「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十ニ話・小夜の決意・其の肆

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 驚きの表情の土方歳三に松本良順。まさかこの二人との再会が浅草弾左衛門邸宅であるとは――――――小夜の声は驚きに上ずる。

「松本センセに土方副長はんまで・・・・・・何故ここに?」

 三千石の格式があるとはいえ弾左衛門の身分は長吏――――――被差別民である。御殿医や幕臣が直接脚を運ぶ場所ではない。なのに何故この二人が揃いも揃って弾左衛門の屋敷にいるのか、小夜は混乱する。すると松本良順がその説明をし始めた。

「元々ここの先代が俺の患者だったんだ。その縁でちょいとばかし甲州の出陣に人員を貸してくれと頼みに来たんだよ、土方と一緒に。何せ新選組は伏見でだいぶ隊士が減っちまったからなぁ」

 滔々と説明をする松本だったが、小夜はその半分も聞いていなかった。というか、最初の一言の印象が強すぎて後の言葉が耳に入ってこなかったのだ。

「松本センセって・・・・・・長吏まで診てはったんですか!」

 身分によって診てもらえる医者が変わる世の中であるにも拘らず、目の前の医者は上は将軍から下は長吏頭まで病を診ているというのだ。開いた口がふさがらないとはまさにこのことを言うのだろう。呆気に取られている小夜を尻目に、松本は豪快に笑う。

「おうよ。何せ病気は将軍様でも長吏・ひにんでも関係ねえからな!ところでお小夜。おめぇは何しにここへ?」

 松本の問いかけに、小夜はようやく我に返る。

「へぇ。うちの村の庄屋から頼まれました手紙を弾左衛門はんにお渡しするのと、それと・・・・・・」

 流石に沖田に会いたいがためにここまで来た、とも言えず小夜は口籠る。だが、もう一人の男が小夜の心情を察し、それを口にした。

「総司、か?」

 土方の言葉に小夜は黙って頷く。

「・・・・・・藤堂はんと関係を持ち、あまつさえ身籠ってしもうたうちに、総司はんに会える資格なんてあらしまへん。それは重々解ってます。せやけど・・・・・・これを信じて」

 そう言って小夜は懐から何かを取り出した。それは沖田が御霊神社の灌木に結びつけた結び文だった。それを見た土方は苦笑いを浮かべる。

「間違いなく総司の手だな。本当におめぇたちは・・・・・・馬鹿だよな。尤もそういう馬鹿、俺は嫌いじゃねぇけどよ」

 土方はそう呟いて松本と目配せをした。

「実は今、沖田は今戸神社にいる。本当にここから目と鼻の先だ。だが近藤と隣室の上に昼間は殆ど一緒にいることが多くて、おめぇと会わせてやる隙がねえんだよ」

 松本が心の底から申し訳無さそうに、沖田の居場所を小夜に告げる。

「もし会えるとしたら・・・・・・甲府への出陣後だな。流石に医者として沖田を出陣させるわけにはいかねぇ」

 沈痛さを滲ませた松本の一言に、小夜も表情を曇らせる。

「総司はんは・・・・・・そんなに悪いんですか?」

 今にも泣き出すのではないかと思われるほど、小夜は目を潤ませる。

「ああ。心労が身体にまで影響しちまっている。ただでさえおめぇとあんな別れ方をさせられた上に鳥羽・伏見での負け戦――――――あいつがここまで脆かったとは思わなかったぜ」

 松本の代わりにそう答えたのは土方だった。

「確かに新選組副長としてもあいつは戦場に連れていくことは出来ねぇ。ただの足手まといになるだけじゃねぇ。他の隊士の生命にも関わってくる」

 温情の欠片もない、どこまでも冷徹な一言だったが、それは部隊を率いる者として当然だろう。過去の新選組助勤も今や足手まといにしかならないのだ。

「――――――だからお小夜、俺達が留守の間に一度総司と会ってくれねぇか?流石に近藤さんの手前、おおっぴらにというわけにゃいかねぇが、留守の間なら『主治医』もお目こぼししてくれるだろうしよ」

 ちらりと松本に流し目をくれながら、土方が軽口を叩く。

「おうおう、土方。ちゃっかり厄介事を押し付けてくれるじゃねぇか。悪巧みをして尻拭いを俺にやらせようっていうのかよ?」

 不服そうに唇を尖らせる松本に、土方は『よく言うぜ』と悪態を吐いた。

「どうせ俺がやらなくても、同じことを企てるだろ、あんたは。一応責任の片棒はかついでやろうっていうのによ」

 どこまで冗談なのか判らぬ二人の会話だが、小夜を沖田に引きあわせてくれようという優しさはひしひしと感じられる。

「おおきに・・・・・・ほんま恩に着ます」

 土方と松本、二人の心遣いに感謝しながら、小夜は深々と頭を下げた。



 甲府への出陣は三月一日だと言い残し、土方と松本は小夜の前から立ち去った。その間、小夜は松本、土方両氏の口利きで浅草弾左衛門宅に厄介になることになった。

「・・・・・・なるほど、既に東海道では箱根の山向こうに敵が迫っているということですね」

 小夜の村の庄屋からの手紙、そして小夜が道中見聞きしてきた事柄を聞いた弾左衛門は穏やかな笑みを浮かべた。

「我々も新選組同様、甲府へ向かいますので大したおもてなしは出来ませんが、可能な限りゆっくりしていってください。『仲間』への協力は惜しみませんよ」

 訛りのない、綺麗な武家言葉を使う弾左衛門に小夜は恐縮し頭を下げる。屋敷の規模といいその佇まいや身につけているものだけを見れば、彼が被差別民であることを瞬時に判断するのは難しいだろう。かわた医者の娘で、それなりの生活を送っていた小夜でさえ気後れしてしまう豪勢さに、浅草弾左衛門の力を感じた。

「おおきに。では暫くの間お世話になります」

 三月一日の出陣が何時になるかは判らないが、少なくとも長吏、ひにん達の部隊と殆ど同じだろう。そこを見計らい今戸神社に出向けばきっと沖田に会えるはずだ――――――小夜はようやく腰を落ち着けることが出来た安堵感と共に、沖田との再会が目前に迫った喜びを噛みしめる。
 だが、小夜の喜びとは裏腹に運命はどこまでもこの二人にとって残酷であった。



 浅草弾左衛門の部隊の出陣を見送った翌日、小夜はひとり今戸神社へ向かった。聞く所によるとここには鳥羽・伏見の戦いにおける重傷者が運ばれ、松本良順とその弟子達によって治療を施されているらしい。
 気の早い彼岸桜がちらほらと咲く中、小夜は今戸神社の境内に入った。流石に鳥羽・伏見の戦いから二ヶ月も経過しているし、甲陽鎮撫隊に参加しているものもいるので、簡易治療所となっているとは思えぬほど静寂に満ちている。
 小夜は先に参拝を済ますと裏手に回り、社務所に声をかける。

「お小夜、さんですね?実はあなた宛に土方副長から書付を預かっております。こちらを」

 宮司らしき、男に四つ折りに畳まれた懐紙らしきものを渡される。伊達者の土方らしくもない、雑な書付だ。何か急な出来事でもあったのだろうかと小夜がその懐紙を手にとったその時である。

「おお!お小夜か!」

 小夜の背後から男の声がした。その声に振り返ると、松本が小走りに小夜の許へ近づいてくる。

「松本センセ。そんなに急ぎはってどないしたんですか?」

 土方の書付に松本のこの様子――――――嫌な予感を覚えつつ小夜は尋ねる。

「いや、急いでいたわけじゃねぇんだが・・・・・・済まねぇ、この通り!」

 不意に松本が両手を合わせて小夜に謝る。

「沖田の馬鹿が甲陽鎮撫隊に参加しやがった。俺も土方も止めたんだが、近藤が『せめて日野の奴らの顔を拝ませてやりたい』なんて言い出して――――――沖田は沖田で『病で死ぬ前にせめて武功を』なんてほざいて鎮撫隊に参加しやがった!」

 松本はこめかみを掻きながら唸る。その言葉に小夜は慌てて手にした懐紙を広げると、松本の話と同じ内容のことが書かれていた。いつもの土方らしくない、乱雑な走り書きにもその慌ただしさが伺える。

「流石に戦闘には参加しねえだろうが、ここまで帰ってくるかどうかは判らねぇ。もしかしたら日野の知り合いのところで療養するかもしれねぇ・・・・・・京都からせっかく来てくれたっていうのに、本当に済まねぇ!」

 松本は深々と小夜に頭を下げが、それに慌てたのは小夜である。

「ま、松本センセ!頭をお上げください!総司はんかて武士の端くれどす。お江戸の危機に寝込んでなんていられんかったんやと・・・・・・それにお知り合いのところで養生しはってくれはるなら、まだ会える機会はあります」

 そう言いながらも、小夜の声は徐々に弱々しくなってゆく

「生きていれくれれば・・・・・・きっと」

 ほんの僅かの差で叶わなかった出会いに未練がないわけではない。しかし生きていればまだ会える可能性はあるのだ。
 小夜は手にした懐紙を握りしめ、無理やり笑顔を作る。だが、このすれ違いがこの先暫く続くことになるとは――――――二ヶ月先の、ある悲しい出来事があるその日まで続くとは小夜は思いもしなかった。




UP DATE 2016.1.16

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浅草弾左衛門邸宅での思わぬ再会―――それは甲陽鎮撫隊の打ち合わせの為に来ていた為でした(*^_^*)
江戸幕府上層部としてはいつ暴発してもおかしくない不安定分子を江戸から極力引き離したかったのでしょう。その急先鋒が新選組、そして身分開放を目論んでいる浅草弾左衛門の部隊でした。資料には打ち合わせ云々の話はもちろんありませんが、一つの部隊として戦うためには簡単な打ち合わせくらいはしたんだろうなぁ、とここで松本・土方の二人に登場してもらいました♪

で、二人の温情で今戸神社に総司を訪ねにいった小夜ですが・・・本当に行き違いで小夜は沖田に再開することができませんでした(>_<)そしてこの先こんなすれ違いが約二ヶ月ほど続くことになりそうですが・・・。

次回更新は1/23、一日だけ時間を遡り甲陽鎮撫隊に臨む総司を中心に話を進めていく予定です(主役のはずなのに本当に影が薄い・・・(-_-;))
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