「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

旗本斬罪・其の貳~天保七年七月の決断

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 西山の斬罪は協議の末、一旦七月二十六日に決まった。順当に行けば多少の警備強化の上、小伝馬町の牢屋敷において斬罪を済ませれば良い――――――武士の醜態を庶民に晒したくない、幕府としての立場から関係者はこう考えていた。だが物事というのはそう思い通りには進まないものである。

 腰物方という花形役職を勤めていた旗本の斬罪は幕臣の中でも極めて大きな出来事だ。それだけに江戸城に勤めているものがぽろりと家人にその事を漏らしてしまい、それを偶然にも聞いてしまった使用人を通じて瞬く間に『旗本斬罪』が江戸の市井に広まってしまったのである。
 否、庶民だけではない。勤めでしょっちゅう江戸に詰めている譜代大名から、滅多に登城しない外様大名にまで噂は広まり、その真相を確かめるために連日大目付や腰物方果てには仕事で登城してきた吉昌を半蔵門で待ち伏せて真相を聞き出そうとするものまで現れる始末である。なお半蔵門で吉昌を捕まえたのは親友とも呼べる川路聖謨であったことだけは付け加えておく。
 また、庶民の動きとしては連日下世話な読売があることないこと書き散らした瓦版をまき散らし、それを手にした庶民が鈴ヶ森や小塚原の刑場、小伝馬町の牢屋敷に山田道場の門前まで押しかける有り様だった。このような騒ぎはねずみ小僧の獄門以来である。

「本当に二十六日に刑を執行するんですか?こんな状況では見物人が押しかけて怪我人が出てしまいますよ」

 さすがにこの状況で牢屋敷での斬罪はできかねると、石出帯刀が直接南町奉行・筒井に訴える。

「確かにそれは言えるな。ねずみ小僧の時よりもひどいんじゃないか?」

 筒井も渋面を作りつつ、石出の訴えに頷いた。

「ええ、何せ旗本の斬罪ですからね。滅多にない醜聞ですし・・・・・・特にひどいのは瓦版屋ですね。尤も彼らが牢屋敷にへばりついているのはいつもの事ですが」

 こめかみを指で押さえつつ、石出は嘆く。

「そうだな・・・・・・一度上にお伺いを立ててたほうが良さそうだな。このまま牢屋敷で斬罪を行ったら間違いなく事故が起こるだろう」

 そうなると奉行所や牢屋敷の責任問題に発展しかねないし、それだけはできるかぎり避けたい。

「ええ、身分的には人前に晒すのは如何かと思いますが・・・・・・千住か品川も考えたほうが宜しいかと」

 そうでもしなければ牢屋敷を取り囲む塀さえ壊されかねない勢いなのだ。背に腹は替えられぬと二人は顔を見合わせ頷いた。



 西山の斬罪を牢屋敷ではなく刑場で――――――この話は目付けはもとより老中まで上がってしまい、結局西山の斬罪は中秋の名月の翌日、八月十六日に鈴ヶ森刑場で行われることとなった。これは十五夜の翌日ならば行事疲れで見物人が少なるかもしれないと予測したからだ。その報告を筒井から聞いた吉昌は苦笑いを浮かべる。

「不謹慎極まりないとは思いますが・・・・・・江戸っ子にかかってしまえば花の旗本の斬罪も見世物に成り果ててしまうのですね」

「全くそのとおりだ。特にここ数年の飢饉では、遊びも限られてしまう。そんなところに旗本の斬罪とあれば皆面白半分に覗きこむのだろう。全く世も末だ」

 苦虫を噛み潰した表情で筒井が不満を露わにする。

「それにしても鈴ヶ森とは・・・・・・上も相当苦慮したんでしょうね。吉原の近くの千住では余計に見物客が増えてしまいそうですし」

「ああ。十五夜での宿泊客は品川でも同じだと思うが、品川を利用するものは朝早くに品川を離れる。少なくとも吉原よりはマシだと予測したのだろう」

 どちらでもそう変わらないと思うが、と付け足すのを筒井は忘れなかった。その一言に思わず笑ってしまいながら、吉昌はこの旨を弟子に伝えるため、筒井の前から退席した。



 旗本の斬罪であるにも拘わらず、刑を鈴ヶ森で行う――――――吉昌の話を聞いて弟子達、特に若手達は驚き、ざわめいた。

「旗本の斬罪ですよね?」

「晒し者もいいところじゃないですか。武士の挟持が根こそぎ剥ぎ取られるなんて・・・・・・悪事は働くもんじゃねぇな」

「確かに小伝馬町で斬罪をして怪我人が出たら元も子もないし・・・・・・他の旗本や御家人への見せしめの為には仕方がないんじゃ」

 そもそも武士でありながら主君の持ち物に手を出し、あまつさえ金品に変えようなどというものは武士として認めたくない。それだけに弟子たちの西山に対する態度は素っ気なかった。

「まぁ、今月中は江戸雀達が煩いだろうが我慢してくれ。月が変われば少しは騒ぎも収まるだろう」

 吉昌の言葉にその場にいた者達は頷いた。

「話は以上だ。稽古に励むように」

 吉昌の報告はそこで終わった。その時である。

「六代目!只今帰宅しました!」

 幸の元気な声が玄関から響いた。薬の原料の買い出しから帰ってきたのだ。その声と同時に五三郎が立ち上がり、素早く幸を玄関に出迎えに行く。

「お疲れ様・・・・・・ってどうした?顔色が冴えねぇぞ?」

 五三郎の指摘通り幸の顔色はいまいち良くなかった。というより何か考えこんでいるようだ。

「おすみちゃんのところでふっかけられでもしたか?」

 冗談半分に幸に声をかける五三郎に、幸は神妙な顔のまま首を横に振る。

「いいえ。おすみちゃんのところはむしろ安すぎるので・・・・・・それよりここ最近、誰かに付けられているような気がするんですよね」

「付けられている?」

 幸のその一言に、五三郎の表情がとたんに険しくなる。今にも屋敷を飛び出し、その犯人を探し始めそうな勢いだ。

「兄様、そんないきり立たないでください。あくまでも『気がする』だけであって、はっきりしたことは解らないんですから」

 幸は苦笑しつつ脱いだ草履を揃えた。

「気配を感じて後ろを振り返ると、右手を懐手にした矢鱈縞の男がいて・・・・・・それが浅草近辺からこの近くまで続いたんでさすがにちょっと気味悪いかな、って」

「おい、そんな悠長なことを言っている場合か!」

 人気のないところに差し掛かったらそれこそ襲われかねない状況である。気色ばんだ五三郎は幸の肩を強く掴むが、幸はただ苦笑し状況を詳らかに話す。

「でもかなりの距離があったんですよ。大体一町(約109m)前後・・・・・・さすがにそれだけの距離があれば私だってどこかの店に飛び込むとか逃げることが出来ますよ。浪士っぽかったですけど結構おじさんでしたし・・・・・・・」

「・・・・・・お幸。その男の人相とか背格好とか覚えているか?」

 幸の説明を遮るように声をかけてきたのは眉間に皺を寄せた為右衛門だった。その背後には今まで見た事が無いほど厳しい表情の吉昌がいる。

「え、ええ。大まかなら・・・・・・」

 幸は二人の表情に面食らいながらも、自分をつけてきた男の背格好を思い出す。

「背は為右衛門先生より少し低いくらいだったと・・・・・・でもかなりしっかりしたかんじの体格でした。腰のものは大刀ぎりぎり、という長さの脇差一本でしたね。顔立ちは・・・・・・う~ん、特徴があまりないというか。ただ、険のある細い目は印象的でした」

「一町も距離があったから判らないかもしれないが、左目の目許に小さな、紅い黒子は無かったか?」

「さすがにそこまでは・・・・・・」

 困惑する幸を前に、為右衛門と吉昌は深く頷いた。

「お幸。俺から各所に詫びを入れておくから暫くの間屋敷から出ないように。どうしても出なければならない場合は・・・・・・」

「俺が護衛に付きます。まぁいつものことですけど、暫くは近所に行く際も付いていったほうが良いですよね?」

 五三郎の申し出に、吉昌が強く頷く。

「ああ、何があるか解らぬからな。それと外出の際も屋敷内同様、どこに出向くにしても袴をつけて出かけるように」

「・・・・・・そんなに心配されるということは、かなり厄介な相手なのですか?私を付けてきた男は」

「ああ。ほぼ間違いなく新實だろう」

 吉昌が告げたその瞬間、幸の顔から血の気が失せた。

「そ、そんな・・・・・・」

「そもそもあいつが一番恨みに思っているのは山田家だ。その血を引くお前を憎く思うのもごく自然の成り行きだろう。どのみち西山さんの斬罪までは山田道場の警備も強化せよとのお達しが出ているから、お前の護衛を強化したところで怪しまれることはないだろう」

 いつものお仕置きとは明らかに違う――――――それを思い知らされた幸はただ黙ったまま頷いた。



UP DATE 2015.7.15

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・・・結局西山の斬罪、来月に持ちこすことにしちゃいました(^_^;)やっぱり『甲子夜話』に書かれていた8月16日という日付を利用したくって・・・十五夜の直後で、皆が遊びづかれているところへ刑を執行するというところにリアルさを感じるじゃないですか♡
やはり遊び疲れて一旦自宅へ帰宅したら、連日で出歩くってかったるいですしねぇ。しかも品川なら旅人はさっさと旅立ってしまいますし、町人は仕事があるのでさっさと帰って刑場どころではないでしょうし( ̄ー ̄)ニヤリ
ただ、刑を待つ事になった西山は堪ったものではありません(>_<)

その一方、幸にまとわりつき始めた怪しい影、いつ襲ってくるのかも心配なところです。次回更新までお待ちくださいませね~(^_^)/~
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