「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第八章

夏虫~新選組異聞~ 第八章 第二十話・天満屋事件・其の肆

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 頼りない月明かりが差し込む天満屋の座敷の中、陸援隊残党が有利に戦いを進めていたその時である。

「新選組の援軍だ!しかもかなりの数だ!」

 階下に居た見張りの男の悲鳴が二階に届く。その瞬間新選組を追い詰めていた陸援隊残党に動揺が走った。

「何だって!」

 思わず叫んだのは大石と対峙していた谷干城である。その僅かな隙を突いて大石が攻め込むが谷はそれをうまく受け流す。

「ここが潮時だな・・・・・・行くぞ!」

 どうやら新選組の援軍だけのようだが、そのうち紀州藩からも三浦を助けに援軍がやってくるだろう。そうなってしまったらさすがに自分達に勝ち目はない。そう瞬時に判断した田中の号令と同時に、今まで新選組に襲いかかっていた者達は刀を鞘に納める。そしてまるで波が引くように速やかに階下に降りていったのだ。

「ま、待て!」

 ここで逃してなるものかと大石は逃げた男達を追いかけようとしたが、舟津の呻き声によってその動きが止まる。

「おい、舟津!しっかりしやがれ!もうすぐ援軍が来るから辛抱しろ!」

 大石は倒れ伏している船津に駆け寄り、声をかける。

「お・・・・・・大石、さん」

 苦しげな息の中、辛うじて聴き取れる声で舟津は大石の名を呼んだ。月明かりの下では顔色はいまいち良く判らないが、その声の弱さから舟津がかなり危険な状態だということが瞬時にして判明する。

「お、俺は・・・・・・・」

「喋るな!」

 泣きそうな声で大石は舟津が喋るのを止めようとする。その時である。

「御用改である!神妙に縛に付け!」

 土方のよく通る声が階下から聞こえ、階段を勢い良く上がってくる足音が一気に近づいてきた。



 龕灯に照らされたその部屋の光景に、二階に上った土方は一瞬息を呑んだ。月明かりよりはましという明るさの中浮かび上がったのは、見慣れぬ男の亡骸一体と、それ以上の被害を被った部下達の姿だった。土方は龕灯に浮かび上がった藤と大石を怒鳴りつける。

「斉藤!大石!オメェらが居て何だこの体たらくは!」

 最近では滅多になかった大雷に、斉藤と大石は思わず首をすくめる。

「予め来るとわかっている襲撃者に遅れを取るたぁ何事だ!謹慎三日ぐれぇは覚悟しておけ!新選組の恥を晒しやがって!」

 それだけ一気にまくし立てると、土方は部屋の隅にいる三浦の近くに大股で近づいた。

「三浦さん、すまねぇ!うちの隊士が役立たずで・・・・・・怪我は?この頬の傷だけかい?」

 頬に傷を追った三浦に土方は詫びる。すると三浦は頭を掻きながらわざと大笑いをした。

「いやぁ、あんたの部下が盾になってくれたから俺はしょっぱなの頬傷だけで済んだよ。あと三宅と関も軽い怪我だし・・・・・・だから斉藤と大石の謹慎は一日ぐらいで勘弁してやってくれないか?そもそも酒を勧めたのは俺だ。おめぇさんの部下には何の落ち度もない」

 痛た、と呟きながら三浦は土方に斎藤たちの処断の軽減を懇願した。さすがにバツが悪いのだろう。きっと三浦も紀州藩邸に帰還したら家老か藩主辺りから大目玉を食らうに違いない。そう思い至った土方は苦笑を浮かべる。

「三浦さんの頼みじゃ仕方ねぇか。斉藤!大石!三浦さんに後で礼を言っておけよ!」

 斉藤と大石に対し、振り向きざまにそう怒鳴ると、自らが連れてきた部下に宮川と舟津を外に運び出すよう命じた。

「宮川は・・・・・・即死だったのか?」

 階段で戸板が使えないため、大柄な隊士が背負っている宮川を見ながら土方が誰とはなく尋ねる。

「ええ。俺に声をかけた瞬間、敵に気配を取られまして」

 斉藤が感情の伺えない声で土方に答える。その声は普段の斉藤よりもはるかに小さく、彼がかなり気落ちしているのを土方は感じた。

「・・・・・・近藤さんの大泣きは覚悟しておけよ」

 宮川信吉は近藤のいとこである。しかも斉藤が江戸まで出向いて隊士募集をした際に隊士になった男だ。それだけに普通の隊士の死よりもその死は重い。

「はい・・・・・・覚悟してます」

 粛々と事後処理が行われる中、斉藤のその返事はどこまでも沈鬱だった。



 天満屋事件では襲撃側一名の死亡が確認、現場に居合わせたものの感じでは二、三名の怪我人がいるかも知れないとの事だった。
 その一方、新選組は宮川信吉が即死、舟津も重体でその他四名が重軽傷を負ってしまった。更に紀州藩では三浦が頬頤に傷を負い、三宅精一、関甚之助も軽傷を負っている。
 辛うじて三浦を守ることは出来たが、完全に新選組側の敗北と言っていいだろう。そんな騒然とした中、屯所に運ばれてきた宮川の亡骸の横に近藤は座り、男泣きに泣きじゃくる。

「信吉・・・・・・よく、頑張ったな」

 近藤は手の甲で涙を拭いつつ、二十五歳の若さで逝ってしまった従兄弟をねぎらう言葉をかけた。だが死んだ人間は生き返ることはない。そんな悄気返る近藤に、忙しく動きまわっている土方が声をかけた。

「近藤さん、すまねぇが葬儀の手配を頼まれてくれねぇか?俺は陸援隊の残党探しを受け持つから」

「ああ、承知した。済まないな」

「良いってことよ。本当は俺が手配するべきところを近藤さんに任せちまって申し訳ないんだけどよ」

 今の近藤のままでは普段の仕事もままならないだろう。いっそ宮川の葬儀の準備に専念してもらったほうが悲しみも早く癒えるに違いない。
 ある意味近藤が悲しみを癒やすことに専念できるように宮川の葬儀の手配を頼むと、土方は諸々の事後処理に動き始めた。



 天満屋事件から二日後、生死の境を彷徨っていた舟津も亡くなった。その葬儀の準備に慌ただしく廊下を駆けまわる隊士達を眺めつつ、沖田はぼんやりと今回の事件について考えていた。

(会合の最中への襲撃、まるで・・・・・・池田屋のようですね)

 ただその時と違って襲撃を受け被害を被ったのは自分たちである。三浦休太郎を守ったという本来の任務は辛うじて果たせたものの、 宮川が即死、舟津も亡くなってしまった。そもそも七人中六人の被害を出してしまったというのは、明らかに敗北だ。以前なら酒を飲んでいてもこのような失態は無かったのに、と思った瞬間嫌な考えが頭によぎる。

(我々の力がそう落ちているとは思えない。むしろ新入隊士をどんどん入れているからむしろ力をつけているはずなのに・・・・・・それ以上に向こうは力をつけているということでしょうか?)

 それでなくても朝廷側には不穏な気配があるという。大政奉還の後、ようやく幕府側が息を吹き返してきたが、それさえもひっくり返されるかもしれない。

(上洛してここまで頑張ってきたのに・・・・・・時代の流れには逆らうことが出来ないのでしょうか)

 故郷を離れ、己の一生に一度の恋さえも捨て去り、近藤に仕え努めに邁進してきたが、それは全て無駄だったのか――――――言い知れぬ無力感に襲われ、沖田はへたりこむ。その時である。

「おい、大変じゃ!容堂公を始めお偉方が小御所に集結しているぞ!」

 それは土佐との和解交渉に出向いていた井上だった。いつも柔和さは何処へやら、声を荒らげながら廊下を走る井上に沖田は目を丸くする。

「ど、どうしたんですか、源さん?」
 
 すると井上はしゃがみこんでいる沖田をちらりと見やりながら、手を差し伸べた。

「総司。労咳を病んで鬱々としているのはわかるが、それどころではないぞ。先ほど土佐の藩邸に出向いたら、丁度山内容堂公が出かけるところじゃった。そこでどちらに行かれるのかそれとなく尋ねたら・・・・・・他のお偉方との会合で小御所に出向くというではないか」

 井上がもたらした思わぬ情報に沖田は驚き、感嘆の声を上げる。

「しかしよく行く先を教えてもらえましたね。敵側とも言える我々に」

 すると井上は何とも言えない神妙な表情を浮かべつつ、鼻の横を掻いた。

「ああ。それとなく金子は掴ませたがな。その会合には尾張や越前の先の藩主殿も参加するらしいが」

 不意に井上が表情を曇らせる。それは宮川の死を知った時よりもなお険しいものだった。

「どうやら上様は参加されないらしい・・・・・・というか締め出されていると言ったほうが良いのか。それに対して山内容堂公がお怒りになっていると聞いた」

「そう・・・・・・なのですか?」

 天満屋の件といい、自分達や幕府に逆風が吹き始めている――――――肌でそう感じた沖田は握っている井上の手をぎゅっ、と掴んだ。沖田の手に比べ、決して大きくはないがその手は温かく安心感を与えてくれる。

「詳しくは若先生の前で話す。お前も一緒に聞いておいてくれ」

 井上も沖田が感じている不安を察したのだろう。まるで幼子の手を引くように沖田の手を引きながら局長室へと向かった。




UP DATE 2015.7.25

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大政奉還から暫く凪の状態だった歴史の風が、ここに来て再び吹き出したようです。新選組の事実上の敗北はもちろん、天満屋の和解交渉に出向いていた源さんからもたらされた土佐のご隠居の怪しげな動き・・・この一ヶ月後に自分達が江戸の地に足をつけるとは誰が予想していたでしょうか。本当に一寸先は闇とはよく云ったものです(´・ω・`)

そんな空気をいち早く感じているのは今現在全く使い物にならない沖田でしょうか。藤堂平助の死に虚しさだけを感じ、今回の敗北に幕府の終焉の匂いを嗅ぎ取る―――もし元気な彼だったらそんな事を感じる暇もないでしょう。そしてこんな精神状態だから近藤や土方に『嫌な予感』を口にすることができないという・・・もしかしたらこの状況の中、一番冷静に物事を見ていたのは沖田だったのかもしれません。(そしてますます心が蝕まれてゆく・・・(>_<))
次回更新は8/1,『王政復古の大号令』に突入します(*^_^*)
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