「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・春夏の章

二尺八寸の祝刀・其の参~天保八年二月の祝儀

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 清麿の工房から自宅へ戻った固山は早速新たな刀を作るための計画を始めた。

「鍛錬をもう一回、増やしてみるか。心鉄はいつも通りでいいとして、火造りは・・・・・・ちょっと考えるか。後は焼き入れだな」

 広げた半紙に矢立から取り出した筆で色々書きつけながら固山は考え続ける。

「丁子乱れの方が華やかだが、実用刀ならもう少し大人しくてもいいか。かと言って直刃じゃ色気もねぇし・・・・・・互の目乱れ辺りにしておくか」

 取り敢えずいつもの作風とは違う互の目乱れで一度作り、それでも納得がいかなければ直刃にしようと固山は考える。尤も互の目乱れなどやったことがないので上手く形になるか甚だ心許ないが、最低限の美しさは確保したいという刀匠の欲もある。

「あとは焼き入れか・・・・・・清さんの冗談を真に受けるわけじゃねぇが、水の表面に油の膜を作るのはありかもしれねぇな」

 どんなに頑張っても、水の温度は外気に触れたところからどんどん変わってゆく。普通の刀であれば問題ないが、今回のような大刀であるとその温度変化が影響するのかもしれない。気休めでしか無いかもしれないが、一度試してみる価値はありそうだ・・・・・・固山はそう思い至り、矢立に筆をしまった。



 作業場へ下りた固山は早速弟子に指示を出し、新たな刀作りに取り掛かった。厄介な作業であるにも拘らず、弟子達は誰一人文句をいうものはいない。むしろ固山が新たにやろうとする事を興味深く観察し、あわよくばその技術を盗もうとしている。
 そんな弟子達でさえ、固山が焼入れの水の上に油を流しこんだのには驚きを露わにした。

「お師匠様。い、一体どういう風の吹き回しですか?」

「この油には何の意味が・・・・・・」

「さぁな。俺にも判らねぇが、少なくとも表面から温度がどんどん変わっていくのは防げそうだと思わねぇか?」

「た、確かに・・・・・・」

 焼き入れの温度は刀匠の命である。その温度を探ろうとした弟子が師匠によって腕を切られたという話も幾つかあるほどだ。その温度を少しでも守り、焼き入れへの影響を最小限にしようとする固山の考えに弟子達も頷いた。

「よし、行くぞ!」

 固山は真っ赤に熱せられた刀を、一気に焼き入れの水槽に沈み込ませる。するとじゅっ、という小気味良い音が工房に響いた。ただ油膜があるせいか、いつもは瞬時に湧き上がる水蒸気は今回派手に巻き上がらない。それを少しだけ寂しく思う弟子達を尻目に固山は刀剣を引き上げた。

「・・・・・・どうやら前の二本よりは遥かによく出来たようだな」

 傷もひびも一切見られない、焼き入れ直後の刀剣を見つめつつ、固山は弟子に命じた。

「おい、平河町にひとっ走り行ってきてくれ。そして五三郎を呼んでこい。細かな研ぎや磨きはその後だ」

 固山のその一言に弟子達は頷き、一番若い弟子が工房を飛び出していった。そして四半刻も経たないうちに五三郎と固山の弟子が工房に戻ってくる。

「固山さん、とうとう実用刀の方ができたんだって?」

 道の途中で弟子に聞いたのだろう。嬉しそうに目を輝かせ、五三郎は固山に尋ねる。すると固山は豪快に笑いつつ、五三郎にその刀身を見せた。

「ああ、これだ。この後細かな調製や砥をやるから、ここでおめぇの注文を聞いておきてぇ」

 固山の言葉に五三郎は改めて焼入れ直後の刀を見つめる。

「二尺八寸、ってぇのはやっぱり長ぇな・・・・・・でもこれくらいの長さがあったら腰を傷めずに試しの稽古や首切りができそうだ」

 予想以上の出来を見せる刀を前に、五三郎は子供のような笑みを浮かべる。だが暫くすると真顔になリ、固山に要望を告げた。

「だがよ、刀ってぇもんは実際使ってみねぇと判らねぇから、まずはこいつを仕上げてもらえねぇか?」

 その点に関しては固山も同感だったらしく、五三郎の要望に素直に頷いた。

「ああ、判った。確かに実際胴なり首なり斬ってみねぇことには使い勝手は判らねぇもんな。となると本当の使い勝手が判るのは祝言後、か」

 固山は五三郎に見せていた刀を弟子に渡す。

「となると、やっぱりおめぇに渡す時にゃ俺の銘は入れられねぇな」

「どういうことだ、固山さん?」

 固山宗次の銘が入れられない――――――ある意味非情に由々しき問題に、五三郎が眉をひそめた。すると固山はその理由を簡潔に言ってのける。

「実際に使ってみねぇことには判らねぇシロモノに、平然とてめぇの名を刻めるほど俺も落ちぶれちゃいねぇんだよ。見掛け倒しのモンだったらまた打ち直しだしよ」

 かなり弱気な固山の言葉に、五三郎は不思議そうに小首を傾げる。

「らしくねぇな、固山さん。いつもと同じ様に作ったんだろ?」

 すると固山は首を横に振った。

「いいや、違う。普通の長さの差料に比べてかなり大きいものだからな。俺の腕じゃなかなか全体を均一の質で作ることが出来なかったんだよ。やっと近所の飲んだくれに教えを請うて出来た、ってもんだ」

 固山は自嘲的な笑みを浮かべると、、五三郎の目をじっと見つめる。

「だからあいつにゃ俺の名前は刻めねぇ。その代わり・・・・・・おめぇの仕事であいつを名刀にしてやってくれねぇか。七代目・山田浅右衛門の差料ならば無銘だって名誉だろ?」

 つまり『自分自身の仕事で道具も認められるような存在になれ』ということである。男として信頼してもらっているのと同時に、その責任の重さが五三郎の肩にずしり、とのしかかる。

「まったく、祝言前から重い荷物背負わせてくれるじゃねぇか、固山さんよ・・・・・・・勿論やってやるよ。楽しみにしてな。七代目・山田浅右衛門の差料は無銘だがよく切れる業物だって証明してやるから」

 山田浅右衛門の銘も、固山宗次の刀の銘も全部まとめて背負ってやる――――――五三郎の頼もしい言葉に、固山は安堵の笑みを浮かべた。



 それから十日後、固山からふた振りの刀が山田家に届けられた。一振りは山田家へ贈られる二尺八寸の祝刀、そしてもう一つは次代の当主への、同じく二尺八寸の祝刀だった。
ほぼ同じ長さでありながら、その見てくれはまったく対象的であった。
 山田家そのものに送られた祝刀は拵えも全て完成し、赤漆の鞘に赤い糸で組上巻にされた柄の華やかなものだった。それに対し五三郎へ贈られる刀は拵えが間に合わず、白木の鞘に試し柄という、取り敢えず怪我をしないようにという配慮だけはされた刀である。

「本当に・・・・・・どこまでも対象的な刀ですね」

 初めてそれを見た幸は、苦笑を浮かべる。後日、改めて黒塗りの鞘と黒鮫皮、そして黒糸の組上巻きの柄をつけるとの事だったが、祝言には間に合いそうもない。

「まぁ、こっちは実用で使うものだ。祝刀として仕舞いこむものじゃない」

 試し柄の刀を舐め回すように見ている五三郎に、師匠である吉昌が注意を促す。

「固山さんに色々頼まれているらしいが、それを振るうのは祝言の後だぞ、五三郎」

 すると五三郎はにたり、と締まりの無い表情で吉昌に応えた。

「勿論わかっていますよ、お師匠様。だけどやっぱり良いもんですね、てめぇ専用に作ってもらった刀ってぇのは・・・・・・試し柄とはいえ、手に吸い付くようにしっかり馴染みやがる」

 鞘から脱いた刀身を見つめながら、五三郎ははしゃぐ。焼き入れ直後とは違い、しっかり砥がれた刀身は妖艶な美しさを纏っていた。山田道場という場所柄、無垢の刀身を見ることも少なくないが、今まで見たどんな刀身よりも美しいと五三郎は思う。

「刀身も綺麗だよな・・・・・・だけどこの姿を拝めるのも祝言まで、てところか」

「そうですよね。山田浅右衛門の差料であれば、幾人もの地を吸わねばなりませんから」

 いつの間にか五三郎の横に来て刀を見上げていて幸が呟く。それは罪人の首を切り、試し切りで胴を斬らねばならぬ山田浅右衛門の宿命である。その宿命を五三郎は幸と共に背負っていかねばならないのだ。

「ああ、幾人も・・・・・・いや、百人千人と斬る刀になるかもしれねぇ。そういった意味でも重い刀だ」

 だが五三郎にはその覚悟が既にてきているらしい。真新しい刀を保存用の白鞘へと収めながら、五三郎は隣の幸に微笑みを見せた。


 この刀は祝言後に五三郎の差料となる。そしていつの間にか人々によって『千人斬り』と呼ばれるようになったその刀は、五三郎がこの世を去るまで傍に置かれていたという。




UP DATE 2016.2.17

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『二尺八寸の祝刀』最終話です♪実は今回の話で七代目山田浅右衛門にまつわる二本の重要な刀を取り上げさせていただきました♪

一本は押型だけが残っている、祝言の際の祝刀(柄の部分に寿ぎの言葉がつらつらと彫られているもの。なので少々身幅も大きく刀身も長め)、そしてもう一つが伝説としてしか残っていない七代目・山田浅右衛門の無銘の差料『千人斬り』です(*^_^*)
もしかしたらそれ相応の銘入り刀だったのかもしれませんが、あまりおおっぴらにするとオトナの事情というか利権問題が絡んだりしたのかも・・・(-_-;)長さ的にも祝言の際の祝刀同様かなり長めの大刀だったとのことで、今回二本まとめて固山さんに作ってもらったことにしてしまいました(^_^;)

来週24日は横浜芸者とヒモ男(仙吉の女子力大爆発の予定^^;)、そして来月の紅柊はとうとう五三郎&幸の祝言となりますヽ(=´▽`=)ノ
(この二人のエロが解禁になるとだいぶ助かる、作者的に←おいっ)
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