「短編小説」
幕末明治つまべに草紙

幕末明治つまべに草紙・其の捌~開港絵師・芳員と異国化粧

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「公使の妻――――――すなわち私の妻の化粧姿を描きたい、だと?」

 仏蘭西公使・デュシェーヌ・ド・ベルクールは困惑と疑惑の表情を浮かべた。その視線の先には通訳のジラール神父が連れてきた日本人の絵師がいる。話によると『ウタガワ派』という絵師集団の一人らしい。
 そんな錦絵師がとんでもない事を――――――化粧をしている公使の妻の化粧絵を描きたいと仏蘭西公使館に申し込んできたのである。
 錦絵にはいかがわしい描写のものも少なくない。もしかしたら妻が狙われているのかと険しい表情を浮かべるベルクールだったが、その表情に気がついた絵師は慌てて説明を付け加えた。

「あ、もし公使の奥方様が無理なら、公使館員のどなたの奥様でも構いません。実はこのような絵が日本では好まれておりまして」

 そう言って絵師の男――――――歌川芳員は懐から何枚かの錦絵を取り出した。どの絵も日本の婦人が化粧をしている姿である。どうやら芳員は化粧道具やその方法を描きたいらしい。

「ほう、日本ではこのような姿を男の目に晒すのは問題ないのか?」

 少なくとも仏蘭西では人前で化粧をすることはない。事実、ベルクールだって妻が化粧をしているときは部屋から追い出されるのだ。すると芳員は少し困ったように眉を下げ、日本の化粧事情を明かした。

「まぁ・・・・・・やはり信頼出来る相手に限りますね。こちらの絵もそれぞれの絵師の妻や娘、馴染みの芸者だったりしますし」

 ベルクールの顔色を伺いつつも、芳員の声がだんだんと小さくなる。

「あの・・・・・・真似事だけでもいいんです。勿論男の方に立ち会って頂いても問題ありません。ただ、西洋の女性がどのように化粧をするのか、興味があるんです。外国人を見る機会が多くなっている昨今、日本の女達も異国化粧に興味が出てきたようで」

 男が立ち会っても良いし、真似事でも構わない――――――芳員のその言葉にベルクールは誠実さを感じた。どうやら芳員は純粋に西洋の化粧そのものを描きたいらしい。

「ならば良いか・・・・・・さすがに本当の化粧の途中であれば問題だが、真似事なら私の妻も引き受けてくれるかもしれない」

「あ、ありがとうございます!恩に着ます!」

 ようやく許しをもらうことが出来た芳員は、ベルクールに深々と頭を下げた。



 そして四半刻後――――――。

「すみません、ベルクールさん!もう少しこちらに出てきて姿が見えるようにしてくれませんか?」

 芳員の指示にベルクールは苦笑いをしながら一歩前に出た。
 勿論メインはベルクールの妻であり、彼女は手にクリームの瓶を持ちながら化粧しているふりをしている。あまりに色気のない化粧品の選択に、ベルクールは『口紅を塗っている振りのほうが色気があっていいのでは?』と冗談を言ったが、『日本には無い種類の化粧品だから』という芳員が申し出でクリームになった。どうやら日本には化粧水の類はあるらしいがクリームは無いらしい。
 そしてそれ以上に芳員の興味を引いていたのがベルクールのパイプだった。芳員の監視として立ち会っていたベルクールだが、さすがに絵の邪魔になってはいけないと最初は芳員の背後に立っていた。しかし手持ちぶたさ故、パイプをふかした途端、『そのパイプも絵に入れたい』と芳員が言い出したのである。結局妻の化粧を待つ夫という設定でベルクールも絵のモデルとして入ることになったのだ

「あ、それと!鏡台の前に並べてある瓶をもう少し左側に寄せてもらえませんか!ギヤマンは日本人の憧れですから絶対に入れたいんです!」

 芳員の興味は純粋に化粧品やベルクールのパイプ――――――要は西洋の小物にあるらしい。確かに日本人は西洋の武器にも興味を示すが、それ以上に装飾品や玩具に興味を示すと、ベルクールは呆れ半分の半笑いを浮かべる。

(どうやら武器よりも、化粧品を輸出したほうが儲かりそうだな。その方がこの美しい国をより美しく出来そうだ)

 美しい国・日本で唯一ベルクールが醜いと思うものが日本女性の鉄漿、眉剃りだった。既婚者特有の奇妙な化粧には閉口しているだけに、化粧品の輸出はは母国に進言するべきだろう。一生懸命妻と自分を描いている絵師を見ながらベルクールはパイプをふかした。



 苦労の末出来上がった芳員の絵は、決して上手いものではなかった。しかし公使館に乗り込み、実際の風俗を描いたということで大いに流行り、日本の女性たちに西洋化粧を知らしめることになる。



UP DATE 2015.7.29 

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堤磯右衛門・・・資料を読めば読むほど工業用石鹸の話しか浮かんで来なくて挫折しましたorz化粧石鹸の話より造船での汚れが劇的に落ちたとか、そういった話のほうがインパクトがあって・・・このシリーズのテーマはあくまでも『女性を美しく』ということですので、堤磯右衛門は断念しました\(^o^)/

その代わりと言ってはなんですが、堤磯右衛門と同じ資料に乗っていた歌川芳員について今回は書かせていただきました。『猫絵師・国芳』の主人公・歌川国芳の弟子なんですが、正直あまり絵がうまくないんですよ、この人(^_^;)本当に下手の横好きというか何というか・・・その代わり横浜に出向いて新しい風俗を取り入れた絵を描いていたようです。その描いた中にはかなり外国人と親密でないと描けないのでは?というようなものもあるので、もしかしたら外国との取引があった有力商人か、その息子とか・・・もしかしたらそんな人だったのかも。

次回9月話は少し涼し気なものを描きたいものです(〃∇〃)
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