「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

背徳の寺・其の壹~天保七年十一月の隠密捜査

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 それは小春日和の穏やかな日だった。七五三の祝いだろうか、いつもより多くの子供らのはしゃぎ声が聞こえてくるその日、吉昌の実娘であり、幸にとって義理の姉に当たる真希が時期外れの宿下がりで帰ってきていた。

「義姉上、別宅へのご挨拶は良いのですか?むしろあちらにお顔を出したほうが義母上も喜ぶかと」

 ふらりとやってきた義姉に茶を出しながら幸は苦笑いを浮かべる。

「いいのいいの。母上に顔を見せたら『今度はいつ帰ってくるのか』って言われるのが関の山だもの」

 けらけらと笑いながら真希は幸から受け取った茶をひと口含む。

「そうそう!結婚といえばお幸、あなた来年の春に祝言を挙げるんですってね。おめでとう!」

 二歳年上の義姉は、心の底から嬉しそうに幸を祝福する。その裏表のない笑顔に幸もはにかみながら笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます。でも、本当ならば義姉上がこの家を継ぐべきなのに、私が継いでしまって・・・・・・」

「冗談やめてよ。そもそも御様御用家なんて切り盛りできないし、家にこもって亭主の面倒を見るより自分で働いたほうがいいわ。私には大奥勤めが性に合っているのよ」

 鼻の頭に皺を寄せながらぼやく真希に、幸は思わず吹き出してしまう。社交的で愛想の良い義理の姉には、幸も実の妹のように心を許していた。実母が殺され、吉昌が六代目になった時も、幸がすんなりその状況を受け入れることが出来たのは真希の人柄によるものが大きい。

「ところで義姉上、何故こんな中途半端な時期に宿下がりを?」

 幸が尋ねたその瞬間、真希はふと表情を曇らせる。

「実はちょっと事情があって、あなた達の祝言の時期に宿下がりが出来ないかもしれないのよ。だからその旨を父上にお許し願おうと思って・・・・・・女の園はいろいろ厄介なのよね」

 どうやら幸にも言えない事情が大奥にはあるらしい――――――幸がそう察したまさにその時、吉昌が二人が語らっている部屋に入ってきた。

「お真希、待たせたな」

 穏やかなその声は、普段の吉昌のものだった。だが、その目は何故か笑っていない。むしろ弟子たちを見る時よりも厳しい視線かもしれない。何故そのような視線を実の娘の真希に投げかけるのか、幸は違和感を感じる。

(もしかして、義姉上が大奥で何かやらかしてこの時期にお宿下がりをしたと思っているのかな、六代目は)

 だがさすがにそのようなことを口に出す訳にも行かない。幸は一礼すると、吉昌に促され部屋を後にした。



 幸の足音が離れたのを確認した後、吉昌は不必要なほど小さな声で真希に語りかけた。それは『掃除ノ者』同志が会話をする時の方法――――――すなわち、真希が娘としてではなく、将軍家間者として吉昌を訪ねに来たことを理解したからに他ならない。

「宿下がりは来年の三月に、と連絡をしたはずだが。何があった?」

 すると真希は今までの朗らかな声とは明らかに違う、硬く冷たい声で父親の問いかけに答えた。

「少々厄介な命が下りました。『知行院』と『感応寺』の捜査――――――ただ、いつ潜伏できるか判りませんので、捜査が始まる前に幸に祝いを述べておこうかと」

 眉一つ動かさずに告げた真希に対し、吉昌は少しばかり声を上ずらせる。

「お美代の方の息がかかっている寺、か・・・・・・ろくな噂を聞かないが」

「ええ。公方様の寵愛を誇るお美代の方様の肝入ですから、今まで老中も迂闊に動けませんでした。そもそも知行院は遠いですし。だけど、雑司が谷の感応寺はあまりにもひどすぎますでしょう。近隣の庶民にまでその淫行ぶりは広まっております」

 真希の言葉に吉昌も眉間に皺を寄せ唸る。

「確かに、寺が出来て一年と経っていないのに噂は立っているな」

 口さがない庶民だけではない。どちらかというと流言に疎い山田道場の門弟達もその噂を耳にしているというのだ。更に仲の良い川路聖謨に至っては真希を大奥から下がらせろと吉昌に迫るほどである。それだけに幕府も黙認というわけには行かないのだろう。

「そこで水野様より潜伏調査を命じられました。尤も感応寺へ出向いているお局様からお声がかかるかどうか微妙なところですが、万が一声がかかれば花見の季節である三月は忙しくなるかと」

 確かに三月の物見遊山の季節となれば、それにかこつけての外出は多くなるだろう。そうなればいつ真希が潜伏調査に出向くか予断は許さないし、義理の妹の祝言どころではなくなる。

「なるほどな。幸が残念がるだろうが、こればかりは仕方がない」

 吉昌のがっかりした表情に、真希も流石に申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。



 将軍の愛妾であるお美代の方の実父は日蓮宗の破戒僧・日啓である。その父の力を更に増強させようと、下総中山村にある中山法華経寺末寺・智泉院を将軍の祈祷所にしようと画策したのが始めであった。流石にこれは叶わなかったが、本寺である中山法華経寺を祈祷所、そして智泉院を取次所にすることには成功した。
 しかしお美代の方や日啓の野望はこれにとどまらず、雑司が谷の鼠山に感応寺を建立し、これを将軍の第三の菩提寺にしようと画策したのである。
 そして感応寺には日啓を、そして智泉院にはお美代の方の甥・日尚を配した。
 これだけならまだ良かったのだが、両寺に大奥女中が参拝し、その後美僧達と淫行にふけるようになったのである。遠い知行院であれば噂も届きにくいが、雑司が谷の感応寺であればその噂は瞬く間に広まる。さらにたちが悪いことに感応寺へは日帰りができるのだ。なまじ気楽に出向ける距離だけに大奥女中たちの乱行は止まらず、老中ら幕閣を悩ませていた。


 宿下がりから大奥に戻った真希を待っていたのは、ちょうど感応寺に参拝に出かけようとしているお美代の方の女中達だった。賑やかに騒ぐ彼女達を真希はそっとやり過ごそうとするが、その中の一人が真希に語りかけてきたのである。

「吉野殿、でしたっけ?将軍付きのお女中の」

「はい、左様にございます」

 愛想がよく、大奥女中の派閥に囚われずに気さくに誰にでも話しかける真希は、相手からも声をかけられることが多い。それは『間者』としての能力でもある。真希は嫌な顔ひとつせず相手に笑顔を見せる。

「吉野殿は感応寺に行かれないのですか?すごく面白いのに」

 すると真希は少しだけ困った風情を見せつつ、小声で返事をした。

「はい、さすがに将軍付きともなると監視の目が色々厳しくて・・・・・・興味はあるのですが、うちのお局様が、ね」

 真希はひそひそ声で触れなば落ちんといった風情を相手に見せる。彼女を利用すれば、近日中に感応寺への偵察へ忍び込めるかもしれない。真希は慎重に相手に顔色を伺う。すると相手は待っていましたとばかりに両手を合わせた。

「だったら今度うちのお局様に口を利いて頂きましょうか?」

「大丈夫、なのですか?私はとてもありがたいのですが、そちら様にご迷惑がかかってしまったら・・・・・・」

 すると相手は問題ないとばかりに笑顔を見せる。

「ええ、何せ飛ぶ鳥を落とす勢いのお美代の方様ですもの!上様ご隠居とともに大奥総取締を退きはしますが、実力はございます。きっと吉野殿や他のお仲間の許可も取り付けて下さいますわ!!」

 いつの間にか、真希だけではなく他の将軍付き女中まで巻き込もうとしているその強引さに唖然としつつも、真希は表情一つ変えず笑顔を見せる。

「ではよろしくお願い致します」

 これで感応寺への潜伏捜査の緒は掴めそうだ――――――真希はそれをお首にも出さずに相手に対して深々と頭を下げた。



 真希は自分の局に戻ると、早速上司である本條へ先程の出来事を報告をした。

「承知した。しかし、こうもあっさり向こうが手を伸ばしてくるとは思わなんだ」

 真希の報告を聞いた本條は含み笑いを浮かべる。実は本條その人も『御庭番』の一人である。否、将軍付きの奥女中は殆どが大奥内の諜報活動をする間者と言っていいだろう。さすがにここまで巨大な組織になると、将軍や御台所でも完全に把握することは難しい。故に御庭番の娘や妻を将軍付きの女中として大奥に入れ、諜報活動を行わせているのである。実際彼女達の暗躍により『延命院事件』など奥向きの醜聞が露見したことも少なくない。

「では吉野、浅木と共に感応寺へ行くように。それ以上は申し訳ないが付けてやれぬ」

 本條の命令に、真希は少し困惑の表情を浮かべる。

「あの・・・・・・恐れながら申し上げますが、浅木では少々若すぎるのでは?できればもう少し年増の、というか男を知っている者の方が宜しいかと思うのですが」

 すると本條は苦虫を噛み潰したような表情をあからさまにした。

「それができれば苦労はしない。この不景気ゆえの人手不足はお前も知っているだろう。かと言ってそなた一人でやらせるわけにもいかぬし・・・・・・どのみち良人以外の男も仕事で受け入れなければならぬ身。一人くらい生娘がいたほうが向こうも疑わぬであろう」

 仕事で初花を散らされる――――――実際真希もそうだったが、後輩となるとやはり気の毒である。

(幸は・・・・・・本当に幸せなのね)

 祝言を挙げる相手は幼馴染で互いに好意を持っている相手だと言っていた。それは御庭番の娘である自分達には許されぬことなのだ。

「承知しました。では決まり次第浅木には告げておきます」

 真希は浅木に対する同情を胸にしまい込み、上司に深々と頭を下げた。




UP DATE 2015.11.4

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『紅柊』も4年目になりますが、ここへきてようやく吉昌の実娘・真希を登場させることが出来ました(^_^;)前々から存在だけは書いていたんですけどねぇ、ようやく彼女を登場させる事ができる話に辿りつけましたよε-(´∀`*)ホッ

そう、真希=女間者のちからが必要となる捜査が今回から始まります。いわゆる『中山智泉院と感応寺事件』と言われるもので、お美代の方の父親が住職をしていた感応寺で行われていた淫行事件です(>_<)寺とは名ばかりのほぼホストクラブと思っていただければ間違いないかと・・・(身もふたもないけどさ)
ただ、今回は潜入捜査組のエロまで到達できるかどうかが怪しいんですよね~(-_-;)そもそもこの事件の解決が家斉死去のまでかかるし\(^o^)/オワタ
取り敢えず暫くは年に一、二度くらいの頻度で登場させる予定ですので、気長に見守ってくださるとありがたいかもです(*^_^*)

次回更新は11/11、感応寺側の描写を書きたいな~と目論んでおります(*´∀`*)
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