「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・春夏の章

二尺八寸の祝刀・其の壹~天保八年二月の祝儀

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 二月に入り、山田道場は俄に慌ただしくなっていた。十二代目将軍の就任式に合わせ、贈答や下賜に使われる刀の試し切りの注文が殺到しているのだ。しかもこれらの試し切りは将軍就任一ヶ月前に全て終わらせなかればならない。何故なら『儀式に使う刀はその前三十日以内に人を斬ってはならない』という不文律があるからである。
 その為門弟達は毎日注文を受けた刀剣の試し切りに勤しんでいたが、その中で唯一暇を持て余している男が居た。

「ふぁぁ~退屈だぁ」

 刀を手にしたまま大欠伸をしたのは五三郎である。祝儀用の刀ではないが、二月に入り五三郎は婚礼前の精進潔斎に入っていた。精進潔斎とは言ってもそれ程仰々しいものではなく、人間の胴を使っての試し切りをしないというものだ。それ以外は酒も遊びも特に禁じられていないのだが、五三郎とて試し者芸者の端くれである。やはり藁胴だけの稽古には飽きが来てしまうのだ。

「あ~あ、面白くねぇな」

 五三郎は手にしていた刀を鞘にしまうと縁側に座り込んだ。こんな時こそ幸と約束した句作でもすれば良いのだろうが、いまいちすっきりしない精神状態では良い句などできるはずもない。
 あまりの退屈さに五三郎は縁側に座り込んだまま後ろに倒れこみ、寝転がってしまった。そんな五三郎の許に、試し切り用の鞘に取り替えた大刀を抱えた幸がやってきた。

「兄様、だいぶ暇そうですね。というか藁胴の稽古に飽きているでしょう?」

 五三郎の顔を覗き込みながら幸が笑う。その頬に触れながら五三郎は唇を尖らせる。

「当たり前だろ?入門したての半人前でもあるめぇし、こう毎日毎日藁胴ばかり斬ってたんじゃやってられねぇよ」

 不満やるかたないといった風情の五三郎に、幸も頷かざるを得ない。

「それは言えるかもしれませんね・・・・・・ところで話は変わりますけど」

 幸が五三郎に更に顔を近づける。

「な、何だ?」

「固山さんが今度の結婚祝いに刀を一振り打ってくれるんですって。一応家長の六代目に、っていう建前なんですけど実際は私達に向けて、ってことで」

 その瞬間、五三郎は反射的に身体を起こす。

「固山さんが祝儀で刀を作ってくれるって?将軍家御様御用を務める家はやっぱり違うな!」

 今までとは打って変わった明るい声ではしゃぐ五三郎に、幸は呆れて苦笑いを浮かべる。

「その家を継ぐのは兄様なんですからね・・・・・・って言うことで、兄様の注文に全て応えてくれるとのことですよ」

「へ?そりゃあ本当か?」

 思わぬ事に五三郎は大きく目を見開いた。祝儀で刀を作ってくれるだけでなく、自分の注文も受け付けてもらえるとはまるで夢のようだ。だがそれは現実の事だった。

「こんなことで嘘を言っても仕方ないでしょう。今日の午後にでも固山さんの工房に行って注文を言ってきてくださいね」

「いや、そんな悠長なこと言ってられるか!ちょいと固山さんのところまでひとっ走り行ってくる」

「お昼ごはんは?」

 起き上がり、今にも走り出しそうな五三郎の背中に幸が声をかける。だが、五三郎を引き止めるには少々弱い言葉だった。

「帰ってきてから食うから握り飯でも用意しておいてくれ!」

 そう言い残すと、五三郎は道場を飛び出した。



 四谷の固山宗次の工房は、山田道場の比較的近くにある。その工房に五三郎が飛び込んできたのは昼九ツの鐘が鳴った後だった。工房も丁度昼飯時で、固山とその弟子達が握り飯を味噌汁で流し込んでいた。その慌ただしい様子からすると、固山の工房にも将軍就任に際して相当な注文が入っていると思われる。

「おう、固山さん。久しぶりだな!一体どこで武者修行をしてたんだよ」

 五三郎は固山に近づきながら近況を尋ねる。

「おう、五三郎か!なぁに、つい三ヶ月前までちょいと尾張様のところで刀を作っていたんでな。しかしやっぱりおめぇが七代目を継ぐことになったか」

 初めて出会った時から固山は五三郎の腕を見抜いていた。その時は七代目山田浅右衛門の銘は夢のまた夢と思っていたが、今は違う。

「ああ、やっと半人前になれた、ってところだけどな。でも、あんたにからかわれない程度の腕は身につけたはずだぜ?」

 挑むように固山を見ると、五三郎は本題を切り出した。

「ところで幸から聞いたんだが・・・・・・俺の注文を受け付けてくれる、ってぇのは本当かい?」

 五三郎の質問に、固山は口の中の握り飯を飲み込んだ後に答える。

「ああ。やっぱり婿入りする本人の希望は聞いておいたほうがいいだろうしよ。でどうする?三尺五寸の物干し竿でも作ろうか?」

 明らかにからかい口調の固山に、五三郎は鼻の頭に皺を寄せた。

「流石にそりゃキツイな。やっぱり二尺八寸か九寸、てところだな。試しにも首切りにもあれくらいが身体に負担がかからなくてやりやすい」

 山田道場内でも特に背の高い五三郎である。普通の大刀では腰をかなり落とさないと上手く胴や首を斬ることができないのだ。ほんの二、三寸長ければ――――――そう思うこともしばしばあり、五三郎はその点を注文する。

「だろうな。すっかり味をしめやがって。じゃあ陰陽一対のを作ってやろうか」

 陰陽一対――――――すなわち二本の刀を作ってやろうと言うのである。これにはさすがに五三郎も慌てる。

「え?そりゃあいくらなんでも・・・・・・」

「祝いの品なんだから遠慮するな。陰陽一対ったって一本は本当の祝儀用でもう一本はおめぇさんの普段使いだ。もし俺に気兼ねするんだったらそいつで首切りをして『固山宗次』の実力を世間に知らしめてくれりゃあいいさ」

 あっけらかんとした固山の申し出に、五三郎はこれは断れないな、と諦める。

「まぁ首切りくらいだったら・・・・・・じゃあ陰陽一対で頼んだぜ、固山さん!」

 名工に自分の刀を――――――しかも普段使いができる物を作ってもらえるという嬉しさを噛み締めつつ、五三郎は固山の工房を後にした。



 五三郎の希望を聞き出した固山は、その日の午後から早速制作を始めた。今からおよそ一ヶ月あれば相応の刀、ふた振りを作るのに何ら問題はないだろう。だが固山は今回の鍛刀で試したいことがあった。

(古刀の如き強い刀を作りたい。五三郎の刀でそれができるか――――――)

 この時代、製鉄技術の進歩により綺麗な鉄が量産されるようになった無地、または無地風の地金が多くなっていた。そんな地鉄の変化に加え焼入れ技術の低下からか、総じて匂い口が漫然とするものがこの時代多くなっていた。また逆行するが如く、色鉄を用いたり、無理に肌を出した刀や、古作の写しものが出現していた。
 その一方刀装具は各々時代の流行に合わせて変化し、刀装具の反映に反比例するが如く、鍛刀界は衰退していた。

 そもそもその原因の一つが鎌田魚妙という侍が著した『新刀弁疑』という本である。名刀の条件に沸匂深い作を主張し、大坂新刀の井上真改、津田助廣を褒め称えたのである。
 そのため新々刀初期には江戸時代前期の津田助廣が創始した華麗な涛瀾乱れを焼くのが流行したのだが、本科と比べると地鉄は無地調で弱く、刃は鎬にかかるほど高く焼き、そして、茫々とした締まりのない匂い出来で斑沸つく作が多かった。

 それらの刀が実用刀とはほど遠いと感じた水心子正秀は、鎌田魚妙の説に疑問を抱き、実用刀剣の復古――――――即ち鎌倉時代・南北朝時代の刀剣への復古を唱えた。
 この復古運動は、後の勤王思想が盛んになりつつある社会情勢と響きあい、各地の鍛冶と交流し、同時に大勢の門弟を育てることとなる。水心子正秀本人も卸し鉄など様々な工夫を凝らし、目標とする鎌倉・南北朝期の地鉄作製を試みるが、未だその域に到達していない。

 そしてこの水心子正秀の影響を受けていない刀鍛冶は、この時代皆無だった。固山を始め、皆いにしえの強い刀を求め、鍛刀に明け暮れていたのだ。だが注文されるのは華麗な乱れ刃の軽い刀ばかり――――――そんな中での山田家への祝儀刀の制作だった。

(ひとつは本当に祝儀用だ。寿ぎの言葉を入れるから多少は身幅を広くするかな)

 積沸かしを終え、下鍛えの準備を始めながら固山は心の中で呟く。

(もう一方は身幅は少し狭くてもいいか。本当は途中で五三郎の野郎に確認してもらいてぇところだが)

 だが、刀作りの途中に職人以外の者が入ることは禁じられている。どんなに親密な関係を築いている山田道場の、婿養子になろうとしている人物でもそれは同様だ。というか焼けた鉄を扱う鍛冶場に人は入れられない。

(仕方がねぇ。今回は最悪無銘にしておくか)

 銘を彫るには今回の刀は自信がなさすぎる――――――固山は下鍛えの槌を打ち下ろしながら徐々に無心になっていった。



UP DATE 2016.2.3

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徐々に将軍就任&五三郎と幸の祝言が近づいている中、周囲の準備もまた忙しくなっているようです(*´艸`*)
特に刀は試し切り道場にとって切っても切れないものですしねぇ。普通『刃物』は縁起が悪いと言われますが、山田家に関してはそれは当てはまらないようです。ただ『陰陽一対』とはいえ、五三郎の普段使い用のは無銘にしようか悩んでいるようですね。勿論自信がないというのもあるのでしょうが、結婚式に偶数は良くないという考えもどこかに遭ったのかも――――――。

次回更新は2/10、ふた振りの刀が出来上がります(*´ω`*)
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