「VOCALOID小説」
見返り美人

見返り美人3~あなたのその腕は

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 冬の日暮れは極めて早い。芽衣子との情事を終えた海斗が帰路につく頃にはすっかり日も暮れ、街灯の灯りが夜道を照らしていた。だが人通りは極めて多い。師走ということもあるのだろう、皆足早に夜道を進んでいく。そんな人混みに流されつつ、海斗は一軒の小料理屋へと到着すると、勝手口へと廻り店の中へと入っていった。

「ああ、海斗さんかい。『お勤め』ご苦労様」

 海斗が入っていったのは調理場で、中には店の主とその妻、そして二人の弟子がいた。海斗は彼らに挨拶をすると、店の主に軽く文句をいう。

「親父さん、『お勤め』ってやけにその部分に力を入れるけど、それは嫌味?」

「半分は。あとの半分は息抜きじゃないのか?」

 はっきりと言い放つ店の主人に苦笑いを浮かべつつ、海斗は調理場の奥の小部屋へと勝手に入ってゆく。そして暫くすると青と黄色の親子縞が入った白大島ではなく、全く別の姿に着替えた海斗がその部屋から出てきた。
 アイロンがきっちりかけられた黒い詰め襟は、平民が恐れる一番身近な存在――――――警察官のものだ。だがその紋章は街中を闊歩する普通の警察官とは微妙に違っていた。何故なら海斗は『普通の警察官』ではないからである。

「海斗さん、夕飯はどうする?これから食べていくかい?」

 店の主の問いかけに、海斗は首を横に振る。

「いや、向こうで食べてきたから今日はいいよ。ようやくめーちゃんも俺の前で食事をしてくれるようになってさ。彼女から話が聞ける貴重な機会はできるだけものにしたいからね。それに――――――内務省警保局にちょっと立ち寄らないといけないから、急がないと。ところで今回の『密告』のまとめは?」

「はいよ」

 店の主は懐から一枚の紙切れを取り出し、海斗に渡す。それは数人の人間の特徴が詳細に書かれた書付で、店の主が貧民街の少年――――――レンから聞き取ったもののまとめだった。



 三ヶ月前に海斗が初めて鮫ヶ橋に来た際、その日の食事にさえ困っているレンをこの店に連れて来て『街の外からやってきた怪しい男の身体的特徴を教えてくれ』と頼んだのである。
 その報酬は店の残飯――――――三人が餓えないための食糧だ。その条件にレンは二つ返事で頷いた。初めてこの店から鮫ヶ橋のボロ長屋に帰ってきた時、神妙な表情をレンが浮かべていたのはこのためである。そしてこれより以後、レンは海斗の予想以上の働きを見せた。
 少年とはいえ、男としてのプライドもあったのだろう。何より『元々街に住んでいる仲間は密告する必要はない』という海斗の言葉に気を楽にしたレンは、結構マメに報告にやってくるらしい。
 ただ、食べ物目当てというよりは、街の仲間に危害や迷惑を加える余所者を追い出してもらいたいという気持ちが強いとのことだ。残飯を求めるのは5日に一度、あるかないかだと、店の主は感心していた。

「あのレン、っていう少年はスジがいい。さすが警保局長と同じ名前をしているだけある。いっそ雑魚の捕縛じゃなくて大物犯罪者の捜査を手伝わせたほうが良いんじゃないか」

 店の主の感嘆に、海斗は小さな笑みを浮かべる。

「またか・・・・・・あの子は俺が狙っている雑魚じゃなく、警保局が本気で追いかけている悪い奴を見つけ出すのがうまいからなぁ。というか、鮫ヶ橋に来る余所者のほうが怪しいのか」

「あんたも充分に怪しい野郎だろ」

「確かに、それは否定出来ないね。もしかしたら鮫ヶ橋じゃ俺が一番異端なのかも」

 そう言いながら海斗はレンが密告してきた内容を全て確かめた。今回も海斗が追いかけている社会主義者らしい者はいなかったが、他の仲間が追いかけている極端な農民運動の扇動者と、過激な国家主義者らしい者が鮫ヶ橋に入りこんだらしい。

「こう毎回有力な情報を持ってこられると、交換条件が残飯というのは何だか申し訳ないな」

「だろうと思ってちゃんとした折り詰めを渡している。勿論あんたのツケで」

 店の主の変な気の利かせ方に海斗は再び苦笑いを浮かべた。

「・・・・・・だよね。だけどこれ経費で落ちないだろうなぁ」

 海斗はやけに厳しい会計担当の顔を思い出しつつ書付を胸ポケットにしまい、店を後にした。



 海斗の正体は内務省警保局所属の特別高等警察巡査である。日比谷焼打事件を始めとする、一連の放火を行った社会主義者の捜索にあたっており、鮫ヶ橋への潜入捜査もその一環だ。そして芽衣子に近づいたのは単なる偶然――――――というか、鮫ヶ橋の娼妓をぐるりとあたってみて、どうせ抱くなら美人が良いと何の気なしに客になったのである。

 だが、それが海斗にとって良い方へ転がった。芽衣子が本当の弟妹のように世話をしている二人、特に弟のレンは頭の回転が早く、海斗の依頼通り鮫ヶ橋の外からやって来る怪しい人物の報告をしてくれる。
 更にレンから聞いた話では、そういう男らにリンが平然と話しかけるというのだ。元々かなり人懐っこく、別け隔てなく人と接するリンは、どんな相手の心も開いてしまうのだろう。そんなリンと相手の会話を聞き、『怪しい』と思った人物を、レンは見つけ出して報告してくるのだという。
 海斗としてはそう毎回怪しい人間が現れるとは思っていなかったが、以外にも『怪しい人物』は多く出入りするようだ。レンの報告の半分以上は高等警察、または一般警察が血眼になって追いかけている凶悪犯だった。

 そして何よりも海斗の脚を鮫ヶ橋に向けているのは芽衣子の存在だった。ぶっきらぼうを装いながら世話好きで、海斗が落ち込んでいる時などそれを敏感に察し、慰めてくれる。その一方、情事になると途端に奥手になる。
 以前遊女屋に売り飛ばされたと言っていたからそれなりの基礎は知っているが、芽衣子の手練手管にあざとさの欠片も見当たらなかった。むしろ海斗の愛撫に溺れないよう、娼妓として必死に耐えているところが初々しい。それは三ヶ月経った今もそれ程変わらず、ようやく海斗と身体を重ねあわせることに慣れてきた、といったところだろう。娼妓としては問題があるが、一日に二、三人も客を取れば何とか食いつないでいける鮫ヶ橋ではその程度でもどうにかなるのだろう。

「やっぱり間夫までいかないと、奥手なめーちゃんを完全に落とすのは無理かなぁ」

 職場の先輩に鍛えられ、それなりに妓遊びには自信があったし、仕事を忘れ、海斗に夢中になっている娼妓や芸妓も少なくない。そんなあまたいる水商売の妓達の中で芽衣子は異彩を放っていた。
 リンやレンから聞いた話、そしてふと見せる芽衣子の仕草から推測すると、ほぼ間違いなくそれなりに高貴な家柄の娘、又は厳しい教育を受けた娘に違いない。だが、普通の娼妓なら聞かれなくてもべらべら喋る自らの昔話を芽衣子は一切しない。それも海斗を惹きつける理由の一つだった。
 捜索願をそれとなく当たったところ、直近一年間に関しては芽衣子らしい人物を探している届けは出ていない。だが、芽衣子本人ではなく、芽衣子の母親――――――リンが漏らした話では、どうやら出入りの呉服屋の手代と駆け落ちしたらしい――――――を当たればもしかしたら芽衣子の出自が判るかもしれない。本当ならばじっくり腰を据えて調べたいところだが、如何せん今の海斗はあまりにも忙しすぎた。

「まずは鈴木と今川の二人を探しださないとな」

 海斗は思わず捜索中の社会主義者二人の名前を呟いてしまう。反政府組織に属している二人だが、どちらかと言うと下っ端で、放火以外に特に目立った犯罪を犯しているわけではない。はっきり言って雑魚扱いなのだが、一連の焼き討ち事件の実行犯なだけに警保局の管轄となってしまっているのである。

「やらかしていることなんて単なる放火だし、むしろ一般警察のほうが得意分野なんじゃないか?」

 捜索の度に疑問に思うが、上官命令には逆らえない。仕方なしに鮫ヶ橋を始め幾つかの貧民街を捜索しているが、ついつい芽衣子がいる鮫ヶ橋に足が伸びてしまうのは仕方ないだろう。それに二日目の放火は鮫ヶ橋近辺から始まっている。犯人が鮫ヶ橋かその近辺に潜んでいる可能性は極めて高いのだ。
 夜が深まるに連れ北風はますます強くなり、街灯が寂しく夜道を照らす。そんな寒空の下、海斗は今回の報告をするために職場への道を急いだ。



コンコン。

 警保局長室の扉がノックされる。それに気がついた警保局長・仲小路廉が入室の許可を与えた。

「始音海斗、入ります」

 若々しい美声とともに一礼すると、海斗は室内に入り、胸ポケットにしまいこんだ紙切れを仲小路の前に差し出した。その差し出された紙切れをじっと見つめた後、仲小路は海斗の顔を見上げる。

「・・・・・・今回も君にとっては『はずれ』のようだね、始音くん」

 端正な顔立ちに笑みを浮かべつつ、仲小路は海斗に慰めの言葉をかけた。

「警保局にとってはどれもありがたい情報だけど」

「それだけにたちが悪いんですよね。無視するには大きすぎる情報ばかりレンは持ってくる」

 苦さを含んだ海斗の言葉に、仲小路はクスクスと笑い出す。

「どうやら『レン』という名前はこの手の仕事向きなのかもしれないね」

「こっちとしては二人の『レン』に仕事を増やされるだけに厄介ですけどね」

 海斗はおどけながらぼやくと、不意に真顔になった。

「やはり、捜索範囲は広げたほうが良いのでしょうか?」

 すると、仲小路は海斗の提案に首を横に振った。

「その必要はないだろう。下手に管轄争いを起こしても厄介だし、普通の街中で何か事件を起こせば一般警察も黙っていない。やはり我々としては一般警察が入り込めない場所を捜索するしか無いが・・・・・・貧民街通いが辛いようなら捜査員を変えるが?」

「そ、それは大丈夫です!この件は俺が責任をもってやり遂げます!!」

 海斗は慌てて仲小路の申し出を断った。その顔は何故か赤い。その海斗の表情の変化に仲小路は意味深な笑みを浮かべる。

「ほぉ、なるほどね・・・・・・女、か?それともレンとかいう少年か?」

「ざ、戯れ言はお止めください局長!俺だって普通に女性に惚れますよ!」

 海斗は顔を赤らめながら仲小路に言い返す。すると不意に仲小路が大笑いをした。

「ははは!こんな初歩的なカマかけに君が引っかかるとはね!なるほど、君にも惚れた女ができたか!『氷華の君』の心を蕩けさせる女性がこの世にいるとは実に愉快だ!」

 その瞬間、海斗は耳まで真っ赤になる。

「き、局長!!」

「悪い悪い。休日返上で鮫ヶ橋に通い続けるくらいだから熱心だったから、まさかとは思ったが・・・・・・だけど、深入りはするなよ。君の身分に傷がつく」

 仲小路の低い声に、海斗ははっ、と我に返った。

「君のお父上も心配なさっている。いくら妾腹とはいえ、いい加減高等警察官のような危険な仕事は辞めさせたいと私にも言ってきた。色々複雑な事情があるのかもしれないが・・・・・・あまり親御さんに心配をかけないように、な」

 四民平等が唱えられるようになってから久しいが、貧民街の者達は四民外の存在なのだ――――――仲小路の言葉は、どこまでも非情な現実を海斗に突きつける。そんな仲小路の言葉に、海斗は顔を強張らせたまま頭を下げることしか出来なかった。





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ふらりと芽衣子のもとにやってくる男・海斗の正体は高等警察官の巡査でした\(^o^)/
日比谷焼打事件を始めとする、一連の焼き討ち事件の残党狩りといったところでしょうか。『食料』と引き換えにレンにも協力を要請しておりますが、レンが引き当てるのは無駄に大物犯罪者達ばかりで雑魚が引っかからずというwww
なお、レンに協力を頼んだのは男同士の気安さ&慎重な性格で口が固そう&それなりの好条件を示せば仕事をしてくれるだろうという思惑からだったと思われますが・・・うん、やはりどこかお坊ちゃん育ちというか、出会って初日に頼む仕事じゃないよな(-_-;)
実際海斗の出自には謎があるようですが、今のところは『警保局長にいちゃもんを付けられるほど高い身分or政府高官』が父親であるということ、そして庶子であるということだけが判明しているようです。そんな彼の出身についてはもう少し後で語ることになりそうですが・・・次回更新は一応12/29を予定、芽衣子sideの話になります(*^_^*)
(たぶん29日は何とかなりそうだと・・・もし難しいようでしたら前日までにお知らせをいたします)

あ、余談ですが、仲小路廉氏はこの当時、本当に警保局長だったお方です。レン君と名前被りでマジびっくりしました(@@)
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