「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・春夏の章

芳太郎の年始事情・其の参~天保八年一月の事情

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 鏡開きの翌日、芳太郎はやけに機嫌よさ気に道場にやってきた。昨日とは打って変わって艶やかな血色の良い顔は、明らかに昨晩良いことが――――――縫との『姫始め』に漕ぎ着けたことを如実に物語っている。

「おい、芳太郎。お縫さんに構ってもらってにやけるのもいいけど、手元にだけは気をつけろよ。危なっかしって言ったらありゃしねぇ」

 五三郎が呆れるほど、今日の芳太郎はふわふわとしていた。このような状態は新婚初夜以来だろう。そこは本人も自覚しているらしく、五三郎の忠告を素直に受ける。

「ああ。今日は胴を若手に譲るかな。どのみち午後から俳句の稽古があるし、怪我をする前に今日はそっちの方に集中したほうが良いかもしれない」

 浮ついた状態での稽古は身にならない。そこを熟知している芳太郎はあっさりと本物の胴での稽古を後輩に譲った。この『贈り物』に後輩達から歓声が沸く。事実上の稽古始めに降って湧いた『御年玉』に喜ばない者はいないだろう。

「おい、てめぇら!幾ら芳太郎が譲ってくれたからっていい気になっているんじゃねぇぞ!」

 はしゃぐ後輩たちに五三郎が喝を入れる。その横では芳太郎が早々に刀をしまい、座敷に上がり込んだ。そして懐紙と矢立を取り出したが、矢立の墨が切れていることに気がつく。

「すみませ~ん、お幸さん。少し墨を分けてもらえませんか?」

 自室で縫い物をしている幸に芳太郎が声をかける。

「矢立の墨を切らしていたのに気が付かなくって」

 すると幸は縫いかけの着物を置くと、長火鉢の引き出しから墨と硯を取り出し芳太郎に渡した。

「はい、こちらをどうそ。それにしても珍しいですね。矢立の墨を切らすなんて芳太郎先生らしくもない」

 幸は笑いながら硯と墨、そして水差しを渡す。

「ははは、すみません。どうやら正月ボケらしいです」

「嘘と吐くな、嘘を。惚気の塊が」

 当り障りのない芳太郎の言葉を真っ向から否定しつつ座敷に上がってきたのは五三郎だった。

「お、おい五三郎。お前、稽古は?」

 すると五三郎は不服そうに頬を膨らましながらぼやく。

「兄者に『お前も今日くらい下の者に譲ってやれ』って言われてさ。てか来月から祝言の精進潔斎に入るっていうのに、稽古の機会を潰されちゃあやってられねぇ」

「・・・・・・っていうか、兄様。婚礼時に収める百句、できているんでしょうね?その件については為右衛門先生にもいい含めておきましたけど」

 思わぬ幸の一言に五三郎は目を丸くする。そしてしょっぱそうに顔をしかめつつ不満気に舌打ちをする。

「ろくでもない事を兄者にまで言いやがって・・・・・・判ったよ。芳太郎と一緒に句作に励むさ、今日は!」

 ぶっきらぼうに言い放つと、墨を磨っている芳太郎の隣に座る。そしてその手元を覗き込みながら五三郎は図々しいことを言い出した。

「なぁ、芳太郎。ついでだから俺の分も磨ってくれないか?」

「あ・に・さ・ま!」

 五三郎の図々しい一言と同時に、幸が五三郎の耳を強く引っ張る。 その引っ張り方はかなり強く、あまりの痛さに五三郎の腰が思わず浮くほどだ。

「いてて!痛いって!わ、わかったよ。てめぇで磨りゃあ いいんだろ!」

「解ればいいんです、解れば!全く変なところで図々しいんですから」

 幸に突き出されたもう一つの墨と硯を受け取った五三郎は、渋々墨を磨り始める。

「まったくよぉ。今からこれじゃあ先が思いやられるぜ」

 がしがしと乱暴に墨を磨る五三郎の横で、芳太郎は思わず吹き出す。

「間違いなく尻に敷かれるだろうな」

 墨を磨りながらの二人の会話は、まるで寺子屋の悪童のようだ。ただその内容はだいぶ所帯じみているが・・・・・・

「そういうオメェだって人のことは言えねぇだろう。女房が相手をしてくれないからっていじけやがって・・・・・・五歳のガキじゃあるめぇし」

「仕方ないだろ。結婚したからって今までの関係がガラリと変わるわけじゃないんだし。俺たちは、物心ついた頃の関係がそのまま続いているのがもしれない」

 そう言いながら墨を磨り終えた芳太郎は、短冊と小筆を取った。

「初春・・・・・・春駒・・・・・・う~ん、季語から悩むよな」

 一つの句を完璧なものにしようと真剣に悩む芳太郎だったが、『百句』を作らねばならない五三郎にはその余裕はない。芳太郎の着物の柄をちらりと見て、口ずさむ。

「芳太郎が着ても・・・・・・っていうか誰が着ても、って感じだよな。誰が着ても能き縞がらの、綿入れや、ってとこか。でも綿入れじゃ寒々しいし春っぽくねぇんだよな。となると袷か・・・・・・祝言は三月だし、季節の先取りでも悪く無いだろうから袷にしちまうか」

 そうブツブツ言って書き出しす。

「誰が着ても能き縞がらの袷也、でいいや。ついでに袷で幾つか作っておくか」

 因みに袷は夏の季語である。だが数合わせのためには今の時候だけに囚われていては間に合わないのだ。それ故五三郎は作品の丁寧さは二の次に、次々に適当な句を作ってゆく。

「玉子割る、手元も軽し、初袷、っと」

「おい、もう少しマシな句を作ったらどうだ、五三郎。数を合わせるにしてもひどすぎるぞ」

 流石に呆れた芳太郎が忠告する。

「大丈夫大丈夫。取り敢えず作っておいていいやつができたら弾いちゃえばいいんだし。それよりおめぇはどうなんだよ、芳太郎」

「う~ん、こんな感じかな」

 そう言って見せた句に五三郎は『おっ』と声を上げる。その短冊には『起き上がる 気先もみよや 春の駒』と書かれている。

「後朝の歌ならぬ後朝の句、ってところか?なかなかお盛んのようで」

 意味深な五三郎の笑みに芳太郎ははっとする。上辺だけではごくごく平凡だが、穿った見方をするとかなり際どいばれ句にも取られてしまうということを。 それに気がついた芳太郎は慌てて否定した。

「あ、いや。この句はそういう訳では・・・・・・春駒じゃ大道芸だし、武士の句としてはどうかと」

「先っぽが起き上がる、ねぇ・・・・・・しかも駒ときてる。馬並みに元気なんだ。へぇ~。そりゃあお縫さんに相手でもしてもらわないと悶々とするよなぁ」

 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべる五三郎の視線にいたたまれなくなった芳太郎はその句をぽん、と五三郎に投げつける。

「お、おまえにやるよその句はっ!そ、そんなのがバレたら・・・・・・」

「お縫さんも恥ずかしくて道場に挨拶に来ることができなくなる、か。じゃあ遠慮無く頂いておくぜ」

 そう言いながら五三郎は自分の短冊の横にちゃっかり芳太郎の句を並べてしまった。

「安心しろ。どうせ二百は作らなきゃならなくなるから、きっとこいつは日の目を見なくて済むさ」

 だが、その言葉は最終的に守られない。その事を芳太郎が知るのは二ヶ月後、五三郎と幸の祝言の時となる。


 新春の日差しが柔らかく山田道場に降り注ぐ。新たな時代を迎えようとしている道場の未来はその日差しのごとく明るさに満ち溢れていた。




UP DATE 2016.1.20

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芳太郎の年始事情其の参です(*^_^*)平凡な日常の描写・・・といきたいところでしたがあえなく玉砕\(^o^)/オワタ
たとえ小さくても『事件』は書きやすいですが、何もない平凡な事柄というのは本当に難しいと改めて思います。でもこれが書けるようにならないと上達しないんですよねぇ(^_^;)

ようやく縫との姫始めにありつけた芳太郎ですが、その反動はかなり大きかったようでしてwww翌日の稽古は『けが人が出そうだから』とNGになってしまいました。自分自身ならいざ知らず、刀が欠けて、周囲にいる誰かに刺さってしまったらいろいろ厄介な問題が起きますからねぇ(-_-;)次男、三男が多いとはいえれっきとした藩士たちが通っている場所、藩のプライドもあるのです。
ということで句作に取り組み始めた芳太郎ですが、何故かおまけがwwwしかもそのおまけに作った句が『ばれ句』みたいだと指摘される始末で・・・今年の芳太郎も色々振り回されそうですwww

来週は拍手文、紅柊は2/3の更新となります。実は五三郎達の婚礼に際して固山宗次が作ったと思われる刀の押型がありまして・・・その刀を主役に話を組み立てていこうと。というか、向こう二ヶ月は五三郎&幸の結婚話になりますねwww2月がエロ無し、3月が初夜になりますので宜しかったらそのつもりでお付き合いお願いしますm(_ _)m
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