「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

五三郎の御様御用・其の壹~天保七年九月の晴れ舞台

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 秋の気配もすっかり深まった九月六日、山田浅右衛門吉昌は焼火の間に出仕した。将軍家御物横領事件の影響で半減してしまった焼火の間の腰物方の役人もようやく補充が行われ、以前の状況に戻りつつある。そんな中、吉昌は出仕早々腰物奉行に声をかけられた。

「十日後の御様御用の準備は問題ないか?」

 すると吉昌は笑みを浮かべながら自信ありげに応えた。

「勿論でございます。ただ今回は去年としがって人数を絞り込んでおりますから、見学する方はあまり面白くは無いかも知れませぬが・・・・・・」

「何を巫山戯たことを」

 腰物奉行は下から睨みつけるように吉昌の顔を覗き込む。

「その絞り込んだ者達こそ、次代の山田浅右衛門ではないか。どちらがその銘を襲うのか、今から楽しみだ」

「は、はぁ」

「して、山田よ。お前は後藤と広田、どちらのほうが可能性が高いと思うか?」

 腰物奉行のらしからぬ下世話な質問、そしてそれと同時に気がついた周囲の腰物方役人達の聞き耳に吉昌は気がついた。

(これは間違いなく内輪で賭けているな)

 先の事件で腰物方の面々は半分謹慎状態で、吉原どころか紅葉狩りに行くことさえ憚られる雰囲気だという。そんな中、どちらが山田浅右衛門になるか内輪で賭け事をするくらいしか楽しみが無いのだろう。だが、それだからこそこの件は黙っておくに限ると吉昌は強く思った。

「さぁ、その場になってみないことにはそれがしにも判りかねますなぁ・・・・・皆様の愉しみを奪うのも申し訳ありませんし。あと十日、首を長くしてお待ちくださいませ」

 吉昌はそう言いきると、自らの勤めに集中し始めた。



 御様御用まであと十日――――――道場そのものは休みにも拘わらず稽古に出向いていた五三郎は、稽古もそこそこに濡れ縁に座り込んで考え込んでいた。

(もう目と鼻の先じゃねぇか・・・・・・)

 今まで充分すぎるほど稽古を積んできているにも拘わらず、まだ何かが足りないと焦ってしまう。
 技術的には問題ない筈なのだ――――――子供の頃から父親や兄に連れられて山田道場に入り込んでいた五三郎である。試物芸者としての経歴は二十年以上になる大御所と言っても過言ではないだろう。だが、どんなに己に言い聞かせても生じてくる焦り、不安だけはどうしようもない。

「チクショウ!何でもっと冷静で居られねぇかな!」

 自分の弱気に喝を入れようと叫んでしまったその時、背後の障子が開いた。その気配にびくっ、と背中を震わせ、五三郎は反射的に後ろを振り向いた。

「兄様、一体どうしたんですか。そんな苛立たしげな声を上げて」

 それは風呂敷包みを抱えた幸だった。しかも普段道場内では履いている袴を履いていないではないか。その姿を見て五三郎は目を見開く。

「おい幸。こんな時間から使いか?知っている場所なら俺が行くけど・・・・・・何なら付きあおうか?」

 すると幸は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

「違いますよ。これは兄様のものです。御様御用の熨斗目と麻裃。為右衛門先生から兄様のものを誂えてくれと頼まれていたんです」

 そう言いながら五三郎の前に座り、風呂敷包みを広げた。すると中から熨斗目と鮫小紋の麻裃が現れた。それを見て五三郎の表情が更に驚きに強張る。

「おい、『鮫』はまずいんじゃねぇか?だって紀州様の御留柄じゃ」

 すると幸はくすくすと小さく笑い出した。

「安心してください、兄様。鮫小紋は初代が有徳院殿様より下賜されていますから、使うことができるんです。あ、でも後藤家の方で決められた柄があるのなら・・・・・・」

「いいや。あったとしても俺は次男坊だし、父上も兄上も煩いことは言わないさ」

 そう言いながら五三郎は鮫小紋の麻裃に触れた。これを幸が託してくれたということは、五三郎に『七代目』になって欲しいという、周囲への意思表示だろう。でなければ、わざわざひと目に付く場所で身につける麻裃に鮫小紋を選んだりはしない。

「・・・・・・ありがとうよ、幸」

「じゃあ、ちょっと上がってこれを身につけてください。細かいところを修正しますんで」

 幸は強引に五三郎の手を引っ張り、家の中へ上げる。七歳年下の幸だが、二人だけの時は完全に幸に主導権を握られてしまっている。

(今からこれじゃあ完全にかかぁ天下だな)

 苦笑いを浮かべながら、五三郎は幸に引っ張られるまま座敷へと上がり込んだ。



 幸が仕立てた真新しい熨斗目麻裃は、それこそ寸分の狂いもなく五三郎の身体にぴったりと合っていた。

「直しは必要なさそうだな。これだったら裃を外さなくても刀を綺麗に振り下ろせそうだ――――――本番で肩衣を外すのを忘れねぇようにしねぇと」

 そんな軽口が五三郎の口から飛び出すほど、幸が仕立てた熨斗目麻裃は動きやすかった。更に普段滅多にしないきちんとした格好は、五三郎をより精悍に見せてくれる。その姿を見上げながら幸は柔らかく微笑んだ。

「兄様もこういう風なきちんとした格好をすれば格好いいんですけどね」

「どういう意味だ?」

 幸の一言に引っかかるものを感じた五三郎は、ギロリ、と幸を睨みつける。しかしその睨みも幸には全く効かない。

「そのままですよ。普段はいい加減な格好をしているから」

「言ってくれるじゃねぇか。おめぇだってそうだろ。今日みてぇに小袖だけでいりゃあ充分に女っぽいのによ」

 五三郎は皺にならぬようさっさと熨斗目麻裃を脱ぎ、自分の着物を羽織ると幸の前に胡座をかく。そしてそのまま幸の頬を両手で包み込んだ。

「ありがとうよ。御様御用、絶対に成功させてみせるから待っていてくれ」

 五三郎の力強い一言に、幸は小さく頷いた。



 十三夜の月見の喧騒もすっかり冷め切った九月十六日、とうとう五三郎と猶次郎の初御様御用の日がやって来た。
 今回は七代目山田浅右衛門候補が御様御用に臨むということで、腰物奉行だけでなく、南北町奉行もお忍びで牢屋敷に来ている。否、それだけではない。

「南北町奉行揃い踏み、ってこともあるんだろうけどよ・・・・・・御様御用って、こんなに見物人が多かったっけ」

 幸が誂えてくれた熨斗目麻裃に身を固めた五三郎が芳太郎に囁く。なお、今回芳太郎は為右衛門と共に五三郎達の後見を務めることになっている。

「いいや。去年の俺の時はこの半分くらいだった。というか、こんなに頭巾を被っている見物客は多くなかったな。今年はやんごとなき方々の見物客が多いと見える」

 顔を見せているのは腰物奉行と南北町奉行のみ、その背後に控えている五、六人の男達は皆顔がわからぬよう頭巾を被っていた。その頭巾や着ているものの布地から、明らかに奉行達より身分の高い人物だというのが解る。

「ま、あのうちの一人は川路のおっさんだろ。別に頭巾なんか被らなくてもいいのに」

 吉昌との会話から、頭巾の人物たちの一人は明らかに川路聖謨である。となると、もしかしたら他の頭巾の者達も、山田道場に馴染みのある大名や旗本――――――もしかしたら自分達の主君も来ているのかもしれない。

(だったら顔を出してくれていたほうがやりやすいのに。変に緊張しちまうじゃねぇか)

 誰だか判らない者に見られるよりも、知っている顔があったほうが五三郎としてはやりやすい。だがそうでない人物も中にはいるのである。

「おい、猶次郎。大丈夫か?顔色が悪いぞ」

 為右衛門の声に五三郎と芳太郎もはっ、と振り返る。するとそこには真っ青な顔をした猶次郎がうずくまっていた。

「へ、へぇ、ちょっと緊張してしもうて。川路様だけやったらいざしらず、うっとこの殿まで見に来はるなんて・・・・・・」

 まさか主君が見学に来るとは思っても見なかった猶次郎は小刻みに震えている。そんな猶次郎の背中を五三郎は不意にばん!と少し強めに叩いた。

「自分のところの殿様に緊張するなんざ、猶次郎もまだまだだな!山田浅右衛門の銘は俺が貰っておいてやるけどよ、主君に恥をかかせる真似だけはするんじゃねぇぞ!」

 五三郎はわざとけしかける。自らの主君を前に緊張するのは解るが、その緊張のせいで将軍家の大事な御刀を折られてしまっては元も子もない。だがそんな五三郎の挑発にも猶次郎はなかなか乗ってこない。

(おい、大丈夫か?)

 目の前の競争相手の緊張に、五三郎は自らの緊張さえ忘れ心配そうに猶次郎の顔をのぞき込んだ。




UP DATE 2015.9.2

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スミマセン、腹痛&貧血で集中力が続かなかったのと、旦那の出勤時間がいつもと違かったのとですっかり調子が狂い、30分ほど遅れてのUPとなりました(>_<)お時間に来てくださった方、誠に申し訳ございませんm(_ _)m

とうとう五三郎と猶次郎の御様御用の日がやって来ました♪五三郎は勿論、幸に託された鮫小紋の麻裃を身につけておりますので、解る方には解るんですよね~、跡取り娘がどちらを贔屓にしているかってwww
なお、今回頭巾をかぶっているのは山田道場のお得意様達ばかり、元々の主君だった紀州公もいらっしゃっております(*^_^*)
(もしかしたら御様御用の最中に鮫小紋の由来の話が語られるかも?)

次回更新は9/9、一抹の不安が残る中、二人が御様御用に臨みます(`・ω・´)ゞ
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