「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十一話・小夜の決意・其の参

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 三島代官所で道中の官軍進軍の状況を話した翌日、半ば強引に駕籠に乗せられた小夜はそのまま箱根の山を超えた。ただでさえ慣れない山道の上、東の地の雲助は京都の駕籠かきに比べるとかなり荒っぽい。揺れる駕籠にしがみつきながら、小夜はその揺れに必死に堪えた。そしてようやく箱根の関所にたどり着いたのだが、三島代官所の役人が付き添っていたにも拘らず、小夜は止められてしまったのだ。だが、その停止は小夜が心配していた身分不相応な駕籠によるものではなかった。

「先触れを見たが、その駕籠に乗りし者が例の・・・・・・?」

 駕籠から這い出た小夜を穴の開くほど見つめながら、関所役人が小夜に付き添ってきた三島代官所の役人に尋ねる。

「ええ、先触れでも報告させていただきました上方からの巡礼です。浅草弾左衛門への使いも兼ねているとのことで、道中の戦況の詳細を事細かに観察しておりましたよ。そしてこの者の話によると状況はかなり切迫しているようで」

「何?それは真か?」

 深刻な表情を浮かべる代官所役人の一言に、箱根関所の役人達が一斉に身を乗り出す。その緊迫感は三島で感じたものと同等、否、それ以上かもしれない。三島はあくまでも宿場のひとつだが、箱根は迫り来る敵から江戸を護る最初の『砦』なのだ。その辺は三島代官所の役人も熟知している。

「ええ。こちらがそのまとめです。箱根も三島と状況は同じかと思いまして」

 三島から付いてきた役人が懐から書付を渡す。それは三島代官名義の手紙で、小夜から聞いた話が簡潔にまとめられていた。それを箱根関所の役人達数人が一斉に覗きこむ。

「なるほど・・・・・・かなり近くまで進軍しているな」

 一通り書付を見終わったあと、関所の役人の一人が呻く。玉石混交のうやむやな情報ばかりが江戸から流れてくる中、ようやく確実な情報が、しかも西方からもたらされたのだ。

「ええ。あと十日、いや五日もすれば三島に到着するでしょう。我々も戦うか、恭順を示すか腹をくくらなければ・・・・・・民衆を巻き込むわけにも行かぬが、幕府の矜持もあるし難しいところだ」

 三島代官所の役人の言葉に、その場に居た者達は沈痛な面持ちのまま押し黙ってしまった。



 結局小夜はそのまま小田原まで駕籠で送られ、小田原で一泊した。そこからは再び歩きでの道中となったが、殆ど平坦な道であるし難所の相模川も冬場で水かさが少なく、被差別民の仲間が小さな漁船を出してくれて事なきを得た。
 こんな助けの手がすぐに差し伸べられるほど、関八州は浅草弾左衛門の支配が強い土地だ。庄屋に書いてもらった手形を店、事情を話せば各宿場の仲間たちがただ同然で泊めてくれる。そんな助けを借りながら小夜が江戸に到着したのは二月の二十三日の夕方だった。潮の香りが濃厚に漂う品川はすっかり春の気配で、気の早い彼岸桜がちらほらと咲き始めている。

「今日は品川で泊まりやな」

 勝手知ったる京都の街ならいざ知らず、土地勘のない江戸の夜道はさすがに心許ない。彼岸桜の周囲を舞い飛ぶ蝙蝠をちらりと見ながら、小夜は今日中の浅草行きを諦めた。
 しかし夕刻にも拘らず品川はやけに閑散としている。旅人が少ないのは他の宿場と変わらないが、品川は宿場町というより岡場所の様相が強いと以前沖田から聞いたことがある。
 そのような飯盛女目当ての遊客も数人ほどしか見当たらないのだ。その客達も既に贔屓が決っているのかそそくさと目的の店に入っていった。
 それ故お茶を引いている飯盛女は退屈そうに二階の手すりで欠伸をしているし、留女達も店先に座り込み雑談に興じている。

「やっぱり薩長軍が来るから皆あまり出歩かへんのかなぁ」

 あまりにも活気が無い品川の街に小首を傾げつつ、小夜は宿場の裏手にあるひにん宿へと入る。そして挨拶に出てきた宿の女将に事情を話し、今日の宿を取りたい旨と、浅草はどちらにあるか尋ねる。

「ああ、浅草はもっと東だよ。明け六つに出れば、そのお腹でも昼前には着くだろうさ。だけど距離はともかく、今浅草に近づかないほうが良いね。荒っぽい連中がたむろっていて孕女が近づけるような状況じゃない」

「荒っぽい・・・・・・連中?」

 女将の言葉に、小夜は不安げに眉をひそめる。

「ああ、上野にゃ彰義隊って連中が入り浸っているし、えた、ひにん達も『身分開放』の言葉に踊らされて続々と弾左衛門さんのところに集まってるんだ。だからお使いの手紙だけ渡したら別の所に移ったほうが良いかもしれないね。うちで良かったらいつでもおいで。歓迎するよ」

「ありがとうございます。もしそうなったらお世話になります」

 自分が思っている以上に江戸は緊張が高まっているのだ――――――荷解きをしながら、小夜は唇を噛み締めた。



 翌日、宿の女将の気遣いで案内役の男衆を付けてもらった小夜は、浅草弾左衛門の屋敷へと足を伸ばした。こんなことが許されるのも、品川がこれ以上ないほどの客不足に悩まされているからだ。暇を持て余していた男衆は二つ返事で快諾し、小夜を伴いながら浅草弾左衛門の屋敷について説明する。

「お屋敷は『囲内(かこいのうち)』にある。よく囲内全体をお屋敷と勘違いする奴が多いけど、それほど広くないからな。あまり期待するなよ」

 よくよく話を聞けば、最初に目に入る囲内――――――すなわち被差別民達の居住地と他の土地を分ける塀があまりにも大きすぎ、中にある浅草弾左衛門の屋敷が小さく見えるという。だが、それはあくまでも身内の謙遜だった。敷地は二千六百坪あまり、門構えは三千石の旗本並の立派な長屋門の大邸宅なのだ。確かに一万五千坪近くあり、その中に二百五十軒もの家々が立ち並んでいる囲内全体に比べれば小さいが、それでも小夜の想像を遥かに超える屋敷である。

「す、すごい・・・・・・」

 その門構えに圧倒され、小夜はただただ目を丸くする。

「そりゃあ関八州を束ねる親方様だからな。普段だったら並の長吏やひにんと直接顔を合わせることなんて無理だけど、さすがに京都の戦況を知らせる手紙を持ってきたんだから直接会ってくれるさ」

 既に京都からも小夜の来訪を知らせる手紙を送ってあるし、面会はほぼ間違いなくできるだろう。そう思って門をくぐり、対応に当たった側用人らしき者に尋ねると、生憎先客が来ており暫く待ってもらうことになると言ってきた。

「ここ最近幕府関係の客が多くってさ。俺達も三月の頭に出兵することになっている。今日はその最終打ち合わせらしい」

 面会が行われる客間の隣、すなわち次の間へ続く廊下の途中で案内役がそんな話をする。

「そうなんどすか」

 そう言えばあと五日もすれば敵軍が箱根までやってくるだろうと三島代官所の役人が言っていたのは四日前だ。もしかしたら既に三島は薩長軍に占領されているかもしれない――――――世話になった役人達の顔を思い出し、小夜は不安にかられる。

「ああ。本当かどうかは判らねぇが、今回の出陣が成功したら身分も開放してやると言われているし・・・・・・お、丁度先客が帰るところみたいだ」

 廊下の奥の部屋の襖が開き、中から二人の男が現れる。その顔を見た瞬間、小夜は思わず声を上げてしまった。何故なら、その二人は小夜が見知っている人物だったからだ。
 勿論その声は極力抑えたつもりだ。だがしかし、立派過ぎる廊下は小夜の小さな声でさえ響かせてしまう。案の定、予想以上に反響したその声に気がついた二人の男が小夜の方を向く。その瞬間、男達も驚愕の声を上げ、小夜に駆け寄ってきた。

「お・・・・・・お小夜?何でおめぇがこんな所にいるんだ?」

 禿頭の男がただでさえ大きな目を更に大きくして小夜に尋ねる。

「まさか幽的じゃねぇよな?脚もちゃんと付いている見てぇだし・・・・・・斎藤から聞いたけど、その腹の子は平助の子か?だいぶ大きくなったな」

 役者のように整った顔立ちの男は小夜の頭の天辺からつま先まで視線を走らせながら、感慨深げに呟く。そう、それは浅草弾左衛門を訪ねてきていた松本良順と土方歳三であった。。




UP DATE 2016.1.9

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何だかんだ道中を助けられ、浅草弾左衛門の屋敷に辿り着いた小夜を待ち受けていたのはとんでもない再会でした\(^o^)/
詳細は本編で語らせて頂きますが、甲州鎮撫隊として出兵する際、新選組だけでは人数が足らず、浅草弾左衛門配下に助けを求めたんですよね。そしてそのツテというのが先代・浅草弾左衛門の病を診たコネを持つ松本良順だったというwww
なので歳&法眼というなんとも奇妙な組み合わせで出くわしてしまったということになるのです(^_^;)

そしてその詳細を、というか甲州鎮撫隊の打ち合わせの話は次回に持ち越させていただきます。そのついでに総司の話も出るはずだと思うのですが・・・ここまで道中は比較的楽でしたが、小夜の旅路はむしろこれからが大変になってゆきます(*^_^*)
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