「VOCALOID小説」
見返り美人

見返り美人5~あたしのこの腕は その腕を抱くだけじゃない

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 遊女は仕事では唇を許さない。それを許すのは本気で好きになった相手だけ――――――遊び慣れていると思われる海斗なら、それ位知っているはずである。実際今まで芽衣子の唇には触れなかったのだから――――――なのに海斗は今、半ば強引に芽衣子の唇を奪い、深く吸っていた。
 強引に芽衣子の唇を割って入った海斗の舌は素早く芽衣子の舌を見つけ出し、絡めとる。そして一旦強く吸い上げると、優しく芽衣子の舌を嬲り始めた。まるで情事のような、否、直接身体を貫かれている時よりも卑猥な濡音が芽衣子の耳を聾し、犯してゆく。今までに感じたことのない淫蕩な痺れに、芽衣子は溺れないように必死だ。

「んんっ!」

 海斗の唇から逃れようと芽衣子は必死に腕を突っ張ろうとするが、海斗はそんなことはお構いなしに芽衣子を貪る。このまま押し倒される――――――まるで肉食獣のごとく芽衣子を貪る海斗に恐怖を覚えたその瞬間、不意に芽衣子の唇が開放された。

「・・・・・・これが、俺の気持ちだよ。めーちゃん」

 長い接吻からようやく芽衣子を開放すると、海斗は低く掠れる声で囁く。その唇は己と、そして芽衣子の唾液で濡れ光っていた。そしてその濡れた唇から更に信じられない言葉が紡ぎだされる。

「遊びなんかじゃない。本気で君が好きなんだ。俺と・・・・・・結婚してほしい」

「け、けっこん・・・・・・・!!」

 海斗の口から飛び出した、思いもしなかった言葉に芽衣子は目を丸くした。先程のやり取りから察するに、海斗は警察官の中でも特別な職種の警察官だと思われる。となると身分は士族、もしかしたら華族の物好きな息子かもしれない。
 そんな男が貧民街の娘を妻に、なんて絶対にありえないし、妾になるのさえ極めて難しい。にも関わらず海斗は芽衣子と結婚、すなわち正妻に、と言い出したのだ。

「いきなりで驚いているのはわかる。だけど俺は本気だよ。仕事とかそんなの関係なく君に惚れているし、一日でも早くこんな場所から君を連れ去りたい。周囲に関しては俺が責任をもって説得するし、リンやレンも引き取って後見になってあげる。だから・・・・・・」

「――――――鮫ヶ橋の女を舐めないで!」

 芽衣子は海斗の言葉を遮り、目一杯の力で頬を叩いた。その瞬間、派手な音と共に海斗の左頬に芽衣子の手形が浮かび上がる。

「ひとをコケにするのも大概にして!もう二度と私の前に現れないで!」

 あまりの事に驚きの表情を浮かべる海斗に、芽衣子は更に追い打ちをかけるように怒鳴りつけた。このままでは海斗は芽衣子を強引にこの場から連れ出しかねない。自らの奥底にある淡く、微かに揺れる想いを押し潰し、芽衣子は海斗を追い出しにかかる。

「めぇ・・・・・・ちゃん?」

 芽衣子の剣幕に我に返った海斗は、恐る恐る芽衣子に声をかけた。まるで捨てられた子犬のようなその瞳に心がぐらつかないわけではない。普段であれば世話好きな性格とあいまって芽衣子は優しさを垣間見せてしまうだろう。だが、ここは心を鬼にしなければと手近にある枕を掴み取る。

「もう『任務』とやらは終わったんでしょ!だったらさっさと私の前から消えて!」

 海斗の未来の為には二度と自分と会ってはならない――――――芽衣子は手にした枕を海斗に投げつける。

「うわっ!」

 海斗は飛んできた枕を避けるが、芽衣子は次から次へと手当たり次第物を投げつける。この狭い部屋のどこにそんなものが合ったのかというほどの量だ。さすがに芽衣子の説得は無理だ――――――そう感じた海斗は立ち上がり、土間に降りる。

「わ、判ったからもう物は投げないで!き、今日のところはこれで引き上げるけど、諦めたわけじゃないからね」

 未練タラタラの台詞を残し、海斗は渋々芽衣子の部屋を後にした。立て付けの悪い引き戸の向こう側から海斗の足音が離れてゆく。その小さくなる音を聞きつつ芽衣子はポツリと呟いた。

「バカ・・・・・・本当にバカ!」

 その呟きは海斗に対してのものではなかった。それは自分自身への言葉――――――いつの間にか海斗に惹かれていた、自分に対する言葉だった。しかし、好きだからこそ、海斗の幸せのために自分は身を引かなければならないのだ。

「大嫌いよ・・・・・・嘘つき警察官なんて」

 ポタリー―――――大粒の涙が一粒、芽衣子の膝に落ちた。



 芽衣子と別れた30分後、海斗は潜伏捜査の拠点となっている小料理屋で酒を煽っていた。その隣には何故かレンとリンがいる。実は芽衣子に追い出された後、偶然鮫ヶ橋に帰ってきた二人に出くわしたのである。そして二人をそのまま小料理屋に誘い、今に至る。

「めぇちゃぁ~ん」

 左頬に芽衣子の手形を残したまま、酒を煽りうじうじ泣いている。そんな海斗をリンとレンは両側から冷ややかに見つめている。

「まったくよぉ、大の男が女に振られたからってめそめそしてるんじゃねぇよ」

「だからめーちゃんに振られるんだよ。てか海斗本当に警察官なの?天下のおまわりさんが振られたからって昼間から酒煽ってぴーぴー泣いていてお国を守れるの?」

「いや、国を守るのが軍人の仕事だから。警察官は市民生活を・・・・・・ううっ、本当に好きなのにぃ」

 リンのささやかな間違いをさり気なく指摘した後、再び泣き出す海斗に姉弟はため息を吐いた。

「そんなに落ち込むんなら警官だってバレた時点で一旦撤退しておきゃ良かったのに」

「いくらなんでもいきなり接吻はないよねぇ?世の中には道理、ってもんがあるでしょ?バッカじゃないの?」

 店の主が海軍の料理人から直接教わったという『肉じゃが』なる料理を頬張りながらリンが偉そうに海斗に説教を垂れる。

「間夫でもないのに接吻なんてされりゃあメイ姉だって怒るよ。っていうか娼妓が客に惚れるわけないじゃん」

 尤もな言い分を呟くレンだったが、それをリンが否定する。

「ん~、レン。それはちょっと違うかもなぁ」

 その思わせぶりな一言に海斗は体を起こし、リンの肩を掴む。

「リンぢゃん!それ、どういうこと?もう少し詳しく・・・・・・」

「さぁ~ねぇ~。そうだ、あたし卵焼きって食べたこと無いんだよねぇ。あれって甘くて美味しいんでしょ?」

 リンは壁に張り出されている品書きを指差しながら意味深な笑みを浮かべる。その笑顔は天使というよりは小悪魔だ。だがその小悪魔の微笑みと目の前に差し出された餌はあまりにも魅力的すぎた。

「親父さん、卵焼き出して!卵焼器で一度に全部作れる分まるごと!」

 西洋化がだいぶ進んだこの時代でも卵は貴重品だ。実際この店で一番高価なのは卵焼きであるし、普段の海斗でなら絶対に注文しないだろう。しかし芽衣子の情報との引き換えとなれば安いものだ。あまりにも必死な海斗の注文に小料理屋の主人は苦笑いを浮かべつつ、卵を割り始めた。



 注文を受けてから暫くすると、ほかほかと湯気を立てながら卵焼きが出された。普通に出されるものの三倍はあろうか。ひと口ずつの大きさに切られているもののかなり大量だ。それをリンは嬉しそうに口の中に放り込む。

「あまぁ~い!美味しいぃ~!」

 一口ごとに歓声を挙げるリンを海斗は辛抱強く待ち続ける。ここでリンのご機嫌を損ねては元も子もない。

「あ~美味しかった!」

 結局一つ残らず――――――弟のレンにさえ一切れも分け与えずに――――――玉子焼きを平らげたリンは満足気に大きく伸びをする。

「そろそろいいかな、リンちゃん?めーちゃんの事なんだけど」

 辛抱強くリンが食べ終わるのを待っていた海斗がリンに声をかける。

「そうだね。さすがにこれだけ奢ってもらっちゃあね・・・・・・めーちゃん、たぶん海斗のこと好きだよ。自覚しているかどうかはともかく。少なくとも全部の客の中で一番気に入っている」

「え~そうかな?」

 レンが疑い深そうな表情を浮かべるがリンはちっ、ちっ、と舌打ちをする。

「本当に男って鈍いよねぇ。今朝だって『年が越せないなら海斗から前借りしちゃば?』ってあたしが言ったのに、めーちゃん即却下したでしょ?以前だったらあんなこと言わなかったよ。適当に男騙して料金上積みしちゃえば済むことだし、実際毎年そうしてたし。それにね」

 今まで気になっていた事をようやく喋れるからだろうか、リンのお喋りは止まらない。

「あたしと二人だけの時、めーちゃんの話題っていつの間にか海斗のことになっているんだよ。それに海斗が来る水曜日と土曜日は絶対にお化粧するし」

「ああ、そういえばそうだね。普段紅なんて勿体無いから、って付けなかったメイ姉がここ最近化粧するようになったもんな。となるとやっぱり海斗に気があるのかな」

 さすがに『見た目でわかる変化』にはレンも気がついていたらしい。 そんな二人の証言を聞いているうちに落ち込んでいた海斗も徐々に元気を取り戻し始めた。

「もしかしたらさ・・・・・・少しは脈があると思って良いのかな」

「少なくとも他の男よりはあるよ」

「・・・・・・がんばろう、俺。あ、もしめーちゃんをお嫁さんにした際には、君らも俺ん家に来てもらうからね。でないとめーちゃんすぐに鮫ヶ橋に戻っちゃいそうだし」

「変なところで用意周到だな」

 だが、海斗が芽衣子の周辺――――――自分達の事もきちんと考えていることにレンは海斗の本気を感じた。

「だったらあたし、音楽学校に行きたいな!」

 その一方、リンはとことん脳天気だ。自分が提供した情報の見返りがどれほど大きなものなのか、全く理解していないのだろう。そんなリンにレンは頭を抱え、海斗は保護者の笑みを浮かべた。

「勿論!というかその前に入試があるけどね。それに受かったら行ってもいいよ」

 そんな皮算用の未来を話していたその時である。どこからか半鐘がけたたましくなり始め、外が騒がしくなる。

「だいぶ近いな・・・・・・半鐘の音」

 レンの表情が険しくなる。ここ最近晴れ続きで空気が乾燥している。近所で火が起こった場合、瞬く間に燃え広がり、貧民街などあっという間に燃やし尽くしてしまうだろう。そして嫌な予感というものは往々にしてよく当たるものである。騒々しい声の中、ひときわ大きな声が信じたくない言葉を叫んだのだ。

「大変だ!鮫ヶ橋の貧民街から火が出た!早く消火に当たれ!」

「何だって!」

 よりによって鮫ヶ橋が火元とは――――――その声に三人は立ち上がり、店を飛び出した。






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年明け第一弾の『見返り美人』、いきなりの展開になってしまいました(^_^;)
新年一発目から海斗はめーちゃんにビンタされるわ、うじうじ泣いているのをリンレンに慰められる?わ、とどめは鮫ヶ橋から火は出るわで、まぁ展開が忙しいこと忙しいこと(^_^;)そしていつの間にか話も5話目/(^o^)\果たしてカイト生誕祭までにpixivにUPできるのでしょうか・・・ちょっと不安になりつつあるのですが、一応予定でがギリで本編が終わる予定(^_^;)できるかぎり頑張ります(`・ω・´)ゞ

次回更新は1/12、火事になった鮫ヶ橋から果たして芽衣子は無事逃げることができるのか?そして海斗たちは芽衣子を助けることができるのか?来週までお待ちくださいませm(_ _)m
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