「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・春夏の章

二尺八寸の祝刀・其の貳~天保八年二月の祝儀

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 二月も後半になってくると、気の早い祝の品が続々と山田道場へ運ばれてくるようになってきた。その送り主は下は出入りの農家や市井の商家、上は旗本・大名から将軍御三家と多種多様だ。そして少々気の早い祝品にはそれ相応の理由がある。それは勿論十二代目将軍の就任だ。
 季節的にも良い、四月の参勤の時期にあわせて行われる将軍就任の準備が本格的に始まるのは来月三月からである。そもそも五三郎と幸の婚礼もそれに合わせ、五三郎の免許皆伝を待たずして行われるのだ。それだけに済ませられるものは二月から三月のはじめにと思うのは至極当然のことであった。

「それにしても多すぎやしねぇか?予め祝ってくれるのはありがてぇけどよ」

 台所脇の一部屋は既に酒の入った樽やするめ、昆布などの贈答品で埋め尽くされている。酒はともかく乾物に至っては弟子が総出で食らっても二、三ヶ月は持ちそうなほど大量だ。それらを覗き込みながら、五三郎は呆れた風に呟いた。そんな五三郎を隣りにいた芳太郎が宥める。

「そりゃあそうだろ。何せ初代からの血を引くお幸さんの婚礼とあれば、これくらいは当然じゃないのか?」

 これはあくまでも山田家、そしてその初代からの血を引く幸に送られたものだということを、芳太郎は敢えて強調する。そんな芳太郎を五三郎は恨めしげに睨んだ。

「・・・・・・俺はおまけだということだけはよく判るが」

「そもそも祝言そのものじゃ男なんて添え物以外何者でもないだろ。その後のお楽しみのためだと思って我慢しろ」

 何気なく口にした芳太郎の一言に、五三郎の顔が茹でダコのように真っ赤になる。

「な、な、何言いやがる!へ、へ、変なことを言い出すな!」

 暗に初夜のことを言われたと感じた五三郎はしどろもどろになるが、それを見越していたように芳太郎は平然と言い放つ。

「いや別に。七代目山田浅右衛門を継ぐものとして認められるようになるのは楽しみではあるが、変なことではないぞ?それともお幸さんとの初夜でも思い浮かべたのか?」

 端正な顔に意味深な笑みを芳太郎は浮かべる。明らかに確信犯である。いいようにしてやられた悔しさに、五三郎は舌打ちをする。

「てめぇだって未だに家ン中じゃ『お縫さんお縫さん』って嫁の尻追い掛け回しているらしいじゃねぇか。利喜多が呆れてたぞ」

「・・・・・・あいつも余計なことを」

 芳太郎の預かり知らぬところで広まっていた弟からの暴露話に、今度は渋い表情を浮かべる。そんな困り果てた芳太郎に、今度は五三郎がニヤついた。

「ま、どのみち惚れたほうが負けってことだろうな」

 五三郎の言葉に芳太郎も苦笑いをしながら頷く。互いに武士としては珍しい、恋女房を持つ身だ。他の男よりも妻に弱いのは仕方ないと二人は乾いた笑いを交わした。

「そうそう、婚礼が近いといえば、固山さんの刀の方はどうなった?」

 既に固山宗次からの正式な祝刀は出来たとの報告は受けているが、五三郎のために作ってもらっている実用刀が出来たという話は聞いていない。芳太郎はその事を五三郎に尋ねる。

「ああ、つい三日前行った時は三本目に取り掛かっていたけどな」

「三本?お前用に作るのは一本じゃなかったのか?」

 予想以上の大量生産に芳太郎は驚く。だが、それには相応の理由があるらしいと五三郎は事情を説明する。

「最終的にはそうなんだけど、どうも俺に作ってくれている実用刀の出来が気に入らねぇようで。俺から見たら既に出来ていた二本とも充分すぎると思うんだけどな」

 そこは職人のしての意地があるのだろう。祝言当日までにできたら御の字だよ、と五三郎は笑った。



 五三郎と芳太郎が他愛もない雑談を交わしていたその頃、固山の工房では五三郎用の実用刀作りに没頭していた。婚礼用の祝刀は美しさだけを求めれば良かったのですぐに作れた。だが本当の役目――――――人を斬るという役目を担う刀はやはり難しいのである。

「・・・・・・先の二本よりかはだいぶマシになってきたが」

 深く刻まれた眉間の皺に滑り込んだ汗を強引に拭いながら固山は呟く。だが、まだまだ納得の出来とは言い難かった。
 普段の刀よりほんの二、三寸長いだけなのに、その出来はだいぶ違ってくる。形だけなら全く問題ない固山の刀だが、実際に人を斬るには微妙に脆い。ほんの僅かだが理想の粘りに欠けるのだ。

「もう少し芯鉄の割合を増やしたほうがいいのか―――――― でもそうすると柔らかくなりすぎちまうしなぁ」

 その加減を調整するには、人間の手はあまりにも粗雑過ぎた。人間の手で加減が不可能となると、あとは焼き入れで加減をしなければならなくなる。他の工程ならまだ微妙な調製がやりやすいが、焼き入れは一瞬の勝負である。ある意味一か八かの賭けとも言えるだろう。

「・・・・・・仕方がねぇ。ここは清さんにでも知恵を借りるか」

 凝り固まった自分の頭では打開策は生まれ無さそうだ――――――固山はそう判断するとまだまだ続く鍛錬を弟子に任せ、ふらりと外へと出て行った。



 固山が出向いたのは、自宅の斜向かいにある工房である。その工房に固山はまるで我が家にでも入るようにふらりと入ってゆく。 すると工房には所々煤けたこ汚い着物を着た男が一人、上がり框に座って酒を呑んでいた。

「おい、清さん。ま~た昼間っから呑んだくれてんのかよ。相変わらずしょうもねぇ野郎だな」

 そう言いつつ固山は清さん――――――源清麿の傍に近寄り、転がっていた茶碗を拾う。そして清麿の横にあった貧乏徳利からなみなみと酒を注ぐと、それを一気に呑み干した。それを横目で睨みつつ、清麿は低い声で唸る。

「宗兵衛さんも人のことは言えねぇだろ。俺と呑み比べの果たし合いをやろうなんて輩はあんたしかいねぇしよ」

 固山の手から貧乏徳利を奪い返すと、まだ半分ほど酒が残っている椀に清麿も酒を注ぐ。

「そもそもありゃあ俺のシマに挨拶もなく工房をおっ立てたオメェが悪い」

 固山も負けじと清麿の手から再度貧乏徳利を奪うと、手酌で酒を注いだ。そんな飲み合いが暫く続いた後、清麿から口を開く。

「・・・・・・で、どうした?山田浅右衛門の刀作りが上手くいってねぇようだが」

「本当に地獄耳だな」

 自分がここに来た理由をずばり当てられた固山は舌を巻く。だが清麿は面白く無さそうに溜息を吐いた。

「毎日毎日斜向かいから『畜生』だの『くそったれ』だの『山田の家の婚礼に間に合わねぇ』だの叫ばれてりゃあ嫌でも知れる」

 ただでさえうまくもねぇ安酒が、お前の悪態で余計にまずくなったと清麿は悪態をつく。

「そこまで知っているんなら話は早ぇ。あんたに知恵を借りようと思ってさ。若さゆえの柔軟さに期待してぇんだよ」

 すると清麿は最後の酒を呑み干しながら呟いた。

「だったら油で焼入れでもしてみたらどうだ?」

「はぁ?油だと?」

 あまりに突拍子のない清麿の提案に、固山は椀を手にしたまま呆気に取られる。そんな固山を面白そうに眺めながら、清麿は土間の隅に積んである貧乏徳利の一つを手に取った。

「別に水で焼入れをしなきゃいけねぇなんて決まりはねぇんだぜ。別に酒でも構わねぇと思うけどよ、そんなことするくれぇなら俺が全部呑み干す」

 貧乏徳利をてにしたまま固山の横に戻った清麿は、すかさず徳利の封を切り酒をなみなみと注いだ。

「ちげぇねぇ。あんたなら樽まるごと呑めそうだしな」

 そう言いながら固山は考えこむ。人間の手で細工が出来ない微妙な加減は物に頼るしか無い。油での焼入れはあまりにも大胆すぎるが、もう少し物による微妙な加減というものを考えたほうが良いのかもしれない。

「ありがとうよ、清さん」

 油云々を直接試すのはともかく、工夫の方向性を教えてもらったのはかなりの収穫だ。

「この礼は貧乏徳利二本だからな」

「ああ、お安い御用よ」

 何なら樽ごとくれてやると嘯きながら、固山は清麿の工房を後にした。




UP DATE 2016.2.10

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五三郎たちの婚礼祝の品々が山田道場に届く中、固山は刀作りに苦戦しているようです( ̄ー ̄)ニヤリ
ご祝儀用の祝刀であれば多少もろくても問題ないんですけど(美術品としての価値があれば)、実践刀はそうは行きませんからねぇ。精密機械や芸術作品は細かいもののほうが大変ですが、鍛錬が必要な物は大きければ大きいほどムラができるリスクが高くなりますので、大変な技術がいるのです(-_-;)

そんな中、刀鍛冶の後輩でもある源清麿にヒントをもらった固山ですが・・・果たして五三郎の刀はうまく作られるのでしょうか?次回二月話の最終話をお楽しみに(*^_^*)
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