「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

五三郎の御様御用・其の肆~天保七年九月の晴れ舞台

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 御様御用の翌日、休みをもらっていたものの五三郎は道場に顔を出した。というより幸にいち早く報告をしたかったというべきだろう。
 本当は御様御用が終わったその足で道場に出向き幸に全てを報告したかったのだが、いかんせん『祝いの席だ!』とばかりに吉原へ連行されたのである。

「全くひでぇよなぁ、お師匠様も兄上も!俺がいち早く幸に報告したがっているのを知っているのにさ!」

 幸に一通りの報告をした後、まるで河豚のようなふくれっ面を見せる五三郎に、幸は思わず吹き出してしまう。

「それは仕方ありませんよ、兄様。本当に山田浅右衛門を襲名することになったら吉原くらいじゃ済みませんよ」

 幸の言葉に五三郎は思わず顔をしかめる。

「済まねぇ、って、どういうことだよ?吉原に引きずられていっただけでも厄介なのによ」

「老中を始め若年寄に三奉行、それとお世話になっている大名や旗本に本人が直接挨拶に行くんですよ。以前六代目に伺ったら、目ぼしいところだけでも一ヶ月近くはかかるようで・・・・・あ、国許に帰っている大名は江戸に来た時にご挨拶をすることになります」

「うわぁ、それは面倒だな」

 今回の御様御用にお忍びで来ていた大名だけでも十名近くはいた。その他五三郎が顔を知っているだけでも二十名近くの大名が浮かぶ。挨拶となればこの三倍から四倍は見ておくべきだろう。

「諦めてください。それが山田浅右衛門になるものの宿命です」

 愛らしい笑顔が般若のほほ笑みに見える。五三郎は大仰な溜息をつくと、不意にある事を思い出し真顔になった。

「そういやおめぇ、猶次郎というか豊岡藩から何か連絡は来てねぇか?」

「いいえ・・・・・・昨日、六代目から伺いましたが、『疱瘡正宗』の偽物を折ってしまったとのことですよね?」

 さすがに幸も心配なのか、心配そうに顔を曇らせる。

「ああ、偽物正宗を折っちまった直後は立ち上がれないほどだったから、流石に心配でよ」

 五三郎の言葉に、幸も頷きながらポツリと呟く。

「そこまでひどい状態だったのですね・・・・・・何だかこちらから状況が聞きにくいですね」

「ああ。これが原因で試し切りを辞める、なんて言い出さなきゃいいんだが・・・・・・筋はいいんだよ、あいつ」

 七代目を争う間柄ではあるが、やはり失敗の仕方が拙すぎた。昨日の失敗を糧により良い試し物芸者になってくれればと思うが、こればかりは本人次第だ。

「きっと・・・・・・立ち直ってくれますよ。お咎めもないって事ですし。でないと京極様にも類が及んでしまいます」

「確かにな。偽物を折ったことでさえお咎めがあるんなら、罰せられる人間が多くなっちまう」

 そう言いながら五三郎はよいしょ、と立ち上がる。

「さて、と。じゃあ藁胴作りでもするかな」

「ちょっと兄様。それは若手の仕事ですよ!いくら何でも・・・・・・」

 七代目山田浅右衛門になる人間がやる仕事ではない、と幸が言いかけたのを五三郎は遮った。

「さすがに今日は刀を持ちたくねぇんだよ。変に肩に力が入っちまって、稽古でもうまく行かねぇような気がする。だったら藁胴でも作って無の境地に・・・・・・」

「だったら句作でもしたらいかがですか?ここ最近御様御用の稽古が忙しくて俳句のお稽古怠けていたでしょう?」

 幸の鋭い指摘に、五三郎は瞬時に顔をこわばらせた。

「そ、そうだっけ。句作、ねぇ・・・・・・」

 乾いた笑いを浮かべつつ、五三郎はそろりと幸の前から逃げようとする。だが、幸は五三郎の長着の裾を掴み、頬を膨らました。

「駄目ですよ、逃げようったって。山田浅右衛門の素養として俳句は絶対なんですから!それでも逃げるっていうのなら・・・・・・」

 幸は何を思ったのか、不意に意味深な笑みを浮かべた。

「祝言までに百の句を作るっていうのは如何ですか?」

「はぁ?冗談も大概にしやがれ!そもそも祝言なんていつになるかわかりゃしねぇだろ!」

 百句もなんで冗談じゃ無いと五三郎は肩を怒らせるが、幸には全く通じない。

「でもそれほど先ではないと思いますよ。でなければこんなに焦って七代目の選考なんてしないでしょうし」

 そんな他愛もない話を二人がしていたその時である。襖の向こう側から芳太郎が幸を呼ぶ声が聞こえてきた。それに対して幸が開けても良いと許しを出す。

「あ、五三郎もここにいたのか。丁度良い、お師匠様がお呼びだ」

「解った。じゃあ行こうか、幸」

「ええ」

 二人は連れ立って六代目の待つ部屋へと向かった。



 二人が部屋に通されると、そこには吉昌と数名の高弟が既に待っていた。その揃った面子に慄きつつ、御様御用本番よりも緊張した面持ちで五三郎は前に進み出る。

「――――――後藤五三郎よ」

 吉昌が五三郎の苗字を呼ぶのは極めて珍しい。否、公の場所以外では皆無だ。つまりこれから起こることは極めて重要な事なのだ、と瞬時に理解した五三郎は背筋を更に正す。

「昨日の御様御用、見事であった。先程腰物奉行を通じて大樹公からねぎらいのお言葉が届いた」

「はっ!」

 反射的に五三郎が頭を下げる。さすがに七代目の決定がかかっていると将軍のお言葉も頂戴できるのだ、と妙なところで感心する五三郎だったが、話はまだまだ続いた。

「――――――故に、お前を七代目山田浅右衛門と内定する。尤も」

 一呼吸おいて吉昌が更に語り続ける。

「その途中、七代目に相ふさわしくないと判断したら即刻下りてもらう。新實の先例を夢忘れるな」

 吉昌の一言に五三郎の顔が更に引きしまる。

「・・・・・・で、ここからが本題だ。七代目となるにはそれなりの支えが必要だ。特に血筋に関してはそれがし同様お前も山田浅右衛門の血を一滴も引き継いでおらぬ。故に」

 ちらりと幸へ視線を投げかけながら吉昌は五三郎に命じた。

「代々の山田浅右衛門の血を引き継ぐ幸との結婚を命ずる。時期は将軍の代替わりが行われる夏までに――――――これはそれがしの命ではなく、大樹公御自らの命令である」

 重々しいその言葉に五三郎は勿論、隣りにいる幸も目を丸くする。

「な、何故大樹公御自ら・・・・・・」

 名門とはいえ山田家は浪士である。老中辺りからの命令なら充分に考えられるが、まさか将軍自らが浪士の結婚の命令を下すとは――――――その事に五三郎も幸も驚きを隠せない。

「そもそも山田家は将軍家の刀剣の試し斬りをする家柄だ。浪士とはいえ主君はあくまでも大樹公、何ら不思議はないだろう」

 二人の驚きを察したのか、口を開いたのは五三郎の実父、後藤五左衛門だった。往年に比べだいぶ身体は小さくなり年老いた印象は拭えないが、その眼光は未だ炯々と光り輝いている。

「お前は後藤家を離れ、山田家の養子となるが・・・・・・我が息子に変わりはない。少々軽薄なところが気がかりだが、山田家七代の重みと後藤家の矜持を忘れるでないぞ」

 普段の口調に比べ、かなり穏やかな父親の言葉に五三郎はこみ上げるものを感じる。だが、ここで泣くのはまだ早すぎるだろう。

「承知・・・・・・いたしました。山田、後藤両家の名を汚さぬようこれからも精進してまいります」

 少し湿った声で一気に吐き出すと、五三郎と幸は揃って皆へ頭を下げた。



「それにしても夏までに、って・・・・・・長くて半年か」

 吉昌らが揃っていて部屋から退出した後、五三郎は大きな伸びをしながら呟いた。確かに将軍の代替わりが四月に行われるから、その前の三月まで――――――つまり春のうちに家としての跡取りをきちんと決めておけというのだろう

「三月までに祝言を挙げてしまえば、挨拶回りも大名達が出入りする三月から四月中にできますからね。こちらとしてはありがたいですよ。それよりも兄様?」

「何だ?」

 幸の問いかけに五三郎は気のない返事をする。

「先程の約束、覚えていますよね?」

「先程の約束って・・・・・・あっ!」

 五三郎は吉昌に呼び出される前の事を思い出し、顔面蒼白になる。

「俳句を百句、作っていただきますからね。山田浅右衛門を継ぐんですからそれくらい大したことないでしょう?」

 さらりと言ってのける幸に、五三郎は怒りさえ覚える。

「大有りだチクショウ、一日一句か二句作らねぇと間に合わないじゃねぇか!」

 三月ならばまだ余裕がある。しかし一月に祝言を挙げるのならば絶対に間に合わないだろう。だが山田浅右衛門にとって『裏芸』である句作も重要である。これもまた『山田浅右衛門』になるための試練なのか――――――あからさまな渋面を作りつつも、五三郎はどうやって期限までに百句作るべきか考え始めた。




UP DATE 2015.9.24

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猶次郎の失敗があったためか、五三郎が七代目・山田浅右衛門に内定いたしましたヽ(=´▽`=)ノ
しかし新實の例もありますから、あまり羽目をはずしすぎるなと先輩方から釘を差されるというwwwま、幸が龍菜を引っ張ってくれるでしょうから問題はないと思われます(〃∇〃)

そして祝言が来年春に決定いたしました!春、と一口に言っても一月かもしれないし、三月かも知れませんし・・・その辺りは11月話にでも書かせていただこうかな、と。ここ最近エロを書いていないので、リハビリがてら来月はエロ路線で参りたいと思っております( ̄ー ̄)bグッ!
(瀬田のところの始末を付けたいですしねぇ(^_^;))
来週は30日に拍手文更新を、10月からは水曜日にするか木曜日にするか迷っているのですが、一応水曜日更新の予定で紅柊を考えていきたいと思っております(*^_^*)
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