「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章・序

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 沖田老人が体調を崩した翌朝、中越は智香子と共に再び沖田老人の家に向かった。自分達が帰る時も寝込んでいた沖田老人だ。朝飯を作るのも難儀だろう。もしかしたら近所のお節介なおかみさんが声をかけてくれているかもしれないが、やはり心配である。固ければ茶漬けにすればいいと作った握り飯に漬物、そして精がつくようにと作った玉子焼きを手に、二人は沖田老人が住んでいる長屋の一部屋の引き戸を開いた。

「沖田さん、中越です。起きてますか?」

 すると中から沖田老人の寝ぼけた声が聞こえてきた。どうやらまだ寝ていたらしい。二人は顔を見合わせると、そのまま玄関から上がり込んだ。

「お早うございます、沖田さん。もしかしたら朝ご飯がまだじゃないかと思って、僭越ながら朝ご飯を持ってきたんですけど」

 中越の言葉に智香子が弁当箱に詰めた朝飯を沖田に見せる。すると沖田は申し訳ないと呟き身体を起こした。

「では折角ですから頂きましょうかね。ああ、握り飯もそのままで結構ですよ。これでも歯は丈夫でしてね。小夜に小うるさく歯の手入れを怠るなと言われたのが功を奏しております」

 弁当箱を膝に載せ、沖田老人は差し出された箸を受け取る。そう言えば沖田老人の話はこの年齢の老人にしては聞き取りやすいと中越は改めて気がついた。元々の頑丈さに加え、医者だった小夜の影響もあるのだろう。

「そうだ。あの後、娘さんか息子さんから連絡はありましたか?」

 中越の問いかけに沖田老人は瓜の浅漬を噛み締めつつ答えた。

「ええ、昨日電報を打ってもらった後、すぐに返事がこちらに届きましてね。佳代がこっちに来てくれるとのことです。総助は仕事が忙しいらしくて、嫁が代わりに来てくれるらしいですが」

「だったらそれまでは我々がこちらに詰めさせて頂きます。今日は仕事も休みですし」

 中越の提案に、智香子も一も二もなく頷いた。

「そうですわね。一人にして無茶をされてはお子さんたちに顔向けできませんもの・・・・・・お子さん、といっても私達より先輩ですけど」

 むしろ中越より積極的な智香子の言葉に沖田老人は目を細めた。

「ははは。ではお言葉に甘えさせて頂きましょうか。折角のお休みのところ、申し訳ありません」

 沖田老人は弁当箱を膝に、深々と頭を下げた。



 沖田老人の部屋は一人暮らしにしてもかなり簡素なものだった。無駄なものを一切合切削ぎ落としたような潔さ――――――これが武士というものなのだろうか。唯一人間味を感じるのは部屋の隅にある小さな本棚と、その横にある薬箱だった。大きさからすると医師が使うもののようだ。もしかしたら小夜が生前使っていたものかもしれない。

「江戸生まれの方は本当に物を持ちませんよね」

 食事を終え、白湯を飲んでいる沖田老人に中越は語りかける。

「僕なんか資料書類や書籍で床が抜けそうな程なのに」

 新聞記者という仕事柄、『読む』事も大事な仕事の一つである。直接手に入れた資料から専門用語を勉強するために手に入れた書籍、その他諸々で中越の部屋の半分は埋め尽くされており、智香子に嫌な顔をされている。かと言って仕事に必要なものを捨て去ることも出来ず、ほとほと困り果てているのだ。そんな中越にとって、沖田老人のこの部屋は信じられないほどすっきりしている。

「ははは。こればかりは教えこまれた習性ですかね。普通の人でも柳行李ひとつに私物を収めることは出来ましたし、我々下級武士に至っては、最悪時は合切袋ひとつしか私物を持つことは出来ませんでした」

「最悪時とは・・・・・・やはり幕末の戦争ですか?」

 中越が言いにくそうに口を開く。転戦に転戦を重ねた戊辰戦争の最中では、確かに柳行李でさえ邪魔だろう。そんな中越の予想を沖田老人は裏切らなかった。

「ええ、勿論です。身に付けていたのは似非西洋風のお仕着せ戦闘服、手にはゲベール銃でしたから。大小を腰にぶら下げるのが許されたのは戊辰戦争の時までで、戦闘の邪魔になるからと下っ端は武士の魂まで手放しておりました」

「そんな極限状態だったのですか?」

 中越の声が真剣味を帯びる。それは休日のものではなく、記事ネタを見つけた新聞記者そのものの声だ。それに気がついたのか否か、沖田老人は微かに苦笑いを浮かべる。

「極限・・・・・・といえばそうなのでしょうね。しかし当時はそれが普通でしたし、何とも思いませんでした。その当時に比べたら今は思い出の品まで遺しておけますからねぇ」

 そう言いながら沖田老人は部屋の隅にある薬箱と小さな本棚を見つめた。

「あれは小夜のものなんですよ。本当なら私が身罷る前に処分しなければならないのでしょうけど、なかなか気持ちの整理が付きませんでね。来年の三回忌まではこのままで、と思っています」

「あら、そんな無理をすることは無いんじゃあありませんの?」

 そう言いながら部屋へ入ってきたのは智香子だった。持ってきた弁当箱を洗い、そのついでにとしていた台所の掃除と昼餉の準備を終えたらしい。

「小夜先生の贔屓筋は多いんですよ。形見分け、なんて言ったら瞬く間にはけちゃいますから」

「ははは、それは頼もしい!」

 ひとしきり笑うと、沖田老人は大きく伸びをした。すると心なしか沖田老人の体が一回り大きくなったように見える。元々六尺はある大柄な人だ。小さく見えたほうが普通ではなかったのだ。

「そうそう、話の続きですが・・・・・・今日は大丈夫ですか?」

「え、ええ。僕や智香子は問題ありませんが・・・・・・沖田さん、身体は?」

 沖田老人の提案に、むしろ中越が面食らう。

「こんな気楽な格好をさせてもらっていますから問題ありませんよ。それ以上に今回のことで佳代が本気で私を小田原へ連行しかねませんので、できるところまでは話しておきたいと

 その瞬間、中越と智香子の表情が曇った。小田原へ行くかもしれない――――――その言葉に、沖田老人が何かを自覚しているのかと感じたのだ。

「ほんとうに大丈夫何ですか、沖田さん?」

「ええ、無理はなさらないでくださいね。そもそもこのお話、佑さんが半ば強引に沖田のおじいちゃんから聞き出しているんですから、義理なんて感じなくても」

「ちょっと、智香子さん」

 なまじ的を射ていただけに中越はバツの悪そうな表情を浮かべる。それに対して沖田老人が助け舟を出す。

「いえいえ、お気遣いなく。小夜が亡くなって気落ちしていたところでのこの話でしたので。これも神仏のお導きでしょう」

 沖田老人が何かを思い出すような遠い目をする。

「生き残っていた当時の同志たちも彼岸へ旅立っております。私に残された時間もそう長くはないのでしょう。あの時の話をきちんと次の世代に伝える・・・・・・きっとそれが私に残された使命なんだと思います」

 淡々と語る沖田老人だったが、その声音に滲む覚悟を二人は感じた。

「・・・・・・というわけで、煩い子供らがここに来るまで、ちょっとばかし老人の与太話に付き合ってくれますかね」

「ええ、勿論です。できることなら最後まで・・・・・・お付き合いさせてください」

 少し湿っぼったさが滲む中越の言葉に沖田は笑みを浮かべる。

「では早速はじめましょうか。こんな暑い日になんですが、戊辰戦争が始まった新春の朝は、晴れ渡ってそれはそれは寒い日でした」

 萎びていた老人の声に若々しさが宿る。それは命尽き果てようとする枯木が最後の命を燃やし尽くすかのように花を咲かせるが如くだ。中越と智香子は不吉な予感を振り払いつつ、沖田老人の話に耳を傾けた。




UP DATE 2015.10.10

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第九章はいつもの煉瓦造りのカフェーではなく、沖田老人の自宅から始まることになりました。矍鑠としているとはいえ総司も既に七十五歳を過ぎているはず・・・いつあの世に旅立ってもおかしくない年齢なのです(>_<)
総司もそれを感じているんでしょうか、まるで行き急ぐように残りの話をしようといたします。取り敢えず娘の佳代が総司を自分のところに引き取る前にできるところまで・・・というところでしょうか。一応午前中=第九章、午後=第十章のつもりでおります(*^_^*)
これで終わらなければ小田原に沖田が引き取られた後、夏休みを利用して中越が小田原を尋ねるという展開になるかも・・・少なくとも話し終える前にくたばるほど拙宅の総司はやわじゃありませんのでご安心を(*^_^*)

次回更新は10/17、とうとう戊辰戦争突入です♪
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