「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第九話・小夜の決意・其の壹

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 幕府軍が逃げ去っていった京都は戦勝の賑わいに溢れていた。薩長の歩兵たちは我が物顔で街を闊歩し、元々長州びいきの多かった商人達はそんな彼らを歓迎し英雄扱いしている。
 身分の低い歩兵達でさえこのもてはやされぶりである。藩の公用駕籠などが通ろうものならば、それを追いかけるように大歓声が沸き上がり、まるで祭神輿の如きだ。本来ならば膝をつき、頭を下げなければならないところだが、上層部も予想以上の勝ち戦に浮かれていたのだろう。そんな庶民たちの騒ぎ振りを咎めるどころかむしろそれを推奨し、時には平民に扮装させた中間を『サクラ』として民衆に紛れ込ませ更なる賑わいを演出していたりしていた。

「・・・・・・浮かれてはるなぁ」

 そんな浮ついた様子を遠目に見つつ、伸吉はかわた村の入り口に当たる御霊神社の前を掃き掃除していた。年末年始はいつ戦が始まってもおかしくないとのことで、村の中はともかく、村周辺のお社の煤払いさえ出来なかったのだ。その非礼を神様へ詫びつつ、新年明けてからの煤払いをと、村人総出でかわた村へ続く道や入り口の御霊神社の掃除に勤しんでいた。

「小夜姉ちゃん!あまり無理せんといてや!」

 伸吉は刈り込まれた生け垣の周囲を掃き清めている小夜の背中に声をかける。十一月の半ばに村に帰ってきてから既に二ヶ月近く、その腹部は明らかにそれと判る膨らみを持ち始めていた。
 医者である父親の見立てだとたぶん四月か五月が産み月だろうとの事だった。ひどかったつわりも村に帰ってきてから十日程で収まり、至って順調だ。きっと監禁に近い妾囲いによる精神的苦痛がつわりをひどくしていたのだろう。

(新選組との関わりは悪い夢やったんや)

 ある意味、その元凶を追い出してくれた薩摩や長州の兵士達は伸吉にとって英雄そのものだ。だが、小夜にとっては違うらしい。幕府軍の敗北、そして江戸への撤退を聞いてから浮かない日が続いている。
 厄介者がいなくなってくれたのはありがたいが、大好きな姉が塞ぎこんでいるのは弟として心配だ。しかも今は妊娠中である。伸吉は何かと小夜を気遣いながら事あるごとに声をかけていたが、姉の様子が変わることはなかった。



(あれ?これは?)

 刈り込まれ、すっきりとした南天の灌木の奥の方に、何か結び文のようなものが括りつけられていることに小夜は気がついた。
 それは昔、小夜が愛しい男と連絡を取る際よく行っていた方法だ。特に伸吉がやきもちを焼くようになってからは、他人が簡単に取れないよう、棘のある南天の木の奥に括りつけるようにしていた。最初こそその痛みに苦労したが、そのうち片手で結び文を結びつける方法も覚え、本人同士が手紙をやり取りする際は必ずこの場所へ手紙を括りつけていたものである。
 だが、それは三年以上も昔の話であり、その頃の手紙が残っているとは到底思えない。もしかしたら自分達のような恋人同士が括りつけたのか・・・・・・そう思いつつも、好奇心に勝てず、小夜はその結び文を取った。もし他の人宛だったらまた結び直しておけば良い――――――そう思って手紙を開いた瞬間、小夜は息を呑む。

「総司・・・・・・はん」

 そこに書かれていたのは総司の名前であった。結び文そのものはだいぶ傷んではいたが、半年は経っていなさそうだ。もしかしたら一、二ヶ月くらいしか経過していないかもしれない。となると小夜が村に逃げ帰ってきた後のものか――――――そこにはただ一言、こう書かれてあった。

「小夜、もう一度だけあなたに逢いたい  総司」

 それは、小夜を休息所に囲った頃の情熱的な沖田の言葉ではない。出会った頃、そして九条河原で再会した後、御霊神社で逢瀬を重ねていた初々しい青年の言葉だった。相手に迷惑になるようなことはしたくない、だけど己の気持ちも抑えきれない――――――その心のせめぎ合いがかいま見える一言だ。
 新選組の副長助勤、そして近藤局長の護刀とまで言われる男とは思えぬ、奥手で控えめな沖田総司という男に小夜は惚れたのだ――――――小夜は心の底から湧き上がる熱い想いと共にぎゅっ、とその手紙を握りしめる。その直後、弟の伸吉が声をかけてきた。

「小夜姉ちゃん、そろそろ終わりにしよか?」

 弟の、姉を気遣う声に小夜ははっ、と我に返った。

「そ、そやな。だいぶ綺麗になったし、これやったら神様も許してくれはるでしょ」

 小夜は姉の顔で振り向き、笑顔を見せる。だが、沖田からの手紙を握りしめた左手は、忘れかけていた恋の熾火に炙られたように熱を帯び始めていた。



 官軍となった薩長軍は、まずは西日本を中心に足場固めを進め始めた。倒幕軍と佐幕派諸藩との間では福山藩を除きほとんど戦闘が起きず、諸藩は次々と倒幕軍に降伏、協力を申し出た。
 また、東海地方および北陸地方では尾張藩が勤皇誘引使を諸藩代官へ送り、勤皇証書を出させて日和見的立場から中立化させることに成功する。
 それ故、ほとんど無傷のまま倒幕軍は力を蓄えることが出来、夏場の江戸攻めを目指し着々と準備を進めていた。

 そんな雲の上のことなど知る由もない小夜だったが、京都を制圧した薩長軍がじきに江戸へ攻めていくに違いないということだけは理解していた。そして戦争になれば新選組は間違いなく先陣を任されることになるだろう。もし戦場に立つことになれば命を落とすことも充分に考えられる。だが沖田の場合、戦場に立てなくても命を落としかねない危険があるのだ。
 斎藤にかわた村まで送ってもらった際、沖田は刀が握れないくらい弱っていると聞かされていた。その言葉が真実だと思い知らされるほど、結び文の文字は弱々しい。だが、この一言を伝えんがために沖田は御霊神社まで来てくれたのだ。少なくとも、南天の木の、あんな奥に結び文を結びつけるのは沖田しかいない。

「うちも・・・・・・逢いたい」

 だが、これから戦争が起こるかもしれない江戸に向かうのは極めて危険だ。しかも小夜は身重である。夏にも子供が生まれるであろう小夜の江戸行を家族や仲間が許してくれないことは明白だ。しかしそれでも小夜は沖田に逢いたいと切に願う。

「・・・・・・お父ちゃんに頼んで、許しをもらおう。それでもし反対されたら・・・・・・みんなに悪いけど、こっそり江戸に行こう」

 全てを投げ打っても沖田ともう一度逢いたい――――――小夜は心の中で覚悟を決めると、伸吉と共に村へと帰っていった。



 自宅に帰ったは良いが小夜は己の決意を父親に言いあぐねていた。だいぶ大きくなったとはいえ弟妹達にはまだまだ母親代わりの小夜が必要だろう。そして医者の父親の片腕としての仕事もほったらかしにすることは出来ない。全てを捨て去って沖田の許へ行くには己が背負っているものはあまりにも重すぎるのだ。家に帰ってきた途端、それを改めて思い知らされる。

(ほんまに・・・・・・総司はんが囲ってくれはっていた時は、好き勝手やらせてもらってたんやなぁ)

 父親の仕事の手伝いがあればそれを理解してくれていたし、弟妹達が休息所にやってきても嫌な顔をセず、むしろ小夜の勉強の邪魔をさせないようにと沖田が弟妹達の相手をしてくれていた。沖田だって激務で疲れ果てていただろうにそのような様子を一切見せずに、小夜の負担を減らしていてくれていたのだ――――――今になってそのありがたさが身にしみる。

 だからこそ、刀を持てなくなってしまったと言われるほど弱ってしまった沖田の傍に駆けつけたいのだが、父親にその許しを得る勇気さえ小夜には無い。情けなさに唇を噛み締めたその時、小夜の父親が声をかけてきた。

「小夜、どないした?浮かない顔をして」

 穏やかな父親の笑みはどこまでも自愛に満ちている。その穏やかさ、優しさはどこか沖田を髣髴とさせる。狡くはあるが、その優しさに賭けてみようと小夜は意を決して口を開いた。

「お父ちゃん・・・・・・お願いどす!江戸に行く許しをください!」

 叫ぶようにそう言うと、小夜は父親に向かって深々と頭を下げる。そんな小夜を父親はじっと見つめた。いっそ頭ごなしに怒鳴りつけられればその勢いで飛び出すこともできるが、父親はだた黙って小夜を見つめるばかりだ。ジリジリとした、重苦しい沈黙が二人の間を流れていく。

「・・・・・・江戸、というか沖田センセのところやな?」

 確認するようなその言葉に、小夜は頭を下げたまま小さく頷いた。

「うちが・・・・・・江戸に着く頃にはもう、総司はんは生きておらへんかもしれません。せやけど、もし生きてはったら、少しでも恩返しを・・・・・・」

「行っておいで。小夜」

 父親の、思わぬ言葉に小夜は思わず父親の顔を見上げる。

「お、とう・・・・・・ちゃん?」

 まだ信じられぬと驚きの表情を浮かべる小夜に、父親は噛んで含めるように、穏やかに語り始めた。

「子供の頃から我儘一つ言わなかったお前の、唯一の我儘が沖田センセに関することやもんな。それに沖田センセもお前をただのおなごとしてではなく、医者としての才能も認めてくれはった稀有なお方や。うちらのような身分のモンが望んではいけないお方やけど・・・・・・せめてその御恩を少しでも返すということであればええやろ」

 その直後、父親は不意に真顔になる。

「せやけど、小夜。お前が行くところは戦場になるかもしれん。腹の中の子共々、生きてここへは戻ってこれへんと、そらだけは覚悟しぃ」

 叱るでもない、だが重々しい父親のその一言に、小夜は真剣な面持ちで深く頷いた。




UP DATE 2015.12.19

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江戸で沖田が引きこもりニート状態になっている丁度その頃、京都ではヨメが大きな決断をしておりました(๑•̀ㅂ•́)و✧
きっと結び文は沖田がほぼ夢遊病状態でこの近辺をうろついていた時にでも付けていたのでしょう。未練がましいというか女々しいというか(^_^;)それでもそれを許してくれ、なおかつ江戸にまで向かおうとする小夜は正に『割れ鍋に綴じ蓋』なのでしょうねぇwww
更に説得が難しいと思われていた父親ですが、意外とあっさり認めてくれました。これは娘を単なる『おなご』ではなく、その才能も認め、仕事をすることに理解を示していた総司を信頼してのことでしょう。今現在は布団をかぶった引きこもりですが/(^o^)\

次回更新は12/26、今年最後の『夏虫』は、小夜の江戸行きになります♪
(身分が身分ですからねぇ、まともに五街道なんか通りませんよ( ̄ー ̄)ニヤリ因みに箱根の山も裏ワザで通します♪←出女には厳しかった箱根関所ですが、入女はウエルカム状態だったので。色々入り方はあったようです(*^_^*))
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