「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第四話・鳥羽・伏見の戦い・其の肆

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 橋本の戦いに破れた新選組は他の部隊と共に大阪に下り、そのまま八軒家の京屋忠兵衛方に入った。

「皆さん、おかえりなさい」

 宿に入ると、その玄関先で沖田と近藤が待ち受けていた。二人共座り込んでの出迎えだったが、かなり顔色が悪い。もしかしたら満身創痍の身でありながら、新選組の帰りをずっとこの場所で待っていたのかもしれない。土方は軍装も解かぬまま玄関から身を乗り出す。

「おい、近藤さん!無茶をするんじゃねぇ!あんた、まだ寝込んでいなけりゃならねぇ身だろうが!」

 だが、近藤は笑顔一つ見せず首を横に振る。そして開口一番土方に尋ねた。

「歳、戦況は・・・・・・」

 局長としてそれが心配だったのだろう。だが土方以下、続々と宿の中に入ってくる隊士達の姿を見て、近藤の表情が絶望に支配された。今まで幾度の戦いをくぐり抜けてきた新選組だが、ここまで多くの怪我人が出たことは一度も無い。瞬く間に汗と血の匂いに支配された玄関で、今にも泣き出しそうに顔を歪めた近藤に対し、土方は自嘲的に笑う。

「見ての通りさ。特に俺達は鉄砲さえ持っていなかったから被害がでかい・・・・・・源さんが戦死、山崎も重傷だ」

 宿の使用人達にも手伝ってもらいながら奥の部屋に運ばれた山崎に視線を送りつつ、土方は唇を噛みしめる。

「そうか・・・・・・だが、終わってしまったことは仕方がない。今は怪我を負った隊士達の治療が先だ。明日、朝一番に大阪城に登城して、松本法眼の治療を受けられるように手配しよう」

「おいおい、近藤さん。怪我人は俺達だけじゃないんだぞ」

 近藤の言葉に土方は苦笑いを浮かべる。幕府軍の怪我人は新選組だけではない。見廻組、奉行所の同心、そして会津や桑名の藩兵達も傷を負っているのだ。そう簡単に新選組に順番が回ってくるとは思えない。
 しかし近藤は有無を言わさぬ力強さで土方に訴えた、

「だからこそ朝一番に登城するんだ。少しでも早く行けばそれだけ早く診てもらえるかもしれない。それしか・・・・・・俺達には出来ない」

 その言葉に土方も俯いた。松本からある程度外科の治療方法を習った山崎本人が重傷を負っており、他に技術を習得しているものはいないのだ。どうあがいても結局は松本良順にすがるしか無い。

「仕方がねぇ。今日は遅いから明日だな。じゃあ俺が朝一番ひとっ走り・・・・・・」

「いや、俺も出向こう。無理を押し通すんだ。局長の俺が行かなければ話にならんだろう」

「しかし近藤さん。あんただって傷がまだ塞がっていねぇだろ」

「大丈夫だ。部下達に比べたら・・・・・・」

 そう言いつつも近藤は顔をしかめ、うずくまるように身体を前倒しにする。

「近藤先生!」

 傍についていた沖田が慌てて近藤を支える。その沖田もかなりやせ細っている。もしかしたら食事もろくに取れていないのかもしれない。

「近藤さん、明日登城したかったら早く横になれ。総司、おめぇもだ。ちゃんと飯は喰っているんだろうな?」

「あ、はぁ・・・・・・」

 言葉を濁す沖田に土方は険しい表情を露わにする。

「病なのはわかっているが、飯ぐれぇ食いやがれ!おい、総司のぶんの飯も俺のところに運んでくれ!」

 夕餉の支度に走り回っている店の者に土方が声をかけた。すると中年の下男は笑顔で頷きながら賄い処へと小走りに走り去っていく。どうやら沖田の分の膳も取りに行ってくれるらしい。

「あの、土方さん。私は・・・・・・」

「俺は近藤さんほど甘くはねぇ。源さんが死に、山崎が瀕死の重傷を負っている最中、おめぇにも復帰してもらわねぇとやってられねぇんだよ」

「ははは、藁にもすがる、って奴ですね」

「笑えねぇ冗談言いやがって!」

 面白く無さそうに舌打ちすると、土方は近藤に聞こえないような小声で沖田に呟く。

「お小夜がいてくれたら、この半分くらいの手当は出来たかも知れねぇな」

 その言葉に沖田は少し驚いたように目を見張った後、力なく笑った。

「まったく人使いが荒いんですから。この戦場におなごの小夜を連れ込みますか」

「池田屋の怪我人の手当をしていた十六の小娘はどこの誰だっけな」

 すると沖田は、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「・・・・・・確かにそうですね。因みにこの場に小夜がいたならば、大怪我をしている二、三人を除けば一人で治療できますよ。一番隊の隊士達も何度も助けられました」

 沖田は懐かしむような、遠い目をする。

「そういった意味では、別れて正解だったのかもしれませんね。私の内縁の妻のままだったら、この場で治療に当たっていたかもしれません」

 小夜の幸せのためには自分は――――――自分達新選組はいないほうが良いのだ。沖田は未だ感じる小夜への未練を断ち切るように瞼を閉じた。



 明けて七日朝、近藤と土方に率いられて新選組は大阪城へ登城した。本当は怪我人だけで、と思ったのだが、その怪我人を支えるために結局隊士の半分近くが駆り出されるのだ。だったら全員で登城し、今後の戦略を立てた方が良いだろうと大阪城へやってきたのである。だがそこで思わぬ自体が待ち受けていた。

「何だって!豚一の野郎、もとい上様がケツまくって逃げやがっただぁ?」

「おい、土方。口を慎め。言っていることは正しいけどよ」

 土方の暴言を松本良順が窘める。だが松本の言葉も大概だ。

「昨日の晩の事だよ。会津藩軍事総督の神保長輝が錦の御旗の件を上様に言っちまったんだ。尤もあいつは上様と会津公に恭順策を進言しようとしたんだろうが・・・・・・その日の晩のうちに夜逃げしちまったんだよ。何せ元々は水戸のお方だ。錦の御旗にゃ刃を向けられねぇんだろ」

 松本は徳川慶喜が僅かな側近と老中の板倉勝静と酒井忠惇、会津公と桑名公と共に開陽丸に乗って大阪城を逃げ出したことを土方に告げる。その話を聞いた近藤と土方は露骨に顔をしかめた。

「ひでぇ話だな。淀や津の裏切りなんざかわいいもんじゃねぇか!」

 しかも慶喜は前日、幕府軍へ大坂城での徹底抗戦を説いているのだ。それだけに余計にその裏切りは残された者の怒りを買ったと松本はぼやいた。

「ああ、そうさ。総大将が逃亡しちまったんで幕府軍は総崩れだ。近場のモンは見切りをつけてさっさと大阪城を後にしているし、残った幕臣も順次軍艦で江戸に送るってことだ」

 すると今度は近藤が細い目を大きく見開いた。

「松本先生・・・・・・そのような、勝手なことをして許されるのでしょうか?」

 幾ら慶喜が江戸に勝手に帰ってしまったとはいえ、臣下がそこまで勝手なことをして良いのだろうかと、近藤は疑問を呈する。すると松本は妙に作りこんだ顔でいきなり叫んだ。

「何せ総大将がケツまくって逃げたんだ!勝手も何もねぇだろう!・・・・・・っていう威勢のいい奴がいるんだよ。しかも俺の親戚に」

 松本は手際よく近藤や他の隊士達の手当をしながら語り続ける。

「俺の姪の亭主で榎本釜次郎、って男だ」

「榎本釜次郎・・・・・・もしかして開陽丸艦長の榎本殿ですか?」

「お、知っているのか。だったら話は早ぇな。本来なら開陽丸は担当している釜次郎がいなけりゃ動けないはずなんだ。だけど釜次郎と入れ違いに、上様が開陽丸に乗り込んじまって、艦長不在のまま江戸に向かっちまったってぇわけだ。いい面の皮たぁ釜次郎のことを言うんだろうな」

「それは、やってられねぇだろうな。艦長の面目丸潰れじゃねぇか」

 土方が道場を禁じ得ないといった風情で頷く。

「だろ?かなり怒りまくって大坂城に残された什器や刀剣、更には有り金全部を富士山丸に積みこんでいる。火事場泥棒だってもう少し節度を弁えるってもんだぜ、ありゃ。あ、勿論『上様の財産』の最たるものである幕臣たち・・・・・・おめぇさんたちも運びだす予定だ。まるで奴が総大将見てぇな振る舞いをしていやがるぜ」
 
「よっぽど豚一に腹を据えかねてんだな、あんたの甥御とやらは」

 そう言いながら、あまりの小気味よさに土方も笑いを噛み殺している。 その時である。

「火事だ!」

 どこからか叫び声が聞こえてきた。その声に病室となっている大阪城・二の丸の一室は緊張に支配される。

「何だって!まさか薩長軍が攻めてきたのか!」

「いや、それはないだろう。さすがに向こうだって城攻めの準備をしてくるはずだ」

 だが騒ぎはどんどん大きくなり、大阪城内は俄に慌ただしさを増してくる。

「土方よ。どうやら一旦大阪城から退却したほうが良さそうだな。そして荷物をまとめたら天保山へ行け。そこに行けば釜次郎が船に乗せてくれる。今紹介状を書いてやるからちょいと待ってろ」

 松本はそう告げると懐紙と矢立を取り出し、さらさらと何かを書きつけた。

「ま、こんなもんが無くても、あんたの江戸弁を聞きゃあ釜次郎はすんなり船に乗せてくれるだろうよ。そういう男だ」

 松本は土方に書付と、道具箱の引き出しに入っていた切り餅数個と小判数枚を手渡す。

「俺が持っているよりおめぇさん達が持っていた方がこいつも活きる。もし互いに無事だったら・・・・・・江戸で会おう」

 火の手は迫っているが怪我人を放置したまま逃げることはかなわない。最悪自分も焼け死ぬ覚悟で松本は土方に有り金を全て手渡したのだ。その覚悟を痛いほど感じながら土方は書付と金子を受け取る。

「済まねぇ。じゃあ怪我人は・・・・・・よろしく頼む」

 土方は近藤と共に松本に一礼すると、動ける隊士達と共に大阪城を後にした。


 新選組が大阪脱出を決めたこの日、朝廷において慶喜追討令が出され、幕府は朝敵とされた。この追討令を手に朝廷軍――――――官軍となった薩長軍は勢いづき、大阪城への進軍を決定する。



UP DATE 2015.11.7

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最大の裏切り―――それは総大将である徳川慶喜の逃避行でした(-_-;)天皇を第一と崇める水戸学を受けて育ってきた慶喜ですから、錦の御旗に逆らえないのは理解できるのですが・・・もう少しましな逃げ方があったのでは?と思います。少なくても徳川十五代の名を汚すような、一番惨めな逃げ方じゃないですか(^_^;)
ただ、政治家としての徳川慶喜は日本の歴史の中でかなり優秀な人でもあるじゃないですか。もしかしたら自分が惨めに逃げ帰ることで、家臣たちに無駄な戦をさせないように、という思惑があったのかな、とも思います。
(実際慶喜が江戸を明け渡すまでの戦死者は極めて少ないですし・・・外国との関係も考えて、内戦を避けようとしていた点に関しては一番慶喜が理解していたんじゃないかと思います)

しかしそんな慶喜の思惑を知らない新選組等々はやっていられないわけでして(^_^;)結局大阪城を後にし、彼らも船で逃げ出すことになります。次回更新は11/14,江戸へ戻る新選組たちを取り上げます(*^_^*)
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S様、コメントありがとうございます(*^^*) 

S様、拙作へのコメントありがとうございますm(_ _)m
作戦だったのか、それとも本気だったのかはわかりませんが、あの逃亡劇は皆様に批判を受けておりますよね。
確かに武士として情けないとは思いますが、あれによって徳川への忠誠心が薄れ、戦死者が少なくなったというのもまた事実です。
本当の理由を知るのは当事者のみなのですが・・・。
これから日本最大の内戦が始まります。よろしかったらお付き合いい願いいたしますm(_ _)m
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