「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第八章
夏虫~新選組異聞~ 第八章・結
煉瓦造りのカフェーに海風が吹き向ける。それは決して爽やかなものではなく、潮を含みじっとりとした重さを孕んでいた。
「・・・・・・とまぁ、今日のところはこんな感じですかね」
飄々とした沖田老人の声が中越と智香子を現実に引き戻す。その声に二人ははっ、と我に返り、あたりをキョロキョロと見回した。話しに引き込まれ、つい幕末の伏見にいるような錯覚を覚えていたが、ここは紛れも無く大正の御代の横浜なのだ。それを確信し、中越はふぅ、と大きな溜息を吐く。
「あ、ああ・・・・・・ここは横浜ですよ、ね。ついつい引き込まれて幕末の京都・・・・・・いいえ、伏見にいるような気がしておりました」
中越はハンケチを取り出し額の汗を拭う。背中にも不快な汗をかいており、べっとりとシャツが張り付いている。沖田老人の話があまりにも真に迫っていたためか、自分も幕末の戦場に立っているような気がしていたのだ。
「ほほぅ。新聞記者さんにそう言ってもらえるのは光栄ですね」
沖田老人は人懐っこい笑みを浮かべ、コップに半分ほど残っていた珈琲を飲み干す。その表情はいつもと変わらぬものだったが、その顔色は窓から入ってくる光の加減のせいか少し顔色が悪いように中越には見えた。
「ま、今は昔と言うやつですよ」
「あの・・・・・・沖田さん。お尋ねしても宜しいでしょうか?」
今まで黙っていた智香子が恐る恐る沖田老人に尋ねる。
「小夜先生は・・・・・・お腹の中に赤ちゃんがいた時に油小路の変があったんですよね?その・・・・・・お体の方は大丈夫、だったんですか?」
今にも泣き出しそうな表情の智香子だったが、沖田老人は心配する必要はないと意味深な笑みを浮かべた。
「ええ。おなごというものはか弱そうに見えて意外と強いものでね。小夜も例外じゃありませんでした。藤堂さんの心をかき乱しつつ高台寺党に楔を打ち込み、うまく逃げおおせましたからね。更にそれだけじゃなく・・・・・・おっと、ここからは次回のお楽しみにしておきましょうか」
「うわぁ、そこで切られちゃうんですね」
智香子は露骨に残念そうな表情を露わにする。
「ええ、さすがに日も傾きかけておりますしね。次回も土曜日ということで・・・・・・」
と、立ち上がりかけた沖田老人の身体が不意に揺らぎ、テーブルに手をついた。 その首筋にはかなりの脂汗が滲んでいる。喋っているときは気が付かなかったが、相当体調が悪いのかもしれない。
「沖田さん!大丈夫ですか!」
中越はあたりもはばからず大声で沖田の名を叫び、立ちあがる。そして沖田の側に駆け寄ると、一旦椅子に座らせた。
「智香子さん、おしぼりとお冷を」
「はい!」
すると気を利かせた中年の女給が慌ててお冷とおしぼりをもって駆けつけてきた。壮健とはいえ沖田老人は八十歳を超えている。何があってもおかしくないのだ。
「す、すみませんね・・・・・・ちょっと立ちくらみをして。そんな大仰に騒がないでくださいよ」
沖田老人は苦笑いを浮かべるが、その顔色は決して良いとはいえない。
「今日はご自宅まで送らせて頂きます。智香子さん、良いですよね?」
「ええ、勿論ですわ。私もついていきます。女手があったほうが良いでしょう?」
「ありがとうございます」
中越はそう言うと、沖田の額や首筋に浮かんでいる脂汗を拭った。
「すみません、お絹さん。俥を呼んでもらえますか?」
「ええ、ちょっと呼んでくるわね。おじいちゃん、若い人を困らせないで、もうちょっと大人しくしていてね」
幸い客は中越たちしか居ない。中年の女給はすぐざま店を飛び出し、程なくして人力車を一つ捕まえてきた。
「じゃあ行きましょうか」
「すみませんねぇ。伏見の時、戦線から離れていた時と同じくらいいたたまれませんよ」
冗談とも本気とも付かないボヤキが沖田老人の口から溢れる。そして三人は店を後にした。
沖田老人を自宅に送り届けた後、中越は万が一を考えて沖田の娘・佳代に電報を打った。単なる暑気あたりだとは思うが、こじらせてしまっては大変だ。
「沖田のおじいちゃん。大丈夫かしら・・・・・・私達の看病も断って」
智香子は心配そうに後ろを振り返りながら中越に語りかける。
「一応大家さんにも事情を話しておいたから問題ないと思うけど・・・・・・僕も明日は休みだし、二人で訪ねてみようか。甘いものでも持って」
「だったら心太の黒蜜かけにしませんこと?沖田のおじいちゃんに聞いたことがあるの。こちらでは酢醤油ですけど、京都では心太に黒蜜ときなこをかけるんですって」
「うへぇ、何ですか!その気味の悪い食べ物は!」
心太は辛子酢醤油で食べるもの――――――そう思い込んでいる中越は顔をしかめる。だが、智香子はそうは思わないらしい。
「あら、美味しそうじゃありませんこと?それに涼しげで喉も通りやすそうですし・・・・・・明日はそれにしましょう!」
弾むような声音で明日の見舞い品を決めてしまった智香子に、中越は頭を抱える。
「心太に黒蜜・・・・・・心太に黒蜜だって?冗談じゃない、沖田老人が更に体調を壊しても知らないぞ」
考えるだけで吐き気をもよおしそうな組み合わせに、中越はめまいを覚えた。
UP DATE 2015.10.3
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第八章、鳥羽・伏見の戦い直前までも何とか終えることができました(^_^;)
そしてビックリ、話を終えたジジィ総司がぶっ倒れてしまうという(>_<)さすがに80超えていますからねぇ、夏場の暑さに身体がついていかなかったのかもしれません。ただこういった小さなトラブルが後々大病に繋がることもありますからねぇ・・・(´・ω・`)
なお、心太に黒蜜きなこの文化が関東に入ってきたのはたぶん1980年台頃じゃないかと・・・私は就職してから初めて知りました(^_^;)
今回は話の展開上ここで切らせて頂きます。そして来週更新分にてこの続き―――中越と智香子、そして佳代も揃ったところで話を続けさせていただくことに・・・本編もとうとう京都を離れ、江戸、そして更に北へと向かいます。ゴールはまだ先ですが、一歩一歩頑張っていきたいです(*^_^*)
「・・・・・・とまぁ、今日のところはこんな感じですかね」
飄々とした沖田老人の声が中越と智香子を現実に引き戻す。その声に二人ははっ、と我に返り、あたりをキョロキョロと見回した。話しに引き込まれ、つい幕末の伏見にいるような錯覚を覚えていたが、ここは紛れも無く大正の御代の横浜なのだ。それを確信し、中越はふぅ、と大きな溜息を吐く。
「あ、ああ・・・・・・ここは横浜ですよ、ね。ついつい引き込まれて幕末の京都・・・・・・いいえ、伏見にいるような気がしておりました」
中越はハンケチを取り出し額の汗を拭う。背中にも不快な汗をかいており、べっとりとシャツが張り付いている。沖田老人の話があまりにも真に迫っていたためか、自分も幕末の戦場に立っているような気がしていたのだ。
「ほほぅ。新聞記者さんにそう言ってもらえるのは光栄ですね」
沖田老人は人懐っこい笑みを浮かべ、コップに半分ほど残っていた珈琲を飲み干す。その表情はいつもと変わらぬものだったが、その顔色は窓から入ってくる光の加減のせいか少し顔色が悪いように中越には見えた。
「ま、今は昔と言うやつですよ」
「あの・・・・・・沖田さん。お尋ねしても宜しいでしょうか?」
今まで黙っていた智香子が恐る恐る沖田老人に尋ねる。
「小夜先生は・・・・・・お腹の中に赤ちゃんがいた時に油小路の変があったんですよね?その・・・・・・お体の方は大丈夫、だったんですか?」
今にも泣き出しそうな表情の智香子だったが、沖田老人は心配する必要はないと意味深な笑みを浮かべた。
「ええ。おなごというものはか弱そうに見えて意外と強いものでね。小夜も例外じゃありませんでした。藤堂さんの心をかき乱しつつ高台寺党に楔を打ち込み、うまく逃げおおせましたからね。更にそれだけじゃなく・・・・・・おっと、ここからは次回のお楽しみにしておきましょうか」
「うわぁ、そこで切られちゃうんですね」
智香子は露骨に残念そうな表情を露わにする。
「ええ、さすがに日も傾きかけておりますしね。次回も土曜日ということで・・・・・・」
と、立ち上がりかけた沖田老人の身体が不意に揺らぎ、テーブルに手をついた。 その首筋にはかなりの脂汗が滲んでいる。喋っているときは気が付かなかったが、相当体調が悪いのかもしれない。
「沖田さん!大丈夫ですか!」
中越はあたりもはばからず大声で沖田の名を叫び、立ちあがる。そして沖田の側に駆け寄ると、一旦椅子に座らせた。
「智香子さん、おしぼりとお冷を」
「はい!」
すると気を利かせた中年の女給が慌ててお冷とおしぼりをもって駆けつけてきた。壮健とはいえ沖田老人は八十歳を超えている。何があってもおかしくないのだ。
「す、すみませんね・・・・・・ちょっと立ちくらみをして。そんな大仰に騒がないでくださいよ」
沖田老人は苦笑いを浮かべるが、その顔色は決して良いとはいえない。
「今日はご自宅まで送らせて頂きます。智香子さん、良いですよね?」
「ええ、勿論ですわ。私もついていきます。女手があったほうが良いでしょう?」
「ありがとうございます」
中越はそう言うと、沖田の額や首筋に浮かんでいる脂汗を拭った。
「すみません、お絹さん。俥を呼んでもらえますか?」
「ええ、ちょっと呼んでくるわね。おじいちゃん、若い人を困らせないで、もうちょっと大人しくしていてね」
幸い客は中越たちしか居ない。中年の女給はすぐざま店を飛び出し、程なくして人力車を一つ捕まえてきた。
「じゃあ行きましょうか」
「すみませんねぇ。伏見の時、戦線から離れていた時と同じくらいいたたまれませんよ」
冗談とも本気とも付かないボヤキが沖田老人の口から溢れる。そして三人は店を後にした。
沖田老人を自宅に送り届けた後、中越は万が一を考えて沖田の娘・佳代に電報を打った。単なる暑気あたりだとは思うが、こじらせてしまっては大変だ。
「沖田のおじいちゃん。大丈夫かしら・・・・・・私達の看病も断って」
智香子は心配そうに後ろを振り返りながら中越に語りかける。
「一応大家さんにも事情を話しておいたから問題ないと思うけど・・・・・・僕も明日は休みだし、二人で訪ねてみようか。甘いものでも持って」
「だったら心太の黒蜜かけにしませんこと?沖田のおじいちゃんに聞いたことがあるの。こちらでは酢醤油ですけど、京都では心太に黒蜜ときなこをかけるんですって」
「うへぇ、何ですか!その気味の悪い食べ物は!」
心太は辛子酢醤油で食べるもの――――――そう思い込んでいる中越は顔をしかめる。だが、智香子はそうは思わないらしい。
「あら、美味しそうじゃありませんこと?それに涼しげで喉も通りやすそうですし・・・・・・明日はそれにしましょう!」
弾むような声音で明日の見舞い品を決めてしまった智香子に、中越は頭を抱える。
「心太に黒蜜・・・・・・心太に黒蜜だって?冗談じゃない、沖田老人が更に体調を壊しても知らないぞ」
考えるだけで吐き気をもよおしそうな組み合わせに、中越はめまいを覚えた。
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そしてビックリ、話を終えたジジィ総司がぶっ倒れてしまうという(>_<)さすがに80超えていますからねぇ、夏場の暑さに身体がついていかなかったのかもしれません。ただこういった小さなトラブルが後々大病に繋がることもありますからねぇ・・・(´・ω・`)
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