「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十五話・甲陽鎮撫隊・其の参

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 日野で早駕籠に乗り込んだ土方が、江戸に到着し江戸城に乗り込んでいた頃、近藤率いる甲陽鎮撫隊は戦準備を着々と進めていた。佐藤彦五郎らによって集められた農兵らを合わせ二百人ほどにまで兵力を取り戻した甲陽鎮撫隊は、二門持ってきた大砲のうち一門は敵本隊がやってくるであろう街道の西側に砲口を向け、もう一方は敵の不意打ちに備え川の南に向ける。北側は天然の防御壁である急峻な山がそびえ立っているのでそちらを気にすることはないだろう。

「南の岩崎山の方には散弾だからな!間違えるんじゃねぇぞ!西に向けた大砲には榴弾を集めておけ!とにかく敵本隊を潰すことだけを考えろ!」

 大砲を向けている兵士達に永倉が指示を出す。大まかな作戦としては街道筋からやってくる官軍本隊に向けて殺傷力の高い榴弾を打ち込んで足止めし、南側からやってくる遊撃隊を散弾により視界を遮り、抜刀隊の斬り込みによって攻撃するというものであった。
 人数や武器の量ではかなりの大差がある中、勝機を見出すのはこの戦い方しか無い。これでどれくらい持つか判らなかったが、土方が援軍を連れて来るまで――――――最低でも二日か三日は持ちこたえなけれなならないのだ。そんな不安を心の奥底に押しこめつつ、近藤は兵士を前に声を張り上げる。

「兵士諸君!会津の援軍が来るまで今暫く、今暫く持ちこたえてくれ!」

 近藤の檄に兵士達の雄叫びが響く。そんな兵士達を前にして近藤はいつもとは違う緊張感に苛まれていた。

(これだけの人数を効率的に動かしていけるか)

 農兵を入れて二百人弱の甲陽鎮撫隊、敵の数を考えれば決して多いわけではない。だが今までの新選組と比べて一度に動かす人数はかなり多く、しかも今まで細かな采配は土方が行っていたのだ。
 その細かな采配を自分がすることができるのか――――――その自信の無さを隠すがためにいつも以上に大きく出る近藤だったが、その不必要なはったりが今後の運命を大きく狂わせることになる。



 采配上手の土方が居ないということもあり、甲陽鎮撫隊の準備は極めて手際が悪く、ようやくまともな戦闘の準備が出来たのは昼九ツの事だった。だが何故か敵もその時間まで攻撃してこなかったのだ。慣れていない土地ゆえの戦闘だからか、それとも他に理由があるからなのか定かではない。
 ここに土方がいればまめに斥候を派遣し敵城を視察するのだろうが、ただでさえ少ない兵士を斥候として出す勇気は近藤には無かった。

「おい、何をしている!早く配置に付かんか!」

 いつもは鷹揚な近藤が神経質に怒鳴りまくる。その声に、昼飯を食べていた兵士らが握り飯を口に咥えたまま慌てて配置につく。

「おや?あの砲弾は・・・・・・」

 西への出撃準備をしていた斎藤が気がついた。あれは西側の敵兵に撃つ榴弾ではなく煙幕用の散弾だと――――――。

「近藤さん!まずい!砲弾の種類を間違えて・・・・・・」

「撃て!!!!!」

 斎藤の制止の声は近藤のよく通る出撃の声と、鳴り響く砲弾の轟音によってかき消された。だが次の瞬間、その場に居た全員が斎藤の言おうとしていたことを理解する。

「お、おい!何で西側に煙幕張っているんだよ!あっちを叩かなきゃ意味ねぇだろうが!」

「そっちは榴弾だ!しかも何故火口を切らねぇ!無駄撃ちをやめろ!」

 幹部の一部は慌てて砲撃を止めようとするが、こちら側の砲撃に反応した官軍側も砲撃を始めたのだ。これでは立ち直す暇はない。しかも更に悪い状況が甲陽鎮撫隊を襲った。

「抜刀隊、進め!!」

 頭に血が昇った近藤が出撃命令を下したのだ。榴弾の援軍もないまま煙幕だけで出撃せよというのか――――――平の兵士だけでなく、幹部にも近藤への不信感がよぎる。

「永倉さん、仕方がない。ここは煙幕を利用して進めるだけ進もう」

「おい、斎藤!」

「そして無理だと思ったら――――――逃げたほうが良いだろう。冷静に考えてあまりにも分が悪い」

 斎藤の言葉に永倉も頷く。このまま近藤の指示のまま敵に突っ込めば犬死も同然だ。土方の指揮の時は全く感じたことのなかった恐怖が永倉の心を支配していた。その一方、斎藤は比較的冷静だった。

(近藤さんが言う、会津藩の援軍は絶対に来ない)

 斎藤は会津側から今回の出陣について、『裏側』の話を聞いていた。江戸市中で戦を起こされてはたまらない、そんな危険因子を今回甲州に派遣するのだと。そして最悪全滅でも構わないと幕府は考えているとも聞いている。

(大規模な野外戦で使えない新選組はお払い箱、ってところか)

 完全に捨て石扱いだということを聞いていた。だが、自分達がここで死んでしまっては今までの努力や、死んでいった仲間の無念さは一体どうなるのだ――――――会津の諜報ではあるが、斎藤にも新選組に対する情はある。それ故できるかぎり死者を出さずにこの場をやり過ごしたいと考えていた。

(もし俺が敵側の人間だったとしたら・・・・・・残りは北側、か)

 北側にそびえ立つ山はかなり急峻だ。それゆえ敵は攻めてこないだろうと自分達は本隊のいる西側と、横から攻めてくるであろう南側に意識を向けているが、ここで北側から攻めこまれたら確実に此方側は壊滅するだろう。一昨日の夜の時点で敵は三千人に膨れ上がっているとの情報が入っている。となれば三方から攻めるのが常套だ。

(撤退、というか逃亡だな。するとなればやはり東側に逃げる、か)

 煙幕を利用し、攻め込みながらも斎藤は逃げ道を模索していた。少なくとも斎藤が死ぬのはこの場所ではない。状況から鑑みても最終決戦は江戸、そして下手をすれば会津になるかもしれない。死ぬのなら『本当の主君の為』に――――――背後から吹き付ける東風に助けられながら斎藤は更に前に進む。

(このままいけるか?)

 誰もがそう思ったその時である。甲陽鎮撫隊の兵士達の頬を、春とは思えぬ冷たい風が吹きつけた。



 今までの東風とはガラリと変わり、西からの冷たい風が甲陽鎮撫隊に吹き付けてくる。その風に乗るようにぽつり、ぽつりと雨が降り始め、瞬く間に冷たい大雨が兵士達に降りつけてきた。
 今まで効力を発してきた散弾は冷たい西風によって甲陽鎮撫隊に吹き付けてくる。煙幕は部隊を盲させ、その脚は止まる。

「風向きが変わったぞ!今だ、行け!」

 西風に乗って敵の声が聞こえてくる。それと同時に敵の砲弾が一斉に襲いかかってきた。実は官軍は今まで風向きが悪かったため、最低限の砲撃しかしていなかったのだ。
 そして西からやってきていた雨雲が近づき、西側からの風が吹くまでじっと待ち、風向きが変わった途端に一斉砲撃を開始したのである。そして甲陽鎮撫隊のしくじりはこれだけではなかった。

「北側を見ろ!官軍の遊撃隊だ!!」

 絶対に襲撃はないと思っていた北側から、数は少ないとはいえ官軍の部隊が降りてきて銃撃を開始したのである。更に火口を切らず、殺傷能力の劣った榴弾で攻撃していた南側からも勢いづいた兵士達が襲いかかってくる。北裏の山越し、南裏の山越し、そして本道の三方向から攻められては数で劣る甲陽鎮撫隊は逃げるしか無い。たった二門しか無かった大砲も本隊からの攻撃により次々と破壊される。

(ここが潮時か)

 斎藤は戦況を見極め、混乱する兵士達に紛れながら、いつもからは考えられない大声を出す。

「援軍は来ないぞ!皆、逃げろ!」

 その声に兵士達は更に恐慌陥り、農兵を筆頭に我先にと逃げ出した。

「おい、待て!援軍は来る!だから戦え!戦うんだ!」

 斎藤の工作とはつゆ知らず近藤、原田、永倉らは必死に兵士達を落ち着かせようとする。だが、その説得を聞いているものは誰も居なかった。農兵に続き新参の平隊士らも逃げ出し古参新選組隊士や幹部たちも撤退を余儀なくされる。最初こそまとまって逃げていた幹部たちだったが、敵の砲撃に徐々に散り散りになりいつのまにか小さな集団となってゆく。

「斎藤、怪我をしたのか?」

 足を引きずる斎藤に気がついた原田が、斎藤に声をかけてくる。

「ああ、大した怪我じゃない。足をくじいたらしい。だけどもし怪我をしていないんなら先に逃げたほうが良いぞ。怪我人は――――――この攻撃の中、何人助かるか解らないからな」

 斎藤の言葉に原田の表情が強張る。そこへ永倉も話に加わった。

「弱気なことをいうな、斎藤!一緒に逃げて立て直すぞ」

 だが、永倉の励ましの言葉に対し斎藤は首を横に振った。

「生き残ればまだ戦える可能性はある。だが、ここで怪我人に構って逃げ遅れたならば、その機会はなくなるぞ」

 そして更に小さな声でこう続ける。

「近藤さんのあの采配じゃ、いくら兵士を増やしても同じ失敗を繰り返すだろうしな。いっそあんた達が率いたほうが良いんじゃないか」

 それは悪意を持った囁き――――――会津藩の名代でもある斎藤が近藤勇を見限った瞬間だった。



UP DATE 2016.2.6

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甲陽鎮撫隊、結局助けを待つまでもなく敗走することになってしまいました(´・ω・`)そもそも3000人の敵に200人弱で戦いを挑もうっていう無謀さですから当然といえば当然なのですが・・・しかも散弾と榴弾を打ち間違えるし(-_-;)
それでも一刻ほどは持ちこたえたのは流石でしょう。天気を味方につけたゆえの健闘です。しかしその後がねぇ・・・(^_^;)
風向きの変更を考えるとどうやらこの時、寒冷前線が通過したようですね。西側にいる官軍ならばその天気の変化を、甲陽鎮撫隊より先に知ることが出来ますのでその点は有利だったのかな、と。やはり良い参謀が付いている軍隊は違います。

次回更新は2/13、土方と近藤が合流、そして永倉・原田の決別となります。
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