「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第七話・建寅月の逃避行・其の参

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 新春の海風はまだまだ冷たい。しかし、その冷たさにも拘らず何人もの男達が品川の港から海を眺めていた。だが彼らは漁師ではない。一様に腰に二本を差している武士である。何故武士が漁師のように海をつぶさに眺めているのか――――――その理由が一人の男の口から漏れる。

「遅えな、富士山丸。俺達が品川に到着してからもう二日も経つのに」

 寒さに震えながら一人の男――――――永倉新八が呟く。その声音には焦りの色さえ滲んでいた。

「仕方ねぇよ。何せ後から出ているんだ。もしかしたら敵さんとドンパチやっている可能性だってあるんだぜ」

 一方こちらはのんびりした原田だ。否、既に最悪の事態を見越して腹をくくっているのかもしれない。永倉に比べ泰然自若として海を眺めている。

「下手したら俺達が新選組を率いなきゃならなくなるかもな。土方さんに言われた時は冗談だと思っていたけどよ」

「・・・・・・そう、だな」

 原田の言葉に、永倉は腕を組みながら黙りこくる。昨日の時点で出された近藤の登城命令も果たせないままだ。このままでは自分達が事情を説明しに登城せざるを得なくなる。

「腹ぁ、くくるしかねぇかな」

 命からがら大阪から逃げ出した仲間を路頭に迷わせるわけにはいかない。永倉も最悪の事態も考え始めたその時である。

「永倉さん!原田さん!やはりここにいたか!」

 見廻組の顔見知りである佐藤が永倉と原田にに声をかけてきた。

「おう、佐藤さんか!お互い無事生きて江戸まで逃げ帰れてよかったな!」

 佐藤の顔を見るなり二人はようやく頬を緩める。

「ああ。だけど逃げ帰れたのは俺達だけじゃねぇぜ。富士山丸が無事横浜港に入ったっていう早馬が千代田に届いたんだよ!まったく肝心なときに新選組は城にいねぇし、定宿の釜屋に行ってもおめぇさんたちは他出だって言うしよ!」

 富士山丸の無事帰還――――――その知らせを聞くなり、原田は歓声を上げた。そしてひとしきり騒いだ後、永倉はようやく佐藤に礼を述べる。

「ありがとうよ、佐藤さん。何せ登城命令が出ていたのは近藤さんだったから、俺達が行っていいものかどうか解らなくてよ」

「そんなもん、代理を立てときゃいいんだよ。まったく永倉さんはクソ真面目だからなぁ」

 佐藤は笑いながら永倉の左肩をぽん、とたたく。

「富士山丸は横浜で緊急の手当が必要な負傷者を下ろしているようだ。あそこには仏蘭西人の医者がいるからな、外科はお手のもんだろう」

「となると、近藤さんはあっちで降りるのかな」

 原田の呟きに永倉も眉間に皺を寄せる。そうなると近藤への登城命令はまだ果たせそうにない。

「だな。取り敢えず富士山丸が品川に入っていた時に今後のことは考えよう」

 負傷者を下ろすのに時間がかかるとはいえ、一日もあれば充分だろう。明日の再会に思いを馳せながら永倉と原田は安堵の表情を浮かべた。



 横浜港では怪我人の搬送が着々と行われていた。横浜港は浪速港と同じく軍艦を横付けできるほど深くない。なので艀による輸送が行われる。
 軍艦の上から見るとまるで木の葉のように頼りなげが小舟が横浜港と富士山丸を行ったり来たりする光景はある意味微笑ましい。他の外国船からの艀も混じって横浜港はちょっとした混雑をしていた。

「土方副長。横浜の艀って・・・・・・何だか、浪速の艀より遅うないですか?」

 土方の隣で様子を見ていた鉄之助が土方に尋ねる。混雑していることもあるのだろうか。船足がやたら早かった浪速の艀に比べ、横浜の艀は鉄之助にはまだるっこしく見える。

「だろうな。敵に追われる心配がねぇから、怪我に響かねぇようにゆっくりなんだろ。その分、品川に着くのが遅れそうだが」

 少しばかり不服そうではあるが、その口調はかなり穏やかだ。官軍に追われずに落ち着いて港での作業ができているからであろう。二人の周辺で海や港を見ている者達も同様で、皆一様に安心しきった表情を浮かべていた。

「土方副長、新選組の怪我人二十二名、全員横浜へ降り病院へ送り届けました!」

 艀を見ていた二人に、怪我人を病院に送り届けてきた島田が土方に声をかけてきた。その顔にも柔和なものが滲んでいる。

「そうか。お前には後日支払いに行ってもらうからそのつもりで居てくれ」

「はっ!」

 しかし島田の顔が何といえぬ複雑なものであるのに土方と鉄之助は気がついた。

「どうした?何か問題でも?」

「いえ、その病院がなかなかの高台にありまして・・・・・・」

 体力自慢の島田でさえも、怪我人を運びながらの道程は厄介だったらしい。ごにょごにょとはっきりしない愚痴を口に中で呟いている。島田にしては極めて珍しいかもしれない。

「いい鍛錬になるじゃねぇか!となると絶対おめぇに行ってもらわねぇとな」

 土方の容赦無い一言に、島田は情けない表情を浮かべた。



 重傷者を横浜で下ろした富士山丸は翌日品川港へ辿り着いた。その出迎えはかなりのものだ。

「おぅ、近藤さんもこっちに来てくれたのか!良かった良かった!!」

 嬉しげな永倉の声が響く。やはり隊士達全員を率いなければならない責任は重かったのだろう。

「ああ。俺はまだ動けるからな。横浜に下ろしてきたのは緊急を要する重傷者だけだ」

 近藤も大地に足をつけたのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべ永倉や原田と肩を抱き合う。

「ところで永倉。俺達が到着する前に幕府から何か知らせは?」

 やはり今後の動きが気になるのだろう。土方は事務的なことを永倉に尋ねる。

「ああ、近藤さんに登城命令が出ている。怪我をしているから外套着用でもいいってさ」

 永倉の説明に土方は頷いたが、近藤はあからさまに困惑の色を浮かべた。

「しかし、さすがに千代田城に初めて登城するのに外套をというのはなぁ。せめて身なりを整えてから、明日登城するか」

 近藤にとって、否、新選組にとって江戸城への登城は憧れでもある。せめて伸びてしまった髭を剃り、身なりを整えてからと考えるのが当然だし、外套着用なんて以ての外だ。

「解った。じゃあ明日登城する旨を江戸城に出しておく。それならばいいだろう?」

 そんな話をしているうちに、一行は新選組の宿泊先の『釜屋』へ到着した。隊士全員が揃うのは五日ぶりだったが、まるで長いこと生き別れていたかのように隊士達ははしゃぎ、互いの生存を喜ぶ。

「本当にひどかったからなぁ、順動丸の中は。追われているから仕方ねぇんだが、仏を水葬にすることも出来なくってよ」

「そうなのか?俺達は・・・・・・・」

 近藤はそこで言いよどむが、土方がその後を続ける。

「山崎を水葬した。富士山が見える辺りだったな。せめて生きているうちに富士山を見せてやりたかった」

 山崎の死を土方の口から聞いて、順動丸に乗り込んできた隊士達は一様に悄気返った。

「そうか・・・・・・どうやらしんがりの富士山丸のほうが余裕があったみてぇだな。俺達は本当に逃げこむように品川に一直線だったし。横浜で重傷者を下ろすなんて様子も見られなかった」

「重傷者?そっちにも居たのか?」

 眉間に皺を寄せつつ尋ねた土方に、原田が唇を尖らせて事情を語り出す。

「ああ。桑名とか会津の奴らが仲間を連れ込んでいてよ。あっちの重傷者が富士山丸に乗っていたらもう少し俺達も軽傷者を順動丸に乗せられていたかも知れねぇ。尤もあっちは船の操縦が下手だったから妙に揺れるわ、反吐や死体の臭いがひどかったけどよ」

 思い出しただけで気分が悪くなるのだろう。順動丸組の隊士達はうんざりした表情を露わにした。

「・・・・・・富士山丸に乗って正解だったな」

 土方の呟きに、富士山丸乗船組が強く頷く。

「榎本艦長が厳しい方で、掃除など徹底していましたからね。おかげで臭いに悩まされることもありませんでしたし、死者もきちんと弔えました。何より横浜で怪我人を下ろす余裕もありましたしね」

 島田の説明に、永倉が感心したように顎に手をやる。

「残り物に福があった、って訳か。早いだけがいい、ってもんじゃねぇんだな」

 永倉の言葉にその場に居た全員が大声で笑った。そんな姿を沖田は壁に寄りかかりながら遠目に見つめている。

(何だか・・・・・・昔に帰ったようですね)

 この穏やかな状態がいつまで続くのだろうか――――――仲間の笑い声に安心してしまったのか、沖田はそのまま瞼を閉じ、眠りへと引きずり込まれていった。




UP DATE 2015.11.28

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富士山丸、ようやく江戸へ帰還いたしましたε-(´∀`*)ホッ
しんがりではありましたが、それだけに敵の状況が把握しやすかったというのもあるのでしょう。順動丸が一気に品川へ入ったのと違い、横浜で重傷者を下ろすという余裕までありました(*^_^*)
その一方順動丸の方はかなりひどかったようで・・・水葬する余裕さえ無かったとの記録が残っております(>_<)艦長の力量もあるのでしょうが、それだけ余裕も無かったのでしょうね(´・ω・`)

次回更新は12/5、近藤、土方の初江戸城登城と相成ります(#^^#)
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S様、コメントありがとうございます(*^_^*) 

ようやく逃げ帰ってきてほっと一息、というところですね(*^_^*)
これからが更に過酷な運命が待ち受けていますので本当に一時的な安寧だと思われます。
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