「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十四話・甲陽鎮撫隊・其の貳

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 甲陽鎮撫隊は沖田を日野に残し、今夜の宿である八王子に向けて出立した。土方の義兄である佐藤彦五郎も日野の農兵隊――――――春日隊二十二名を連れて甲陽鎮撫隊に参戦することとなり、甲陽鎮撫隊は新選組、春日隊、そして弾左衛門配下の三部隊混成隊の大所帯となる。
 そんな甲陽鎮撫隊に降り注ぐ雨はますます激しくなり、部隊を濡らしてゆく。その後姿を見送りながら沖田は小首を傾げた。

「ほら、総司さん。あなた体調がすぐれないんだから大人しく寝てなさい」

 いつまでも甲陽鎮撫隊を見続ける沖田をのぶが窘める。その言葉に頷きながら沖田は己の疑問を口にした。

「甲陽鎮撫隊・・・・・・もっと人数がいたような気がしたんですけどねぇ」

 怪訝そうに呟く沖田に、のぶは何気なしに返事を返す。

「あんなものじゃない?日野の部隊を合わせて百七十から百八十人はいると思うけど」

「・・・・・・実は江戸を出立するときは百八十人、いたはずなんですよねぇ」

 上がり框を上がりながら沖田はぽつりと呟いた。

「彦五郎さんの部隊を合わせたら二百人はいないといけないところなんですけど・・・・・・長吏の部隊から脱走が出ているのかもしれませんね。新選組は誰一人欠けていませんし」

「なにそれ!ひどいじゃない!そんな腰抜けが出陣しようってふざけるのもいい加減にして欲しいわ!」

 敵前逃亡どころか進軍逃亡とは――――――憤懣やる方ないといった風情ののぶに、沖田は力なく微笑んだ。



 沖田の感じたことは間違っていなかった。雨の行軍に嫌気が差したのか、又は戦いの場に行くという恐怖が徐々に芽生えてきてしまったのか、一人、また一人とぽろぽろと浅草弾左衛門配下の兵士達が脱落してゆき、八王子に到着する頃には百七十人弱になっていた。流石にそれに気がついた土方だったが、むしろ進軍が早くなると思ったのか特に近藤に報告することはなかった。
 だがそれも八王子での宿泊までである。三日の与瀬、そして四日の駒飼では百二十一人にまで激減していたのである。それは全て浅草弾左衛門配下の者達で、その数は八十余名にも及んでいた。

「近藤さん、彦兄、こりゃあちょっとまずいな」

 駒飼の本陣での宿泊で土方が二人に語りかけてきた。

「新選組や春日隊は俺達の目があるし、士気が高いから逃げ出すなんてこたぁねぇが、弾左衛門配下の奴らは別宿だ。その気になりゃいつでも逃げられる」

「それは言えるな。所詮武士ではないから覚悟が違う、といえばそれまでだがあれはひどすぎる。半分くらい使えれば・・・・・・と思っていたが」

 近藤の口調にも苛立ちがにじむ。その時である。

「近藤さん、じゃねぇ大久保さん!大石さんが偵察から帰ってきたぜ!」

 永倉の声が廊下から響いた。その声に続いて斥候隊が部屋に入ってくる。そして近藤らの顔を確認すると、大石は雑魚寝している隊士たちをまたぎながらまっすぐ近藤に近づいてきた。

「近藤さん、状況はかなりまずい」

 その眉間には深いシワが刻まれている。その表情から報告が極めて悪いものだということは明らかだ。だが解っていても聞いてしまうのが人間の悲しい性である。

「どういうことだ、大石くん?」

 思わず問うてしまった近藤に、大石は渋い表情のまま状況を語りだした。

「敵軍が甲府城に入城しているかもしれない。噂では千人以上の軍が甲府城に入城しているらしいと」

「何!千人以上の軍だと!」

 思わず大声を出してしまった近藤に部屋に居た隊士達の視線が集中する。実際この時、土佐藩の板垣退助、薩摩藩の伊地知正治らに率いられ三千人の官軍が甲府城に入城していた。つまりこの時点で甲陽鎮撫隊は遅れを取っていたのである。しかも不確かな情報しか得ることが出来ておらず、古参の新選組隊士達の間にも動揺が走る。

「近藤さん、本当に俺たち大丈夫なのかよ?」

「相手は千人以上の軍隊だって・・・・・・十倍の戦力差があるんだぜ?それでなくても大砲とか慣れていないしよ」

「ここは一旦撤退したほうが・・・・・・」

 不安に揺らぐ隊士達の声が部屋に充満する。だが、それを蹴散らしたのは近藤の一喝だった。

「し、心配するな!俺たちはあくまでも先鋒隊だ!これから会津藩の軍が来るから安心しろ!」

 その一言に不安に揺らいでいた隊士達の中に安堵の空気が流れる。だが、それは勿論口からの出任せだった。それを知っているのは土方ただ一人である。

「近藤さん、取り敢えず勝沼まで進軍しよう。明日になれば更に詳しい情報が手に入るかもしれねぇ」

「そうだな。大軍だと千人くらい、というだろうしな。もしかしたら少ないかもしれないし――――――考えたくはないがそれ以上大きな軍隊かもしれないし」

 近藤の呟きに土方も頷く。しかしこの時近藤は、自分の予想が悪い方に当たるとは微塵も思っていなかった。



 三月五日、勝沼まで進軍しそこに布陣した甲陽鎮撫隊だったが、彼らを待ち受けていたのは今まで入手していた情報よりも更に悪い知らせだった。

「三千人の部隊、だと!」

 斥候の報告に近藤の声が上ずる。

「それだけじゃありません。甲府城の勤番達が城を追い出されたそうです。流石に三千人の軍隊に城を押さえられた上にこの人数では太刀打ちできません」

 震えを押し殺した斥候の言葉に近藤も唇を噛みしめる。

「近藤さん。俺は江戸に援軍を求めにひとっ走り行ってくる。それまで持ちこたえてもらえねぇか?」

土方はそう言うと、傍に控えていた鉄之助に馬を引いてくるように命じた。

「勇さん。俺はこの近辺の村々に農兵募集の回覧を回してくる。とにかく一人でも多くの兵を募ることが先決だ」

 二人に叱咤されるように促され近藤は小さく頷いた。だがそれでも近藤に不安がないわけではない。

(果たして俺に会戦の指揮が取れるのだろうか)

 京都で新選組が主に行ってきたのは刀による市街戦である。それに関しては近藤もかなりの自信を持っているが、ここまで大規模な会戦となると話は違う。慣れない火器の能力を把握し、百人以上の兵士達を一気に展開させなくてはならないのだ。しかも近藤は鳥羽・伏見の戦いには参戦しておらず、事実上の初陣である。そのような自分が百二十名余りの兵を率いて、三千名の敵の攻撃に耐えることができるのか。しかも援軍が来れば更に兵士は多くなる。新選組や春日隊などのように気心の知れた兵士ならともかく、いきなり付けられた兵士達を操れるかどうか甚だ心許ない。
 だがそのような不安を表情に出すことは今の近藤には許されないのだ。

「近藤さん、頼んだぞ」

 馬の準備ができたとの知らせに動き出した土方が近藤に声をかける。

「あ、ああ。お前が帰ってくるまでには何とか・・・・・・頑張ってみるよ」

 精一杯の虚勢だったが、隠し切れない声の震えを土方は聞き取っていた。



 暗闇の中、土方は馬を飛ばし甲州街道を江戸に向かう。雨こそ止んでいたが五日の月は既に西の空に沈み月明かりなど望むべきもない。左手に龕灯を、そして右手で手綱を操り土方は馬を飛ばしていた。

(朝五つ頃には日野に着くか)

 流石に軍服のままで江戸城に上がるわけにはいかないし、馬を使えるのも新宿までだ。取り敢えず日野で紋付袴に着替え、早駕籠を仕立てるのが一番早く江戸城に到着するだろう――――――そんな段取りを考えつつ、土方は日野に到着した。

「のぶ姉!ちょいと上がらせてもらうぜ!」

 馬を門の柱に繋げると、土方は引き戸を乱暴に開けズカズカと中に入ってゆく。するとのぶではなく、沖田がひょっこりと顔をのぞかせた。

「ど、どうしたんですか?土方さん?」

「何だ、おめぇまだここに居たのか。実はちょいとまずいことになってよ。これから援軍を江戸城に頼みに行くところだ」

 廊下を乱暴に歩きながら土方は納戸に向かい、襖を乱暴に開ける。

「そんなに敵が多いのですか?」

「ああ、三千名もの敵兵が甲府城に入りやがった。しかも長吏の奴らが脱走しやがって俺たちはたった百二十名だけだ――――――援軍を頼まなきゃ嬲り殺しだ。尤も勝の野郎はそれを狙っていたのかも知れねぇけどよ」

 土方は沖田に事情を説明しながら納戸の奥にある彦五郎の長持ちに近づき蓋を開けた。そしてまだしつけ糸が付いたままの紋付き袴を取り出すと、洋服を脱ぎ始める。

「大丈夫なんですか、勝手に彦五郎さんの紋付きを・・・・・・しかもそれ、新調品じゃないですか」

「彦兄からは許可を貰っている。それよりおめぇはのぶ姉に事情を・・・・・・」

「その必要はないわよ」

 二人に語りかけてきたのはのぶだった。

「朝方にあんなに騒々しく入ってきて。本当に貴女は子供の頃から変わらないんだから」

 半ば呆れたように呟くと更に続けた。

「今、下男に早駕籠を呼んでくるように言ったわ。その慌てぶりだと援軍を求めに行くんでしょ?」

 まるで軍師のように戦況を読む姉に、土方はむすっと膨れる。

「感づいて欲しくないことに限って感づくのも相変わらずだな、のぶ姉」

「私の周りの野郎どもがろくでなしばかりだからね。そうそう、うちの人の袴。あんたにはちょっと短いのよね」

そう言いながらのぶは袴のしつけ糸をするりと抜き、折られていた裾の部分を引っ張りながら伸ばした。

「折り目は仕方ないけど、足首だけひょろりと出るのだけは隠せそうね。じゃあ行ってらっしゃい」

 のぶのその言葉と同時に、玄関から下男の声が響く。どうやら早駕籠が来たらしい。

「行ってくる!」

 土方は沖田とのぶに言い残すと玄関を飛び出し、早駕籠に飛び乗った。




UP DATE 2016.1.30

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甲陽鎮撫隊、人数はだいぶ少くなってしまいましたがようやく勝沼まで到着いたしました(๑•̀ㅂ•́)و✧
しかし待ち受けていたのはすでに甲府城に入ってしまった三千名もの敵軍・・・流石にこれを120名で戦えっていうのは不可能ですよね(>_<)しかも籠城しているのは敵軍だという(-_-;)
そこで助け手を求め土方は江戸に、彦五郎は農兵集めへと動き出しました。その一方近藤は自分に会戦の指揮が取れるのか不安を感じているようですが・・・。
果たして援軍は間に合うのか、近藤局長はきちんと指揮を取れるのか、来週2/6の更新をお楽しみ下さいませ♪
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