「VOCALOID小説」
見返り美人

見返り美人6~明日の寝床はさて、いずこ

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 鮫ヶ橋の貧民街から火が出た――――――その声に店を飛び出した三人が見たものは、天にまで届きそうなほど激しく燃える炎だった。店から鮫ヶ橋までは200m程の距離があったが、その熱気は三人をも包み、まるで夏場のようだ。そして最悪なことに、その炎の下に見えるのは激しく燃える鮫ヶ橋特有のボロ長屋だった。薄っぺらい廃材で継ぎ接ぎされた長屋はただでさえ燃えやすいものだが、更に冬の乾燥と強風が追い打ちをかける。からっ風に煽られた炎はまるで生き物のように形を変化させ、大小の火の粉を撒き散らす。

「あついっ!」

 その一つがリンに襲いかかったらしい。悲鳴を上げ、頬を押さえながらリンは後退った。

「リンちゃん、大丈夫?」

 海斗はリンの手を頬から剥がして怪我の様子を見る。大した火傷は負っていなかったが、火の粉の火傷にしては少々大きい。今回は頬だったから軽い火傷で済んだが、これが着物や髪の毛に付いて燃え上がったら、更に大きな火傷を負いかねない。

「二人共、一旦ここから離れよう。あ、それと帯を離さないように。避難してくる人達の波に呑まれたらはぐれちゃうから。あとリンちゃんはこれ以上火傷を負わないようにこれを被って。レンは男だから・・・・・・いいよね?」

 海斗はリンの頭に自らの羽織を被せながらレンに尋ねる。

「当たり前だろ!ほら、リン。しっかり海斗の帯に掴まってろ」

 弟とはいえ、そこは男として認められた嬉しさとプライドがあるのだろう。リンを護るように肩を抱え、海斗の帯に掴まらせる。そして自らも左手で海斗の帯を掴んだ。そして逃げ惑う人混みに流されるように火事現場から離れる。

「めーちゃんは・・・・・・大丈夫かな」

 ようやく安全な場所に辿り着いた瞬間、今にも泣き出しそうな声でリンが呟く。

「きっと、大丈夫だよ。メイ姉はそんな鈍くさくないし」

 そう言うレンの声もこころなしか湿っていた。鮫ヶ橋方面から逃げてくる避難民の中にはかなりの大火傷を負っている者も少なくない。きっと逃げ遅れている者もいるだろう――――――レンの心中に嫌な予感が走る。それを察したのか、海斗はやけに明るく、大きな声で二人に話しかけた。

「流石にあの炎の中に飛び込むわけには行かないけど、少し落ち着いたら皆どこかの避難所に集まるだろう。そこでめーちゃんを探そう。きっと先に待っていて『遅い!何やってんのよ!』って怒鳴られるだろうけど」

 そう言いながらも海斗の視線は炎から逃れて逃げてくる避難民を追いかけてた。客を取っていた最中だったのか、乳房を露わにした娼妓や褌を手に全裸で逃げてくる男も少なくない。だが、その中に芽衣子らしき姿は見当たらなかった。

(きっと・・・・・・もう既に逃げているはずだ)

 立ち止まり、ますます大きくなってゆく炎を見つめながら海斗は芽衣子の無事を祈らずにはいられなかった。



 鮫ヶ橋から発生した火事はなかなか収まりそうに無く、夕闇迫る空を紅蓮に染め上げている。その一方で避難民対策が進められているらしく、近くの練兵場が避難地域になったとの噂を聞いた三人は迷わず練兵場へと向かった。そこには焼け出された人々がすし詰め状態で座り込み、歩くことさえままならない状況だ。炊き出しや怪我人の手当なども練兵場の隅で行われているが、明らかに物資、人員ともに足らないのは明白だった。

「どうやら怪我人のところにはいないらしいね」

 軍医や看護師が忙しく動きまわる簡易診察所を覗き込んだあと、海斗は二人に語りかける。

「じゃあ、二手に分かれてこの練兵所内でめーちゃんを探そうか。一通り見終わったらここに集まることにして。リンとレンは絶対に一緒に行動するように」

 この混乱の中、どんな犯罪に出くわすか判らない。特にリンは遊女屋を専門とする人買いに狙われやすい年頃だ。一人で行動したらどんな目に遭うか判ったものではない。そこはレンも承知しているらしく、リンの手を強く握り海斗に対して頷く。そして簡単な打ち合わせの後、三人の芽衣子捜索が始まった。

「めーちゃん!どこ~!いるなら返事して!!」

「メイ姉~!メイ姉~!!」

「めーちゃん!リンもレンも心配してるよ!もしいるなら返事をして!」

 声を枯らし、三人芽衣子を探すために叫び続ける。だが三人の呼びかけに応える声はなかった。というか、同じような人探しが多すぎて三人の声もかき消されているといったほうが正しいだろう。
 日はすっかり落ち、周囲の心許ない街灯の灯りに避難民の頭が蠢く様子だけが浮かび上がる。既に顔を見分けられるほどの明るさは無く、人探しは事実上不可能だ。

「これじゃあ今日見つけるのは難しいね」

 簡易診察所の前に戻ってきた海斗の言葉に、先に戻ってきていたリンとレンも頷く。その瞬間、レンの腹がきゅるる、と鳴いた。先程玉子焼きをたらふく食べたリンと違い、レンはそれほどものを食べていなかったのだ。

「そうだね。こんだけ大声張り上げてめーちゃん探しまくっていたんだからお腹も減るよね・・・・・・取り敢えずさっきのお店で手っ取り早く夕飯を食べてから、俺のうちに来ない?寝る処無いでしょ?」

「だけど、さすがにそれって迷惑じゃないのか?」

 すぐに頷きそうになるリンを静止し、レンが尋ねる。だが、海斗は大丈夫だよとあっさり答えた。

「俺んちって一人暮らしにはちょっと広すぎるくらいなんだ。一応客間もあるし、二人が泊まる程度の広さは何とかなるよ」

「ねぇ、レン。今日は海斗に甘えちゃおうよ。この寒空の中、野宿はヤだよ」

 その瞬間、レンもその寒さに気がついた。まだこの避難所は人いきれで暖かく感じるが、時折吹き付ける北風は身を切るような冷たさだ。更にこの鮫ヶ橋の普段の生活以上に劣悪な環境にいたくないという本音もある。

「・・・・・・じゃあ、頼む。できるだけ迷惑はかけないようにするから」

 どうも『借りを作らないようにする』という芽衣子の教育はレンに強く受け継がれているようだ。そんなレンに対し海斗は穏やかに微笑んだ。

「迷惑どころか大歓迎だよ。というか、君らにはめーちゃんの捜索を手伝ってもらわなきゃならないからね。少しでもマシな寝床でぐっすり寝てもらわないと、明日からの人探しができないだろ?」

 おどけた口調の海斗の言葉に二人は笑う。だがこの30分後、二人はとてつもない驚きに見舞われることになる。



 俺んち――――――このような気楽な言葉、そして高等とは付くが警察官という職業からてっきり海斗の自宅は普通の家より少し大きめの、部屋が4、5室ほどある一戸建てかとリンやレンは思っていた。だが海斗に連れて来てもらった家は、どう小さく見積もっても10部屋以上はあるかと思われる重厚な洋館だったのである。

「ねぇ、海斗・・・・・・あんた、一人暮らしだって言ってたよね?」

 あっけに取られつつリンが尋ねる。

「うん。あ、じいやと使用人はいるけどね。父親と本妻の家族は別の家に住んでいるんで、こっちは俺だけ。だから君らが泊まっても誰も文句は言わないよ」

「いや、そういうことじゃなくって・・・・・・お前、相当な身分のお坊ちゃん、ってことだろ?俺達みたいな貧民街のガキを連れ込んで大丈夫なのかよ?」

「大丈夫大丈夫。なんか言われたら『捜査の一環』って言っておけば近所の煩いおばさんもそれ以上詮索しないから。それより早く入ろう。でないと風邪をひく」

 海斗は立ち尽くす二人を促し『屋敷』と言ったほうがふさわしい自宅へと入る。すると五十代くらいの品の良い男が海斗を出迎えた。

「海斗お坊ちゃま、お帰りなさいませ。そちらのお二人は?」

 穏やかな微笑みのまま、初老の男は海斗に尋ねる。

「ああ、ただいまじいや。今回の仕事を手伝ってもらった子達なんだ。ちょっと焼け出されてしまってね。取り敢えずこの二人を風呂に入れてあげて。着替えはちょっと大きいけどレンには俺のを、リンには母上の浴衣がまだ残っていたと思うから、それを」

「承知しました」

 じいや、と呼ばれた男は海斗の突拍子もない行動を咎めることもなく、ただ指示のままにリンとレンを風呂場へと案内し始める。むしろ眉でもひそめてもらったほうが落ち着くのに――――――リンとレンはますますいたたまれない気持ちで『じいや』が促すまま屋敷の奥へと向かう。

「何か、スミマセン。海斗の家がまさかこんなお屋敷だとは思わなくて」

 流石に気後れしているのか、リンが小さな声で『じいや』に謝る。

「気にしなくて大丈夫ですよ。どうも青音家は代々色んな身分の『お客様』を引き込むのが好きなようで・・・・・・実は海斗様のご母堂もそれほど身分が高い女性ではありませんでね。士族の始音家に一旦養女に入ってからお妾になったという曰くがあるんです。だからお二人も自分を卑下することはありませんよ」

 どうやら『じいや』はこういうことに慣れているらしい。動揺ひとつ見せること無く二人を風呂場へ案内した。そして女中が持ってきた二組の着替えをそれぞれリンとレンに渡す。

「今日のところはこちらでご容赦を。数日のうちにお体に合わせて着物を仕立てますから。では、お風呂から上がったらそのベルを鳴らしてください」

 そう言って『じいや』はその場を後にした。

「何か、すごいね」

 リンは渡された着物をぺろりとめくりながらため息を付く。寝間着用の木綿の浴衣ではあるが、生地が滑らかでまるで絹織物のようだ。このような着物を生まれてからこの方、リンは見たことがない。

「すげぇ待遇だよな。まさか裏があるんじゃねぇだろうな?」

 ここまで来てレンが警戒心を露わにするが、次に発せられたリンの一言に膝が崩れそうになった。

「今更何言ってるのよ、レン。めーちゃんをお嫁にするために決っているでしょ」

「は、はぁ?それマジで言ってるの?」

 貧民街の女を手に入れるためにここまでするか、とレンは言いかけたが、こんな時に限ってリンは姉貴風を吹かせる。

「私達が海斗のところに『人質』になっていればめーちゃんだって海斗を振るわけにもいかないでしょ。めーちゃん借りを作るの大っ嫌いだもんね。ま、最悪な状況になったとしても、どのみち鮫ヶ橋の長屋が元通りになるまでひと月はかかるだろうからそれまでお世話になろうよ。向こうがやらせてくれ、って言っているんだしさ」

 レンとは違い、リンにはあまり芽衣子の教育は浸透していないらしい。あくまでも脳天気に海斗の世話を受ける気満々でいな姉に、レンは気が遠くなる気がした。





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鮫ヶ橋の火事によってリン・レンは焼け出され、芽衣子とはぐれてしまいました(>_<)現代のような優れた消防システムが無い上に、更に燃えやすい材質で出来ている貧民街の建物などあっという間に燃え盛ってしまいますよ・・・更に多くの人が焼け出された中、人探しをするというのも並大抵ではございません(´・ω・`)この時代より更に後の関東大震災でも尋ね人の張り紙が多く出たと言いますから・・・(東日本でも大して代わり映えはしなかった、というか報道さえも寸断されてしまった状況では原始的な方法が一番確実なのかもしれない(-_-;))

取り敢えず海斗の『屋敷』にて寝泊まりすることが決定してしまったリンレンですが、果たして芽衣子は見つかるのでしょうか。それとも火事に巻き込まれてしまったのか・・・次回は本格的な芽衣子探索と相成ります(`・ω・´)ゞ
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