「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

年の瀬挨拶・後編~天保七年十二月の日常

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 山田道場の年末は、他の武家とはまた違った忙しさがある。その第一が仕事納めならぬ『仕置納め』であろう。今年の罪は年内に処断し、新たな年を迎えたいという思いがあるからなのか、年末には下手人、死罪の執行がまとめて行われる。そしてそれが終わったら普段行われる打ち上げもせず、そのまま道場の煤払いだ。これは五代目からの習慣らしく、『今年の厄介事はまとめて済ませてしまい、後は新年を迎えるだけにしよう』との考えからこうなったらしい。極めて慌ただしい予定になるが、門弟たちは誰一人文句を言わず、この習慣に従っている。尤も藩の仕事があったり、年末の挨拶巡りで多忙な彼らだ。仕置納めと煤払いをまとめてもらったほうがありがたいというのが本音なのかもしれない。ただ、普段から掃除が行き届いている山田道場なので、煤払いと言っても普段の掃除とそう変わらないのは余談である。
 そして煤払いが終わったら一気に正月準備だ。『苦立て』を忌み嫌う門松だけは煤払いのついでに立てるが、それ以外の輪飾り、しめ縄などは翌日に飾る。そして大晦日には新年、床の間に飾る松竹梅の準備をし、新年に備えるのだ。
 そんな正月準備をしているのは、煤払いを免除された五三郎、芳太郎、猶次郎の中堅門弟の三人だった。

「しっかしよぉ。何で鉈ってこう扱いにくいかな?畜生、また失敗しやがった!」

 五三郎がなたで竹を割りながらぼやく。その足元には何本もの斜めに切られた竹が転がっていた。どうやら門松用の竹を切っているらしいのだが、切る角度が微妙にずれてしまうようなのだ。その為、何度もやり直しているのだが、試し切りとは勝手が違うらしく何度も失敗を繰り返していた。

「いちいち鉈でなんて面倒くさぇよな。刀で斬りゃ一発なのによ」

「兄様、それは駄目ですよ!」

 五三郎の呟きを、通りすがりに聞きとがめた幸が窘める。

「刀は人を斬るもの、神様をお迎えするお飾りの竹を斬るものじゃありません!」

「解ってるさ、そんなこと。しかしなかなか上手く切れねぇんだよな」

 そんあ門松飾り作りに苦戦している五三郎の横では、芳太郎が器用に輪飾り用の縄をなっていた。正月飾り作りを始める前は『百姓みたいだ』と縄綯いを避けた五三郎だが、こう芳太郎が手際よく仕事をこなしていくところを見ると、選択を間違えたかなと後悔する。

「おめぇは昔からそういうことは器用にこなすよな、芳太郎」

 五三郎は門松作りの手を休め、芳太郎に近づく。それに気がついた芳太郎だが、それでも手を休めようとはせず縄をなっている。

「別に難しいことはないさ。柄巻きとそう変わらないだろ?」

「いや、藁はチクチクするし、色々と扱いにくいだろ。それをここまで器用になうんだからなぁ。もしかしてお縫さんの髪も時々結ってるんじゃないだろうな?」

 冗談八割で五三郎は芳太郎をからかう。そもそも男の髪は男が、女の髪は女が結うものだ。というか、基本的に自分の髪は自分で結うべきだと教育されているはずだし、縫ほどきちんとした妻なら芳太郎に髪を結わせることはないだろう。
 だからこその五三郎の冗談だったが、それを口にした途端、何と芳太郎は顔を真赤にして口篭ってしまったのだ。

「おい、もしかして・・・・・・」

 嫌な予感を覚え、五三郎は眉間に皺を寄せながら芳太郎に迫る。すると芳太郎は縄をなう手を止め、思わず身体を引いた。

「いや、いくら何でも毎日じゃないからな!一日中家の中にいる雨の日ぐらいだ。そもそも縫の、もとい妻の髪はやたら多くて、雨の日は一人じゃ手に負えなくなるんだ。だから・・・・・・」

「へぇ、一丁前に『縫』なんて呼び捨てかぁ。偉くなったもんだよな、『旦那様』」

 五三郎は芳太郎の弱みを握ったとばかりに、にやりと笑う。

「でもたまにお縫さんの結うのを手伝っているのは事実なんだ」

 茹で蛸のように真っ赤になった芳太郎の顔を覗き込み、ニヤニヤと笑う五三郎に対し、さすがに我慢ならなくなったのか芳太郎が反論する。

「お、お前だってたまにお幸さんの髪を結ってるじゃないか!だったらあの大変さは判るだろう?」

 芳太郎のその指摘に五三郎は言葉を詰まらせた。確かに幸の髪を時折結っているのは事実だ。急にしどろもどろになりつつも、五三郎は苦しい言い訳をする。

「ま、まぁな。だけどお幸はガキの頃から俺が子守をしていたからその流れで、っていうものがあるんだよ!だけどおめぇは違うだろ?むしろお縫さんに寝小便の世話をしてもらった口だろうが」

「それは二十年以上も前の話だ!お前だって酔っ払った時にお幸さんに面倒を見てもらっているだろうが」

 どっちもどっちの、不毛の言い争いが始まる。だが、今は神聖な正月飾りを作っている最中だ。いつまでもこんなことをしているわけにも行かないと、猶次郎が間に割って入る。

「要は二人共ご新造はんにはには弱い、ってことやろ?ごちそうさん。わては一人膝を抱えて寝てますわ」

 要はのろけを言っているだけだろう――――――暗に猶次郎に指摘された二人は、そのまま黙りこみ、再び正月飾りづくりを始めた。



 すんなり、とはいかないまでも正月飾りを作り終え、それぞれの場所にしめ飾りや正月 飾りを飾り付けた。そして六代目が用意した大小にも輪飾りが飾られ準備は万端だである。

「あとは明日の生花とおせちくらいか。『おなます』はもちろん出るんだろ?」

 一通りの正月準備を終えた後、五三郎が幸に尋ねる。

「当たり前です。あれは山田家代々の縁起物ですから。兄様、本当にあれ好きですよね。普段も似たようなものはお膳に出しているのに」

 年に一度の『特別な料理』を期待する五三郎に、幸が苦笑いを浮かべた。どの家にも『特別なおせち』はあるものだが、それは山田家も例外ではない。それが『おなます』である。
 それは大根おろしに人参をちょっとだけあしらい、二つの山に盛ったごく普通のものなのだが、山田家の場合それに大小の田作を挿すのだ。これは男女を象ったものだと代々伝わっているのだが、五三郎はその挿された田作りを好むのだ。どうやら大根おろしですっきりした味になった田作りが好みのようで、子供の時など別個に盛られた田作を『おなます』に挿しまくり父である五左衛門に正月早々げんこつで殴られたこともある。
 それ以来、五三郎の膳に煮付けた小魚が乗る際は大根おろしを付けるようにしているのだが、やはり正月の『おなます』とは違うらしい。

「普段のももちろん旨えよ。だけど年に一回の『おなます』はまた別なんだよ。親父の目が黒いうちは田作をぶっ刺すわけにゃいかねぇけどよ」

 そんな話をしながら、幸は納戸から出してきた生け花用の花台と薄端を床の間に飾りつけた。これに正月一日は松を、二日に竹を、そして三日に梅をそれぞれ活けるのが山田家の習慣である。

「そいつが床の間に飾られると正月も間近、って思うよな」

 白磁の薄端を見つめながら五三郎がしみじみと呟く。

「ええ、そうですね。というか、これを出したらすぐにお餅つきが待ってますからね。兄様はそちらが目当てでしょう?」

「ちっ。ばれてやがる」

 五三郎の言葉に幸がクスッ、と笑う。例年と変わらぬ年末だが、来年には二人の関係は夫婦になっているのだ。それに気がついた五三郎は、床の間を見つめている幸の横顔を盗み見る。

(何か、不思議だよなぁ)

 今までも、これからも互いの横にいることに変わりはない。だがその関係は歳と共に変わってゆくのだ。繰り返しに見えながら確実に何かが変わっていく。それが歳を重ねるということなのかもしれない。

(変わらねぇものなんて、ありゃしねぇもんな)

 だが、その変化さえ今の五三郎にとっては希望でしか無い。あと二日で来る新春に思いを馳せながら、五三郎はつかの間の休息を噛み締めていた。



UP DATE 2015.12.16

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年の瀬挨拶・後編です(*^_^*)前編が人間&近所の氏神様への挨拶だとすれば、後編は家に来てくださったり既に家を守ってくださっている神様へのご挨拶といったところでしょうか(*´∀`*)
幕府の仕事にそれぞれの藩の仕事、更には山田道場門弟としてのあいさつ回りなど多忙を極める彼らにとって、二十八日午後というか夕方から三十日(旧暦には31日はありませんので。ひどい時は30日も無かったりしますwww)までが、道場の正月準備のために与えられた時間となります。そう考えると極めて短い時間しか与えられていないように思えますが、死体を扱う仕事柄、近所迷惑にならないよう普段から掃除は徹底しているでしょうし、おせち作りなどは女達が行っていますから、彼らがするのは簡単な掃除&正月飾り作りくらいですかねぇ。それさえも苦労しているようです(^_^;)本当は竹を縦に並べて袈裟懸けに斬っていったほうが綺麗に角度が揃うんでしょうけどねぇ・・・でも刀の穢をお正月飾りに移しちゃ行けませんからそれは不可能ですwww
(将軍家のイベントでも、試し切り後の刀が必要となる場合、精進潔斎帰還として一ヶ月間を開けるそうです。それだけ昔の方は穢を忌み嫌っていたのでしょうね(´・ω・`))

これにて今年の『紅柊』の掲載は終了となります。次週23日は新拍手文シリーズの開始、30日は年末年始休みを頂きます。そして一月の『紅柊』は6日からとなります。一応予定としては一月か2月に猶次郎主役の話を書きたいと思っているのですが・・・今年一年厄年だった猶次郎に、そろそろ恋人か許嫁ができてもいい頃合いじゃないかと(^_^;)それか芳太郎の姫始めか・・・3月には五三郎と幸の結婚が控えていますので、それに合わせた仲間の話を書いていきたいな~と目論んでおります(*^_^*)

今年一年『紅柊』をご贔屓してくださった皆様、本当にありがとうございます(*^_^*)来年も更に活躍させますので宜しかったら来年もお付き合いのほどよろしくお願いしますm(_ _)m
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