「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十三話・甲陽鎮撫隊・其の壹

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 小夜が松本良順から沖田の出陣参加を聞いていた丁度その頃、新選組――――――否、甲陽鎮撫隊は甲州街道を進んでいた。降ったり止んだりを繰り返していた雨は昼ごろから本降りになり、兵士達の体力を容赦なく奪ってゆく。

「総司、大丈夫か?」

 降りしきる雨の中、ともすると遅れ気味になる沖田に近づきながら原田が尋ねる。

「え、ええ・・・・・・何とか」

 そう言いながらも雨に濡れる沖田の顔色はかなり悪い。だがそんな沖田でも辛うじて隊列に付いて行けているのは、鎮撫隊全体の進み方の所為だった。
 敵の砲撃に対抗するため、甲陽鎮撫隊も大砲を持参し進軍しているのだが、この大砲が厄介者だった。雨でぬかるんだ道に車輪がめり込み、なかなか進まないのだ。それでなくても新選組も浅草弾左衛門配下の兵士も大砲の取り扱いには慣れていない。無駄に重く、厄介な大砲の移動に手を焼きながらちびりちびりと進むしか無いのだ。
 さすがにこれではまずいと、今夜宿をとる予定の八王子で敷板を調達して欲しいと先触れを出しておいた。しかしこの調子では八王子に着くのは日が暮れてから、最悪深夜に及ぶかもしれない。
 そんな進軍の遅さに苛立ちを覚えつつも、土方は大砲を持たずに戦争に臨むことは出来なかった。鳥羽・伏見の負け戦――――――隊士の三分の一を失った忌まわしい戦いの記憶が脳裏にこびりついているのだ。それさえ無ければ洋式小銃のみで進軍し、機動力を活かした戦いをするだろう。それほどまでに鳥羽・伏見での負け戦は土方の意識に影を落としていた。

「焦ることはないさ、歳。いや、今は『隼人』だったか」

 そんな土方の苛立ちを知ってか知らずか、鷹揚に構えるのは近藤だった。

「地の利がある我々でさえなかなか進めないんだ。敵だって同じだろうさ」

 心なしかいつもよりゆったりした口調で土方の焦りを宥める。

「また雨も強くなってきたし、じき日野宿だ。彦五郎さんへの挨拶も兼ねて一旦休憩を取ろう。お前もだが、皆も疲れているようだし」

 このまま道を急いでもむしろ疲労が溜まって動けなくなるだろうという近藤の一言に、土方も素直に頷いた。



 日野に到着した兵士達は本陣を中心にくつろいだ。さすがに三百人全員は本陣に入りきらないので、新選組が本陣、そして浅草弾左衛門の兵士達は別の宿で休息を取る。雨に濡れたせいか、皆に疲労の色が滲んでいるが、それでも雨がしのげる場所での休息に安堵の表情を浮かべている。。

「そうか!勇さんは――――――いや、今は大久保剛殿だな。勝殿直々に甲府への出陣が命じられたのか!」

 上機嫌に高笑いをすると、佐藤彦五郎は酒を飲み干した。

「ええ、お陰さまで。これも我々を支えてくださった皆さんのおかげですよ!」

 そういう近藤の手に握られた茶碗の中に入っているのは甘酒だ。せっかくの出陣、景気づけに祝い酒をと彦五郎に勧められたのだが、やはり近藤も雨の中の進軍に疲れていたのだろう。ひな祭りも近く、子供のため――――――というより、酒が苦手な土方のために用意してあったという温かい甘酒を所望しちびちびと飲んでいる。

「それにしてもこの大部隊、まるで大名行列だな」

 広間に車座に座って酒や茶を飲んでいる兵士達を見回し、彦五郎が感嘆の声を挙げる。

「いえいえ、滅相もない。これだけの大部隊になりますと機動力が無くなりますからね。そういう点では大名行列に近いのかもしれませんが」

 新選組だけなら使い慣れぬ大砲を諦め、ゲベール銃やエンピール銃だけで甲府へと向かったに違いない。だが浅草弾左衛門の兵士なども一緒に進軍している手前、見栄もある。
 せめて兵器だけでも見劣りしないようにという近藤の見栄と、鳥羽・伏見での敗戦に懲りた土方の慎重さから持ってきた大砲だったが、それが進軍の足を引っ張っていた。

「ま、八王子で敷板は準備してあるだろうから、そこからは少しは早く進むだろう。それにしてもこの雨は進軍にはいただけないよな。田植えには必要な雨だが」

 彦五郎のその言葉に近藤も深く頷いた。この雨で体が冷えたのか、何人かの兵士は火鉢や囲炉裏にかじりつき暖を取っている。特に元々体調が悪かった沖田はひどく、火鉢に当たることも出来ずに部屋の隅でぐったりしている。

「総司さん?あなた、大丈夫?」

 そう声をかけてきたのは皆に茶を配り終えた土方の姉・のぶだった。

「・・・・・・あ、おのぶさん。ええ、ちょっと雨に濡れて身体が冷えただけで」

 沖田はのぶに笑顔を見せるが、さすがにそれではのぶを納得させる事はできない。

「そうは思えないわね、そのひどい顔色は」

 そう言い切ると、のぶは掌をぴたん、と沖田の額に当てた。その掌には尋常ではない熱が伝わってくる。

「ほら、熱がある!それもかなり!こんな状態で甲府に戦いに行ったって、足手まといになるだけよ!」

 『鬼の副長』の姉は弟より更に鬼である。指摘されたくないことをずけずけと言い放ち、更に兵士達を見まわっていた弟を呼びつけた。

「ちょっと、歳三!この子さっさと江戸に返しなさい!もしそれが無理だったらうちで面倒見るから」

 まるで幼い弟を叱り飛ばすような口調ののぶだったが、その言葉に慌てたのは土方ではなく沖田である。

「おのぶさん、それには及びませんよ!私はまだまだ大丈夫ですから!」

 このまま追い返されては堪らないと沖田は立ち上がると土間におり、四股を踏み始めようとする。

「ほらね、大丈夫で・・・・・・」

 だが足を上げた瞬間、沖田の体がぐらりと崩れ、土間にしゃがみ込んでしまった。

「おい、総司!無理をするんじゃない!」

 慌てて駆け寄ったのは近藤だった。

「勇さん!歳三!こっちに布団を敷くから総司さんを運んで頂戴!」

 のぶの一言に弾かれたように近藤と土方、そして周囲にいた新選組隊士達は沖田を運び、布団が敷かれた小部屋へと運んだ。

「土方副長、沖田センセはさすがに・・・・・・」

 寝込む沖田を心配そうに見つめながら鉄之助が土方に尋ねる。

「ああ、ここに置いていくしかねぇな」

 自分の小姓の問いかけに、土方は厳しい声で返事をする。

「ひ・・・・・・土方さん。冗談きついなぁ」

 土方の言葉に、作り笑いを浮かべながら沖田が起き上がる。だが上体を起こすのが精一杯で立ち上がるのは難しそうだ。土方は憮然とした表情を浮かべたまま沖田に近づき、その耳許で小さな声で囁いた。

「死に急ぐな。お小夜が江戸に来ている」

 その突拍子もない一言に沖田は一瞬目を丸くするが、次の瞬間笑い出す。

「土方さん。嘘をつくならもう少しマシな嘘を・・・・・・」

「嘘じゃねえから、くだらねぇ青表紙みてぇな真実を吐いてるんだよ。お小夜は今、浅草弾左衛門の屋敷で厄介になっている。その際俺の他に松本法眼も立ち会っているから、江戸に帰ったら聞いてみろ」

 全く信じていない沖田に、土方は更に続ける。

「どのみち嘘かどうかは生きて江戸に帰らにゃ判らねぇよな。でも、おめぇが鎮撫隊に金魚の某よろしく引っ付いていたらその可能性は低くなるし、正直足手まといだ」

「・・・・・・!!」

「今、おめぇが何をすべきかてめぇの頭で考えろ。近藤さんの足手まといになる、って俺の口から言われたく無けりゃあな!」

 敢えて声高に言い放つと、土方は沖田の許を離れていった。

「・・・・・・全く土方さんは変なところで優しいんだから」

 流石に初っ端から『近藤の足手まといになる』と言われれば沖田も意地になって進軍に付いて行っただろう。だが、沖田の未練になるような理由を先に言われてしまえばその意地も揺らいでしまう。
 少なくとももっとうまい嘘が吐けるはずの土方が『小夜が江戸に来ている』などという、荒唐無稽すぎる嘘は吐かないだろう。少なくとも松本の名前まで出すことはありえない。

「本当に・・・・・・江戸まで来ている、ってことなんでしょうかね」

 遠くから土方が姉に沖田を頼むと告げている。そしてその声をかき消すように兵士達が動き出している。袴姿の衣擦れではなく、ガチャガチャとぶつかる洋装軍備の金属音が耳障りだ。

「・・・・・・何で小夜と出会うときって情けない姿ばかりなんでしょうね」

 初めての出会いの時は暑気あたり、九条河原での再会の時は十日近く風呂に入れなかったむさ苦しい姿の時だった。もし土方の言葉通り今回再会が叶うならば、前の二回よりももっと情けない。

「でも、二度あることは三度ある、とも言いますしね。ここは土方さんに免じて参戦は辞めておきましょう」

 どのみちこれ以上連れて行ってはもらえぬだろう。沖田はぬくもり始めた布団の中で呟き、瞼を閉じた。


 二度あることは三度ある。この己の呟きが、最悪の未来を予言しているとも気づかずに――――――。



UP DATE 2016.1.23

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大変遅くなりまして申し訳ございません(>_<)辛うじて『甲陽鎮撫隊』其の壹UPできました(^_^;)

小夜が松本法眼から事情を聞いているその頃、既に新選組というか甲陽鎮撫隊は新宿を出立し、八王子に向かって進軍しております。ただ俗説の『だらだら進軍』ではなく、本当は急いでいたにも拘らず、大砲によって進軍が妨げられていたという・・・そりゃあ舗装されていない道で、木枠の車輪での移動は困難を極めますよ(ーー;)更に新選組も浅草弾左衛門配下の兵士達もそれほど大砲の扱いには慣れていないでしょうから、進軍は更に遅くなるわけで・・・それを考えたらむしろ早い進軍かもです。
そんなのろのろ進軍に助けられ、日野までやってきた沖田ですが進軍もここまで・・・そしてここで小夜が江戸に来ていることを告げられます。ただ、本当に土方の言葉を信じているのかどうか・・・/(^o^)\

次回更新は1/30、甲州鎮撫隊の布陣、そして戦闘開始までこぎつける予定です(`・ω・´)ゞ
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