「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第六話・建寅月の逃避行・其の貳

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 慌ただしく怪我人を全て乗り込ませた富士山丸だったが、それにも拘らずなかなか出航しようとはしなかった。激しい波に揺られるだけで、なかなか出航しない軍艦に、兵士達の苛立ちと焦りが募ってゆく。それに耐え切れなくなったのか、土方は既にこの場にはおらず、榎本を探しに行ってしまった。

「まだ出ないんですか?敵に追いつかれたら・・・・・・」

 大勢の怪我人がいる船室の隅で、玉置が不安そうに鉄之助に訴える。だが鉄之助は平然として『まだ無理やろ』と年下の同僚に告げた。

「この風はあかん。下手に出航すると沈むで」

「沈む!」

「そうや。琵琶湖かて嵐の時に船を出す馬鹿はおらへん。海やったら尚更や。軍艦かて迂闊に動けんのやろ」

 国友村育ちの少年は意外と船に慣れているらしい。船酔いの様子も微塵も感じさせない血色の良い顔で、鉄之助は玉置の前髪を掻き上げた。

「江戸についたら前髪切らんとな。今切ったら怒られそうや」

 冗談めかしつつ鉄之助は玉置の前髪をくしゃくしゃといじる。だが、それは玉置を安心させる為の方便である。敵に襲われ富士山丸が沈没するようなことになったら江戸には戻れないのだ。鉄之助は額に張り付く己の前髪も煩わしそうに跳ね上げつつ唇を噛みしめる。
 そしてよくよく見れば大人も髭や月代が伸びかかっているのに気がついた。江戸者が多く、武張っていて野暮だと京雀から酷評されていた新選組隊士だが、京の水に慣れるに従ってそれなりに身なりに気を遣うようになっていた。だがそんな余裕は今の隊士達には無い。

「うちらは、安全な所に逃げ・・・・・・」

 思わず『逃げる』という言葉を口にしかけて鉄之助は慌てて自らの手で口を塞ぐ。だが、その言葉を咎めるものは誰もおらず、ただ怪我人の呻き声だけが船室に響いていた。



 新選組隊士達が全員船に乗り込んだのを確認した後、土方は榎本に尋ね操舵室へと向かった。しかしそこは変な緊迫感が漂うばかりで動こうとはしない。

「榎本さん、なかなか出航しねぇが何かあったのか」

「ああ、おおありだ。この天気・・・・・・先に出航させてしまった順動丸が無事なら良いんだが」

 深刻な榎本の顔に土方も表情を強張らせる。

「おい、あっちには新選組の大半が乗っているんだぞ?」

「幕臣を始め各藩の兵士達も、な。こればかりは運を天に任せるよか仕方がねぇ。それに出航できないでいる俺達も決して安全とは言い難い」

「敵か?」

「そうだ。既に大阪城は薩長の輩に占領されたとの知らせが入った。ここなら陸から大砲をぶっ放されても届かねぇが、船を出されたら厄介だ。だから風が少しでも収まり次第すぐに出航するからそのつもりでいてくれ」

「解った」

「それと、万が一死者が出ても暫くの間は水葬ができねぇ。安全な所に出るまで暫く待っていてくれ」

 水葬――――――その言葉を聞いた瞬間、土方の表情が険しくなった。

「水葬、だと?」

 土方の脳裏に浮かんだのは重体の山崎である。縁起でもないことを、と土方は榎本に一歩近づく。しかし、榎本は眉一つ動かさず、事実を突きつけた。

「――――――あんたの所の隊士の一人、ありゃあ江戸までもたねぇ。まぁ、うまくすりゃあ三日で江戸に辿り着くからそこまで連れて行くってこともあるが・・・・・・生きている人間にとって気味の良いもんじゃねぇな。痛み始めると臭いも出てくる」

 一瞬榎本の胸ぐらを掴みそうになった土方だったが、生きている人間にとって、と言われてしまっては何も言えなくなる。ここにいる隊士は手負いの者達と小姓の少年ら――――――ただでさえ弱い者たちばかりなのだ

「そう・・・・・・だな。生きている奴らのことを最優先しなけりゃならねぇか」

「判ってくれりゃあそれでいい。あと慣れてないと船酔いがひでぇから覚悟しておけ。特に吐いちまったもんはすぐに始末して置かねぇと更に地獄を見るぞ。そりゃあもう大変で」

 榎本のその言葉に周囲の船員が一斉に笑い出した。どうやら彼らも一度は経験しているらしい。

「とにかく暫くは出航は無理だろう。可能ならば明日の朝――――――ほんの僅かな凪の時間を狙う。大体明け六ツ半くらいか。それまでしっかり休んでいてくれ」

「解った。忠告、感謝する」

 土方はそう言い残すと操舵室を後にした。



 翌日、幸いな事に日の出少し前に風は止んだ。出航の機会を逃すまいと一睡もしていなかった榎本だが、風が弱まったのを確認するとすぐに出航命令を出し、蒸気機関を最大限に稼働させ天保山沖を後にした。

「うわぁ、やっかましいわ!」

 蒸気機関の音に叩き起こされた鉄之助は耳をふさぐ。傍で寝ていた上田や玉置も慌てふためきあたりをきょろきょろ見回した。

「おや、三人とも起きちゃったんですか?」

 か細い声で三人に声をかけてきたのは沖田だった。

「あ、沖田先生!すみません、お見苦しいところを・・・・・・もしかして俺達が起こしてしまいましたか?」

 年長の上だが沖田に謝るが、沖田は優しく微笑み首を横に振る。

「いえ、昨日は咳がなかなか止まらなくて一睡もできていないんです。ちょっと前みたいに吐血していないだけ良いのですが」

 だが言葉の途中途中でも沖田は喉を傷つけるような、変な咳をする。さすがに心配になった鉄之助は自らの羽織を脱ぐと沖田の身体にかけた。

「わての羽織でもひざ掛けくらいには」

 すると上田や玉置も次々に羽織を脱ぎ沖田にかけ始めた。その行為に沖田は苦笑いを浮かべる。

「なんだか涎かけをたくさんつけられたお地蔵さんみたいですね。ありがとうございます。だけどあなた達は寒いでしょう?」

「確かに今は・・・・・・くしゅん」

 玉置がくしゃみをする。

「でもすぐに土方副長にこき使われますから。ホンマに人使いが荒いお人やから・・・・・・いたっ!」

 鉄之助は拳骨を脳天に落とされ、思わずしゃがみこんだ。

「人使いが悪くて悪かったな!だったらお望み通りこき使ってやるよ」

 それは拳骨のまま左手を握りしめた土方だった。聞き手じゃないだけ情けをかけたというところだろうか。

「あ、土方さん。お早うございます」

 沖田はにこやかに土方に微笑むが、その顔色は悪いを通り越して土気色に近い。その顔色を見て土方は眉をひそめる。

「総司、朝飯は食えるか?」

「う~ん、そうですね・・・・・・白湯か、なければ湯冷ましをいただけると。重湯も遠慮したいってところです」

 病んだ心が身体を蝕み本当の病になってしまった――――――沖田の姿を見つつ、土方の心は痛む。

(お小夜に看病させりゃあ二、三日でけろりと治っちまう病だろうに)

 だが今の沖田に、否、新選組にそれは許されない。そんな感傷に浸っているうちに富士山丸は浪速を離れ、ようやく紀伊半島の先端がはっきり見える位置までやってきた。ここまでくれば敵艦隊がやってきても大丈夫だろう――――――誰もがそう思った、まさにその時である。

「山崎はん!しっかりしてください!山崎はん!」

 少しかすれた鉄之助の声が船室に響き渡った。その声を聞きつけ、土方や島田、そして怪我で寝込んでいた近藤や動けないと思われていた沖田までも山崎の許へやってくる。

「おい、山崎!しっかりしやがれ!あと二日で江戸に着くんだぞ!」

「山崎くん!もう少しの辛抱だ!」

 近藤や土方が代わる代わる声をかけるが、山崎は力なく首を横に振った。

「わては・・・・・・もちそうにありまへん」

 聞き取れるか否かのか弱い声で山崎は謝る。

「先に・・・・・・愛之助のところに行かせてもらいますわ」

 山崎は既にあの世へ旅立ってしまった、道場仲間だった親友の名前を口にする。それは新選組設立当初、なかなか新入隊士が入ってくれる困っていたところにいの一番で入隊してくれた男の名前であった。彼の死はたった四年前の出来事だが、遥か昔のように思える。

「愛之助さんは・・・・・・優秀な隊士でしたものね」

 直接の上司だった沖田は思わず涙ぐむ。その涙に山崎はほっとした表情を浮かべ、まるで眠るように穏やかな表情で瞼を閉じだ。だが、本来聞こえる筈の寝息は聞こえず、呼吸音は徐々に弱まってゆく。

「山崎くん?おい、しっかりするんだ!」

 近藤は山崎の肩を強く揺するが、山崎の瞼が開かれることは二度と無かった。



 山崎の亡骸は翌日夕方、水葬にされた。夕闇迫る中、黒々と見える富士山がようやく見える場所だ。

「本当は生きている時に見せてやりたかったなぁ、富士山」

 しんみりとした近藤の言葉に、甲板に出てきた新選組隊士達が頷く。

「確かに。この中で富士山を見たことが無いのは山崎はんとわてだけですから」

 富士山丸に乗船する際の会話を思い出しつつ、鉄之助も涙を零した。

「――――――最悪、薩長の輩をあそこで食い止めねぇとな」

 土方の決意に満ちた声に全員が頷く。富士山を、そして箱根を越えられてしまえば江戸は壊滅的打撃を受けるだろう。それだけは阻止しなければならないと、夕闇の中、皆決意を新たにした。




UP DATE 2015.11.21

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順動丸から一日遅れでようやく富士山丸も天保山沖から逃げ出すことが出来ましたヽ(=´▽`=)ノ
敵の状況が判らない中、早く大阪から離れたいというのが本音だったでしょう。ギリギリのところで榎本さんが船を出してくれたので何とか富士山丸は江戸に向かうことが出来ましたが、あと一日遅かったら・・・と思うとゾッとします(>_<)

しかし逃げることが出来ても船内で亡くなる方もいたわけで・・・山崎さんは大阪で死んだ説&船内で死んだ説の両方がありますが、話の展開上船内説で話を進めさせていただきました。たぶん史実は大阪でお亡くなりになったと思いますが・・・(´・ω・`)
因みに富士山での死守=甲州鎮撫隊のイメージで取っていただけるとありがたいかもです(*^_^*)

次回更新は11/28、横浜に到着した富士山丸&順動丸組との合流を書きたいところです♪
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