけど」

「そうですね。せやけど総攻撃に出くわしてしもうたら・・・・・・」

「大丈夫です。あの人、ああ見えても逃げ足だけは早いですから」

 何気なく呟いた沖田の一言だったが、鉄之助はそれを聞き逃さなかった。

「・・・・・・沖田センセ、わては土方副長の小姓ですえ?今のこと言いつけたらどないしますの?」

 しかし沖田は平然と、むしろ笑顔さえ浮かべながら答える。

「何も問題ありませんよ。だって本人が公言してますから。ただ、男じゃなくておなごから逃げるのが得意なんですけどねぇ・・・・・・あ、鉄之助くんにはこの話はまだ早いか」

 何かを言い過ぎたと沖田は慌てて口を噤む。

「何ですか、わてには早いって」

「土方さんに直接聞いてください。あの人、見目は良いからおなごは放っとかないじゃないですか。それだけに色々と、ね・・・・・・」

 その時である、鍛冶場の扉が乱暴に開かれ、土方歳三その人が入ってきたのである。

「おい、銃弾の方はどうなっている?」

 その瞬間、沖田と鉄之助は思わず吹き出してしまう。

「おい、人の顔を見た途端吹き出すたぁどういう了見だ?」

「いえ、噂をすれば何とやら・・・・・・本当に今まさに土方さんの噂をしていたんですよ。敵の総攻撃から上手く逃げおおせるのかって」

「そうしたら沖田センセが『おなごからの逃げ足は早い』って失礼なことを・・・・・・」

「あぁ。女からの逃げ足が早え、ってぇのは間違いじゃねぇぞ。そもそも男がおなごとまともにやりあって勝てるわけがねぇじゃねぇか」

 あまりにもあっさりと認めた土方に鉄之助が目を丸くする。

「そんな!新選組の鬼の副長がぁ!」

「それとこれとは別だ。ま、おめぇも女を知るようになりゃ判るさ」

 そう言いながら土方は既に出来上がっている弾丸を覗き込んだ。

「お、だいぶ出来てるな。これで一刻くれぇは持つかな」

「いや、難しいと思います。鳥羽・伏見の規模の戦いやったら四半刻、ってところでひょか。一人が持てるぎりぎりまで・・・・・・最低でもこの銭座に残っている銭を全部銃弾に変えんとあかんでしょう」

「なるほどな」

「ところで総攻撃はどうなりましたか?」

「ああ、何とか回避されたらしいな。特に戦闘に巻き込まれること無く千住を超えることが出来たが・・・・・・敵の犬どもが江戸をうろつき始めてる」

 忌々しげに顔をしかめながら、土方は唇を噛みしめる。

「全くもって腹立たしいが、江戸でドンパチをやるわけにゃいかねぇ。まずは会津で体勢を立てなおしてから――――――それまでの辛抱だ。取り敢えず五日後に会津の連絡役がこっちに来てくれるらしい」

 それは沖田や鉄之助に告げるというより、自分自身に言い聞かせているようだった。



 勝海舟と西郷隆盛の会談によって江戸城無血開城が決まったが、だからといって不穏な空気が無くなったわけでは無かった。偵察も兼ねた官軍の兵士の一部が江戸に進軍、江戸から脱出した幕府軍の行く先を捜索し始めたのである。
勿論新選組も捜索の中に入っており、街のあちらこちらで事情徴収が行われていた。

「チクショウ! 何だってんだ、あの芋侍たちはよ!」

 そう怒鳴りながら浅草弾左衛門の屋敷に帰ってきたのは、弾左衛門の弟・耕七郎だった。乱暴な足を踏み鳴らしながら廊下を歩くその姿に、義姉である弾左衛門の妻が叱り飛ばす。

「耕七郎!もう少し静かに歩きなさい。お小夜さんのお腹のややに障るでしょう」

 するとさすがにバツが悪かったのか、耕七郎は大人しくなる。

「そんな、お気遣いなく。それより芋侍て・・・・・・」

「ああ、総攻撃は避けられたようだが、その代わり薩長の芋侍たちが江戸市中に流れ込んできてさ」

 小夜と同年代ということもあり、耕七郎はぺらぺらとあったことを喋る。

「何か聞いてくるんだけど訛りがひどくってさ。新選組、とか会津藩、ってぇのは聞き取れたけど判らねぇ、って逃げてきた」

「そう。それは正しかったかもね。でも暫くは出歩かないほうが良さそう」

 そう言いながら弾左衛門の妻は小夜を見やる。

「お小夜ちゃんも暫くは人探しを諦めて。お腹にややがいるからって見逃してくれるような輩とは思えないし」

「・・・・・・へぇ」

 確かに弾左衛門の妻の言うとおり、官軍が江戸を占領し逃げ出した幕府軍の捜索をしている中、新選組隊士である沖田を探し歩くのは極めて危険だ。ここは暫く様子を見たほうがいいかも知れないと、小夜は深く頷いた。




UP DATE 2016.2.27

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





江戸総攻撃か否か――――――ギリギリの攻防が薩摩藩邸で繰り広げられている中、新選組は千住から五兵衛新田へと脱出いたしました。ここで最低限の銃弾と弾薬を作り、会津へ向かう予定なのですが、果たして立った十日でそれが可能なのでしょうか?というより十日間、敵の目を欺くことが可能なのでしょうか?一応会津藩との打ち合わせが五日後にあるとのことなので、まずはそれからの話になりそうです。

一方江戸では官軍の兵士がうろつき始めているようですね。しかも新選組の居場所を聞きまくっているらしい・・・これだと流石に妊婦を表に出すことは出来ません(>_<)
動きが取れなくなってしまった小夜、そして十日以内に、というより官軍に見つかる前に弾薬や銃弾を作らねばならない新選組、彼らの状況は刻一刻と変化してゆきます。
次回更新は3/5、会津藩側との打ち合わせで状況が再び変わることになりそうです。
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のがらくた箱~その三百十・そろそろキッチンの本格的改装をしたい(^^)】へ  【鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~はるばる九州・博多編4】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のがらくた箱~その三百十・そろそろキッチンの本格的改装をしたい(^^)】へ
  • 【鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~はるばる九州・博多編4】へ