「VOCALOID小説」
見返り美人

見返り美人1~ふと振り返った路地裏に

 ←烏のおぼえ書き~其の百二十五・書院番 →拍手お返事&実は学校の勉強では好きじゃなかった明治時代(^_^;)
 明治38年、日露戦争に勝利したにもかかわらず、世の中は沈鬱としていた。ポーツマス条約では賠償金も取ることが出来ず、国の借金と重税だけが残っている。不満を持ったものは日比谷焼打事件などを中心とした反社会的な動きを見せており、戦勝国の華やかさを感じることは年末近くになっても無かった。
 そしてそういったしわ寄せは一番弱い立場の者――――――貧民街にひっそりと生きる者達に押し寄せていた。


 年も押し迫ったある日、四谷・鮫ヶ橋によく通る声が響き渡る。

「リン!レン!あまり無理するんじゃないわよ!この前みたいに深入りして有り金全部ふんだくられたら元も子もないんだから!」

 三味線を抱え、流しの門付けに出発しようとしている幼い姉弟の背中に、芽衣子は声をかけた。その心配げな表情はまるで子供を見送る母親のようであるが、芽衣子と姉弟の年齢は十歳と離れていない。更に言ってしまえば芽衣子と姉弟には血のつながりさえ無いのだ。しかしそのやり取りは家族そのものである。

「大丈夫だよ、めーちゃん!あんなヘマは二度としないからさ!」

 楽天的な姉・リンが調子よく大きく手を振る。それとは対照的に慎重派の弟・レンは生真面目な表情で芽衣子に告げる。

「やばそうな奴らがいたらリンの首根っこ掴んで逃げるから安心して」

 さすがに先日の騒動に懲りたのか、レンは三十六計を決め込むと芽衣子に断言した。だが、本人がそう思っても周囲が許してくれるとは限らない。芽衣子は念には念をとしつこく言い続ける。

「・・・・・・約束よ?三人が食べていけるだけの稼ぎは何とかなっているんだし」

「でもさぁ。めーちゃんにばっかり負担をかけるのもねぇ」

 リンが腕組みしつつ不満そうに唇を尖らせる。自分の食い扶持は自分で稼ぐ――――――貧民街で生きる者としては当然のことなのだが、芽衣子は『あんた達はまだまだ子供なんだから!』と笑顔を見せた。

「そんなこと、気にしないの!ここで暮らしている女なら客くらい普通に取るんだから。本当にお金に困ったら、馬鹿な男をちょっと騙して10銭20銭多めにふんだくればいいだけなんだし」

 芽衣子のその一言にリンもレンも大笑いをする。そして二人は笑顔のまま門付けの仕事へと出かけていった。

「さて、と。二人が働いている間に私もひと仕事しないとね!」

 二人が帰ってくるのは夕暮れになるだろう。それまでに、二、三人の客は取っておけば丸一日食うに困らない――――――娼妓らしいそんな算段をしていたその時である。

「めーちゃん、お・ま・た・せ」

 無駄に良い声が芽衣子の背後から聞こえてきた。それを聞いた瞬間、芽衣子は顔をしかめ振り向く。

「あんた、また来たの?」

 そこには逆光を背に、長身の男が立っていた。顔ははっきり見えないものの、芽衣子にはそれが誰か瞬時に判ったらしい。

「昼間っからこんな所に来るくらいなら仕事でも探したら、海斗?」

 だが、海斗と呼ばれた青年は悪びれることなく、ただニコニコと笑いながら芽衣子に近づいてきた。

「だってさぁ、めーちゃんはリンやレンがいる夜はお客を取らないじゃん?だから仕方なく昼間に来ているのに、つれないなぁ」

「馬鹿!こんな往来でまとわりつくんじゃない!」

 芽衣子に抱きついてきた海斗の腕を邪険に払いながら芽衣子は自宅のボロ長屋へと戻る。その後をまるで住み慣れた我が家のごとく海斗も入り込んだ。

「安心してよ。ここに来ない時はちゃ~んと働いているからさ。でないとめーちゃんを買うお金が工面できないもんね」

 ヘラヘラとやる気のない笑みを浮かべる海斗を前に芽衣子は頭痛を覚える。

(本当に・・・・・・金払いが良いのだけが取り柄よね、この馬鹿)

 芽衣子は呆れつつ、『仕事』の準備とばかりにボロボロの布団を敷き始めた。



 海斗がふらりとこの場所――――――四谷・鮫ヶ橋の貧民街にやって来たのは三ヶ月ほど前の事だった。あれは確か日比谷焼打事件の翌日の事だったか。芽衣子達の住処の近くでもボヤ騒ぎがあった日で、警察が鮫ヶ橋にも聞き取り調査にやって来たのでよく覚えている。

「ふぅ、何とか感づかれずに済んだみたい」

 実は芽衣子は以前勤めていた遊女屋を逃げ出していて、お尋ね者となっていた。
 18歳の時、初めて付き合った男に騙され遊女屋に売り飛ばされてしまったのだが、その際に背負わされてしまった借金を返すために一日に十人以上の客を取らされたのだ。それに耐え切れず遊女屋を逃げ出したのだが、売り飛ばされた際に遊女屋と芽衣子を騙した男との間に交わされた契約書が未だに芽衣子を縛り付けていた。
 そう、契約期間が終わるか借金を全て返済するまで芽衣子は『遊女屋の財産』なのである。それ故、芽衣子の身元が警察にバレてしまえば元の店に連れ戻され、強引に客を取らされることになるだろう。
 同じ春をひさぐにもこの場所ならば自分のペースで客を取ることができる。一回の価格が信じられないほど低いが芽衣子自らがしたわけでもない、理不尽な借金を背負わされるよりはマシだ。

「めーちゃん、どうしよう。お仕事行かないと」

 リンが情けなさそうに眉を下げながら芽衣子に訴える。焼き討ち騒動の影響もあり、芽衣子達三人は昨日から何も口に入れていない。士官学校から出る残飯を売りさばく大八車も明日にならなければやってこないだろう。流石にまる二日間、何も腹に入れていないのは育ち盛りのリンやレンにとっては辛すぎる。

「そうね。あなた達は外に出て何か恵んでもらったほうがいいかも。もし残飯が貰えるなら私の分は気にせず食べていらっしゃい。尤も・・・・・・」

 芽衣子は唇を噛み締めながら呟く。

「こんなにあっちこっちで焼き討ちがあったんじゃ、開いているお店も殆ど無いかもしれないけどね」

「だよね・・・・・・士官学校の残飯に頼るしか無いのかな」

 レンもがっくりと肩を落とす。しかしいつまでもここにいては士官学校の残飯にさえありつけない。残飯とはいえニ、三銭は取られるのだ。その二銭、三銭を稼ぐためには比較的安全な鮫ヶ橋から出て門付けに行かなければならない。リンとレンは覚悟を決め、つぎはぎだらけの一張羅を身につける。

「じゃあ、行ってきま~す!」

 リンとレンは商売道具の三味線と、放水避けの破れ傘を手に門付けに出かけていった。その後姿を見送った後、芽衣子も辛うじて元の色が判るボロ着の襟を正す。

「じゃあ私も客を取る準備をしようかしら」

 昨日の焼き討ち事件を受けて皆外出を控えているのか、心なしか人通りが少ない。いつもなら冷やかしに来る日雇い労働者さえ一人、二人いるだけだ。しかも彼らは瞬く間に馴染みの娼妓のところに引きずり込まれてしまう。客になりそうな男はぱっと見た限り居そうにない。

「・・・・・・今日は諦めるしか無いかな」

 芽衣子ががっくりと肩を落とし、自分の部屋に入ろうとしたその時である。

「ねぇ、お姐さん一人?だったら俺と遊んでくれない?」

 不意に聞き慣れない声が背後から聞こえてきた。その声の方を振り向くと、背の高い若い男がヘラヘラと笑って芽衣子の方へ近づいてくるではないか。

「あ、ああ。別に構わないけど・・・・・・」

 芽衣子はそう言いかけたが、不意に険しい表情を浮かべる。

「お坊ちゃんが冷やかしで一発やろうっていうんならこのまま帰りな。鮫ヶ橋はあんたみたいな良いところの坊っちゃんが来るところじゃないよ」

 芽衣子は男の襟を掴んで凄んだ。その男が身に着けているものは青と黄色の親子縞が入った白大島――――――道楽息子が身につける、高級品だ。古着屋で手に入れるとしても相当な金額になるだろう。少なくとも鮫ヶ橋にやってくるような貧乏人ならまず手を出さないシロモノだ。

「白大島なんて・・・・・・そもそもこんないい着物を着るくらいだったら、こいつを売っぱらってもっと良いところで遊べるだろ?」

 芽衣子は低い声で背の高い若い男を威嚇する。だが、その男は怯むどころかますます面白そうに芽衣子の顔を覗き込んだ。

「へぇ、お姐さん着物の見立てができるんだ。こんな貧民街に住んでいるのに、珍しいね」

 確かに身体を隠せるものがあれば御の字の貧民街で、着物の種類を言い当てる程の知識は必要ない。そんな知識を持っている芽衣子に若い男は更に興味を惹かれたらしい。好奇心丸出しのキラキラした目で芽衣子をじっと見つめてきた。

「・・・・・・親父が古着屋をやっていたんでね」

 その視線に耐え切れなくなったのか、芽衣子はぷい、とそっぽを向くと男をそのままに自らの部屋に入った。すると男も図々しく芽衣子の後に続いて入ってくるではないか。

「ちょっと、あんた!帰りなって言っただろ!何で・・・・・・」

「俺、冷やかしできたわけじゃないもん。それにこんな美人を前に指くわえて帰るのもやだもんね」

 しまりのない笑いを浮かべながら、若い男は芽衣子の腕を掴む。決して強い力と言うわけではないが、振りほどくには厄介な男の力だ。

「ね、いいでしょ?どうせ今日はここに来る人も少ないみたいだしさ。俺、そんなに悪い客じゃあないよ」

 ニコニコと、まるで無邪気な子供のような笑みを若い男は浮かべる。だがその無邪気さとは裏腹にかなりしつこい性格のようだ。芽衣子の腕を離さず、なかなか帰ろうとしない男のしつこさに芽衣子は根負けした。

「・・・・・・今日だけだからね!やることやったらとっとと帰りな!」

 苛立たしげに男に怒鳴りつけると、芽衣子は部屋の隅に畳んであったボロ布団を広げた。尤も布団とは名ばかりの、座布団よりも薄っぺらい敷物と言ったほうが正しいかもしれないが・・・・・・。

「ところでお姐さんの名前は?俺の名前は海斗」

 男は言われもしないのに自己紹介をする。よほど人懐こいのか、それとも馬鹿なのか――――――芽衣子は呆れつつ、源氏名を口にする。

「椿、って皆呼んでる。どうせ今日だけなんだから別に名前なんてどうでもいいだろ」

 ぶっきらぼうに言うと芽衣子は敷いた布団の上に座り込む。こういう興味本位でふらりとやってくる相手は厄介だ。それでなくても焼き討ちをしでかした社会主義者が紛れ込むかもしれないと、先程警察から煩く注意を受けたばかりである。
 このヘラヘラした男が危険思想の社会主義者とは到底思えないが、厄介事には近寄らないに限る。芽衣子は海斗と名乗った男の方を見向きもせずにさっさと事を始めてくれと言い放った。

「つれないなぁ、椿ちゃんは」

 つっけんどんな態度を示されながらも海斗はめげること無く、芽衣子の肩を抱き、耳許に唇を寄せた。

「どうせだったらお互い楽しんだほうがいいじゃん?ね?」

 低く、甘いささやき声が芽衣子の耳朶をくすぐる。その慣れた仕草に芽衣子は微かに表情を強張らせた。

(こいつ・・・・・・かなり遊んでる)

 見た目の若さに騙されてはいけない――――――芽衣子の頭の何処かから警鐘が鳴り響く。これはほぼ間違いなく、まともな遊びに倦んだ男がスリルを求めて貧民街に足を伸ばしに来たのだろう。でなければ『取材』と称して貧民街を引っ掻き回しに来るルポライター気取りの新聞記者か――――――芽衣子は更に身体を強張らせる。だが、その強張りをどう勘違いしたのか、海斗は愉快げにクスクスと笑い出した。

「へぇ、意外と初心なんだね、椿ちゃんて。こういうところのお姐さんってもっとすれっからしているのかと思ったけど」

「よ、余計なお世話!」

 芽衣子は身を捩るようにして海斗の囁きから逃れようとするが、海斗の腕は予想以上に強かった。

「強がっちゃって。そういうところも俺の好みだなぁ。初心なのにそれを悟られまいと強がっちゃうの」

 芽衣子を背後から抱きしめつつ、海斗は芽衣子の耳朶を甘噛みする。まるで子犬がじゃれあうような仕草だが、芽衣子を昂ぶらせにかかっているのは明らかだ。

「椿ちゃんって、もしかしてここ生まれじゃなくて流れ着いた人?さっきの着物の知識といい、何か違うんだよねぇ」

 その言葉の瞬間、海斗の骨ばった掌がするりと芽衣子の胸元に入り、見た目よりも意外と豊かな乳房を包み込んだ。




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一年近くに及んだ『奏国物語』を終え、次に始めた連載は更にヘビーな近代日本ものと相成りましたwww
というか、涼介Pさんの名曲『見返り美人』そのものが近世~近代の物悲しい女性を彷彿とさせるじゃないですか。そんな不幸を背負った女性とここ数念ハマっている貧民街ネタがリンクいたしまして、今回の話と相成りました。若い人にはちょっと重苦しいかな~というか、ボカロ小説ファンにこれってどうなのかとも思うのですが(-_-;)むしろ私のオリジナル作品が好きな人のほうがハマってくれる時代背景&ネタかもしれません。なので内容が難しかったらせめてエロシーンだけでも・・・(^_^;)
(今回はさわりだけですが、何せ遊女ネタ。R-18シーンビシバシ出していく予定です。っていうかエロじゃない部分のほうがむしろ大人向きwww)

貧民街にひっそりと生きる芽衣子とリンレン姉弟、そしてそこにふらりと訪れた正体不明の男・海斗。彼らがどんな話を紡ぎだしてゆくのか宜しかったらお付き合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m


あと、おまけの設定を。できるだけ本編で書き込んでいく予定ですが、管理人がかなりうっかり者なのでついつい『知っているもの』として作品に書き込んでしまう可能性があるので・・・めーちゃんとリンレンの設定を乗っけておきますね~(^_^)/~
(海斗の正体はもう少し後で・・・)


めーちゃんの年表
明治28年 芽衣子12歳 父・日清戦争で死亡
明治31年 芽衣子15歳 母・病気で死亡
明治31年~明治34年  この間、あちらこちらの仕事を転々とする。
明治34年 芽衣子18歳 男に騙され遊女屋に売られてしまう。半年我慢したが楼主と大喧嘩し、そのまま飛び出す。契約が残っているので警察に見つかれば妓楼にもどされてしまうので隠れながら生活。
明治36年 芽衣子20歳 鮫ヶ橋に流れ着く レン・リン姉弟に出会う
明治38年 芽衣子22歳 カイトと出会う。

リン・レンの設定
父親が外国人らしく、金色の髪に青い目をした双子。流しの三味線弾きをしている。流れ着いたばかりの芽衣子と母親が仲がよく、母親が死んでからは芽衣子と一緒に3人で暮らしている。学校には行っておらず、新聞の読み聞かせ等により芽衣子から文字などを習っている。


更にめーちゃんの両親は駆け落ちで夫婦になったとか、実はめーちゃんの母親の実家はかなり高貴な身分で、母方の親戚にめーちゃん(とその両親)を未だ探している人がいるとか諸々の設定があるのですが追々・・・因みにめーちゃんの両親は時雨・紅葉という名前だったりします(^_^;)何せ一年近く設定を煮詰めていたので妄想だけはたくましいのですよ・・・こんなやつですが付き合ってやってくださいませ(^_^;)

なお次回更新は12/15、めーちゃんを抱きながら謎の男・海斗が探りを入れていきます( ̄ー ̄)ニヤリ
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