「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第十話・小夜の決意・其の貳

 ←烏のがらくた箱~その三百一・年末年始の更新スケジュール予定 →鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~函館新選組聖地巡礼編3
 二月を翌日に控えた早朝、小夜は三条大橋の袂に居た。その姿は白一色の巡礼者のもので、髪も肩までの尼削ぎに切りそろえられていた。これは道中不埒な男たちの興味を逸らせるためである。妊婦とはいえ小夜は若く、美人の部類に入る。念には念を入れて安全を確保しなければならないのだ。

「しかし・・・・・・まるで未亡人やな」

 父親と二人の妹達と共に見送りに来た伸吉が思わず呟く。確かに妊婦の巡礼姿、尼削ぎは未亡人と言われてもおかしくない。

「もう、縁起でも無いこと言わんといて!総司はんはまだ生きている・・・・・・筈なんやから」

 状況が状況だけに伸吉の言うこともあり得る。だが、小夜は沖田がまだ生きていると信じていた。病ならば戦場に出ることはないだろう。そして戦場に出なければそれだけ生き延びている可能性があるかもしれない――――――極めて楽観的な考えだが、小夜はそれにすがるしか無かった。

「小夜、道中気をつけて。それと・・・・・・」

「勿論、庄屋はんの『お使い』もきちんと努めますえ」

 小夜は少し声を低くして父親に決意を告げる。江戸の浅草弾左衛門から京都のかわたやひにん達に京都での状況を教えてくれという早飛脚が到着したのは一月二十日過ぎの事だった。江戸ではこれから攻め入ってくる官軍に対抗するため、上は武士から下は長吏まで一丸となって戦うと、その手紙には書かれていたのだ。
 その手紙に対する『京都での状況』は既に返事を書いて向こうに送ったが、京都から江戸までの間の状況を知るのは流石に難しい。それが戦闘中であれば尚更だ。そこでこれから江戸に下る小夜が詳細な状況を見聞し、浅草弾左衛門に伝えるようかわた村の庄屋に頼まれたのである。

「側道でもうわさ話は聞けるやろうし、実際そういう現場に出くわすかも知れへんから。ほな、そろそろ行ってきます」

 小夜は家族に一礼し、踵を返すと東海道を江戸に向かって進み始めた。



 東海道には、軍事的・地理的理由から、顕著な障害となる地点や、地理的迂回路となる地点が幾つかある。このような交通上脆弱・不便な部分には、回避するための脇街道が置かれていた。
 脇街道には相模国の内陸部を通って直線的に結ぶ中原街道、見附宿より浜名湖の今切の渡しと新居関所を迂回し、気賀関所を通り、本坂峠を越し、吉田宿ないし御油宿へ抜ける道である姫街道、宮から桑名迄の七里の渡しを避けて、濃尾平野内部を陸路で結ぶ佐屋街道がある。
 小夜もこれらの脇街道や船を利用しつつ、時には一人、時には同じ被差別民の旅芸人と共に江戸へ近づいていった。妊婦故、普通の速度よりは極めてゆっくりの旅路だが、それでも京都を出立して二十日には、箱根の手前・三島宿までやってきたのである。

「確か、箱根も手形を見せるだけで通してもらえる言ってはったな」

 今まで通ってきた関所は全てもぬけの殻か、官軍に接収されていた。そんなところでは手形の検分はおざなり、または全く無かったのである。流石に鉄砲や刀を持った男達は幕府方が官軍方か聞かれていたが、巡礼姿の妊婦である小夜は大した検分も行われず、幾つかの関所を通ってきてしまった。時には手形さえ見せなくても通れる関所もあったのだ。

「まぁ、さすがに箱根は・・・・・・手形が必要やろな」

 噂によると、箱根も二年ほど前から簡単な検分しかしなくなっていると聞いた。だが箱根は西からの攻撃に対して幕府軍の最初の砦であり、ここが破られてしまったら幕府軍は壊滅的な損失を被ってしまう。それだけにある程度しっかりした検分が行われることは覚悟して置かなけれなならないだろう。

「となると・・・・・・明日やな」

 まだ昼八ツだったが、今から三里以上離れた箱根に向かっても日没まで間に合わない。ならば明日の朝一番で三島を出立し、明日は箱根宿で宿を取るのが賢明だろう――――――そんな段取りを考えていた、その時である。

「西国から来たものはおらぬか!」

 懸命に張り上げる声が小夜の耳に届く。その声の方を見ると、役人らしき黒紋付の男達が数人、声を張り上げていた。どうやら西から来た旅人に声をかけているらしい。三島には代官所があると聞いていたが、そこを飛び出し人探しとは・・・・・・小夜は興味をそそられ、役人の方へと近寄ってゆく。

「あの、お役人様。西国からの旅人をお探しみたいですが、何かお困りなんどすか?」

 柔らかな声で小夜が語りかける。すると数人の役人たちが一斉に小夜の方をいたく。

「その言葉・・・・・・そなた、上方から来たのか!大阪か?京都か?」

「へ、へぇ。京都から・・・・・・」

「ならば鳥羽・伏見の状況は知っておろうな?」

「そこまでは判らずとも敵はどこまで迫ってきているか、その規模はどれくらいかはわかるか?」

 矢継ぎ早に質問してくる役人たちに小夜は気圧される。

「あ、あの、うちも戦場を直接見たわけやありまへんけど、戦いそのものは一日で終わってます。『錦の御旗』が向こうにありましたから・・・・・・」

「何?そのようなものが戦場に、しかも敵方にあっただと!」

「急ぎのところ申し訳ないが、詳しく話を聞かせてほしい」

「へ、へぇかまいまへんけど・・・・・・」

 小夜としては官軍の大部隊に追いつかれないうちに箱根の山を超え、江戸にたどり着ければ良いのだ。腹の中の子供に影響がない程度のゆるりとした旅路だからと、役人たちの申し出を小夜は受けた。



 黒く染められた三島代官所の中に入ると、小夜は一番大きな部屋に通され、半ば強引に座布団の上に座らされた。そしてどこからかき集めたのか火鉢を三つに炬燵、更には屏風や衝立を窓側に立てかけ隙間風から小夜を護るように設置する。どうやら小夜が妊婦だから身体を冷やしてはならないという配慮らしい。暖かいを通り越してむしろ暑いくらいの部屋に小夜は面食らう。

「あの、ここまでしていただかなくても」

「いや気にせずとも良い。とにかく解っているだけで構わない。ここでは上方からも江戸からも情報がなかなか入ってこないのだ」

 悲壮感さえ漂う表情を浮かべ、役人は部下に持ってこさせた茶を小夜に差し出す。その茶碗は決して高価なものではないが、細かな破片になってしまったものを丁寧に継ぎ接ぎしたものだった。一瞬自分が被差別民だからかと小夜は思ったが、役人たちも同様の継ぎ接ぎだらけの、否、小夜よりもっとひどい状態の茶碗で茶をすすっている。

(ここは、お湯のみひとつ手に入りにくい場所なんや)

 被差別民の小夜の家でもここまで丁寧に陶器を使ってはいない。近場に廉価な焼き物を作る窯場も少なくない京都では、庶民もそこそこ良い品質の陶器を使っているし、継ぎ接ぎもちょっとした欠けならともかく、粉々になってしまった茶碗を継ぎ接ぎしたりはしない。その手間暇や費用を考えると新たに買ってしまったほうが経済的だからである。
 だがここ、三島では事情が違うようだ。茶碗ひとつ新調することが難しい、そんな辺鄙な場所に最新の情報はなかなか入ってこないのだろう。小夜は意を決して自分が見たもの、そして聞いたものをありのまま役人達に話した。

「・・・・・・せやから、今向こうはんは力を蓄えて中山道や東海道を進軍する準備をしてはると思います。しかも幕府からの寝返りもありますし・・・・・・鳥羽・伏見の兵力の何倍もの兵士らが東海道や中山道を通らはるんやないかと」

「そ、そんな・・・・・・」

「下手に抵抗したら関所はもとより近隣の村も焼き討ちにあいかねまへん。可能でしたらこまめにお江戸と連絡を取ったほうがええかもしれません」

「それができたら苦労はしない」

 年長の役人が苦々しげに呟く。

「江戸には何度も飛脚を飛ばしているのだが、情報が錯綜して埒が明かないのだ。だからこそ我々も代官所の外に出張って旅人から情報を拾い集めているのだが・・・・・・だが、今回の話でだいぶ事情が判った。無駄な抵抗はやめ、敵をやり過ごしたほうが得策だな」

 小夜がもたらした話は決して詳細を極めていたわけではない。ただ、沖田と付き合っていた為か並のおなごよりは事情に詳しいということと、浅草弾左衛門への使いのついでに道中の情勢を観察しておけと言われたことが功を奏した。

「少しは、お役に立てましたでひょか?」

「勿論だ。その礼と言っては何だが、小田原まで駕籠で送らせてもらう」

「い、いえ!そんな大したことは・・・・・・」

 そもそも被差別民の小夜である。身分的にも問題があると小夜は断ったが、年長の役人は頑として聞き入れなかった。

「このご時世に身分も何もあったものではない。敵軍の情報をもたらしてくれた恩人を放り出し、山を超えさせるわけには行かぬ。箱根関所の通行手配も我々が行おう。木元、駕籠の手配を」

 すると部下と思われる若者が短く返事をし退出してしまった。どうやら小夜が駕籠に乗らなければ事態は収まらないらしい。困惑しつつもそれだけ関八州は危機感を抱いているのだろう。小夜は役人達に礼を言いながら、無事沖田に会うことができるか不安になった。



UP DATE 2015.12.26

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





髪を切り、巡礼姿になって小夜は京都から旅立ちました。これは当時の女性ならではの護身方法だったらしく、一人旅の時は特に『色気のない格好』をしていたそう。まぁ流石に尼削ぎ、巡礼姿の妊婦には手を出せませんよね(^_^;)しかも丁度安定期に入っていますから、江戸に向かうには一番いい条件だったといえます。
それにしても今回苦労したのが関所の状況(>_<)戊辰戦争前後、ほとんど関所は機能していなかったんですよね~。というか、そもそも『出女』には厳しかったけど『入女』はほぼウエルカム状態だったし・・・。そこのところを調べるのに少々手こずりましたが何とかお茶は濁せたかな、と(^_^;)

次回更新は1/9(来週はお休みさせていただきます)、駕籠で箱根を超え、できれば浅草弾左衛門のところへ到着するところまで書けたらな~と思います(*^_^*)
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のがらくた箱~その三百一・年末年始の更新スケジュール予定】へ  【鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~函館新選組聖地巡礼編3】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のがらくた箱~その三百一・年末年始の更新スケジュール予定】へ
  • 【鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~函館新選組聖地巡礼編3】へ