「VOCALOID小説」
見返り美人

見返り美人8~借りたものは虎の威と猫

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 ――――――ルカが芽衣子を呼んでいるから来て欲しい。

 部屋に来た女中頭に告げられ、芽衣子は女中頭と共に階下に降りていった。するとそこにはルカと寄り添うように背の高い男がいた。軍服に身を包んだ、端正な顔立ちの男――――――どうやら彼がルカの良人らしい。二人に視線を向けられた芽衣子は軽く会釈をし、そのまま近づいていった。

「旦那様。こちらが私の従姉、芽衣子さんですの」

 弾む声で芽衣子を紹介するルカだったが、その頭越しに芽衣子を見る男の目には、困惑と疑惑がないまぜになって浮かんでいる。その視線に不快感を覚えるどころか、むしろ共感を芽衣子は覚えてしまった。

(そりゃあそうよね。私が同じ立場だったら絶対に出て行け、って言うもの)

 良くも悪くもルカは直情的なところがある。勢いのまま芽衣子を屋敷に連れ込んだが、それが家庭にどのような影響をおよぼすのかルカは解っていないのかもしれない。
 きっと彼もルカの強引さに少々困っているのだろう。ここは先に頭を下げてしまったほうがやりやすそうだと、芽衣子は深々と頭を下げながら自己紹介をする。

「初めまして。ルカの従姉の朱音芽衣子と申します。留守中に上がり込んでしまった失礼、ご容赦くださいませ」

 その芽衣子の腰の低さに、ルカの良人は少しだけ表情を緩めた。

「いえ、ルカのことですからかなり強引に屋敷に連れ込んだのでしょう。私は神威がくぽ、陸軍大尉を努めております」

 がくぽ、と名乗った男は微かに笑みを浮かべつつ芽衣子に質問する。

「しかし巡音の家には男の従兄弟しかいなかった記憶があるのですが?」

 さすがにルカの実家・巡音家の家族関係は全て把握しているらしい。だが母方の咲音までは把握していないらしい。その点に少し疑問を持ちつつ、芽衣子は口を開いた。

「はい。私は華叔母さま――――――ルカの母方の従姉妹です。華叔母さまの姉に当たります咲音紅葉が私の母ですが」

「ああ、手代と駆け落ちしたという方ですね。咲音家は5年前に絶家してしまったのでその辺りがちょっとあやふやで・・・・・・」

 がくぽがそう言いかけた時、ルカがぎろりとがくぽを睨む。

「旦那様、お家の恥をそう軽々しく口にしないでいただけますか?」

 その鋭い口調に芽衣子はどきり、とするが、がくぽは慣れているのか眉一つ動かすこと無く柔らかな口調で言い返す。

「駆け落ちや絶家がお家の恥だとは思わないけどね。絶家は不可抗力だし、駆け落ちにしても芽衣子さんの親御さんにも事情があったのだろう。だけど――――――今は神威家の主として彼女の正しい姿を知ることが先決だ」

 その言葉にルカはあからさまに不服そうな表情を浮かべる。ルカの年齢では仕方ないのかもしれないが、芽衣子としてはがくぽの言い分の方に共感を覚えた。芽衣子は出来る限りやさしい口調でルカに語りかける。

「ねぇ、ルカ。家を護る主としてがくぽさんの言葉は至極真っ当だわ。別に私は何を聞かれても大丈夫だから心配しないで」

 その芽衣子の言葉に、がくぽは笑顔を見せた。

「どうやら芽衣子さんのほうが状況を正しく理解しているようですね――――――ルカ、芽衣子さんから話を聞く間、少し席を外してくれないか」

 良人の一言にルカは不服そうに唇を尖らせたが、芽衣子の笑顔に説得され渋々その場を離れた。



 ルカを下がらせた後、芽衣子は応接室に通された。芽衣子の前にいるのはがくぽと執事の二人である。華族の家長として当然の対応に、むしろ芽衣子は安堵を覚えた。

「では、もう少し詳しくあなたの事を聞かせていただきましょうか」

 がくぽの促しに芽衣子は小さく頷く。

「はい。ではどこから話し始めましょうか?」

 すると少し考えた後、がくぽは重々しく口を開いた。

「あなたの母御は駆け落ちをなされた――――――それは私の耳にも入るほど有名な話です。でも駆け落ちをした後、どのような生活を送っていたのかそこまでは知らない。できればそこから伺いたいのですが。勿論貴女が覚えている限りで構いませんし、手短にまとめる必要もありません」

 とにかく、芽衣子が記憶している全てを語って欲しいとがくぽは告げた。そしてその横で執事が胸ポケットに差し込んでいた手帳を開く。どうやら彼が書記をするらしい。

「解りました・・・・・・母と駆け落ちした私の父・時雨は呉服屋の手代でした。勿論贔屓客の娘と駆け落ちした手代が店に居られるはずもありませんから、他の生計を考えなくてはなりません。幸い市谷田町の古着屋街の一角で小さな古着屋を営むことが出来たのですが・・・・・・」

 そして芽衣子は全てを――――――12歳の時、日清戦争で父親が出兵先の台湾で病によって亡くなったこと、母親も15歳の時に亡くなってしまったこと、そして自分自身は18歳の時騙されて妓楼に売られてしまったことなど洗いざらい全部話した。その間がくぽは特に口を挟むこともなく芽衣子の話を聞き続けている。

「――――――でも妓楼はすぐに逃げ出してしまって。流れ流れて辿り着いたのが、自宅近くにあった鮫ヶ橋だったんです。でそこで・・・・・・」

 そこまで語った時、がくぽはそれ以上は言わなくても良いと告げた。鮫ヶ橋に住んでいた女がどんな生活を送るか、言わなくても判ると。

「最下層の生活を送ってまで・・・・・・咲音、とは言わなくても巡音家、またはルカに助けを求めようとは思わなかったのですか?」

 その気になれば芽衣子に救いの手を差し伸べる者は幾らでもいたはずだ。その事を疑問に思ったがくぽが芽衣子に尋ねる。すると芽衣子は苦笑いを浮かべ、小さな声で答えた。

「何せ駆け落ちで出来た子供ですから・・・・・・助けを求めようなんて全く思いもしませんでした。それに逃げ出した遊女に警察は厳しいですし、巡音や咲音に迷惑がかかると思って」

 芽衣子の言葉にがくぽは頷く。

「なるほどね――――――では今聞いたことを一応こちらでも調べさせてもらいます。貴女のことを信用しないわけではありませんが、話してもらったこと以外に何かあるかもしれませんし。特に――――――貴女を雇っていた遊女屋はできれば潰しておきたい」

 がくぽの目が冷たい光を帯び、芽衣子の背筋にゾクリと悪寒が走る。

「そういう輩は厄介だ。ともすると貴女をネタに我が家を強請ってくる可能性もありますしね。どのみち女を食い物にする下衆は潰しても問題ありませんよ。というか既に潰れている可能性が高いでしょうけど」

 がくぽの一言に、芽衣子ははぁ、と答えるしか無い。

「どちらにせよ、暫くは我が屋敷でゆっくりしてください。そのうち貴女の身の振り方は考えさせてもらいますから」

「あ、ありがとうございます」

 取り敢えず、家長から暫しの間の滞在許可を得ることが出来た。それだけでもありがたいと、芽衣子はがくぽに頭を下げた。



 そして芽衣子が神威家に世話になるようになって瞬く間に一ヶ月が経過した。この頃になるとルカの誕生日祝いの宴の準備で屋敷中が慌ただしくなっており、芽衣子もその日のための準備に追われていた。そもそも『誕生日』という風習は殆ど日本に根付いていない中行う宴である。芽衣子も戸惑いのほうが大きい。

「ねぇ、本当に大丈夫なの?私なんかが参加してしまって」

 衣装合わせを終えた芽衣子が、心配を口にする。

「ええ、もちろんですわ!そろそろ皆様にもお姉さまを紹介しなくてはならない頃合いですし、本格的な社交界デビュウの前に私的なパーティで慣れておいたほうがよろしいでしょう?」

「え?紹介、って・・・・・・社交界デビュウ??」

 思いもしなかった言葉に、芽衣子は目を白黒させる。だがルカはこともなげに言い放つ。

「だってこれから貴族社会で生きていくためには必要でしょう?あ、衣装合わせに行って参りますわね!」

 衣装合わせのお針子に呼ばれたルカは、はしゃいだ口調のまま別室へ出て行った。

「・・・・・・申し訳ない。社交界へのデビュウはもう少し後に、と考えていたんだが」

 横のソファーに座っていたがくぽが、申し訳なさそうに芽衣子に謝る。

「実は・・・・・・今回のルカの誕生日祝いは貴女の見合いも兼ねていましてね」

「み、見合い!!」

 予想もしていないこと、聞いていないことばかりがポンポンと芽衣子の耳に飛び込んでくる。呆気にとられて口をぱくつかせる芽衣子に、がくぽが更に追い打ちをかける。

「ええ、貴女の噂を聞きつけた大蔵次官からの強い要請でね。実は大蔵次官の息子は私の親友なんですが、なかなか結婚を渋っていて・・・・・・」

 がくぽは苦笑いを浮かべる。

「親としては藁をも縋る気持ちなのでしょう。私の妻に年頃の従姉がいると聞きつけるや早速見合いを申し込んできたんですよ」

「でも、私の過去がバレてしまっては・・・・・・・」

 流石に鮫ヶ橋で春をひさいでいた女が貴族の妻になるのは、と芽衣子は尻込みする。だが、がくぽは気にする必要はないと笑い出した。

「その気になっているのはあいつの親だけで、本人は全く結婚する気は無いんですよ。何なら貴女から振ってくださってもいいですよ。むしろそっちのほうがあいつは気楽だといいそうですし」

「結婚・・・・・・する気がないのにお見合いを?」

 色々複雑な貴族の家庭事情があるのかもしれない。失礼を承知で思わず芽衣子は尋ねてしまう。するとがくぽは相手側の事情を教えてくれた。

「あいつは庶子でね。正妻の子である妹に気を使っているんでしょう。でも親としては身を固めてもらいたいと願ってますし・・・・・・貴族の家もなかなか厄介なんですよ」

「そのことに関しては、親が親なので私も何も言えません」

 芽衣子も顔を赤らめながら乾いた笑みを浮かべる。

「だから、顔見せ程度にルカの誕生パーティに顔を出してくださればいいですよ。あいつのことに関してはこちらで適当にやっておきますので」

 がくぽの言葉に一抹の不安を覚えたが、居候の身では何も言えない。

(取り敢えず猫をかぶり続けるしか無さそうね)

 神威家、という虎の威を借りても太刀打ちできそうもない厄介な相手かも知れないが、今回はやり過ごせそうだ――――――この時の芽衣子はそう考えていた。だが、この出会いが芽衣子の運命の歯車を大きく動かすことになる。





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辛うじて神威家当主・がくぽにも認められ、ルカの屋敷に暫く居候することができるようになった芽衣子です(*^_^*)しかし居候も気楽とはいえないようでして・・・一ヶ月目にして早速ルカの誕生日パーティにかこつけた見合いを申し込まれております(^_^;)あくまでも顔見せ程度の非公式のものなのでしょうが、芽衣子としては色々大変そうで・・・(>_<)
果たして芽衣子は上手くやり過ごすことができるのでしょうか。そしてリン、レンとの再会は叶うのでしょうか?次回の展開をお楽しみ下さいませ(๑•̀ㅂ•́)و✧
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