「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

五三郎の御様御用・其の貳~天保七年九月の晴れ舞台

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 爽やかな秋風が御試場を吹き抜け、その風にのって赤蜻蛉が舞う。武士にとって縁起物でもある『勝虫』の祝福を受けているのに、それを愛でる余裕は猶次郎には無かった。

「おい、猶次郎。しっかりしろよ」

 競争相手にも拘わらず、五三郎は思わず声をかけてしまい、猶次郎の震える肩を両手でしっかり掴む。

「おめぇらしくもねぇぞ。幾ら緊張するからって言ってもよ。こんなことで金玉縮み上がらせているんじゃ、幸の旦那なんかやってられねぇぞ」

 普段の猶次郎だったら、五三郎のこんな戯れ言に鋭い切り返しをしてくるはずだ。しかし今はそれさえもままならない。顔色は青白いを通り越して土気色、唇は紫色に近い。こんな状態で御様御用に臨ませる訳にはいかない。

「おい、てめぇの殿様が来て緊張するのは解るけどよ、このままじゃ御物を折っちまうぞ?そんな事をしてみろ、てめぇの腹掻っ捌くだけじゃ済まねぇぞ!」

 脅しにも近いその一言に、猶次郎はびくり、と体を震わせた。自らの切腹だけでは済まないとの一言が効いたのだろう。

「そうだぞ、猶次郎。お前、主君に恥をかかせていいのか?お前が失敗したら豊岡藩の恥になるんだからな」

 芳太郎も猶次郎の手を握り、軽く叱責する。豊岡の恥――――――その一言が効いたのだろうか。猶次郎の震えはようやく収まってきた。その時である。

「ではこれから御様御用を開始する!後藤五三郎!広田猶次郎!前へ!」

 腰物奉行の少し甲高い声が牢屋敷・御試場に響いた。



 熨斗目、麻裃に身を包んだ五三郎と猶次郎は既に胴が設置されている土壇の前に進みでた。
そして腰物方役人が静々と今回の刀を持ってきた。例年の御様御用ならば、この時点で既に試物用の柄に替えられている筈だが、今回は何故か柄が巻かれていない、刀身だけの姿だ。

「腰物奉行殿。あの、これは一体どういう・・・・・・?」

 さすがにこれはないだろうと五三郎が抗議の声を上げようとすると、腰物奉行が少し困ったような表情を浮かべつつ、口を開いた。

「これは大樹公の要請でな。西山らによって盗まれた御物が本物であるか否か、それも確認させよと仰られて・・・・・・据物斬り芸者は鑑定人ではござらぬと何度訴えても聞き入れてもらえなんだ。しかも」

 腰物奉行はちらり、と見物客へ視線を流し、小声で二人に告げる。

「その鑑定が正しく行われたかどうかを確認するための立会人だと称して、紀州様を始め、縁の大名をこちらに寄越したのだ。幾ら山田家に縁がある人物とはいえ、あそこまで大勢で来られてはこちらもやり難い」

 つまり、腰物奉行より身分が高いものをずらりと揃え、今回の御様御用が不正なく行われるかどうか監視しようというわけである。ただでさえ腰物方から不祥事を出してしまった手前、腰物奉行の言い分は聞いてもらえなかったらしい。

「ほ、ほんまどすか、それは・・・・・・」

 ようやく落ち着いてきた猶次郎が再びブルブルと震えだす。しかし五三郎は自分自身が驚くほど冷静だった。

「で、今回柄が巻かれていないという訳なんですね?ところで鑑定が終わった後、柄は自分達で巻いたほうが良いんでしょうか?それとも・・・・・・」

「こっちで巻く。それは心配するな」

 あくまでも刀の取り扱いは腰物方の領分であり、そこまでは許さないとの決意が腰物奉行の口調からにじみ出る。

「承知。では始めさせて頂きます」

 初めての御様御用とは思えぬ余裕の笑みを五三郎は見せ、懐紙を取り出した。



 刀身に息を吹きかけぬよう、懐紙を口に咥えながら刀を鑑定している五三郎を眺めつつ、川路聖謨が紀州藩主・徳川斉順に声をかけた。

「五三郎、もとい後藤が身に着けている麻裃、あれは紀州の御留柄ですよね?」

 五三郎の麻裃の小紋柄に素早く目をつけた川路が、興味深そうに斉順に尋ねる。

「ああ。あの柄は有徳院が初代・山田浅右衛門に下賜したと聞いている。だから『山田浅右衛門』が身に付けるのならば問題ないのだが・・・・・・少しばかり早いと言いたいのだな?」

 頭巾の下の顔は良く判らないが、ちらりと見えるその目元は笑っていた。

「奥から聞いた話だと、お幸は五三郎を婿に、と願っているらしい。さすがにおおっぴらには言えぬらしいが・・・・・・まぁ、奥が側室と結託して寄ってたかってお幸から聞き出したというからほぼ間違いないだろう」

 斉順の言葉に、川路は苦笑いを浮かべる。毎年花見の時期になると、幸は紀州藩の奥向きに潰されという話は吉昌から聞かされている。きっと七月の中元の挨拶の時にでも聞き出したのだろう。

「確かにそうですよね。しかし小紋なら知っている人間だけがその意を汲み取ることができるということですか」

「甲斐守には申し訳ないが、この勝負は後藤の方に分がありそうだな」

 そう斉順が豊岡藩主・京極高行に声をかけたが、高行はそれどころではなかった。

「うちの広田の山田浅右衛門七代目の座なんてとっくに諦めております。それよりも、あの手つき・・・・・・大樹公のお品に傷を付けないか心配です」

 家臣の緊張が移ったのか、藩主である京極高行も落ち着きなく腰を浮かせている。それくらい猶次郎の手つきはおぼつかないのだ。だが、斉順も、川路も平然としている。

「それは大丈夫だ。万が一の事が起こりそうだったら腰物奉行が止めるであろうし、刀の一本や二本如きで大樹公は――――――我が父は怒らぬ。優れた試物芸者は年々少なくなるばかり――――――それを育てるのに刀の一歩や二本、惜しいとは思わぬ御方だ」

 京極高行に穏やかに語りかけつつ、斉順は真剣な眼差しで鑑定をしている二人を見つめる。

「さて、あの二人、見破ることはできるかな――――――あの『刀』を」

 頭巾の下から見つめつつ斉順は小さく呟いた。



「あれ?おかしいな」

 五三郎は懐紙を口から外しつつ独り言ちた。『疱瘡正宗』と言われて差し出された刀だったが、どうやらそれに納得が行かないらしい。

「どうした、後藤?」

 五三郎の呟きを耳ざとく聞いた腰物奉行が、五三郎に何事かと問いかける。

「いえ、この正宗――――――正宗じゃありません」

「ほう、どうしてそういうことが言える?」

 とんでもない事を言い出した五三郎だったが、それを咎めること無、く腰物奉行は五三郎にその判断理由を尋ねた。

「正宗なら、金筋・稲妻が頻りに入った沸くの強い小湾れの刃文でしょう?それがこれは・・・・・・刃紋が正宗のものではありません。これはむしろ関孫六の刃紋に近いような気がします。尤も銘そのものが入っておりませんので、本当の意味での『偽物』ではないのかもしれませんが」

 少し自信がなさ気であったが、それでもしっかり自分の考えを述べる五三郎に、腰物奉行は頷いた。

「ではその旨を記載しておくか。前沢、今の記録を」

「はっ!」

 そう返事をしながら、右筆は五三郎の言葉を記録紙に認めた。

「実のところ、俺もこの真贋については何も聞かされておらぬから返事のしようが無いのだがな。この結果は後日届ける」

「承知しました」

 どうやら、腰物奉行の顔色で真贋を探られては堪らないというところらしい――――――五三郎は納得し、手にした刀を置く。

「では、そろそろ鑑定ごっこは終わりにして、お前たち本来の『勤め』をしてもらおうか」

 腰物奉行は、秋の光に晒された胴を指差した。その言葉に、五三郎の顔は満面の笑みを浮かべる。

「承知!ところで勿論『偽物』と判断したものに関して御試しは・・・・・・」

「やってもらう。喩え偽物だとしても刀であることは変わりないし、偽物でも良き刀なら町奉行の定廻り同心にくれてやれば良い。代々家に伝わる刀よりは使いやすいだろう」

 あまりにもそんざいなその一言に、五三郎を始め、背後に居た大名達も吹き出してしまった。

「では、始めさせて頂きます!」

 ひとしきり笑った後、五三郎は鮫小紋の入った肩衣を外す。そして試し柄を装着された脇差を手にすると、準備された胴の方へ向かって歩き始めた。




UP DATE 2015.9.9

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猶次郎の調子が戻らない中、とうとう御様御用が始まりました♪緊張感が漂う中、五三郎は順調のようですが・・・そんな彼らを見つめる大名たち、なかなか曲者のようですwww
特に紀州公/(^o^)\あそこの奥さんは幸が挨拶に出向くたびに側室と結託して幸を酔い潰していますからねぇ(^_^;)今回の情報も、きっと飲酒ガールズトークの流れで、幸から聞き出したと思われます。ちなみに紀州公はこういったアブナイ場所には近づきません(`・ω・´)ゞ

次回更新は9/16、刀を使った試しが始まります(*^_^*)
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