「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

五三郎の御様御用・其の参~天保七年九月の晴れ舞台

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 鮫小紋の肩衣を外した五三郎は、試し柄を付けられた刀を手に胴の前に立った。そしてそのまま仁王立ちになると手にした刀を両手で握り、振りかざす。

「では、御様御用を始めさせて頂きます」

 どこまでも澄み渡る青空に五三郎の朗々とした声が吸い込まれ、両手で握りしめられた刀がその重みに任せるまますっ、と振り下ろされた。するとその刀は骨盤のあたり――――――太々をすぱっ、と切り裂いた。その切れ具合は、まるで大根でも切っているかのようだ。

「お見事」

 頭巾の集団の中から、感嘆の声が湧き上がる。そのざわめきを聞きつつも猶次郎はまだ緊張したままであった。しかし五三郎が試し切りを成功させ、次も斬り始めようとするのを見て、さすがに焦りを覚え始める。

(あかん。このままやったら、間違いなく七代目は五三郎や)

 家を継ぐことができない次男坊にとって、山田浅右衛門の銘は極めて大きい。しかしこのままでは自分に勝ち目はないだろう。この状況を打破するにはどうしたら良いだろうか。自分自身に苛立ちながらふと刀置きに視線をやると、『疱瘡正宗』が残っているではないか。

(何でまだ残っているんや?さっき五三郎手に取ってた筈やけど?)

 ふと思ったが、もしかしたら最後に回すつもりなのかもしれない。しかしそれは猶次郎にとって唯一残された起死回生の機会である。

「ほな、こちらをいかせていただきます」

 にやりと勝ち誇った笑みを浮かべつつ、猶次郎は『疱瘡正宗』を手にとった。そして乳割りの前に立ちはだかり、刀を振り下ろそうとしたその時である。

「おい、猶次郎!」

 猶次郎の動きを止めたのは、他でもない五三郎だった。



 試し切りをしようとするものとそれを止めるもの。しかもそれが競争相手であればなおさら妙な緊張感が高まっていくものである。だが、五三郎はそんな空気にさえ眉一つ動かさず、猶次郎に忠告した。

「その偽物正宗に乳割りは無理だろ。せめて一ノ胴か二ノ胴にしておけよ」

 五三郎の進言に、猶次郎はあからさまに気分を害した表情を浮かべる。だがそれに追い打ちをかけるように、後見人である為右衛門が口を挟む。

「本来こういう場所で口を挟むべきではないが、今回に関しては言わせてもらう。その大刀の出来はあまり良くない。むしろ悪いと言ったほうがいいだろう。だがあくまでも『大樹公の御刀』だ。傷をつけるような真似はするんじゃない」

 だが、為右衛門の一言は猶次郎を諌めるどころかむしろ意固地にさせた。

「そんな鈍らでも乳割りを成功させる自信がわてにはあります。まぁ見ていてください。七代目の銘はわてが頂きますから」

 自信満々に言い放ち、猶次郎が刀を振り下ろしたその刹那である。


パキン!


 乾いた音を立てて刀は二つに割れ、割れた切っ先が宙を舞い秋の陽光に煌めいた。



 しばしの沈黙が牢屋敷を支配する。刀を折ってしまった猶次郎はもとより、その主君である京極高行の顔面も蒼白だ。

「あ・・・・・・・」

 悲鳴を上げることさえ出来ず、猶次郎は折れた刀を手にしたまま膝をついてしまう。

「失礼仕ります!芳太郎、手伝え!」

 このまま猶次郎を放置しておくわけにはいかない。後見役の為右衛門と芳太郎は猶次郎の両脇を抱え、天幕の裏へと引っ込んだ。御様御用において『後見』はほぼお飾りであるが、よりによって今回に役目を果たすとは――――――天幕の向こう側の騒ぎを聞きつつ、五三郎はいたたまれない気持ちになる。

「・・・・・・緊張さえしていなければ、猶次郎にもあの御刀を見破れた筈です。今回は誠に申し訳ございません」

 一人残された五三郎はその場にいる腰物奉行を始め、後ろで控えているお偉方に頭を下げた。

「そうだな。あの折れ方・・・・・・刀身の中に不具合が混じっていたようだ。研師の腕にすっかり騙されていたが。お前は見破っていたのか、後藤?」

 腰物奉行の問いかけに、五三郎は頷く。

「はっ!最初は拙者も騙されかけかけましたが、陽光にかざした瞬間、僅かに光具合が違う場所がございました。丁度折れたところですかね・・・・・・ほぼ間違いなく、なまくら刀を高く売ろうとした研師らの仕事で、あそこまで美しく整えられていたかと思います」

 言葉を慎重に選びつつ、五三郎は己の意見を述べた。

「・・・・・・となると、疱瘡正宗はもう一度探し直さねばならぬか」

 がっかりした口調で腰物奉行が呟いたその時である。

「否、その必要はない」

 腰物奉行の決意を遮る声――――――それは紀州公の声だった。

「大樹公からの言伝だ。『疱瘡正宗』は我が手中にあり。後日、正式に山田浅右衛門襲名時にその試しを行わせたい、と。そもそも拵えごと本物と偽物がすり替えられたことに気が付かなかったのか?人員が半減したとはいえ、腰物方はもう一度鍛えなおさねばならぬようだな」

 そして一呼吸おいて、紀州公はさらに続けた。

「そうだ、後藤とやら。少々付け加えておくが」

 紀州公は不意に小声になる。

「先程折った刀だがな、あれは西の丸が戯れに刀鍛冶を手伝った時のものだそうだ。孫六の弟子に手伝ってもらったと・・・・・・さすがに見るものが見れば判るものなのだな」

「に、西の丸様のお手!!」

 むしろその方が問題だと、今度は五三郎が青ざめるが、紀州公は呵々と笑って流す。

「気にするな。むしろ扱いに困っていたというからな。折れてしまったのは刀の天命、職人の仕事は職人に任せておくようにとの事だろう。迂闊に素人が手を出してはいけない領域だ」

 そして紀州公は真顔になり、五三郎に本当に告げるべき言葉を告げた。

「今は浪士として大樹公に仕えている山田浅右衛門だが、元々は紀州の家臣だった家柄だ。そちが身に着けている鮫小紋はその証、これからも奢ること無く試し物芸者の道を求めてゆけ」

 それは息子・紀州公を通じての将軍・家斉の言葉そのものだった。否、過去に遡り吉宗以降代々の将軍の言葉なのかもしれない。その重みをただ一人ひしひしと感じながら五三郎はその場に膝をつく。

「お言葉、ありがたく拝聴いたします。後藤五三郎、これからも精進し求道に励む所存です」

 肩衣を外したまま、五三郎は深々とその場に土下座する。それは事実上、五三郎が七代目・山田浅右衛門を引き継ぐ事の決意表明であった。



 御様御用はその後、五三郎のみで粛々と行われた。さすがに猶次郎は続けられる状況ではなく、主君と共に早々に藩邸に帰る事となった。

「京極にはこちらから事情を話しておこう。そなたらはあの若い侍を立ち直らせるように。ここで腐ちてしまうには惜しい才覚だ」

 紀州公の言葉に山田一門の者達は恐縮する。

「誠にお見苦しい物を・・・・・・恐縮でございます。後で広田にも告げておきまする」

 いつの間にか来ていた吉昌がようやく顔を覗かせ頭を下げた。それに気がついた紀州公は不思議そうに尋ねる。

「おや?今日は『紅葉』ではなかったのか?」

 どうやら『黒幕』の一人として紀州公も色々と情報を知っていたらしい。そんな紀州公に対し、吉昌は額に汗しながら口を開いた。

「そのとおりでございます。しかし弟子の広田の失態が『紅葉』に届きまして。しかも今回に限って西之丸様もいらっしゃって・・・・・・」

「それはそうだろう。何せ次代の山田浅右衛門は西の丸――――――次期将軍の下でその腕をふるうことになるからの」

 くすくすと愉快そうに笑いながら、紀州公は目の前に置かれた割れた刀――――――偽物の疱瘡正宗と称された刀を指先で撫でる。

「兄上もこれで懲りたであろうよ。職人の、そして芸者の領分を慰みにも侵すものではないと。あの御方は器用だから何にでも手を出したがるのが玉に瑕だ」

 そうぼやきながらも、頭巾から見える紀州公目が完全に笑っている。刀を折ってしまったがどうやらお咎めはないらしい――――――それを知ってその場は安堵の空気に包まれた。




UP DATE 2015.9.16

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御様御用は五三郎の完勝でしたヽ(=´▽`=)ノ猶次郎も落ち着いて取り組めばきちんと出来たはずなんでしょうけど、今回はあまりにも普段と環境が違いすぎ(>_<)そういった意味では少々鈍い五三郎のほうが分があったのかもしれません。
(そして父や兄に連れられて子供の頃から山田道場にかよっている分、お偉いさんに直接会うことも多かったはず。そういったことも五三郎を緊張させなかった原因のひとつです。)

次回は御様御用の翌日、幸との会話が中心となります(少しは甘めなのを書きたい><)
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