「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

年の瀬挨拶・前編~天保七年十二月の日常

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 年も押し迫った十二月二十四日、ようやく年末の挨拶回りから開放された五三郎は山田道場へ戻るやいなや東の座敷、通称『酔っぱらい部屋』へと転がり込んだ。その顔色は酒が回りすぎてむしろ蒼白、かなりまずい状態と言っていいだろう。案の定酔っ払い部屋に入ってすぐ吐き気に襲われた五三郎は、濡れ縁に這い出し胃の腑の中の物を吐き出してしまった。そして暫く濡れ縁でうずくまっていた後、手水鉢で口を濯ぎ、酔っぱらい部屋に戻ってくる。

「やっと・・・・・・今年の挨拶回りが終わった・・・・・・」

 まるで瀕死の病人のように、息も絶え絶えになりながら五三郎が呟く。それ程までに今年の挨拶回りは、五三郎にとって過酷だった。
 来春幸と結婚するという報告も兼ねての挨拶回りなだけに、行く先々は皆有力大名や実力派旗本ばかり。一切気が抜けない相手に酒を勧められては断るに断れない。勧められた酒を全てを飲み干し、相手に失礼がないように気を張っていればさすがに神経をすり減らす。唯一の例外は吉昌と親交があり、道場にもしょっちゅう顔を出している川路聖謨くらいだろう。五三郎の顔色を見た瞬間、川路は『白湯を持ってきてやれ』と小姓に命じたほどだ。それくらい五三郎の状況はひどかった。

「兄様、大丈夫ですか?」

 五三郎が酔っ払い部屋に戻ってきたのを見計らい、幸が湯冷ましと渋茶、そして蜜柑を持って酔っ払い部屋へと入ってくる。五三郎に限らず、大名や旗本達によって潰された門弟が年末年始に必ず入るのがこの部屋だ。それだけに幸の酔っぱらいの扱いもかなり慣れたものである。

「兄様は気を使い過ぎなんですよ。適当にお茶を濁せばいいのに」

 呆れたように肩をすくめつつ、幸が湯冷ましを五三郎に差し出す。だが、五三郎は一旦それを拒絶すると、再び濡れ縁へと張って出ていってしまった。

「男がそれで済むわけねぇだろ・・・・・・おえっぷ」

 再び吐き気を覚えた五三郎は四つん這いで庭に顔を出すと、そのまま吐く。滅多に悪酔いしない五三郎がここまで酔っているということは相当飲まされたのだろう。

「・・・・・・新年の挨拶回りはもう少し考えてくださいね」

 近くの手水鉢で口を濯ぐ五三郎の背中に声をかけつつ、幸は盆を床においた。

「蜜柑の皮、剥いておきます?」

「・・・・・・ああ、頼む」

 まだ吐き気を覚えるのか、なかなか部屋の中に戻ってこない五三郎が濡れ縁から返事をする。それに対し、幸は返事をしながら蜜柑の皮を剥き始めた。

「明日は特に挨拶回りは無いんですよね、兄様?」

 手持ち無沙汰に蜜柑の筋を丁寧に取りつつ、幸は五三郎に尋ねる。

「おう。今日の酒井様のところで終いだ」

 山田道場では年末の挨拶回りは二十四日までに終わらせるのが通例だ。そして二十五日から二十七日までは万が一のための予備日で、二十八日に牢屋敷における仕事納めがある。その『今年最後の仕置』が終われば一気に正月準備へ突入だ。

「じゃあ、私に付き合ってもらえません?天神様への今年最後のご挨拶に」

 酒酔いの頭に響かぬよう、柔らかな声音で五三郎にねだる幸の声に、五三郎はあることに気がついた。

「そ、っか。平河天神の歳の市が明日からか・・・・・・今年は特に早い気がするぜ」

 五三郎は濡れ縁から戻ってくると、幸が剥いてくれた蜜柑を口の中に放り込んだ。いつになく過酷な年末挨拶がそう感じさせるのだろうか。師走の慌ただしささえ感じること無く新年を迎えようとしている。蜜柑の甘酸っぱさと共にようやく日常の感覚を取り戻した五三郎は、苦笑いを浮かべながら渋茶を受け取った。

「確かにそれは感じますね。だからせめて明日くらいはゆっくりしてください。って言っても兄様には荷物運びをお願いしちゃうんですけど」

「天神様の荷物運びなら願ったり叶ったりだ。それと来年からよろしく頼む、って挨拶参りもしておかなきゃいけねぇな」

 来年の春には五三郎も平河天神の氏子なのだ。元々馴染みの深い天神様だが、更にその馴染み方も深くなる。ある意味どの大名達に対してよりも大事な挨拶回りだ。五三郎はひんやりした冬の空気を吸い込みつつ、渋茶をすすった。



 翌日の昼過ぎ、五三郎と幸は連れ立って平河天神の歳の市へと繰り出した。 いつも参拝客で賑わっている平河天神だが、歳の市があるこの日は特に人の出が多い。こんな時は掏摸も多くなるからと、幸と五三郎は必要最低限の金銭だけを懐に平河天神へと繰り出した。

「不景気でもここは相変わらず繁盛しているよな。むしろ不景気ゆえの神頼み、か」

 人混みに流されぬよう幸の肩を抱きかかえながら五三郎は呟く。掏摸対策として簪も挿していない幸の頭が五三郎の頬に触れ、幸は慌てふためく。

「ち、ちょっと兄様。いくら人混みと言っても近すぎやしませんか?」

 混んでいるとはいえ、流石に人前で肩を抱き、ここまで密着するのは如何なものかと幸が抗議をするが、五三郎は取り合わない。

「祝言前におめぇに何かあったらどうするんだ?婿入りする方の身にもなってみろ」

 冗談めかしながらそう言うが、言った傍から五三郎の耳が赤くなる。それは寒さのせいばかりとも言えないようだ。どうやら五三郎も自分の行為に照れているらしい――――――それに気がついた幸が思わず吹き出した。

「兄様、耳真っ赤」

 幸は五三郎の耳朶を摘みながらはしゃぐ。それはまるで五歳の子供のようだ。

「う、うるせぇ!さっさとお参りして買い出しを済ませるぞ!」

 いつの間にか首筋まで真っ赤になってしまった五三郎は、それでも幸の肩を抱えたまま拝殿へと向かった。



 混雑の中、ようやく参拝を済ませると、五三郎と幸は正月飾りの材料を買うため馴染みの出店へ顔を出した。出来合いの正月飾りも多く売っているのだが、山田家には山田家の特殊な正月飾りがある。それ故材料だけを平河天神から譲り受け、飾りそのものは自分達で作るのである。
 そんな目的で出店に来た二人だったが、そこにはいつもいる作造はおらず、その孫と思しき年齢の青年が店番をしていた。

「あれ?作造じいさんはどうしたんだ?便所にでも行っているのか?」

 五三郎が尋ねると、店番の青年は少し困ったような表情を浮かべ頭を掻いた。

「すみません、祖父はここ数日の寒さが祟ってか、ちょっと体調を崩して寝込んじまったんですよ。でも山田様のお飾りの分はきちんと祖父がまとめておきましたのでご安心を」

「そうか、ありがとうよ。しかし作造じいさんはちょっと心配だよな」

 五三郎は心の底から心配そうな表情を浮かべる。

「何せ作造じいさんは俺の親父と三つしか歳が違わないからよ。あの歳になると、元気だと言いつつあちらこちらにガタが来るもんな」

「ええ、まったく。そのくせやたら元気振って周囲がハラハラするんです」

 五三郎の愚痴に青年も深く頷く。お互い元気すぎる年寄りにほとほと手を焼いているのだろう。

「ちょっと兄様。作造さんだけじゃなく五左衛門先生まで年寄り扱いして」

 さすがに幸はたしなめに入るが、五三郎は全く気にした風もない。

「年寄り扱いも何も実際年寄りなんだから仕方ねぇだろ。そもそもうちの親父は五代目――――――おめぇのじいさまと同い年なんだからよ。あそこまで長生きしているだけでも御の字だ」

 言いたい放題言いながら、五三郎は青年から正月飾りの材料である稲わらと松の枝、そして竹を受け取った。
 稲わらと竹は普段藁銅を作っているものから流用することも可能だが、さすがに新年のお飾りだけは天神様からのお裾分けを頂きたいという事で山田家跡継ぎの仕事となっている。今年までは幸が主だっての買い出しをしていたが、来年からは五三郎が買い出しに来るのだ。尤も二人揃って平河天神に来ることは変わらないだろうが――――――。

「よし、こんなもんかな。じゃあ失礼するぜ。良い年を!」

 まとめてもらったお飾りの材料を抱えると、五三郎と幸は買い出し客で賑わう平河天神を後にした。



UP DATE 2015.12.9

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前回の『背徳の寺』とは打って変わり、今回はほのぼの日常を書かせていただきました(*´ω`*)
管理人の体調という事もあるのですが、やはり物語には緩急があったほうがいいですしね~♪更にごくごく平凡な日常ではありますが、五三郎が山田浅右衛門の後継者になるためには、小さくとも重要な行事でもあります。今年までは単なる幸のお付きというか荷物運びですが、来年からは山田家の若先生というか後継者として行事もこなさなくてはいけない立場になりますので・・・。
これが幸と結婚したら家の中の行事だけじゃなく、幕府のお仕事もこなさなくてはなりませんからねぇ。六代目みたいにストレスでハゲないことを願うばかりですwww

次回更新は12/16、今回は本当に小話なので後編ですね(*^_^*)持ち帰った材料でのお正月飾り作り&その他年始準備の様子をつらつらと書いてゆきたいと思います(*^_^*)
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