「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章 第三話・鳥羽・伏見の戦い・其の参

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 伏見奉行所を焼き出された幕府軍伏見隊は、そのまま淀へと撤退し淀城下の千両松に陣を敷いた。勿論同行していた新選組もである。そのまま追ってきた薩長軍と戦うことになったが、小競り合いでも劣勢に立たされ、不本意な帰還を強いられた。

「鳥羽方面もかなり苦戦を強いられているらしいが・・・・・・」

 幕府軍幹部会議から帰ってきた土方が、眉間に皺を寄せつつ出迎えた鉄之助に呟く。兵力は明らかに幕府軍の方が上なのに、薩長軍の方が優勢だというのだ。
 これが緒戦だけならば問題ないのだが、『窮鼠猫を噛む』という言葉もある。この戦況に土方は嫌な胸騒ぎを覚えるのだが、その理由をうまく表現することが出来ない。
 土方はモヤモヤとしたものを抱え込みながら新選組幹部たちが待っているはずの部屋に向かった。するとそこには既に新選組幹部が全員揃っており、隣の部屋にも心配そうに様子を伺う平隊士達が押し寄せている。中には部屋を覗き込んでいる不届き者も居たが、土方はそれを咎めることもなく車座の中に入った。

「土方さん、幕府の幹部会議はどうだった?」

 永倉が心配そうに尋ねる。その瞬間、車座になった幹部達、そして隣の部屋に押し寄せている平隊士達からも息を呑む声が聞こえてきた。全員の視線が土方に集中する中、土方は重々しく口を開く。

「正直幕府軍は遅れを取っている。これが緒戦だからなのか、それとも互いのやる気の差なのかは判然としねえが・・・・・・おめぇらも、このままずるずる引くわけにゃいかねぇのは判っているな?」

 土方の言葉にに全員が頷く。

「幕府の上の方の奴らは俺達を捨て石にしか思っちゃあいねぇ。だが、ここで武功の一つも立てりゃ更に一目置かれるようになる――――――この戦に参加してねぇ近藤さんや総司の分まで暴れるぞ!」

 ここで自分が弱気を見せるわけにはいかないのだ。土方はまとわりつく嫌な胸騒ぎを敢えて無視し、部下達を煽る。

「「「おぅ!」」」

 案の定、土方の胸騒ぎなど微塵も感じない隊士達は――――――隣の部屋の平隊士達も含めて――――――鬨の声を上げた。その興奮が収まった頃、土方はようやく明日の計画を口にする。

「先鋒は今日と同じく永倉、そして原田が続け。最初は馬鹿の一つ覚えみてぇに鉄砲を撃ちまくってくるだろうが、そのうち隙ができる。そこを狙え。そして源さん」

 土方は土方の横に座っていた井上に声をかけた。

「明日はしんがりを頼む。かなり危険な役どころだが」

 微かに――――――ほんの微かに揺れた土方の声。だが、その声の、否、気持ちの揺れを感じたのか井上はいつになく強い口調で土方に応えた。

「心配するな、儂に任せておけ!若先生に新選組の誉れを土産に大阪に戻らねばならんからな!」

 井上らしからぬ強気な発言にやんやの喝采が湧き上がる。翌日に起こる悲劇など思いもせず、その場は明るく活気に満ちていた。



 新選組、いや幕府軍にとって最大の悲劇は、錦の御旗の形で現れた。鳥羽における戦闘が始まった直後、朝日に照らされた紅の旗――――――錦旗が薩長軍に掲げられたのだ。

「錦の御旗・・・・・・何故!!」

 誰かの悲鳴が朝日に照らしだされた戦場に響く。それは前日、朝廷が仁和寺宮嘉彰親王を征討大将軍に任命し、薩長軍に与えた錦旗であった。

「な、なに!一体どういうことだ!」

「朝廷は・・・・・・薩長を認めたというのか!」

「俺達は、俺達はどうなるんだ!」

 まさか一夜にして自分達が賊軍になってしまったというのか――――――その事実に混乱し、狼狽える幕府軍兵士だったが、その行動を咎めるように佐久間信久の一喝が響き渡った。

「狼狽えるな!あれは偽物だ!」

 だが兵士達に広がってしまった動揺を収束することはできない。鳥羽方面では旧幕府軍が一時盛り返すも、指揮官の佐久間らの相次ぐ戦死などを受けて富ノ森へ後退せざるをえなくなった。そしてそれは淀に陣を張っていた伏見隊も同様である。錦旗そのものは無かったものの鳥羽に現れた錦の御旗の情報は早馬で届けられた。更に薩長軍に土佐藩兵が加わり、敵の兵力が増大したのだ。戦死者も少なからず出始め、幕府軍の敗戦が色濃くなってゆく。

「一旦淀城に撤退する!全軍、戦闘をやめよ!」

 指揮官の誰かの声が戦場に響く。それが会津なのか桑名なのか、それとも伏見奉行なのか定かではない。だがその声に兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めたのである。統率もなにもあったものではなかった。

「まずいな」

 その混乱のさなか、土方は思わず呟く。それを聞きとがめたのは鉄之助ただ一人だった。

「何が・・・・・・あかんのですか?」

「山崎隊と井上隊が見当たらねぇ!一体どこにいやがる!」

 ぶっきらぼうに言い放つと、土方は何を思ったのか激しい戦闘が起こっている方へ向かおうとする。

「あきまへん!」

 ふらふらと部下たちを探しに行こうと一歩踏み出した土方の袖を、鉄之助が強く引っ張り、強く怒鳴りつけた。

「淀城に行けば合流できます!せやけどここで土方副長に何かあったらわてら新選組隊士はどないすればええんですか!それに万が一土方副長に怪我でもあったら近藤局長に顔向けできまへん!!」

 鉄之助の言葉に土方ははっ、と我に返り、悔しげに唇を噛み締めたが、覚悟を決めたのか淀城の方へ向き直る。

「俺達は・・・・・・悪運だけは強いんだ。源さんにも、山崎にも・・・・・・絶対に淀で落ち合える!」

 まるで自分自身に言い聞かせるように吐き出すと、土方は新選組に対して撤退命令を出す。それは新選組にとって初めての本格的な敗北だった。



 強かったはずの新選組の悪運――――――だが、それは去年の歳神と共に去っていってしまったらしい。淀城にまで逃げ延びた土方ら伏見軍だったが、淀藩は四日朝までとは異なり城門を閉じ旧幕府軍の入城を拒んだのである。
 現職の老中・稲葉正邦の国だけに、幕府軍にとってこれはかなりの痛手であった。藩主が江戸に滞在しており、国家老以下で状況判断をしたとはいえ、流れは明らかに官軍となった薩長軍に剥いたことを示している。だが、ここでいざこざを起こしては更に状況は悪化する。
 入城を拒絶された幕府軍は、男山・橋本方面へ撤退、幕府軍の負傷者・戦死者は長円寺へ運ばれるが、この時になって井上隊がようやく合流した。だが、そこには井上の姿はなく、数人の井上の部下と泣きじゃくる井上の甥・泰助がいるだけだった。

「おい、源さんは?」

 土方が恐る恐る尋ねると、泰助は目に涙を目一杯浮かべながら報告する。

「流れ弾に当たって命を・・・・・・俺をかばって・・・・・」

 それだけ言うのが精一杯で、泰助はとうとう大声で泣き出した。

「首も、形見の品も持ち帰ることが出来ませんした!局長に・・・・・・父になんて報告をしたら・・・・・・!!」

 そんな泰助を庇うように部下の一人が土方に訴える。

「土方副長、それは仕方なかったんです。井上先生の首と刀を泰助が抱ていたんですが、どうしても遅れてしまって・・・・・・泰助まで死なすわけにはいかず、仕方ないので田んぼの脇に首を埋めてきました」

 井上だけではない。新選組隊士十人以上がこの戦いで戦死していたし、瀕死の重傷を負っていた。一番危険な前線で銃器も持たずに戦っていたのだから、まだましなのかもしれないが、鍛え上げた経験豊かな隊士の死はかなりの痛手だ。

「畜生!せめて隊士の半分の銃でも揃えられたなら!」

 だか既に遅い。元々銃を疎んじていた隊士らだが、それは副長命令でどうにでもなるだろう。そもそも銃がなくてもなんとかなるだろうという自分の読みが外れたことに原因があるのだ。その代償はあまりにも大きすぎた。

「この戦いが終わったら・・・・・・どんな手を使っても銃を手に入れるぞ。他の幕臣や藩士の銃を奪ってでもな」

 決意に満ちたその声は、微かに湿っていた。



 翌日六日、幕府軍は石清水八幡宮の鎮座する男山の東西に分かれて布陣した。東に男山、西に淀川、南に小浜藩が守備する楠葉台場を控えた橋本では、地の利は迎え撃つ幕府軍にある。だが、ここでも裏切りがあったのだ。
 対岸の大山崎や高浜台場を守備していた津藩が薩長側へ寝返り、幕府軍へ砲撃を加えたのである。思いもかけない西側からの砲撃を受けた幕府軍は戦意を失って総崩れとなり、淀川を下って大坂へと逃れた。また、この戦いで、京都見廻組の長であった佐々木只三郎が重傷を負った。

 満身創痍になりながら戦い、大阪に落ち延びた幕府軍兵士達。だが淀藩や津藩の裏切りなど些細なものとしか思えない裏切りがそこには待ち受けていた。
 それは徳川慶喜――――――幕府軍総大将であり、かつては征夷大将軍と呼ばれた男による裏切りだった。



UP DATE 2015.10.31

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鳥羽伏見の戦い、じわじわと後退を余儀なくされております。そして源さんがここでお亡くなりに・・・(´;ω;`)
錦の御旗を前に逃げ惑う味方&勢いづく敵を前に新選組はかなりの被害を被ってしまいました。資料の中には1/3に当たる隊士が無くなったというものも・・・今回はちょっと話を割り引いておよそ10人の戦死、そしてこの後に追って死亡という形を取らせていただくことにいたしました。
そうそう、この戦いで佐々木さんも重傷を負っておるんですよね・・・やはり下っ端が被害にあうのです(-_-;)

次回更新は11/5、最大の裏切り者・慶喜の逃亡劇から始まります。
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