「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

旗本斬罪・其の参~天保七年七月の決断

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 旗本斬罪の噂が流れ始めた頃は牢屋敷や刑場、そして奉行所や山田道場にまで押しかけてきていた見物人は五日もすると徐々に少なくなってきた。だが、山田家、というよりは幸の周囲は相変わらず緊張が張り詰めている。
 それもそうだろう、よりによって跡取り娘の幸が新實らしき人物を目撃したのだ。それほどまでに新實の影が近づいているということで、五三郎を中心に山田道場の門弟たちは神経質なほど屋敷に出入りするものや道場への見物客へ目を配っていた。

「兄様、本当にすみません。紀州様への名代まで引き受けてもらって」

 幸の名代として使いに行くことになった五三郎に対し、幸が謝る。これも新實対策の一環で、幸を可能な限り屋敷の外に出さないためだ。さすがに申し訳ないと幸は謝り倒すが、五三郎は平然としたものである。

「気にすんなって。それに俺だって御様御用前でついつい根を詰めちまいがちになるから、これくらいの息抜きもしねぇとやってられねぇ。ま、息抜きに行くにはちょいと相手の身分が高いけどな」

 五三郎が手にているた風呂敷包みの中身は中元の品である素麺だ。一束一束はそれほど重くはないが、贈答用の木箱に入ったそれは意外と重い。今回のことがなくても五三郎が荷物持ちとして幸に付いて行ったかもしれない。

「それに紀州様のところの奥向きにおめぇが顔を出したらまた潰されかねねぇ。俺が行くほうが安全だろう」

 二年前の出来事を混ぜっ返しながら、五三郎は『紀州の奥向きには暫く行くな』とさり気なく告げる。さすがに酔っ払ったまま帰宅なんてすれば新實の格好の餌食だ。

「確かに。あちらの奥向きは御酒がお好きですからねぇ」

 五三郎の指摘に幸も思わず苦笑いをする。

「ま、こんな不自由も例の斬罪が終わるまでだろうし・・・・・・きっと奴も近々痺れを切らせて動き出すだろうよ」

 五三郎の予言めいた言葉に『そうであればありがたい』と幸も笑顔を向けた。



 抱き柊が描かれた正面門の横にある通用門、そこから出てくる人物を天水桶の影から観察しつつ、新實は小さく舌打ちをした。そこから出てきたのは背の高い若者で、風呂敷に包まれた何かを手にしている。

「ちっ、また外れか」

 数日前、偶然真由に似た顔立ちの若い娘の後をそれとなくつけて行ったら、その娘は抱き柊の門の中に入っていった。そう、新實は幸を見つけておきながら、確信が得られなかったがため取り逃がしたのだ。
 それ以後、幸は滅多に屋敷の外に出ることはなくなり、出てきたとしても屈強な門弟が必ず付き添っていた。銀兵衛から受けた傷が無ければ護衛もろとも仕留められることが出来るだろうが、右腕の自由がそれほど効かない今、間違いなく返り討ちに遭うだろう。そして今、風呂敷包みを手に通用門から出てきた若者は、幸の護衛にしょっちゅう付いている男だ。

(しかもあの野郎・・・・・・相当の手練だ)

 目配り、脚さばき一つ取っても一番いい時の新實と同等、またはそれ以上のものを持っている。あの男が幸の傍を離れない限り、幸を仕留めるのはまず不可能だ。

(やはり西山の斬罪を待つしか無いだろうな)

 江戸中を賑わせている西山の斬罪を執行するのは、間違いなく山田一門だろう。となると、幸の護衛に付いている若者もほぼ間違いなく刑場の竹矢来の中に入るに違いない。少なくとも屋敷に居残ることはないだろう。そこを狙うしか今の新實に勝機はない。

(千住でも鈴ヶ森でも――――――刑場に出払っていれば、屋敷に残るのは幸と下男下女くらいか。だったら仕留められるな)

 仕置の時の山田道場は殆どの物が出払い、居ても女子供、そしてその世話をする下男下女くらいしか残らない。しかも山田浅右衛門は『浪士扱い』なので、使用人の数も極端に少ないのだ。そこを狙って押入れば己の本懐を遂げることが出来るに違いない。

(問題はいつ西山の斬罪が行われるか、だ)

 元々二十六日に行われると噂に流れていたが、その日が来ても斬罪が執行されたという話は聞かない。となると八朔、または十五夜の後あたりが有力だろう。幕府は行事の直前に血の穢れを負うことを嫌う。年末でさえ『仕事納め』と称して二十八日には年内の斬罪を終わらせるほどだ。
 それを考えると、まず重要行事である八朔と十五夜の前日や当日に斬罪は執行されないだろう。

(まずは八朔の翌日から、だな。だが、長期戦になると・・・・・・まずいな)

 それまで自分の体が持つか微妙なところである。既に右肩の傷は膿み崩れ、その範囲もじわじわと広がっている気がする。まるで妖かしに身体を少しずつ喰われているようだ。
だがそれも自分には似合いなのかもしれない。
 そしてそれ以上に問題なのがここまで通うための潜伏場所だ。今は市ヶ谷にいるが、さすがに体力的にもきつくなっている。

(仕方がねぇ、近場で根城を探すか・・・・・・ワラ店あたりに空き家があればそれに越したことはないが)

 自分にって完全に安全な場所と考えるなら鮫ヶ橋にまで足を伸ばしたほうが確実だ。多分夕波も鮫ヶ橋に戻っているだろう。
 だが、鮫ヶ橋は毎日通って山田道場の様子を見るには少々遠すぎる。飢饉が続く不景気だけに、近場にも空き家があるに違いない。
 疼く右肩を押さえつつ大きく息をすると、新實は山田道場に背を向け、ワラ店の細い路地へと入っていった。



 だが新實は山田道場の門弟たちを甘く見ていた。手練の者は一人ではない――――――その事に気がつくにはもう暫く時間が必要になる。



 道場にまで押しかけていた西山の斬罪目当ての見物客もかなり少なくなった、七月晦日の事である。芳太郎と利喜多兄弟が何とも神妙な顔で道場入りしたのである。

「だいぶ見物人は少なくなってきたけど、何か嫌な気配を漂わせている人がいるんですよね」

 幸と五三郎の顔を見るなり開口一番芳太郎が告げる。そしてその言葉に続けて利喜多が細かな説明を始めた。

「お幸さんが言っていた矢鱈縞は身につけていないんですが、背格好は似ていましたし・・・・・・何より為右衛門先生がおっしゃっていた黒子があるんですよ、その男に」

 利喜多の言葉に芳太郎も頷く。それを聞いた五三郎は眉間に深い皺を刻みつつ腕組みをした。

「まったくもって厄介だよな。幽霊みたいにただじっとこっちを見ているだけなんてよ。いっそ襲ってきてくれりゃあ返り討ちにできるのに」

 五三郎の物騒な物言いに、ぎょっ、と目を見張る幸だったが、芳太郎と利喜多は平然としている。否、むしろ五三郎の意見に同調し始めたのだ。

「確かに。ここまで見物人が少なければ、たちまわりにも気を使わずに済みますしね」

 物騒な言葉の応酬に、芳太郎達に茶を淹れつつ幸が呆れ顔をする。

「全く三人共物騒なんですから・・・・・・もうちょっと穏便に出来ませんか?」

 だが三人ともあっさりと首を横に振った。

「仕方ねぇだろう、何せ相手は宿敵・新實だぞ?これ以上煮え湯を飲まされるわけにゃ行かねぇんだよ」

 そう言いながら五三郎はぬるめに冷ましてあった茶を一気に飲み干す。冷めるのを待っていた間、よほど喉が渇いたのだろう。その飲みっぷりに幸は苦笑いを浮かべ空になった湯呑みに茶を注ぐ。

「でもこの様子なら問題はないでしょうね。不安なのは西山の斬罪当日ですけど、内側から閂を架けておけば怪しい人物も入ってくることはできない」

「ええ、そうですね。当日は大人しく引きこもっています。でも八朔と十五夜に吉原に行けないのは残念ですね」

 この時期は『お使い』と称して幸も吉原へ足を伸ばす。白装束に身を包んだ八朔や、それとは逆に正月並みの華やかな着物に身を包んだ十五夜は、女性である幸から見ても心が華やぐ。むしろ金を支払わなければならない客の男よりも、堂々と冷やかしをする事ができる外の女達のほうが楽しんでいるのかもしれない。

「確かにそうだな!今年は諦めろ。その代わり来年の正月に愉しめばいいだろう」

「そうですね。その時には兄様、台の物くらいおごってくださいよ!」

 幸の言葉に笑い声が続く。その溌剌さは初秋になっても衰えを見せない陽光に似ているかもしれない。だがその陽光が輝けば輝くほど影もまた濃くなってゆく。そんな影を感じつつ、八月十六日、山田一門は旗本・西山伊織の斬罪に臨むことになる。



UP DATE 2015.7.22

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先週に引き続き、今週もちょっと・・・というかかなり短めです(^_^;)というか西山の斬罪を史実通り来月にしてしまいましたので、書くことが無いという・・・orz
その代わり来月は西山の斬罪本番(描写は少しだけ)&新實と山田一門若手との対決になります。こちらはかなり頑張らせていただきますのでよろしくお願いしますm(_ _)m

なお来週は拍手文更新で、紅柊8月分は8/5からになります(*^_^*)
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