「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第八話・建寅月の逃避行・其の肆

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 一月十六日、それは新春とはいえかなり寒い日だった。近藤と土方は幕府の命令により江戸城へと登城していた。多くの武士達がいきかう虎の門をくぐり抜け、近藤は思わず感嘆の声を挙げる。

「まさか、こんな日が来るとはな」

 遠くそびえ立つ江戸城を、近藤は感慨深げに見つめる。武士になりたいと願ってはいたが、まさか登城まで叶うとは夢にも思っていなかった。だがその登城は鳥羽・伏見における敗戦の報告であり、その点に関してはやるせなさを感じる。
 そんな近藤の複雑な胸の内を感じたのか、土方は気合を入れるように近藤の背中を少し強めに叩いた。

「近藤さん。あんたは旗本なんだぜ。もっと堂々としてりゃあいいんだよ!」

 土方としては傷に触れぬように叩いたつもりだったが、どうやら傷に響いてしまったらしい。近藤はいたた、と悲鳴を上げる。

「ははっ、怪我人に対して厳しいな、歳は」

 だが、落ち込みそうになる近藤の気持ちを引き立ててくれているのもまた事実だ。近藤は土方の心遣いに感謝しながら江戸城へと向かった。



 江戸城に入ると、すぐさま二人は老中がいる御用部屋へ通され、老中の板倉勝静と酒井忠惇に簡単な戦況説明をした。そして御用部屋から出ると、すぐさま一人の男が近藤と土方に声をかけてきた。

「不躾、失礼仕ります。それがし、依田と申します。実は藩命によって鳥羽・伏見での戦況の聞き取りをしているのですが、よろしかったらお話を伺うことは出来ますでしょうか」

 息を切らせて頼み込む武士に、土方は胡散臭気な視線を投げかける。『藩命』と言いつつその藩の名前さえ明かさず、しかも老中が詰めている御用部屋の前まで押しかけてくるとはあまりにも常識がなさすぎる。土方はわざと冷ややかな口調で依田という男に質問する。

「藩命、とのことですが、どちらの藩でしょうか?」

 すると、男はようやく自分が出自を名乗っていないことに気が付き赤面した。

「さ、佐倉藩です。申し訳ない・・・・・・我々は江戸を護るだけで精一杯で、鳥羽・伏見まで出陣していないのです。なので少しでも多くの情報を集め、これからの戦いに備えようと・・・・・・」

 それを聞いて近藤は深くうなずいた。

「そうでしたか。しかし私自身も怪我で出陣はしておりませんので・・・・・・土方の話で宜しいでしょうか?」

「それはとてもありがたいです!ぜひともよろしくお願いします。」

 依田はようやくほっとした笑顔を見せ、深々と頭を下げた。



 三人は廊下を歩いていた茶坊主を捕まえると、いくばくかの金銭を渡し、空いている小部屋へと案内してもらった。平時ならいくら大金を積んでも、新選組や陪臣など鼻であしらうであろう連中だ。それがすんなりと小部屋に案内することに、三人は尋常ならざることが起こっていると改めて痛感する。

「依田さん。もう、槍や刀の時代は終わった――――――今や砲撃戦の時代だ。もしこれからを考えるのなら、戦闘員全てに銃を持たせるようにするべきだ」

 土方は開口一番、悔しげに呻いた。

「飛び道具の重要性は、俺達も頭では理解していた。だけど新選組は手配が遅れ、隊士達に銃を与えてやれなかった。そのせいで・・・・・・」

 土方の言葉がそこで途切れる。思い出すだけで悔しさが溢れ出るのだろう。それを依田は黙ったままじっと見つめる。

「・・・・・・佐倉藩は大丈夫だとは思うが、奴らが江戸に攻め込んでくる前に銃器や大砲はしっかり用意しておいたほうが良いぜ。でなけりゃ大事な藩士を失うことになりかねねぇ」

 言葉数こそ少ないが、それだけに土方の言葉は重く依田にのしかかる。依田は膝の上に置いた拳をぎゅっ、と握り締めると土方をまっすぐに見つめる。

「ご忠告、胸に刻ませていただきます。藩邸に帰りましたら早速殿や家老にこの旨を報告いたします」

 鳥羽・伏見の戦いに参加していなかった依田にとって、最前線で戦っていた新選組の話は刺激が強すぎたのだろう。顔面蒼白になって唇を噛み締めていた。

「ああ、その方がいい。一対一の白刃戦なら武士の教示も保たれるが、流れ弾に当たって死んじまったなんて言ったらただの犬死だ。俺達はそれで・・・・・・昔からの同志を、いや頼りがいのある先輩を亡くしちまった」

 涙こそ見せはしなかったが、依田には土方のその声がこころなしか湿って聞こえた。



 近藤と土方が江戸城に登城している頃、沖田は釜屋の二階にある部屋に隅で横になっていた。障子越しに差し込む柔らかな新春の陽光に、穏やかに繰り返す波の音。仄かに香る潮の香も江戸に帰ってきたことを実感させるが、今の沖田にはそれさえも煩わしい。少しでも周囲の雑音から逃れようと沖田は布団を頭から被り、体を丸める。

(・・・・・・うるさいなぁ)

 特に沖田の神経を逆なでするのは、部屋の中で語り合う隊士の声や往来を行き交う旅人の声、客引きの女達の威勢のよい声に漁師か棒手振りの商売がらみの声―――――――全ての人間の声だ。なまじ意味があるだけに、人間の声は厄介なのである。
 元々体調を崩してからその傾向は見え隠れしていたが、江戸に帰ってきてからそれが顕著に現れていた。もしかしたら他に心配事が無くなったせいで、周囲の些細な音でさえ気になりだしたのかもしれない。

「沖田さん、起きているか?」

 布団を頭まですっぽり被って寝ている沖田に誰かが声をかけてくる。だが、布団を頭からすっぽり被ってはいても、沖田にはその声の主が誰であるか判った。

「・・・・・・ええ、起きてますよ。斎藤さん」

 沖田は声の方に寝返りを打つと、しぶしぶ布団から顔を出す。すると斎藤は何故かほっとしたほうな表情を浮かべ、手にしていた盆を沖田の枕元に置いた。

「せめていびきでもかいていてくれたら生きてるって判るが・・・・・・あんたの寝方は静かすぎる。平隊士達が心配して俺に声をかけろと訴えてきた」

 冗談か本気か判らない言葉を放ちながら、斎藤は沖田に盆に乗せてあった白湯を勧める。

「昨日の晩はうなされていたようだからな。のどが渇いているだろう?」

 斎藤に指摘され、沖田は初めて自分が喉が渇いていることに気がついた。沖田は上体を起こすと、ゆっくりと白湯を口の中に流しこむ。その味は何故か砂糖でも入っているかのように甘く感じられた。

「このお白湯・・・・・・お砂糖なんか入れてませんよね?」

「ああ、ただの白湯だ。それだけ喉が渇いたいたんだろう」

 斎藤は表情一つ動かさず、更に低く、小さな声で語りかけた。

「昨日の晩、お小夜の名を何度も口にしていたが、何か悪い夢でも見たのか?」

 斎藤の指摘に、沖田の頬は赤くなり、苦笑いを浮かべる。

「うわぁ、そうなんですか?・・・・・・未練がましいですね、私。小夜と縁を切ってから既に一年以上も経つのに」

「それだけ沖田さんにとって必要な女だったんだろ。女房に先立たれて二十年、三十年と後妻を娶らぬ男もいるんだ。一年、二年じゃ未練を断つなんて難しいさ」

 斎藤のその言葉に、沖田は何か含まれたものを感じる。

「斎藤さんにもいらっしゃるんですか、そんな人が」

「いたらとっくに嫁にしているか、新選組には入っていないだろうな。所帯を持つには新選組は過酷すぎる」

「確かに・・・・・・そうかもしれません」

 そもそも結婚が許されていたのは幹部だけ、妻帯者も妻子を遠く後に残したまま京都で任務にあたっていた。そしてその幹部たちも妻子を京都に残し江戸に逃げ帰っているのだ。平凡な幸せなど望んではいけないのだ――――――沖田は自嘲的に笑う。

「私は、ただ近藤先生に仕えていたかっただけなんですけどね」

 そう呟くと沖田は障子を開ける。冷たい空気が部屋に流れ込み、濃い潮の香りが沖田を包み込んだ。

「変な話ですけど・・・・・・浪速の海とは香りが違いますよね、江戸の海は」

 そしてその香りは二度と過去には戻れない事を沖田に突きつける。冷たい新春の空気に刺激されたのか、それとも二度と戻れぬ過去の幸せを思ったから七日、沖田の目からぽろり、と一粒涙がこぼれ落ちた。



 どんな権力を持とうが、金品を持とうが過去に戻ることは不可能である。だが、人は未来を切り開くことならできるのだ。
 その未来を切り開こうと動き出した者が京都・かわた村にいることを、釜屋で寝込んでいる沖田は知る由もなかった。




UP DATE 2015.12.12

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諸々の事情により二週間ぶりの『夏虫』です(^_^;)そして近藤局長初めての江戸城登城ヽ(=´▽`=)ノ
本来なら誉れ高い出来事なんでしょうが、何せ登城理由が鳥羽伏見の戦況報告・・・負け戦の報告ですからねぇ。心中複雑なものがあったでしょう。そして戦況を知りたがったのは幕府だけではなく、戦争に参加していなかったその他の藩も同様だったようです。
今回も佐倉藩の依田こと依田學海が登場いたしましたが、何故江戸城内で彼が新選組の話を聞き出したのか・・・やはり情報収集のためだったと思うんですよねぇ。実際新選組は戦争の最前線にいましたし、貴重な話が聞けると思ったのでしょう。
(なお御用部屋近くまで・・・というのは私のフィクションです^^)

その一方、沖田は心の病が進んでしまっているようです。昼間っから布団を頭からかぶって・・・重度の引きこもり状態でしょうか。外部の刺激から遮るものが布団しか無いというのはかなりきつい状態だと思われます。そんな総司を斎藤は心配して声をかけてくれていますが・・・現時点ではこれが限度でしょうね(´・ω・`)

江戸では重苦しい空気が流れておりますが、京都の片隅でその八方塞がりを打破しようとする動きが始まります。次回更新は12/19、舞台は一旦京都に戻ります(#^.^#)
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