「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十六話・甲陽鎮撫隊・其の肆

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 春にしては冷たい雨の中、馬に乗った土方は西へとただ一人急いでいた。土方以外に援軍となりそうな部隊はおろか兵士一人さえいない。
 甲陽鎮撫隊本隊から離れて二日間、援軍を求め江戸城だけでなく大名や旗本に掛け合ったのだが誰も相手にしてくれなかったのだ。

「畜生!都合のいい時だけチヤホヤしやがって!」

 結局自分達は捨て石としか思われていないのだ――――――その事実を露骨に突きつけられ、悔しさに歯噛みする。そしてその悔しさの炎に油を注いだのが勝沼からの敗走組と思われる男たちの姿だった。洋装に近い姿の戦闘服のまま、東へとこそこそ逃げる姿はあまりにも惨めだ。本当なら一人ひとり殴りつけてやりたいところだが、そこをぐっと堪え近藤と合流することを目指しひたすら馬を駆る。

(生きていてくれよ、近藤さん!)

 下手をしたら戦で大怪我をしているかもしれないし、戦死の可能性もあるのだ。焦る気持ちを抑えつつ、土方は馬を飛ばし続けた。



 土方がようやく鎮撫隊が合流したのは八王子だった。皆煤や泥に汚れ、疲弊しきってへたり込んでいる。ひと目で敗戦したと判るその姿に土方も言葉を失う。そして特にひどかったのは近藤だった。肩の傷が開いたのか、近藤は肩を抑えたまま座り込んでいて、顔色もかなり悪い。そんな近藤に土方は近づき、まっさきに頭を下げる。

「済まねぇ。二日間江戸を走り回ったが援軍を引っ張り出してくることが出来なかった」

 土方が近藤に告げたその瞬間、周囲の空気がざわり、と不穏に蠢いた。

「やっぱり・・・・・・会津の援軍なんて嘘だったんだ」

「あんな少人数で戦うなんて、正気の沙汰じゃねぇ」

「身分につられて出て行った俺が馬鹿だった。こんなことだったらみんなと一緒に脱走しておきゃ良かった」

 小さな、しかしはっきりとした怨嗟の声が近藤と土方を包む。その声に対し土方はぎろりと睨みを利かせるが、一瞬静まり返るものの土方が目を離した瞬間に怨嗟の呻きが再び湧き上がる。

「そのくせまだ戦おうなんて・・・・・・冗談じゃねぇ」

「吉野宿での命令なんて聞かなくて本当に正解だった」

 どうやら土方が隊を離れている間に何かが――――――単なる負け戦とは違う、兵士達に不信感を抱かせる事件が起こったらしい。土方は一旦近藤から離れ、少し離れた場所に座っていた永倉と原田に近づき声をかけた。

「おい、新八。左之助。俺がいない間に何があった?」

 土方は周囲に視線を投げかけながら二人に問いかける。すると永倉は射抜くような鋭い視線で土方をじっと見つめながら訴えた。

「近藤さんは今まで負けたことがねぇから、引き際ってもんが判んねぇんだろうな。勝沼でボコボコにされたってぇのに吉野で陣を立て直すなんて言い出してさ」

 それに続いて原田も腹立たしげに吐き捨てる。

「周りが反対しなけりゃそのまま突っ込んで行きかねなかったぜ。あれじゃあいくつ生命があっても足りねぇ。喩え捨て石にだって死に様、ってもんがあるだろ、土方さん?」

 必死に土方に訴えるその言葉には、明らかに近藤に対する不満がくすぶっていた。

(これは、少し近藤さんと距離を置いたほうが良さそうだな)

 永倉や原田だけではない。他の兵士にしても同様だ。近藤に対する不信感が甲陽鎮撫隊は満ちている。これ以上部隊の士気を悪化させないためにもここは近藤を鎮撫隊から引き離すべきだと土方は判断した。

「新八、左之助・・・・・・俺は近藤さんや他の重傷者を連れて、和泉橋医学所に入る。おめぇらは他の隊士を連れて後から来てくれねぇか」

 これは一つの賭けであった。本隊から近藤を引き離した後、本隊が江戸に戻ってくるまでに二、三日はかかるだろう。その間に頭を冷やして冷静になるか、それとも更に近藤への不満が高まるか――――――それでも不満を持つ兵士達と近藤を一緒にしておくわけにはいかない。それは土方が初めて感じる――――――鳥羽・伏見における敗戦でも感じなかった危機感だった。

「・・・・・・承知」

 土方の指示に思うところがあるのか、しばしの間を置いてから永倉が低い声で答え、原田は黙ったまま頷く。それを確認した後、土方は近藤や他の重傷者と共に江戸に向かった。
 取り敢えず不満を抱く隊士から近藤を引き離すことには成功した、だが、それでも嫌な違和感が土方の頭の隅にこびりついたままだった。

(きっと敗戦が続いているからそう感じるのだろう)

 和泉橋医学所に到着し、怪我人を引き渡した後も消えない嫌な違和感を感じつつ、土方はできるだけ楽観的に考えようとしていた。だがその違和感は昔からの同志の姿をして土方の前に現れることとなる。



 八王子で別れてから三日後、江戸に帰ってきた永倉と原田が近藤がいる和泉橋医学所へ乗り込んできた。そして厳しい表情のまま近藤と土方の前に座ると、真っ先に永倉が本題を切り出した。

「近藤さん。土方さん。あんた達も薄々解っているだろうが、江戸で戦うのは不利だ。俺達は他の希望者とともに会津に行って戦うつもりだ」

 そして永倉と原田は新たに組織を結成したこと、彼らと共に会津に行くための準備を着々と進めていることを目の前の二人に告げた。

「勝沼みたいに大した準備もなく戦に挑むのは無謀過ぎる。だから会津で準備を万端に・・・・・・」

「何を勝手なことを!そんなことは断じて許さん!」

 怪我人とは思えぬ、激しい怒声に永倉や原田は勿論、隣りにいた土方も驚きを露わにする。

「会津に下がるだと?江戸を護るのが幕臣の勤めだろうが!私的な決議は断じて許さん!」

 まるで赤鬼のように顔を真赤にし、近藤は喚き散らす。そしてあろうことか今までの自分達を否定するような一言を口にしたのである。

「ただし・・・・・・俺の家臣となるのであればやぶさかではない。家臣からの提言としてその申し出、聞いてやる」

 俺の家臣――――――禁句とも言えるその一言に、場の空気が一瞬にして凍りついた。



 家臣になれ――――――それは一見すると近藤の驕りのように聞こえる。だが、この時の近藤に驕りは一切なかった。近藤の中にあったのは敗戦によって砕かれた武士の矜持と自分を差し置いて行動を起こした部下への不満、そして自分の戦略を否定された怒りであった。またはその全てが混沌し、焦りを生じていたと言っても良いかもしれない。
 それでも今まで彼らを率いてきた者として弱みを見せてはならないと、無駄に張った虚勢が『家臣になれ』という言葉だったのである。
 同志は勿論、部下という立場であっても近藤は安心できなかった。確実に自分が上位であるためには主君と家臣――――――それ程までに絶対的な立場の差を欲したのだ。しかし勿論この言葉を永倉や原田が受け入れられるはずもなかった。

「冗談じゃねぇ!俺たちは同志だったはずだ!」

「幕臣になってから変わっちまったよ、近藤さんは!悪いが俺達は会津に行く。今まで世話になったな!」

 近藤の采配に不満はあるが、それでも共に戦おうとしていた永倉と原田である。それが近藤の一言によって打ち砕かれたのだ。怒りも露わに二人は捨て台詞を残し、近藤と土方の前から去っていく。後に残されたのは飲みかけの湯呑みだけだった。

「・・・・・・落ち込んでいる暇はねぇぞ、近藤さん」

 二人が去った後、流石に気落ちしている近藤に土方が声をかける。

「敵はこれから江戸に入ってくるんだ。ここからが本当の勝負だろう」

「あ、ああ。そうだな」

「俺は改めて隊士募集をかける。近藤さんはその間だけでもしっかり養生していてくれ。だがあまり時間はねぇぞ」

 土方は必死に近藤を励まそうとするが、近藤は落ち込んだままだ。その沈鬱な空気にとうとう耐え切れなくなった土方は、仕事をしてくると近藤の部屋を後にした。



 土方が玄関に向かおうとしていた時、偶然斎藤と出くわした。だが『偶然』と思っていたのは土方だけで、斎藤は土方を待っていたらしい。

「土方さん。やはりあの二人は出て行きましたね」

 その一言で、土方はこの件の原因の一つが目の前に入る男であることを理解する。

「斎藤、けしかけたのはおめぇだな?これも会津の意向、て奴か」

 会津も新選組を、否、近藤を見捨てようとしているのかと土方は唸るが、そんな威嚇を前にしても斎藤は平然としている。

「そう思って頂いても構いません。武士の矜持も必要ですが、経験を積んだ兵士を犬死させるのはいただけませんのでね」

 斎藤は土方に淡々と告げると、くるりと土方に背を向ける。そのあまりの無防備さに土方は毒気を抜かれる。

「おい、斎藤・・・・・・俺がおめぇを斬りつけねぇとでも思っているのか?」

「斬りつけたければどうぞ。でも一人でも多くの兵を必要としているのはあんたでしょう」

 それが明らかな間者であったとしても――――――斎藤の鋭い指摘に土方は言葉に詰まる。

「勝手に命を落とすのは止めはしません。ですが、配下まで道連れにするのは止めていただけませんでしょうか。戦いはまだまだ、会津まで続きます」

 戦うのであれば泥臭くても勝利にこだわるのが会津のやり方ですので――――――斎藤はそう言い残し、土方の前から立ち去った。




UP DATE 2016.2.13

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とうとうここに来て永倉・原田も決別をしてしまいました(T_T)
今までずっと近藤を支え続けてきた二人ですが、やはり思うところがあったのでしょう。甲州の戦い、そしてこれから起こる流山の戦いでもどうも近藤局長は『武士の美学』にこだわってしまうところがあるようです。だけど部下としては冗談じゃありませんよね(ーー;)
戦い、敵陣に倒れるにしてもお粗末な戦術による犬死だけは避けたいと思うのが人間でしょう。更に近藤の人間性の変化・・・これは単に自信のなさやそれを隠すためのハッタリだったと思うのですが、受ける側も頭に血が上っていますから冷静な判断はできませんよね~。この辺は本当に言葉や思いの行き違いがあったんだろうな~と思わざるを得ません。

そしてこの話最後の場面で放った斎藤の一言・・・泥臭く、勝利にこだわるというこの一言が土方の今後にも影響してゆきます。

次回更新は2/20、江戸無血開城となります(*^_^*)
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